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王都 最高の食の欠片

翌日、早めに私は第三皇子家に向かった。

 昨日仕込んだ秘密兵器を昼餐に出そうと思えば、少し時間がかかるからだ。

 料理人さん達にもティラトリーツェ様にも、そう伝えてあったのだけれど。


「マリカ!」

「は、はい! 何か御用でしょうか、ティラトリーツェ様?」


 館の前に馬車で降りるや否や、ティラトリーツェ様が駆け寄ってきた。

 貴婦人猫を放り投げたみたいな、びっくりの仕草だ。


「あ、あの、どうかなさいましたか?」

「驚かないで聞きなさい。

 今日の昼餐に、皇王妃様がお見えになります」

「へ?」


 何を言われているのか意味が分からず、私は首を傾げる。


「アルケディウス皇王の第一夫人にして、皇子達の母君。

 この国の国母、皇王妃リディアトォーラ様が、この館にお見えになると言っているのです」

「何の為に?」

「貴女の料理を食べに」

「ええええっ!!」


 思わず声を張り上げた私の口を、ティラトリーツェ様が慌てて塞いだ。

 そのまま抱きかかえられる。


 物静かな貴婦人に見えて女騎士のティラ様だから、力は強い。

 すっぽ抜かれたみたいに私は手近な部屋へ引き込まれた。


「声が大きい! 玄関先で変な声を出さないで。

 まあ、気持ちは分かりますが」

「ど、どうして? 昨日までそんなお話、無かったじゃないですか?

 それに今日は臨時の調理実習で、元々予定にはなくって……」


 わたわたと手でろくろを回す私に、ティラトリーツェ様は呆れたように息を吐く。


「……貴女が悪いのです。小麦粉が入手できて気が大きくなったのでしょう?

 料理人達に、最高の食の欠片を見せると豪語したとか?」

「あ、はい。それはまあ、確かに。

 皆様に天然酵母をお分けして、お酢と扱い方に慣れて来たようなので、小麦で主食の作り方を教える、と……」

「それを聞きつけ、昨日のパスタを食べ、元々興味を持っていらした皇王妃様が、ぜひそれを見てみたいと言い出したとか。

 急な話で悪いが、と連絡が来たのが昨日の夜の話です。


 異例の事ですが、皇王妃様が異例、無礼を承知で申し込んで来たこと。

 断ることもできません。できますか?」

「できますか? と申されても、皇王妃様がいらっしゃると言われても、特別な事はできないのですが……」

「何を作るつもりだったのです?」

「パンです」

「パン? あの固くて平べったい?」


 この世界のパンはそういうものだ。

 イーストも何もなく、多分昔から保存のために固く焼いて皿代わりに使ったり、スープに浸して食べる系のものしか無かったのだろう。


「はい。ですが秘密の素材を使う事で、次元の違うものにすることが可能なのです。

 昨日パスタを褒めて頂きましたが、パンの可能性はそれこそ無限なので」


 一応、食パンを作るつもりだったので、魔王城から手製の食パン型も持って来てある。

 リンゴならぬサフィーレ酵母ストレート液の食パンとサンドイッチ。

 ジャムも持って来てあるし、オープンサンド風の具も用意してある。


 サフィーレのジュースに、サフィーレのシャーベット。

 スープはシンプルなビシソワーズ。


 シンプルに、パンを味わって頂く予定だったのだ。


「どなたがいらっしゃっても同じです。

 私は私の知っている全てを出して、できるだけのことをするしかないので」


 どっちにしろ今から超豪華な料理なんて用意できない。

 材料は、用意しているものしかないのだ。


 私の返事にティラトリーツェ様は大きく息を吐き、膝を折って私に目線を合わせて下さった。


「自信があるのですね。解りました。貴女に任せます。

 皇王妃様は、皇子妃様達に比べれば話の分かる方です。

 貴女ができる全てを出して見せなさい。

 それが誠実なものであれば、何であれ悪い様にはなさらないでしょう」

「解りました。全力を尽くします」


 そんな会話の後。

 厨房で準備をしていた私の元に――


「マリカ!」


 一番に飛び込んできたのはザーフトラク様だった。


「おはようございます。大丈夫です。ティラトリーツェ様からお話は伺っております」


 多分、心配して来て下さったのだろう。

 私はできる限りの笑顔でお辞儀した。


「すまぬ。まさか急にこのようなことになるとは思わなかった。

 私が口を滑らせたのも悪かったのだが……皇王妃様は前々から、お主に興味を持っておられたようなのだ。

 最近、三人の皇子妃がそれぞれの社交で、そなたの情報を生かして活躍していたのも、理由を後押しした」

「ああ、時々おっしゃっておられましたね。冗談かと思っておりましたが」


 下準備を手伝いながら、ザーフトラク様は苦い顔で頷く。


「本気であらせられたようだ。

 そもそも、子どもが何かをする、ということ自体がほぼ無いからな。


 第三皇子のお気に入り。しかも料理の達人で、知らせる料理全て美味。

 興味を持っても不思議はあるまい」


 その話を聞きながら、私はふと、思った。


「皇王妃様がどのような方か伺うのは、失礼でしょうか?」


 平民の子どもである私達が、皇王様にお目にかかる機会などありはしない。

 本来なら、皇子妃様の元で仕事をすることだってあり得ない。


「元は国内きっての大貴族、パウエルンホーフ侯爵の息女でな。

 現皇王陛下にとっては生まれた時からの婚約者であり、そのまま第一夫人として皇子妃に、そして皇王妃に即位された。

 皇王様の政務の補助を長くされてもおられる才女だ」

「第三皇子のお母様は、プラーミァ王国の姫君だったと伺っておりますが?」

「ああ。所謂恋愛結婚でな。王女を第二夫人に、というのは結構揉めたのだが、フィエラロート様――第三皇子のお母上は騎士の資格を持つできたお方で、一歩下がって常に皇王妃様を立てておられた。

 故に仲も、我らが見る限りは悪くなく……フィエラロート様亡きあと皇王妃様は、第三皇子を我が子と隔てなく育て、気にかけておられたと思う」


 つまり、純粋培養の王国の姫君でありながら、皇子妃として外国の要人とも渡り合い、政務の補助もする才女。

 第三皇子も皇子妃も、皇王妃様を嫌ってはいなかった。


 なら、誠実に。

 できることをすれば、無体なことはされないはずだ。


「おはよう。話は聞いたよ」

「皇王妃様がお見えになると? 信じられぬ話だが……」

「メニューの変更は?」

「ありません。予定通りにお願いいたします」


 集まってきた料理人さん達に私は頭を下げる。

 時間がかかる料理だ。予定通りに進めないと昼に間に合わない。


 私の意図を読み取って下さったのだろう。

 彼らはそれぞれ頷き、準備に動き出してくれた。


「ほう、面白いな。これが昨日仕込んだ生地か?」

「凄く膨らんでいるね。倍くらいになってないか?」

「これが発酵。微生物を使って物を美味しくする効果です」

「微生物?」

「はい。このサフィーレの瓶の中には、人の身体に役に立つ、目に見えない生き物が無数に働いています。


 生き物なので、その時々で多少出来上がりに差が出る事があります。

 ですので今回のを目安に、都度、合わせて下さい」


 大事に育てて来たS・セレビシエ。

 可愛い扱いなのは、向こうの世界のマンガに毒されていると思うけど――この子は本当に働きものの、いいコなのだ。


 生地の空気を抜き、ベンチタイム。

 食パンの形を作って二次発酵。


 とにかく時間はかかる。

 でも、ここで時間をかけるほど、ふんわりとしたパンになる。

 手は抜きたくない。


 今年最初のセフィーレでジャムを作ったり、ジュースを絞ったり。

 酵母液の扱い方や注意点を説明しているうちに、生地はぷっくりと膨らんで来た。


 これを薪のオーブンで焼く。

 温度調整は向こうのオーブンより難しいけれど、魔王城で何度も作ってきた。

 今は精霊の力も借りられる。そう難しくはない。


 オーブンの調子を見ながらスープを作り、焼くこと約半刻。


「上手くいったかな?」


 私は慎重にオーブンから型を取り出した。

 山形にきれいに膨らんだ、きつね色が美しい。


 香ばしい小麦の香りに、ほんのりサフィーレの香りが混ざって爽やかだ。


 包丁を入れて型からパンを外す。

 どの面も焦げていないし、生焼けの感じもない。


 包丁を温めてから、端を切ってみる。

 外はカリッとした耳。中は、ふんわり純白の食パン。


 良かった。大成功。


「どうか召し上がってみて下さい。

 これが私の信じる、最高の食の欠片の一つ――パンです」

「これが……パン、だと?」


 私は真ん中の部分と、端――耳の部分を四等分にして料理人さん達に渡す。

 それぞれが口に含んだ瞬間、皆さんの顔色が変わった。


「ふんわりと、柔らかく、噛みしめるほどに甘みがある」

「この甘い香りはサフィーレか?」

「味は微かな甘みだけ。けれど、これなら確かに大よその料理に合うだろう」

「パンというのは固焼きの皿代わり、ではなかったのか?

 こんな柔らかいパンは初めてだ」


 今までのパンの概念を打ち破る、天然リンゴ――もといサフィーレの酵母パン。


 ちなみに、もう少し発酵時間を減らせば、バゲットタイプやカンパーニュ風の固めのパンもできる。

 今回は柔らかさを重視して、時間をたっぷりかけたけれど。


「保存、という意味で言うならそれも間違いではないのですが、発酵という手順を行う事でこのような形に進化させることもできます。

 形を変えるもよし、何かを混ぜ込むもよし。

 パスタ以上に可能性は無限でございますれば」


 他の料理人さんの分を焼きながら、私は用意したジャムやベーコン、ゆで卵などをパンと合わせて見せる。

 食パンにしたので、メインにするのはサンドイッチだ。


 ジャムとバターのサンドイッチ。

 ベーコンとレタス――ではなくサーシュラ、そしてエナを挟んだサンドイッチ。

 ゆで卵とマヨネーズを和えたサンドイッチ。


「食べやすさを優先するなら、しっかり挟んで、こう切り分ければ手軽に食べられます」


 手づかみで食べるサンドイッチは抵抗があるかな、とも思ったけれど――ここは中世だ。


「なるほど。これは便利だね」


 皇家の料理にも手づかみのものはあるし、パンはそもそも手で食べる。

 問題視はされないようだ。


「もし、ナイフで切り分ける形にしたいのであれば、このようにパン一枚におかずを乗せたオープンサンドが、見栄えもきれいで良いかもしれません」


 具を挟まなければ、その美しさがよく見える。

 四分の一から六分の一サイズに切れば、カナッペ風にもできるだろう。


「パン単品で味わう場合は、このように丸いパンなどにすると取り分けもしやすいと思います」


 私は食パンの残りで作った丸パンも手渡す。

 焼きたてでふかふか。噛みしめるごとに、甘い香りが口の中に広がっていく。


 食パンも丸パンも、配分などは魔王城での一年間、試行錯誤した品だ。


「パンはパスタ以上に食を支え、人の身体に力を与える最高の食の欠片と自負しております。

 工夫次第で可能性は無限です」


 自信はある。

 けれど、食の専門家達の反応は――


「どう……ですか? って、え?」


 伺うように見上げた私の視線の先で、私は逆に――本当に驚くものを見ることになる。

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