表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/552

王都 閑話 第一皇子視点 世界を変える娘

「欲しいな……」


 それは、あくまで聞かせるための呟きだった。


「何を、お望みなのでしょうかな? ケントニス皇子」


 だから当然、周囲に侍る、聞く耳と考える頭を持つ者達は、私が欲する問いを差し出してくる。


 ここは王宮の一角、私のために用意されたプライベートエリア。

 集っているのは、私の派閥に属する大貴族(デューク)――皇王より領地を預かる諸侯達だ。


 提示された新しい情報が記された羊皮紙を囲み、わやわやと論を交わしながらも、私の言葉一つを聞き逃さぬ目端の利く連中である。


 夏の社交シーズン。

 彼らは週に一度こうして集まり、それぞれの領地の現状や新たな情報を交換する。

 参加は義務ではない。

 だが、アルケディウスの新規産業である『食』の総責任者が主催する会合を断る者など、そうはいない。


「いや、気にするな。単なる独り言だ」


 軽く手を振ってみせるが、


「存じておりますよ、皇子」


 にやけた笑みを浮かべ、ドルガスタ伯爵グラーデースが、ぬるりと距離を詰めてきた。


「あの娘でございましょう?

 女、しかも子どもでありながら、高い能力と知識を持ち、第三皇子のお気に入りという……」


「マリカ、でしたか? 黒髪の少女。話は少しですが聞いております」


 情報通で名高いトランスヴァール伯爵が、同意するように頷く。


「ガルフの店を、幼いながらに指揮しているとか」

「皇家の料理人達に指導までしていると」

「あの堅物で名高いザーフトラクが、保護者を名乗り出ているとも聞きましたぞ」


 諸侯達が次々に口を開く。

 どうやら、想像以上に目立ち始めているらしい。


「マリカは、ライオットやザーフトラクだけではない。

 皇王妃、果ては皇王陛下にまで気に入られ、直々に精霊金貨を賜る程だ。

 作る料理はどれも美味。

 しかも神の常識に囚われぬ知性で『新しい味』の根幹を支えている」


 私は否定も肯定もせず、テーブルの書類を指で叩いた。


「その図録と指示書も、マリカ――その娘の手によるものだ。

 噂の麦酒を見つけ、世に出したのもな」

「ほお……それはそれは」


 興味なさげに振る舞っていた大貴族達の目が、明らかに変わる。

 獲物を見定めた肉食獣の眼差しへと。


 今、大貴族(デューク)達は競うように領地を調べさせている。

 『食』と呼べる産物が眠っていないかを。


 かつて肥沃な農耕地帯だったロンバルディア候領が、大量の麦と引き換えに『新しい味』のレシピと製粉機を得たこと。

 密かに麦酒醸造を続けていた一族を見つけ出したこと。


 それらはすでに、彼らの間で成功譚として共有されていた。


「ぜひ、この図録と手引書を写させて頂きたい。

 先日、我が領地でも麦を納品しましたが、種類が揃っておらぬ上、雑草が混じっていると買いたたかれましてな」


 悔しげに言うオイティン伯爵が、唇を噛む。

 既に報告で聞いている話だ。


 買いたたかれた、とは言うが。

 実際は、重量を量り、雑草の比率と大麦小麦の差を説明し、返却分を差し引いただけのこと。

 文句を言える筋合いではない。


「そのようなことが起きぬよう、手引書を作成したと言っていた。

 印刷ギルドを紹介したので、そう遠くないうちに行き渡るだろう。

 それまでは順に写すがいい」

「ありがたいことですな」


 昨日、ゲシュマック商会との会見があった。

 事業の舵を握る私の前に、店主の名代として現れたのが、あの娘だった。


 困り事を具体例で示し、明確な基準を、目に見える形で提示する。

 申し込みから根回し、準備、説明、もてなしに至るまで――非の打ち所がない。


 昼餐に供されたのは新作のハンバーグ料理。

 私の好物だ。


 定番のエナの実のソースも好みだが、牛乳で作ったという新作は、驚くほど舌に合った。

 甘いものが得意ではないと聞き出していたのか、デザートはパータトとベーコン入りのパウンドケーキ。

 砂糖の甘みを感じさせず、それでいて、ふんわりと美味だった。


 これほど完璧な皇族対応ができる者が、並の貴族に何人いる?


 驚くべき娘だ。

 背後に第三皇子(ライオット)第三皇子(ティラトリーツェ)妃の指導があったとしても、だ。


 夜色の髪を揺らし、礼装でくるくると動き回る姿。

 夕闇の空のように澄み、迷いのない瞳。

 白く細い指が差し出す、黄金の液体を湛えたグラス――。


「そうだ。貴公らも飲んでみるか?

 ルペア・カディナの葡萄酒ではない、新しい酒を」

「ぜひに!」


 諸侯の顔が一斉に輝く。


 運ばせたのは、樽ごとの麦酒と冷やされたグラス。

 火の二月、室内ですら汗ばむ季節に、冷たいグラスへ注がれる黄金色の液体は、否応なく視線を奪った。


 毒見代わりに、私は一気に呷る。


 苦みと爽快さが喉を駆け抜け、


「ぷあーっ!」


 行儀は悪いが、幸せな吐息が漏れた。

 酒精が、柔らかな多幸感を運んでくる。

 あの娘の淹れたものよりは劣るが、それは仕方あるまい。


「宴ではない。味見だ。

 順に飲むがいい」


 一口目は恐る恐る。

 二口目からは、一気。


 あっという間に、全員のグラスが空になる。


「ケントニス皇子……」


 もう一杯、という視線を無視する。

 まだ王宮に一樽しかない、世界で唯一かもしれぬ『ビール』なのだ。


「正式な披露目は、秋の戦の後の宴だ。

 その時は、ビールに合う料理も用意させよう」

「その料理も、例の娘が?」

「料理の仕切りはメリーディエーラだが、協力はするだろう。

 『新しい味』のすべてに、あの娘は関わっている」


 ざわめきが広がる。


 上位貴族達は、まだ本格的な『新しい味』を知らない。

 下町の店へ足を運ぶことを、立場と誇りが許さぬのだ。

 ライオットのような皇族は、例外中の例外。

 気持ちは解る。痛い程に。


「つまり、その娘を手に入れれば、望む『新しい味』が思いのまま、という訳ですな」


 ドルガスタ伯爵の言葉に、喉を鳴らす者がいる。


「味だけではない。

 女達の間で流行している美髪液や香水、その考案者もあの娘だと聞く」

「ガルフの店から知識を買ったと、アドラクィーレが自慢していたな」


 計算高い視線が交錯する。

 そこに慈悲はない。

 獲物を見る狩人の目だ。


「契約上、あの娘を取り上げることはできぬ。

 準市民権を持ち、皇王陛下直々に褒美を賜った存在だ」


 父上の言葉が脳裏をよぎる。


『独占している訳ではなかろう』


「全く……両方を手に入れた者が次代を握るというのに、先手を取ったのがライオットとはな」

「いずれ養子縁組でもされるのでは?」


 そんなざわつきの中


「取り上げる必要はないでしょう」

「何?」

「ドルガスタ伯爵?」


「あの娘が、自ら店を出るよう仕向ければよいのです」


 低位の伯爵とは思えぬ自信に満ちた声音が響いた。


「第三皇子の庇護を離れさせ、その後で拾い上げればよろしい」


 敵意を隠さぬ目。

 彼は、明確に第三皇子を憎んでいる。


「子どもを優遇し、集め、使う店……

 子どもの扱いについては、私にも一家言がございます」


 その『意味』を、この場の誰もが理解した。


「第一皇子派閥に『食』と未来と魔術師をもたらせましょう」

「そうなれば良いな」

「どうぞ、お楽しみに」


 私はそれ以上、何も言わない。


 ただ、それぞれの思惑が、静かに渦を巻いていた。


 ――私は、深い意図があって呟いた訳ではない。

 ドルガスタ伯爵の焦りも、逆恨みも、すべてを知っていた訳ではない。


 せいぜい、嫌がらせでも起きれば。

 助けて恩を売れれば。


 その程度の考えだった。


 まさか、

 あいつらが――

 予想の斜め上を行く事態を引き起こすとは。


 この時の私は、欠片ほども想像していなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ