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王都 ドルガスタ伯爵視点 奴隷だった少年

 ふと、書類を見ている時、思い立ってベルを鳴らした。

 さほど待つ間もなく、子どもが近寄ってきて跪く。


「お呼びでございますか? 閣下」


 淡いアッシュブロンド、青い瞳。

 整った顔立ちをしているが――生憎と、私が呼んだのはソレではない。


「アレはどうした?! アレは!」

「アル、でございますか? 今日は風の曜日ですので、ゲシュマック商会の方に仕事に出ております」

「ちっ……そうか」

「お急ぎの用事でしたら、私めが……」

「お前では代わりにならん!」


 苛立ち紛れに、テーブルに置いた鞭を手に取り、一振るい。

 小さく上がる悲鳴と、苦悶の表情。

 それを見て、少し溜飲が下がった。


「戻ったら私の部屋に来るように伝えろ!」

「かしこまりました」


 口答えもせず、ソレは頭を下げて退がっていく。

 一人になると、また苛立ちが戻ってきた。


「まったく、事が思い通りに運ばぬというのは腹立たしい!

 これもそれも、あの娘と、商会と、皇子のせいだ!!」


 私は苛立ちを隠せぬまま、不快感の元凶たる連中を苦々しく思い出していた。


 食料品扱いとして王都に名を轟かせ始めたガルフの店――改め、ゲシュマック商会。

 皇族の料理人に料理を教え、各地の大貴族から食料品を『買い取り』、至上の美味を作り出し、王都を、アルケディウスを魅了する。

 破竹の勢い。まったく目障りな店だ。


 その店に、私の家から二年前に消えた逃亡奴隷らしきモノがいる。

 そう知ったのは、つい最近のことだった。


 幸運を選ぶ目を持つ異能力者として買い取った奴隷(子ども)

 私は子どもを、よく奴隷として買っていた。

 奴らは躾ければ大人より従順だし、若く、扱いやすい。


 稀に異能を発揮する者もいる。

 大人に高い金を長く使うより、便利なのだ。


 その奴隷(子ども)は最初から、異能を持つ者として売られていた。


『ご覧下さい。この金髪、碧の瞳。アルフィリーガと同じ色で、側に侍らすだけでも価値がありますぜ』


 奴隷商人は、けっこう足元を見てきた。

 最初は比較的まともだったのに、刻印を刻み『使って』行くにしたがって、段々にソレは正気を失っていった。


『この程度で死ぬなよ。まだ、全然元を取っていないのだからな』


 扱いづらさに難儀したことを思い出す。

 別に買い取った奴隷(子ども)の一人が、『言葉を持たぬものを従わせる声』という異能を発現させてから、ようやく安定して『使える』ようになっていた。

 ――それなのに、ソレはある日突然、姿を消した。


「まったく、どうやって逃げ出したのやら」


 基本的に側から離さず、来客などで側に置けない時は、鍵のかかった地下牢に閉じ込めておいたはずだった。

 鍵のかかった部屋から、アレは忽然と姿を消した。


 どうやって逃げ出したのか、今もって解らない。

 手を尽くして四方八方、王都中を探したのに見つからず。

 理由も解らぬまま、二年の時が過ぎてしまった。


「きっとライオット皇子が手引きしたに違いない。

 でなければ、普段滅多な事では私に声さえかけない皇子が、我が家を訪れる等ありえないのだからな」


 珍しくもライオット皇子が我が家を訪れた日。

 周囲を探索し、怪しげな子どもを見つけた者は、追おうとしたところをフードで身を隠した男に阻まれたと言う。

 その後数日、皇子が姿をくらました事から見ても関与は明らかだが――生憎と証拠はない。


 倒された手の者達も、ソレを連れ出したらしい子どもが二人いたことしか覚えていない。

 黒髪と銀髪の子どもだった――それだけだ。

 基本子どものいない王都で、目立つ外見の子どもがつるんでいれば見つからないはずがないのに、手がかりの欠片さえも残らなかった。


 そんなソレの情報が入ってきたのは、今年の夏の戦。

 社交シーズンの始まりにアルケディウスへ来てからのことだった。


 王都で話題のガルフの店。

 屋台店舗の護衛を時々務める、アルフィリーガのような少年がいる。


 噂を聞き、調べれば特徴は完全一致。

 しかも周囲に黒髪と銀髪の少年がいて、ライオット皇子の気に入りで後見の店。


 すべての状況が、その少年が我が家から消えた逃亡奴隷(子ども)で、第三皇子に匿われていたのだと示していた。


「二年過ぎれば、ほとぼりも醒める……諦めたとでも思ったのか?」


 生憎と私は、一度手にした『自分のモノ』を諦めるような、物わかりのいい男ではない。

 ましてソレがいなくなったことで、投資やギャンブルに安定感が無くなった。

 大貴族(デューク)としての地位も随分と落ちた。


 絶対に、何があろうとも取り戻す。

 利子を付けて返して貰う。

 そのつもりで、綿密な計画を立てていた。


 まず、ゲシュマック商会に、店で働いている子ども『アル』が逃亡奴隷であることを、大貴族(デューク)の名において通告する。

 そしてゲシュマック商会を犯人として追及し、逃亡奴隷の返却と賠償を要求する。


 おそらく、直ぐには応じない。

 館から盗み出すほどに価値を知っていたなら、買い取りや揉み消しを申し出て来るはず。

 そこを狙って脅し、ゲシュマック商会の情報や優遇措置を要求。

 合わせて、商会の鍵を握るというマリカと、ゲシュマック商会そのものを手に入れるつもりだった。


 皇家に保護されているとはいえ、所詮は女子ども。

『手に入れて』さえしまえば、口を封じることも難しくない。


 凄腕の魔術師と名高い銀髪の少年と、第三皇子が従卒に取り上げたという凄腕の戦士らしい黒髪の少年。

 奴隷盗難の実行犯だ。

 違っていると言っても、そう言って証拠をでっちあげて追及すればいい。

 皇家の支援を受けているのだ。騒ぎを起こして評判は下げたくないはず。


 それに私には、子どもを黙らせ、従わせる秘策があった。

 奴隷商人から譲られた秘密の香。


 それを嗅がせれば思考が蕩け、子どもはみんな言いなりになる。

 大人でさえ、記憶や意思を曖昧にできる。

 たまに妻に使っているので、効果は保証付きだ。


 奴隷(子ども)など、苦痛と恐怖と薬で縛り付けてしまえばいいと、私は知っているのだから。


 ――ところが。

 予定は初期段階で、あっさりと崩壊した。

 ゲシュマック商会が第三皇子立ち合いの会見の場で、


「もうしわけございません。逃亡奴隷であるなどと知らずに買い取りました。

 ドルガスタ伯爵の所有物であるというのなら、即座にお返しします」


 と、あっさり返還に応じたのだ。

 購入した金額だと、金貨十枚を賠償として支払ったうえで、


「ですが、この少年『アル』には教育を施し、店の重要な部分を任せております。

 週に数回で構いませんので、店にお貸し頂けないでしょうか?」


 店主はそう私に平伏して、依頼してきた。


「週三回、一週に付き金貨一枚ではいかがでしょうか?」

「金貨一枚? 週に?」


 大人の国を動かす貴族でもありえない高額の提示に驚いたが、応じれば店に切り札を与える事になる。


「金貨三枚なら考えても良い」

「解りました。ではそのように」


 冗談のつもりで言ったのに、あっさりと言質を取られた。

 奴隷『アル』は私の手に戻りながらも、奴らとの関わりを残すことになった。


「長らくのご無礼、お許し下さい。ご主人様」


 そうして二年ぶりに戻ってきた『アル』は今、あの時とはまったく違う、一人の人格と意志を持つ存在として、私の前に跪いている。


 戻ってきた『アル』は驚くほどに有能になっていた。

 まず、店で習得してきたという料理のレシピを惜しげも無くいくつも料理人に教える。

 おかげで皇族でさえ、まだ殆ど味わった事の無いアルケディウスの新事業『新しい味』『新しい食』を私達は堪能できるようになった。

 妻も派閥のお茶会で鼻高々であったようだ。


 加えて読み書きも、計算も、財務会計を預かる文官に匹敵しており、気まぐれで仕事を見せた奴が本気で助手に欲しがるほどに役立ってみせたという。

 ゲシュマック商会の重要部門を任されている、というのは嘘では無かったらしい。


 武人としての能力も、そこそこ以上にある。

 護衛騎士の一人が敗北した時には、


「まるで、アルフィリーガのようだ」


 そんな感嘆の声が周囲から零れていた。


 仲介者なしでも指示を理解し行使できるようになった異能力。

『未来を見通し、良いモノを選び出す』能力も健在で、いくつかの投資や貴族同士の賭け事で私に十分な利益を与えている。


『アル』の埋め合わせにと集めながらも役に立たなかった奴隷ども。

下手をすれば大人の使用人、数人以上に値する価値がある――そう、奴はその働きで証明していた。


 扱いづらさも、不満もある。

 週三日、ゲシュマック商会に出さなくてはならないので、下手な傷はつけられない。

 アルフィリーガを思わせる外見と能力を妻が気に入って見せびらかすようになったせいで、手元に置いておける時間はかなり少なくなっている。


 何より――


『奴隷盗難を表ざたにしたくなければマリカを寄越せ』


 と脅す計画が成立しなくなってしまった。

 おかげで第一皇子主催の集いの時、


「あの娘を入手できる目途は立ったのか?」


 と皇子や周囲の連中に揶揄われるありさまだ。


 料理のレシピはいくらか手に入っても、商会の秘密に関しては『守秘義務があるので』とガンとして口を開かない。

 皇家よりも明らかに優位に立てた――わけでもない。


 腹立たしい。


 僅か一週間足らずで妻や館の人間や部下たちまで、アレを気に入り、頼りにし始めているのも鬱陶しい。

 アレは、『アル』は私の所有物、奴隷だというのに……。


 苛立ちが胸に溜まり、私は息を吐き出した。

 その時だ。


「ご主人様、お手紙です」


 私に一通の書簡が届いたのは。



「アルが戻りました」


 そう報告が入ってから、


「ご主人様、ただいま戻りました」


 アルが私の前に跪くまで、けっこうな時間が過ぎていた。


「今まで、何をしていた?」

「文官の方に声をかけられ、財政計算の確認を。それから厨房の者に明日のメニューについて知らせ、奥方様に明日の用事を聞かれ、後は使用人達に呼ばれて不調の子どもの様子を見に……」

「口答えをするな!」


 ビシッ!


「!!」


 肩口へ、私は鞭を振り下ろす。


「お前が優先すべき事はなんだ!

 私の命令以上に優先することなど無いと、早く理解しろ!」

「申し訳、ございません」


 背に回り、さらに一度、二度、三度。

 重い皮が空気を裂く。衝撃で服が破けるが、知ったことではない。

 今は小生意気になった所有物への躾が先だ。


 呻き声さえ上げず、アルは唇を噛んでいる。


「賢しく立ち回っているようだが、忘れるな。

 名前を得ようと知恵を付けようと、貴様は私の所有物だ。

 永劫、その命が尽きるまで、な」

「あうっ……!」


 ドン、と鞭の持ち手で背中の中央を打つ。

 この真下には、決して消えぬ従属の証が刻まれている。


 私は子どもが成長しようと、不老不死を与えてやるつもりはない。

 今までもそうだったし、無論これからも。


 異能者は不老不死を得ればただの人間になる。

 そして不老不死を得てしまえば、人権を持ってしまう。

 ギリギリまで使って、使って、使い潰してやるだけだ。


「……承知しております」

「解ったらさっさと奥に来い!」

「はい……」


 香に火をつけ、隷従させる。


 金髪、碧眼。アルフィリーガと同じ色を持つ子どもを服従させ、従属させ、支配する。

 勇者を従えているような爽快感は、他の連中では味わえない。代わりがきかない。


「気を取り直して、新しい作戦を考えるとしよう。

 お前を心配し、自分から、どうやらあちらがやってきてくれるようだしな」


 私は意識を失ったアルと、サイドテーブルに乗せた手紙を見やって、にんまりとした。

 仕掛けが、やっと効を奏したようだ。


 焦らせてくれたが、運が向いてきた。

 こいつは手放さない。マリカも、ゲシュマック商会も、必ず手に入れる。


 子どもなど、大人の道具、奴隷なのだから。

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