表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/199

魔王城 『星』の祝福

 これは、多分、夢、なんだと思う。

 だって、そうでもないと――自分で自分を見る、なんてありえない。


 純白の空間に、私は浮かんでいる。

 まるで空中に横たえられたみたいに、身体を真っ直ぐに伸ばして。


 ここにいる私は、身体と切り離されているのだろうか。

 不思議な気分だ。

 私は確かに自分の身体にいるのに、その様子を俯瞰してもいる。


 まったく身体の感覚がない。

 横たえられている自分の身体に干渉することもできない。


 ただ、見ているだけ。

 それしかできないのだ。


『エクセス…』


 耳に聞こえた訳じゃない。

 けれど、はっきりと“届いた”言葉と共に――純白の空間から不思議な光が伸びた。


 何もない空間から湧き出したそれは、細い金色の触手のようで、意志のあるコードのようでもある。

 うねうねと動きながら、私の身体へ絡みつき、迷いなく這い上がっていく。


『エル・フォルシュング…』


 パシュン、と音を立てて、着ていた服が風船のように弾け消えた。

 一糸まとわぬ姿になった私へ、さらに触手が絡みつく。


 腕。足。耳。

 絡みついた先端が、私の皮膚へ突き刺さり――溶けるように吸い込まれていく。

 点滴のチューブみたいだ、と、場違いな連想が一瞬だけ浮かんだ。


 身体は、本当に指一本たりとも動かない。


『ヴェンデ…フェアシュテルンゲ…』


(あ……)


 時折、聞こえる意味の分からない言葉。

 それが何かを指示する命令(コマンド)なのは解る。

 そして、その命令(コマンド)に従って、触手が『何か』をしている――そういう確信だけが、私の内側で形を持つ。


 一際長いその言葉と同時に、身体が変化していくのが『解った』。

 全身が燃えるような熱を帯び――次の瞬間、急速に冷えていく。


 理由は、わかる。

 身体に食い込んだ触手を通して、私の中の“何か”が吸い出されているのだ。


 気持ちが悪い。苦しい。

 でも、止めようにも止められない。


 身じろぎすることも、呻き声さえあげることもできない。

 私はただただ、触手が身体から何かを奪っていくのを感じるしかなかった。

 自分の内側が空洞になっていく感覚だけが、容赦なく積み重なる。


『ア・ディヴァド…』

「があっ!!」


 ブチン!


 身体から、何かが引きちぎられる感覚。

 私は声を上げた。

 まるで心臓を掴み取られ、強引に切り離されたような――そんな痛み。


 激しい痛みは一瞬だった。

 触手は同時に抜け、空中に溶けて消えた。


 と、同時に。

 あやふやだった自分の中の感覚が、全部戻って来る。


 指先、爪の先まで。

 自分の身体の全てが、重い。

 それでいて、胸の奥にはぽっかりと穴が空いたまま。

 今まで『あって当たり前』だったもの。

 やっと手に入れたモノが――無くなってしまった。


 喪失感が、じわじわと広がっていく。


 けれど……それに怯え、苦しみを感じたのは、奇妙なほど一瞬だけだった。


 私の意識は、いつのまにか不思議な安らぎに満たされている。

 私を取り巻くキラキラとした光は、細かな粒子にしか見えないのに、はっきりと私を抱きしめ、温めていた。


 指先から、全身へ。

 ゆっくりと力が戻って来る。

 喪失感は消えない。

 それでも、身体に『私』が戻る。戻っていく……。


『…戻りなさい。愛しい子。そして…貴女が為すべき事をするのです』


「え? あ、ちょ、ちょっと待って!

 私は? あなたは?」


 かつて出会った精霊の貴人、ではない。

 大きな何かは、その言葉と共に私を送り返す。


 身体に、心に、不思議な暖かさだけを残して……。


 身体が沈められた水底から、浮き上がる感覚。

 それによく似ていた。


 空気を、生存可能領域を求めて必死にもがく。

 私は純白の空間から、極彩色の現実へ戻ってきたのだ。


 パチンと目が開く。

 その瞬間、夢の中で欠片も感じなかった重力が――重く、私の身体へ襲いかかって来る。


 身体が冷たい。重い。

 自分の身体なのに、まるで別物みたいだ。


「あっ……くっ……」


「お目覚めになりましたか? マリカ様?」

「エ……ル……フィリ………ネ?」

「はい。ご無理はなさらず、呼吸をなさってください。

 ゆっくりと、くりかえし……」


 身体を支えるエルフィリーネに言われるまま、私は深呼吸を繰り返す。

 一呼吸ごとに、確かに身体が温まっていく。

 指先に、手足に、体温が戻ってくる。


 けれど同時に、別のことにも気付いてしまう。


 身体全体が重くて――軽い。

 今まであって当たり前だった何かが、すっぽり抜け落ちた感じがする。

 頭の中を掻き回す酩酊感と喪失感が、吐き気を連れてくる。


「何が……一体?」


 くらくらする頭を押さえて自問した。

 答えを求めていた訳じゃないのに――


「『星』のお呼び出しです。

 お二人が動きやすいように、処置を施すと……」

「え?」


 思った以上にはっきりと返事が返った。


『二人』


 その言葉に引っかかって、私は周囲を見る。


「リオンは?」


 いろいろと思い出せる程度には頭も回ってきた。

 意識を失う直前に聞こえた声。


『マリカ!』『リオン! 一体どこに?』


 『二人』が『星に呼び出された』のなら、リオンも同じ状況のはずだ。


「アルフィリーガならそちらに。お部屋と寝台をお借りしております。

 ご無礼を」


 言われるまま身体を起こし、ここが自分の部屋だと気付く。

 基本二人用の部屋を、一人部屋にさせてもらっているから寝台が二つある。


 その一つに私が。

 そしてもう一つにリオンが眠っている。

 それを見て、胸の奥がふっと緩む。


 ――が、その直後。

 私は自分の状況に気付いて凍り付いた。


「! な、なんで私、裸? 服は?」

「申し訳ございません。お戻りになられた時は既にその状態でしたので、私には如何とも……」

「あれ、結構高かったのに……じゃなくって! エルフィリーネ、着替え……着替え、タンスからと……」

「う、……う……ん」


 慌てた私は、その声で完全に固まった。

 リオンが、目覚めようとしている。

 もう服を取りに立つ余裕なんてない。


 私は毛布を胸元に抱きしめ、身体ごとリオンの方へ向き直る。


「あ……俺は……一体……どうして……何が……」


 戸惑いの声。

 さっきまでの私と同じように、身体の異変に困惑しているのが分かる。


「エルフィリーネ」

「解りました。アルフィリーガ、ゆっくりと呼吸を。

 そして精神と身体を整えて下さい」


 エルフィリーネがリオンの補助に向かったのを確かめ、私は改めて自分の手を見る。

 今の感覚は、魔王城で一番最初に『私』が目覚めた時とよく似ている。


 服がない分、はっきり解る。

 身体に傷は一つもない。

 けれど、身体の中から『何か』が確実に無くなった。


 その時、外からノックの音がした。


「マリカ! リオン! そこにいるのですか?」

「フェイ? ちょ、ちょっと待って入らないで!」


 慌てて止めた。

 けれど焦るフェイにとっては、それが『そこにいる証拠』になったのだろう。

 静止はあっさり無視され、扉が開き、フェイとアルが駆け込んで来た。


「リオン、マリカ……良かった。突然、空中に浮かんで消えたので、どうしたのかと思ったのですよ」


 今にも泣き出しそうだった顔が、安堵で歪む。

 その正反対に、アルの顔は一気に血の気が引いて――驚愕に震えた。


「リオン兄、マリカ? 一体何があったんだ? 光が、精霊の力が殆ど全部抜けてる。

 普通の人間と同じくらいにしか見えないぞ?」

「え?」

「やっぱり、か……」


 ベッドから身体を起こし、自分の手を見つめるリオン。

 私と同じように、リオンも服をつけていない。


 筋肉はついているけれど、まだ育ちきっていない少年の身体。

 ――違う。そんなことを考えている場合じゃない。

 心臓の音が、耳の奥でうるさく脈打つ。


「エルフィリーネ?

 何があったの? 私達、何をされたの?」

「取り戻した精霊の力が大半抜けてるのを感じる。星が俺達に罰を下したのか?」

「いいえ、その逆です。これを……」


 立ち上がったエルフィリーネが差し出した手のひら。

 右手と左手、両方に――水晶のような結晶石が浮かび上がる。


 赤と、青。


 二つの結晶石は、赤が私へ、青がリオンへ。

 ふわりと飛んで来て、それぞれの手のひらの上に浮かぶと――


「うわっ!」「なんだ?」


 精緻な細工が施されたバングルとなって、手の中へ落ちて来た。


「『星』の祝福、ご助力です。

 お二人の精霊の力を分離し、その精霊石に込めました。

 精霊石を身に付けていれば今まで通り、精霊としての力は大よそ使えますし、逆に外せば普通の人間とほぼ変わらないので、神と直接見えるのでも無ければ気付かれない筈です。

 同時に、まだ成長しきっていないお二人の身体への負担も減らす事が出来ます」


 要するに――満タンになりかけていたデータを分離して、外付けメモリに移したようなもの。

 容量が空けば身軽に動けるし、メモリを接続すれば今まで通り使える。

 そういうことだ。


「ただし、これは一度限りのご助力とお思い下さい。

 マリカ様が、変化の術……己とアルフィリーガに変生をかけて身体を作り変えてしまえば、元に戻り、二度と分離は叶わなくなるでしょう」


 つまり、大人になる変化の術だけは使えない。

 でもあれは、かなりのズルだ。

 どうしても使わなければならない場面なんて、そうそう起きないはず。


 詰んでいた状況を一気に打開する――この上ない福音、祝福。


「エルフィリーネが……『星』に頼んでくれたの?」

「『星』はいつでも愛し子であるお二人を見守り、案じておられます。

 私はお二人を導き、少し調整をお手伝いしただけでございますれば」


「エルフィリーネ」

「はい」


 私が胸に浮かんだ小さな疑問を口にするより早く、バングルを見つめていたリオンが顔を上げた。


「さっき、マリカも言っていた。

 俺達は何なんだ? 『精霊の貴人(エルトリンデ)』と『精霊の獣(アルフィリーガ)

 それにはどんな意味があり、何の役割がある?」


「『精霊の貴人(エルトリンデ)』と『精霊の獣(アルフィリーガ)』は人と精霊を繋ぎ、守り、導く者。

 『星』の代行者にして、手足。

 『星』の希望でございます」


 『星』の手足。

 かつてシュルーストラム――星の精霊も同じことを言っていた。

 私達は、彼らと同じように、人を助け、守る者。


「やらなければならない使命や、責務はないの?」

「お二人が己の心を裏切らず、為すべき事を行うこと。

 それが役割であり責務でございます。

『星』はお二人を愛し、信じておられますから」

「星を守り切れず、神に奪われ歪められた俺も、か?」

「その選択も、正そうとする思いも、全て『星』は愛しておいでですよ」


 夢のようなあの白い空間で、確かに感じた『星』の愛。

 私達はそれに包まれ、信じられ、託されている。


「ありがとう。エルフィリーネ。

 これで、また私達は動く事が出来るね」

「マリカ?」


 まだいろいろと思う所があるらしいリオンに、私はバングルを腕に付けながら首を横に振って見せる。

 毛布をローブみたいな形に変えて、ベッドから立ち上がると、リオンの横に立った。


「いずれ、私達に知る権利が出来て、本当に必要な時は『星』は信じてくれるし教えてくれると思う。

 今回みたいに。ね、エルフィリーネ?」

「はい」

「でも、俺は!」


 震えるリオンの手を、私はギュッと握りしめた。


「『星』はリオンのことも信じてる。

 過ちも認めて、許して、正す機会をくれている。だから今は自分を信じて進んでいこう」


 ベッドに落ちたリオンのバングルを拾い、握らせる。

 私は真っ直ぐに、彼を見つめた。


「……ああ、解った。『星』が俺を信じてくれている、というのなら応えないとな」

「うん、その意気」


 自分に言い聞かせるように告げたリオンは、バングルを見つめてからそっと腕に填めた。


「フェイ。服を持ってきてくれるか?

 このままじゃ、ここから動けない」

「解りました。取ってきます」

「じゃあ、私、外に出てるから」


 外に出た私に、エルフィリーネが寄り添う。


「ねえ、エルフィリーネ」

「なんでしょうか? マリカ様」

「……やっぱり、いい。今は……いい」


 私の中で、一つの仮説が生まれていた。


 『星』について。『精霊』について。

 『精霊の獣と精霊の貴人(わたしたち)』について。


 今はまだ、リオンには説明できない。

 異世界で生まれ育ち、体験した私だから思いつけた――ゲームのやりすぎ、SFファンタジーの読み過ぎとしか思えない、妄想じみた仮説だ。


 だから今は忘れる。

 心の奥に封じる。


 『星』は私達を愛し、信じ、見守ってくれている。

 それが信じられるから、今はそれでいい。


 私は、私の信じる道を進む。

 いつか全てが明かされる時が来ると――信じて。


 『星』の施してくれた術のおかげか。

 それとも、アルケディウスの神官が大したことのない能力者だったからか。


 神殿への礼拝と登録は、思った以上にスムーズに済んだ。


 宮殿並みに豪奢な神殿はかなり広そうだったけれど、私達が入ったのは真っ赤な絨毯が敷き詰められた礼拝堂だけ。

 名簿に名前を登録し、神に祈りを捧げ、聖体受領として小さな杯の飲み物を飲む。


 ワインによく似た香りと味。

 飲むと頭がくらくらしたけれど、幸いすぐに収まってくれた。

 エリセとか大丈夫かな、と思ったけれど、平気だったらしい。


 神官の話を聞いて、お金を払って登録は修了。


 変な声をかけられることもなく、怪しまれた様子もなく、私達は神殿を出ることができた。

 これで準市民扱いとなり、誘拐や傷害の対象になった場合、相手は物損ではなく人損として処罰されることになる。


 気休めではある。

 けれど、少しでも抑止になれば、それでいい。


 アルケディウスも、その周辺も、そして私達も――いつまでも同じじゃない。

 少しずつ変わっていくのだと、私達は感じていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ