表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
196/561

王都 約束の酒

 皇国 アルケディウス王都。

 ガルフの店本店裏、倉庫前。


「び、びっくりした~」


 フェイの移動魔法から着地した私は、抱えた瓶を持ったまま――そのまま地面にへたり込んだ。

 膝が笑っている。足の裏がまだ宙にいる。

 と、とりあえずお預かりした瓶は割らずにすんだけれども、あまりのビックリに、もろくろを回さず瓶を守ったことは褒めて欲しい。

 真剣に。

 本当に。

 褒めて!


「おかえり! リオン兄、フェイ兄、マリカ。リードさん ? どうしたんだ? マリカ?」

「マリカ様、お疲れさまです。話は聞いて……って、ホントにどうなさってのです?」

「解りません。帰る直前に荘園領主と話をしたと思ったらこれです」


 迎えに出ていてくれたアルとガルフが、私の様子に首を傾げる。

 頭がパニックで、移動魔法中に説明もできなかった。

 転移の風は容赦なく、こっちの都合なんて待ってくれない。


「ガルフ、リードさん。後で、事情説明しますから、ちょ、ちょっと待って下さい。

 あ、あとこれエクトール様から、

 ロンバルディア候への預かりものです。お願いします。

 で、フェイ! アル! リオン!! ちょっと来て!!!」


 私はとりあえず、絶対に壊せない酒瓶を一本、ガルフに預ける。

 手放した瞬間、肩の力がわずかに抜け――代わりに、胸の奥の焦りが跳ね上がった。

 そのままリオンの手を強引に引っ張った。倉庫の裏へと連れ込む。

 リオンを引っ張れば、他の二人もついて来る。間違いなく。


「? ホントに、どうしたんだ? マリカ?」


 首を捻るリオンの後を、予想通りフェイとアルがついてきてくれた。

 私は周囲を一度だけ見回し、誰もいないことを確認してから、息を吸って――言った。


「エクトール様が、私の事 精霊の貴人(エルトリンデ)って呼んだ!」

「はあ?」「え?」「なに!!」


 三つの反応が、ほぼ同時に飛んでくる。

 こちらで留守番していたアルは多分、交渉が成功した、までしか聞いていない。

 だから私は順を追って説明する。


 エクトール荘領は麦酒を作っていた酒蔵だったこと。

 その酒蔵のお抱え術師は、エルトゥリアの魔術師の杖の一本、アーグストラムを持つ精霊術士だったこと。

 そして昨晩アーグストラムと話をして、互いの所在の確認をしたことまで。


「で、帰り際、エクトール様が私に頼んだぞ。精霊の貴人(エルトリンデ)、って。

 アーグストラムに会ったらよろしく言ってくれって。

 リオンのアルフィリーガ、はともかく私のエルトリンデ、って皇子やガルフ達にも言ってないよね?

 なんで? なんで、エクトール様が知ってるの? 私を呼ぶの?」


 早口になっている自覚はある。

 でも、止まらない。

 自分の中で、言葉を出して整理しないと、怖い。


「落ちついて下さい。マリカ」


 フェイが大きなため息をつきながら私を見る。

 出来の悪い子を見るような生暖かい眼差し。

 いや、出来が悪い事は自覚してますけどね。


「つまりは昨日の俺達の会話を聞かれたってことだ。

 森の中にでもいたんだろエクトール卿は」

「え? あ、そうか……」


 リオンの言葉を聞けば、確かに全て腑に落ちる。

 というか、それしかない。


 うわ、ヤバい。

 神との戦いとか、エルトゥリアとか、星の代行者とか。

 そんな会話、しちゃったよ。


「フェイやマリカはともかく、どうして俺にまで酒をくれたのか解らなかったが、夕べの話を聞かれて、俺の正体に気付かれてたのなら納得がいく」

「僕もアーグストラムと出会えた事で少々舞い上がっていて警戒が薄くなっていたことを否定はしません。

 ……思えばアーグストラムは気付いていた節がありますね」


 ふと昨夜を思い返す。

 森の方に目をやったりしていたことがあったような…………。

 その時は、ただの癖かと思った。

 でも、あれは――。


「僕達に何も言わなかったことを考えると、彼にとってエクトール様は術士に等しい程に信頼できる相手なのでしょう。

 蔵人が消え、子ども……オルジュが精霊術士としての杖を持って独り立ちする。

 蔵の主が不審に思われない筈がありません。

 詳細は本人達に聞いてみないと解りませんが、アーグストラムの杖としての名まで知っていた、ということは多分自分の正体かそれに近いところまで話をしている可能性はあります」

「万に一つも情報が漏れる可能性はない、って言ってたもんね」


 でも……それじゃあ。

 わざわざ私にそれを言った意味は……。


「もうマリカだって、解ってんだろ?

 お前の味方をしてやるって、言ってくれたんだと思うぜ。

 その人」

「うん」


 ぼんやりとする私のほっぺを両手でアルがぺちんと叩く。

 ぱちん、という小さな音で意識が戻る。

 視点が一点に定まると、アルの言葉が真実だと簡単に理解できた。


「そうだな。

 わざわざ言わなくても、黙っていればいい立ち聞きを自分から教えて酒を、自分の努力の成果をくれたんだ。

 エクトール卿の決意表明、だろ?

 お前達が誰だろうと、神を敵に回そうと味方してやるってな」


 本当は、正体が知れたことを慌てなくてはならないのだろう。

 でも――それが『敵』ではないなら、慌てる必要はない。

 胸の奥のざわつきが、少しだけ温度を落とす。


「エクトール卿については当面スルー。聞かなかった事にしておいてください。

 いつかアーグストラムやオルジュの力が必要になったり、もしかしたら酒の販売を始める事で神に睨まれる何かが発生した時に改めて相談する、でいいと思います」

「……そうだね。なんだか大騒ぎしちゃってごめん」

「マリカの反応を狙ってあの場、あのタイミングで言ったのでしょう。随分楽しい方のようですね。エクトール卿は」

「頼もしい味方がまた一人増えたってことだ。良かったな」


 くしゃくしゃ、と私の頭を撫でてくれるリオンに、

「うん」

 私は頷いた。


 職人気質で優しい、本当に良い方だ。

 エクトール様は。

 知られたのがあの方で、むしろ良かったと思おう。


 あっちからツッコまれない限りは言わない。それでいい。

 伝言はいずれアーグストラムに伝えるにしても。


 私は本当に運がいい。

 出会う人達に、ありがたい程に恵まれている。


「酒蔵での詳しい話は後で聞かせてくれよな。

 魔術師の杖の話とか」

「了解。あ、そうだ。このお酒はどうしよう?」


 アルに頷いてから、私は今も抱いたままのウイスキーの瓶を見つめた。

 冷たいガラスの感触が、さっきまでの混乱を現実に引き戻してくれる。


「俺はライオにやろうと思う。

 報告がてらちょっと行ってくるから」

「リオンが皇子にあげるならティラトリーツェ様にあげなくてもいいかな?」

「特に急ぎ開ける必要も無いでしょう。大事に取っておけばいいのでは?

 僕もそうします」

「そうだね。いつか、私達が大人になった時にゆっくりと楽しめるように……。大事な約束のお酒、だからね」


 ――『約束の酒』。

 その言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。

 いつかの未来に、確かに続く道標みたいに。


 話を終えた私が執務室に戻ると、部屋には花の香りが溢れていた。


 濃厚でむせ返るような、深みのある香り。

 部屋に花でも飾ったのかな? と思ったけれども違う。

 ガルフさんとリードさんが、貰った瓶を開けていたのだ。


「もう開けたんですか?」


 来客用のサイドテーブルに差し向かい、貴重なガラスグラスに入れたウイスキーを見つめる二人の顔は真剣だ。

 琥珀色の波がグラスの中でゆらりと揺れる。

 揺れに合わせて、香りがふわりと立ち上る。


「勿体ないとは思いましたが、この世界において初めての『ウイスキー』です。

 皇王陛下は勿論、神でさえ味わった事の無いものを、逃すわけには参りません」

「これは、本当に凄いものです。こんな濃く、馥郁な味わいと香りを持つ酒がこの世に存在するとは……」


 私はウイスキーを飲んだことはない。

 向こうの世界の二十代女子に、ウイスキーが好きな子はそういないと思う。

 でも――。


「ウイスキーってこんな香りがするんですね」


 豊潤で甘さやかで、濃い香りなのに本当に爽やかな感じがする。

 思わず二人のグラスを覗き込んだ私に、ガルフはもう一杯を注いでくれた。

 勿論、飲みはしないけれど。

 香りだけで、十分すぎるほど世界が揺さぶられる。


 グラスがくるりと回ると、鮮やかな花に似た芳香が広がっていく。

 これが二百年以上の歴史の香りなのか。


「マリカ様……」

「なんです?」


 私を見つめるガルフの目は、ウイスキーに酔いしれてはいない。

 むしろ冷厳なものが宿っている。

 ――商人の眼。世界を見る眼。


「どうか、お覚悟を」

「だから、何です?」

「酒は、料理と同じか、それ以上に世界をひっくり返すことになりましょう。

 リードも言っておりましたが麦酒……ビール、そしてこのウイスキーの味に逆らえる者はそういないと断じます。

 これを世に出せば世界は、より一層の速さで変わっていく。間違いなく」


 店の始まりから世界を変えて来たガルフの剛腕と鼻を、私は全面的に信じている。

 だからこそ、その言葉が重い。

 甘い香りの奥に、刃のような現実がある。


「貴方が、そう思うのですか? ガルフ」

「はい。マリカ様のご負担もおそらくはより一層に」


『それは、きっと大きな武器になる筈だ』


 蔵に行く前の皇子の言葉を思い出す。

 料理とお酒。

 世界を変える大きな武器は私達の手に入った。

 造り手の、協力と共に。


「構いません。きっと精霊の導きでしょう。

 世界と人々を変え、子ども達の環境を整える為にはいくら急いでもいいと思うのです」


 世界の変化は止まらない。これから一層加速していくだろう。

 だったらその流れを利用する。

 子ども達を溢さないように気を付けながら、駆け抜けるのみ。


「付いてきて下さいね。ガルフ。リード」

「勿論です」「心より」


 チンと合わせ、鳴ったガラスの音は心地よく、私の胸に響く。

 それはここにいない彼も含めた、頼もしい同志との約束の音色だった。



 そして、こちらはとある親友同士、二人だけの会話。


「いいのか? アルフィリーガ。お前が貰ったものだろう?」

「いいんだ。ライオ。お前に貰って欲しい」

「そうか……。お前からの形のあるプレゼント、なんて始めてかもな……」

「始めて、だな。あの頃はそんな余裕も無かった。

 俺は貰うばかりでお前に何も返せなかった」

「形の無いものは、山ほど貰っていたから、俺にとっては十分だったんだが……」


「? なんで棚に飾る? 飲まないのか?」

「ああ、あと七年待ってもらうさ。なに、二00年の時を経た奇跡の酒だ。

 七年くらい待っててくれるだろう」

「七年?」

「お前が、あの時別れた俺と同じ歳、二十歳になった時に、一緒に飲もう。

 ずっと夢だったんだ。お前と一緒に酒を酌み交わす事」


「酒ってそんなにいいものなのか?」

「ああ、いいものだな。

 酒に限らない。大人になる、ということはそう悪い事ばかりじゃないさ」

「解った。楽しみにしている。お前と、今度こそ肩を並べる大人になれるその時を」


 二人と酒瓶だけが知る、男の約束。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ