表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
217/585

王都 新しい服

 この世界には、基本的に子どもがいない。

 だから、子ども服というものが存在しない。


 元々が中世相当の文化圏だ。

 日本のように、店にふらりと立ち寄って服を買える世界ではない。


 けれど――食生活がほぼ絶滅している代わりに、服飾や家具、道具、日用品といった分野はかなり発展しているらしい。

 店の数も多く、職人達の腕も確かだ。


 ガルフの店の躍進を、影から支えているカトラリー類。

 泡だて器、お玉、編み杓子、ざる、食パン型――それらは、あまりにも調理器具が少なすぎて困り果てた私が、職人に頼み込んでオーダーしたものだった。


 ガルフの店だけを考えるなら、ギフトで私が作ってしまってもよかった。

 けれど、それでは意味がない。

 今後のことを考えれば、誰もが普通に買えるようになって欲しかったのだ。


「マリカ様、調理器具の一般販売に許可が欲しいと、工房が言ってきたのですが……」

「ガルフの店の注文分を無料で納めて下さるか、権利料を支払って頂けるなら構いませんよ」


 最初は、ガルフの店専用に作っていた品だったらしい。

 だが、貴族階級に食が広がるにつれ、問い合わせが一気に増えた。


 結果として、いくつかの工房が権利料を支払う形で一般販売を開始した。

 貴族にも売れ、一般層からも興味を持たれている。

 木工職人、鉄工職人にとって、新しい収入源になりそうだという話だ。


 ……あ、話がずれた。

 ええと、服の話だった。


 この世界では、基本的に子どもは大人の服を切り詰めたものを着ている。

 貴族の側に仕えるような、少し恵まれた子なら、お仕着せを作ってもらえることもあるが、それはかなり稀だ。


 一方で、ある程度以上の大人は服に凝る。

 庶民向けの既製服店や古着屋もあり、自分に似合うものを選ぶ楽しみがある。

 その点では、中世としてはかなりレベルが高いと思う。


 もちろん、貴族や豪商はお抱えの店にオーダーメイドだ。


 そして――

 ドルガスタ伯爵家の子ども達を迎える準備を進める中で、私は子ども服の入手難易度に悶絶することになった。


 貴族に仕えていた年中の子は、まだいい。

 お仕着せがあったからだ。

 けれど、年少の子は、裸にシャツを着て腰を紐で結んでいるだけ。

 下着すら持っていなかった。


「ティラトリーツェ様。

 シュライフェ商会に、ガルフの店名義で注文をしてもよろしいでしょうか?

 新しい子ども達の服を作りたいのですけれど」


 騒動が一段落し、平常の料理教室が再開したある日。

 私は思い切って、ティラトリーツェ様にお願いした。


「別に、私の許可を得る必要はありませんよ。好きになさい」


 あっさりと頷かれる。

 第三皇子家お抱えの商会だし、今までティラトリーツェ様経由でしか接点がなかったから、許可が要るものだと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。


「ガルフは、店の従業員のお仕着せも頼んでいると聞いていますし……。

 ――ちょっと待ちなさい、マリカ」


 そう言えば、ガルフはシュライフェ商会の奥様と知り合いだったな、などと考えていると。

 急に、ティラトリーツェ様が目を剥いた。


 睨まれている。

 かなり本気で。


「な、なんでしょう?」

「子ども服など、とは何です? まさか、また変なものを作る気ではありませんね?」

「え? 別に変なものではないですよ。エプロンとコックコートをお願いしようかと……」

「コックコート?」

「料理人が服を汚さないための服です」


 料理実習を重ねる中で、ずっと気になっていたことがある。

 この世界は不老不死社会という事情もあり、衛生観念があまり高くない。


 王宮の料理人達も、普段着のまま調理していた。

 一応、前掛けのようなものはしているけれど。


 白い服を着た料理人。

 そのイメージが染み付いている私には、どうしても違和感があった。


 ガルフの店では、給仕役と料理人に白いエプロンを採用している。

 けれど、今後料理が広まっていくなら、料理人には最初から衛生意識を持って欲しい。


 だから――

 お世話になっている王宮の料理人達と、店の人達に、試作品としてコックコートを作ってプレゼントしたいと思ったのだ。


 それから、孤児院で働いてもらう人達にもエプロンを。

 保育士にとって、エプロンは戦闘服だ。


 可愛い動物柄は、まだ早い。

 服を汚さず、動きやすく、実用的なものを。


「丁度いいわ。今日はシュライフェ商会のプリーツィエが来ています。

 私の目の届くところで注文なさい。

 エプロンはともかく、コックコートは今まで無かった服の形です。既製服として作らせた方がいいでしょう」

「解りました」


 程なくして、顔なじみとなったプリーツィエ様がやってきた。


「あの方の用事で来たところを無理を言いますが、頼みたいことがあるの」

「またマリカ様のお洋服を作らせて頂けるのですか?」


 わくわく、と全身から期待を滲ませるプリーツィエ様。

 視線が、ちょっと怖い。


「私、最近、子ども服を作るのが楽しくて。

 この間もガルフ様から大量の子ども服のご注文を頂き、今日も素晴らしいご注文を受けたばかりなのです」


 夢見るような、うっとりとした目。


「子どもの魅力を、素敵な服で多くの人に知らせること。

 それが私の使命ではないかと!」


 頼もしい。

 でも、やっぱりちょっと怖い。


 ――あ。

 ガルフから子ども服の発注があった、ということは。

 新しい子達の服は、もう手配済みなのか。


 さすがガルフ。


「今回は、私のではないのですが……少し新しいデザインの服なので」


 一瞬しょんぼりしたプリーツィエ様だったが、保育用エプロンとコックコートのデザインを見るや否や、表情が一変する。

 お針子兼デザイナーの目だ。


「なるほど。どちらも、機能性に優れた服ですね。

 子どもの面倒を見る女性だけでなく、働く女性全般に求められそうです」


 白い布地、ダブルボタン、折り返しのカフス。

 覚えている限りの工夫を木板に書き出して渡す。


 保育用エプロンは、チュニック型。

 横をボタンで留め、着脱しやすく。

 大きめのポケットを複数。


 保育士は、持ち歩く物が多いのだ。


「……店主と相談の上になりますが、この服を既製品として販売する許可を頂けますか?」

「カトラリーや調理器具と同じですね。

 詳しくは、店主同士で」


「解りました」


 エプロンやコックコートも、この世界では十分に商品になる。

 今更ながら、そう実感する。


「相変わらず、何が出て来るか解りませんね……。

 監視出来て良かったです。

 今日はもうお帰りなさい。リオンが来ているはずですから、一緒の馬車で」


 ため息と共に告げられて、私は思わず瞬いた。


 ――何故に、リオン?


 帰り支度を整え、玄関へ向かうと。

 本当に、馬車とリオンが待っていた。


「……内緒にしとけって言ったのに。

 ライオの奴が、馬車を二度出すのは手間だ、一緒に帰れって」


 照れたように頭を掻きながら、リオンは真っ直ぐ手を差し出す。

 そのまま、きちんとエスコートしてくれた。

 馬車の中で聞いてみる。


「今日はこっちに来てたの? あ、皇子の用事で呼び出しだったり?」

「まあ……そんなところだ。理由は聞くな」


 聞くなと言われると、逆に考えてしまう。

 安楽椅子ならぬ馬車道探偵の推理。


 リオンは皇子の元にいた。

 プリーツィエ様は皇子の用事で来ていた。

 服飾商会。トップクラスのデザイナー。

 そして、素晴らしい注文――。


「あ!」


「もしかして、皇子がリオンの服を作った?

 ティラトリーツェ様が、私にしてくれたみたいに?」


 リオンが吹いた。


「!? なんで解る!?

 マリカにも予知眼があるのか!?」


 顔が、エナの実みたいに真っ赤だ。

 推理、的中。やったね!


「いいか! 皆には言うな!

 アルにも、城のチビ共にも、エルフィリーネにもだ!」


 フェイは知っているのだろうな、と思いつつ頷く。


「……騎士試験に受かったら必要になる。

 一枚くらい持っておけ、って言われてな」


 言い訳めいているけれど、嬉しさが隠れていない。


「騎士試験って、いつ?」

「風の一月の終わりだ。

 秋の戦が空の一月の終わり、大祭が二月の始め。

 空の二月が終われば、すぐ冬だ」


 時が流れるのは、本当に早い。

 春が過ぎ、夏が終わろうとしている。


 目まぐるしい日々の中で。

 それでも、多くの出来事は、確かな前進だった。


 リオンの騎士試験も、きっとその一つになる。


「頑張ってね、リオン」

「ああ。必ず受かってみせる。精霊の獣の名に懸けて」


 私は今から、リオンの騎士姿を見るのが――

 とても楽しみだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ