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魔王城 保育士二人

 今の私の家は魔王城だ、という自覚はある。

 アルケディウスのガルフの家は、仕事のために借りたアパートで、魔王城は実家。


 エリセが魔王城からアルケディウスに毎日通うようになってからは、私も週の半分以上は夜、魔王城に戻って皆と過ごすようにしている。

 身体は忙しい。けれど心は、こうして戻るたびにきちんと整っていくのが分かる。


「やはり、マリカ様がいらっしゃると皆様の表情が違います」

「そうかな?」

「ええ。普段は皆様、本当に聞き訳が良くっていらっしゃるのですの」


 夕食をみんなで食べて、絵本を読んだり、皆で遊んで。

 お風呂に入ってから寝かしつける。


 そんな毎日のローテーションを終え、私はティーナの部屋で、私がいない間の報告を聞いていた。

 この時間があるから、安心して外へ出られる。

 私がいなくても、魔王城の生活が崩れない理由が、ここにいる。


「リグも本当に動きが活発になってきているね」

「なんにでも遠慮がなくって大変ですわ」

「離乳食はどう?」

「順調です。味のあるものが好きで、パンがゆなどよりは果物や肉のそぼろなどを好んでいます。

 こんな小さなうちから好みというものはあるのだと驚いています。

 日々、発見、ですわ」


 保育計画。

 毎日の様子に合わせた課題や生活のプログラム。

 そういうものを改めて確認し、必要なら指示を出していく。


 ティーナは、私が信頼する保育士だ。

 心配はしていない。していないのだけれど――。


「そんなに違うもの?」


 ぽろりと、問いがこぼれる。


 ジャックとリュウは、私が帰るとおんぶにだっこで甘えて来る。

 本当に離れない。腕をほどこうとすると、さらに力を込めてしがみつく。


 ギルやジョイも構って欲しそうに近づいて来るし、年中組も自分が作ったものを見せたり、今日の出来事を報告したり。

 競い合って話しかけてくる様子は、可愛い。可愛いけれど。


 やはり――無理させちゃっているかな?

 そんな罪悪感も、胸の奥に刺さる。


「ええ。リュウ様やジャック様は特に、寂しいのを一生懸命我慢しているように思います」


 ティーナの声は優しい。

 けれど、甘さではなく、現実を見据えた優しさだ。


「皆様、マリカ様達を心配させまいと頑張っておいでですが……」


 私がいない間、頑張った分。

 いる時に、甘えたくなるのだろう。


 それは、できる限り受け止めていきたい。

 けれど――私は、いよいよ魔王城の外でやるべきことが増えている。


 


「ねえ、ティーナ。相談があるの。

 忌憚なく応えて。ダメ、とか困る、でもいいから」


「なんでございましょうか?」


「勿論二人に話して承諾を貰ってからの事、なんだけれどね」


 真摯な眼で私を見つめる親友に、私は今日ここに来た理由を口にした。


「アーサーとアレク。二人を外に連れ出したい、って言ったらどう思う?」


 予想外の提案だったのだろう。

 ティーナはすぐには返さず、少し視線を落として考える。


 その沈黙が、責任の重さを物語っていた。


「そう、でございますね。

 今の時期、お二人がいらっしゃらないと色々困る、というのはございます」


 そして、誠実に言葉を繋ぐ。


「エリセ様、ミルカ様がアルケディウスに通うようになられて、子ども達は少し揺れていましたから」


 私は小さく息を呑む。

 やっぱり、そうなるよね。


「ふざけがちになる子ども達を引き締めてくれるエリセ様、ミルカ様がいなくなって、つい、ふざけすぎてしまう。

 そういうことは良くありました。

 お部屋の中を走り回ったり、ケンカしたり。

 勉強の時間を面倒がって逃げようとすることもあったのです」

「度が過ぎると、エルフィリーネ様が諌めて下さっていましたが……」

「あちゃー。ごめん。迷惑かけてるね」


 物わかりが良いようで、やっぱり子どもだ。

 遊びや、やりたいことに夢中になると、好きではないことは後回しになる。


 予想できたはずなのに、私は、心のどこかで皆の頑張りを信じて、甘えていたのかもしれない。


「いえ。そういうことがあるかもしれない、とは伺っておりましたし」


 ティーナは、私を責めない。


「そんな中で、最年長としてお二人は他の子より自制して、ふざけること少なく頑張って下さっていました」


 その言葉に、胸が少し熱くなる。


「特にアーサー様からは、リオン様を感じる事もしばしば……」

「アレク様は、物静かですが芯は強く、悪い事をした子に丁寧に、根気強く諭して下さる場面もあって、こちらはフェイ様を思わせます」


 私のいない場所での、子ども達の成長。

 それを聞くのは、感慨深い。嬉しい。


「そっか。アーサーは先頭切ってふざけちゃうかと思ってたけど……頑張ってくれていたんだね」

「ええ。それが、自分も島の外に、アルケディウスに行きたいという思いからだとしても。

 とても頑張って下さっていると思います」


 ティーナは正直に、けれど最後まで温度を落とさずに告げた。


「ですから、お二人が抜けると大変、という気持ちは確かにあるのですが……」


 そこで一度、息を置く。

 保育士として。子どもを見守る者として。

 大人の事情だけで答えを出さないための間。


「それは大人の都合。

 お二人の成長、そしてアルケディウスでの活動に必要、というのであれば反対は致しません」


 私は、微かに肩の力が抜けた。


「マリカ様がそれを必要と思ってのことでございましょう?」

「……うん。二人にはね、モデルになって欲しいの。

 これからアルケディウスで育つ子ども達の……」


 ティーナは小首をかしげる。


「モデル……でございますか?」

「そう。お手本、って言ったらいいのかな。

 目指す姿。目標。そんな感じ?」


 私は、アルケディウスで元奴隷だった子達を対象にした孤児院を開くことになった、と説明する。

 アルの事情と今回の事件については、前に話してある。


「あの子達の側には、歪んだ大人しかいなかった」


 言葉にした途端、喉が少し痛んだ。

 思い出してしまう。

 檻の匂い。怯えた目。黙り込んだ小さな身体。


「どういう風に生きるのが正しい子どもなのか、あの子達自身、解っていないと思う」


 私は、拳を握る。


「だからね。アーサーとアレクには、新しい子ども達に、どういう風に動いていいのか。

 それを見せて欲しいなって思っているの」


 魔王城の島で、最初の頃。

 アーサーは自分より大きくて頼もしいリオンを、自分の目標と定めた。


 その背に届くように、と。

 あの子なりに必死に頑張ってきたことを、私はちゃんと知っている。認めている。


 アーサーなら、きっとどんな子にも偏見なく、明るく接してくれるだろう。

 アレクは、魔王城の島で目覚めた最初の能力者。

 足が不自由というハンデがあるけれど、リュートという自分の特技でそれを補い、揺ぎ無い自分を確立した。


 どんなマイナスがあっても。

 思い次第で、努力次第で、プラスにできるのだと。

 その姿が、何よりも証明している。


 新しい孤児院は、魔王城での最初の保育と違って、私もずっと付き添ってあげられるわけではない。

 出来る限り、助けていきたいとは思う。

 けれど、現実に私の手は、ひとつしかない。


 だから。

 新しい子ども達に、保育士以上に大事で、色々な事を教え、気付かせてくれる存在。


 友達。


 それを、作ってあげたいのだ。


「孤児院で寝泊まりして、寝食を共にできれば最高だけど。

 それは流石に難しいと思うから、当面は通いでね」

「新しい子ども達が自意識を持つようになった後、帰る場所があるお二人を見て羨む事などはありませんか?」


「それは、あると思う」


 私は頷く。

 理想だけを言ってはいけない。羨望も嫉妬も、子どもの自然な心だ。


「でも、元より環境ってみんな同じじゃないんだ。

 だから、孤児院があの子達にとっての魔王城になって、アレクやアーサーに負けないようになるぞ、って気持ちを持ってもらえればいいなって思うの」


 今はまだ、それ以前の問題。


 奴隷として命じられるままに育ってきた子達に、自由にしていいよ、と言っても、多分解らない。

 なら、元気に動く子どものモデルを置く。


 こんな風に動いていいのだと。

 こんな風に笑っていいのだと。

 身体で、生活で、伝えていく。


 私の思いを受け止めてくれたティーナは、柔らかく微笑み、頷いてくれた。


 彼女は子ども達と同じように、私の思いも認め、受け止め、受け入れてくれる。

 傾聴と共感。

 保育士の基本中の基本を、教えられなくても行える。


 それは、得難い才能だと思う。


「マリカ様にお考えがあって、その為に必要というのであれば、先ほども申し上げました通り私、は反対致しません」


 不自然な切れ目を、私は心の中でそっと繋ぎ直す。


「アーサー様、アレク様にとっても念願の外。

 そして求められてのこととあれば、きっとお二人にとって大きな成長の場となりましょう」


 ティーナは真っ直ぐに私を見た。


「どうぞ、御心のままに」


「ありがとう」


 感謝の言葉は、今の答えだけに返したものではない。

 ティーナがここに導かれたこと。

 私の不在を支え、もう一人の保育士として子ども達を慈しみ、支えてくれること。


 その得難い事実と、奇跡に対して溢れた思いだった。


「二人を連れて、毎日帰って来るから。

 子ども達のフォローも、保育計画も、しっかりやっていくし。

 困ったことがあるなら相談に乗るし、手助けもする。

 だから……」


 私はティーナを見つめ、請い、願い託す。


「魔王城と子ども達をお願い。ティーナ。

 私の親友。もう一人の保育士……」

「私の微力を尽くして……お答えします。我が主……」


 頼もしい親友の笑顔があれば、何でもできる。

 私は具体的な計画と流れをティーナに説明しながら、同時に自分の中でもまとめていった。


 世界の環境を整え、子ども達を整える。

 私の目標の第一歩が、ここから始まるのだから。

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