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王都 最強にして最恐の教師

 皇王妃様の会見の日の夜。

 完全に人の気配が消えたガルフの店に、張り詰めた空気を切り裂くような声が響き渡った。


「本当に貴女のいうコは!

 今まで、何度も何度も、何度も! 軽はずみな行動は控えなさい、と言ってあるのに何故、考え無しに行動して事を大きくするのですか!」


 ティラトリーツェ様の怒声だった。

 それはもう、凄まじい剣幕である。

 普段は柔らかな物腰と優雅な立ち居振る舞いを崩さぬ彼女が、その仮面を完全に脱ぎ捨てている。


 まるで、気位高き貴婦人猫が毛を逆立て、牙を剥いたかのような迫力。

 本来なら同じ立場で私を叱る側に回るはずのガルフやリードさんですら、掛ける言葉を失い、ただ固唾を呑んで見守るしかないほどだった。


「か、考え無し…ではないんです。ずっと、子どもを保護する孤児院の建設は考えていて…」

「おだまりなさい!」


 鋭く遮られ、思わず肩が跳ねる。


「事の是非や、考えていた時間などは、この際問題ではありません。

 問題なのは――皇王妃様もおっしゃったでしょう?」


 ティラトリーツェ様は一歩踏み出し、私を真正面から射抜くように見据えた。


「計画も準備も根回しもなしに、誰にも相談せず、しかも一足飛びに皇王妃様、アルケディウス第一の女性の手を煩わせた。その一点です!

 それが、どれほど重大な事か――まだ、解らないのですか!」

「はい……ごめんなさい」


 それ以上の言葉は飲み込む。

 口答えをすれば、きっと更に正論で打ち据えられるだけだ。


 確かに悪いのは私だ。

 ティラトリーツェ様に全面的に迷惑を掛けたのも事実で、そこに言い訳の余地は無い。


「あんまり怒ってやるな。ティラトリーツェ」


 静かな声が割って入ってくれたけど。


「マリカにとっては子どもを救う、というのは、神を滅ぼすのと同格以上の優先事項だと聞いている。

 目標への最短距離に目が眩んだのだろう。

 短慮は否定しきれないが、気持ちは解らんでもない」

「貴方も黙っていて下さいませ。さっきも言った通り、思考や行動そのものを否定している訳ではありません」


 ライオット皇子でさえ一瞬たじろぐほど、ティラトリーツェ様の柳眉は鋭く吊り上がっている。


「この子は確かに優れた知性と行動力で、目的への最適解と最短コースを見つけ出し突っ走る。

 結果としては最高の形で事は進むでしょう。

 ですが――」


 一拍、間を置くように息が落ちた。


「周囲を慮らぬ行動は、周囲に迷惑と負担を掛け、自身を支えるものにヒビを入れる。

 それを繰り返せば、いずれ自分の足元を崩し、倒れ落ちる。

 私は、そう言っているのです」

「……おっしゃるとおりです」


 本当に、間違ったことは何一つ言われていない。


「マリカの暴走は今に始まったことではありませんが、ティラトリーツェ様のおっしゃる通り、目的への最短コースを嗅ぎ分ける勘、人に気に入られ事を進める才覚は驚くほどです。

 これも魔王故の能力、なのでしょうか?」


 フェイが肩を竦めて言う。

 けれど、当の本人である私は首を振るしかない。


 これを今やるべきだ、と思った瞬間に、止まらなくなる。

 止めようという発想そのものが、消えてしまうのだ。


 本当に、このブレーキの壊れた性格はどうにかならないものだろうか。


「とにかく、孤児院建設という目的そのものは認められ、進めてもいいこととなりました。

 ガルフ。ある程度の予算は確保できているのですか?」

「店の運用資金とは別に用意しておりますので、それは大丈夫です」

「え? 本当?」


 叱責が一段落したところで、話は一気に実務へと移る。

 ガルフの即答に、私の方が驚いて声を上げてしまった。


「マリカ様がこちらにいらしたのは、王都の子どもの保護が目的。

 そう遠くないうちに、こういう話をされるだろうと考えておりましたので」

「金貨で五十枚ほどは確保してあります。

 既存の建物を買い取るなら即時、一から建てるなら土地選定や業者手配などで半年ほどでしょう」


 二人の先読みと準備が、心強くて胸に沁みる。

 忙しい中でここまで考えてくれていたことに、感謝と申し訳なさが同時に湧き上がった。


「皇国の子ども達の様子は?」

「路地で完全に行き場を失った子は、今のところ多くありません。

 増えるとすればこれからでしょう」


 フェイもまた、街を見て回ってくれていたらしい。


 王都の平民区画には、およそ数万人。

 その中で一年に生まれる子どもは、両手で数えられるほどしかいない。


 妊娠は女性の身体に大きな負担を掛ける。

 多くの女性は妊娠が分かると神殿へ行き、術を施してもらう。

 堕胎術は神官が行うのだという。

 ……最低だ。


 高額銀貨一枚すら払えない貧困者だけが、子どもを産む。

 そして生まれた子どもは、多くが放置される。


「皇子、今の王都の子ども達の数や現状は?」

「正確な数は分からん。だが、妓楼などで使い目的に集められた子が数か所にそれぞれいる。

 一度、神殿が勇者候補として子どもを囲い込みもしたから、総数は多くない」


 現実的で、冷たい事実を噛みしめる。


「では、路地裏の定期的な見回りで早期発見を。

 利用目的で集める者達からは、買い取りなどで救出を」

「ガルフの店が子どもを優遇していると知られれば、預けに来る者も出るでしょう。

 大々的にはせず、徐々に広めるのが良いですね」


 しかし、それを踏まえれば議論は、具体性を帯びて加速していく。


「人材育成と施設建設も並行して進めたいです。

 できれば庭付きの館を…」

「王都は直轄領だ。建築には許可が要る。

 城壁近くの郊外なら土地は貸せる。

 まずは調査、計画立案、申請だな」

「方法や書式を教えていただけますか?」

「申請書式は教える。だが、それ以前を学べ」

「それ以前、ですか?」

「貴族への礼儀作法、計画の立案、根回し、上位者との立ち回りだ」


 言葉が、胸に突き刺さる。


「誰から?」

「皇王妃様が、最高の教師を付けてくれただろう?」

「あ……」


 私は、ゆっくりと振り返った。


 壁際に立ち、腕を組み、仁王立ちのままこちらを見下ろす貴婦人。

 ティラトリーツェ様。


 確かに、この方以上の教師はいない。


「ティラトリーツェ様」


 膝を折り、胸に手を当て、深く頭を下げる。


が具体的な実案をくれる。


「後は子ども達が集まるまでの間、子どもの面倒を見てくれる人の人材育成を進め、施設を建設する。できれば新しく庭付きの館を作りたいのですが…」


 自然と思いっきり触れ親しむことができる魔王城の環境は最高だけれども、王都ではそこまでは望めない。だったら庭付きの家をと思うのだけれど街の中心街にはそういう家は少ない。

一つの建物が四~五階立てで一階に複数の夫婦が住むアパートタイプが主だから。


「王都は皇家の直轄領というのが建前だ。新しい建物の建築には許可がいる。城壁近い郊外なら貸してやれる土地が無いわけではないから、借用申請、建築計画と使用申請等々、まずは皇王妃様に言われたとおりの調査、計画立案、準備、申請だな」

「方法や、書式などをお教えいただけますか? ライオット皇子?」

「俺が教えられるのは申請の書式や、出し方だ。それはアルフィリーガと魔術師に仕込んでやるからマリカ。お前はそれ以前を学べ」

「それ以前、ですか?」

「貴族への礼儀作法、計画の立案、根回し、上位者との立ち回り、立ち居振る舞いなど、だ。

基本の礼儀作法はできているが、お前は一気に皇家に引き上げられた為に実務などを対応する下級の貴族への対応などは知らないだろう?」

「あ、それは、はい。確かに」

「だから、それを学べと言っている」

「誰から?」

「皇王妃様が、最高の教師を付けてくれたのだろう?」

「あ…」


 私は振り返る。

 具体的な話には口を挟まず、けれど今も仁王立つ様に私を見つめている貴婦人。

 ティラトリーツェ様。

 確かに、私にとってこの方は唯一無二、最高の教師だ。

 他に頼れる方はいない。


「ティラトリーツェ様」


 私は膝を折り胸に手を当て、ティラトリーツェ様の前に深く頭を下げた。


「なんです?」


 正しい礼儀作法で話しかけたからだろう。

 ティラトリーツェ様は、私に応えて下さる。

 迷惑を山ほどかけた私は、こんなことを願う権利はないと解っているけれど、この国の最上位に位置するこの方以外に、全てに通じる作法を教えて下さる方はいないのだから。


「どうか、お願いいたします。

 未熟な私にご指導を。私は、この国で不遇の子ども達を守る者、保育士にならなければならないのです」


 余計な手練手管など使うなどと考えない。

 ただ誠実に願うのみ、だ。


「良いでしょう」


 私の願いに、ティラトリーツェ様は誠実に応えて下さった。

 その頬に笑みは無いけれども、見守る母のような優しさは確かに戻ってきている。


「ですが覚悟なさい。

 私の指導は厳しい。と。皇王妃様に申し上げた通り、最上位に通じる礼儀と知識を、徹底的に叩き込みます」

「……お手柔らかに」

「柔らかく等しないと言ったでしょう? 指先から、頭の中まで、きっちりと鍛え直します。特にいくら言っても聞かないこの甘えた頭の中をね…」

「そんなあ~~。いたい、いたいです。ティラトリーツェ様!」


 ぎりぎりと貴婦人らしからぬ拳を握り落とすティラトリーツェ様に泣きまねをする私。

 親子か、師弟のような私達を皆は生暖かく笑って見ている。

 エリセ達を先に返しておいて良かった。

 姉としての威厳が…。


 でも。

 こうして私達は、新しい段階へと足を踏み入れた。


 世界を整え、子どもを守るために。

 学び、備え、正しく進むために。


 最強にして最恐の教師の下で。

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