魔王城 精霊の力
自分での自覚は今もってまったく無いけれど、私は『精霊の貴人』と呼ばれる精霊に属する存在らしい。
そしてリオンは『精霊の獣』。精霊と『星』を守る戦士。
普通の人間とは違う存在だ、と言われているけれど、正直なところ自分では、ちょっと強いギフトを持っているという事以外、どこが普通と違うのかがよく解らない。
よく解らないのだけれど……胸の奥に、説明のつかない違和感だけが残っている。
「はっきり申し上げます。
今のままでマリカ様とアルフィリーガが、神、もしくは神の手先と見える事を、私は賛成いたしかねます」
魔王城の夜。
風の日ではあるけれど、城内は静まり返っている。
リオン、フェイ、アル、そして私。魔王城へ戻ってきた私達は、子ども達を寝かしつけた後、集まって会議をしていた。
議題はただ一つ。
神殿から届いた、あの召喚命令をどうするか。
今日、ガルフの店に届けられた召喚状。
店で働く子ども達に税を納めれば、準市民としての権利を与える。
希望する場合には、子ども達を神殿へ連れて来るように――そう記されていた。
お金で、気休めでも安全が買えるのなら。
一見すると、悪い話ではないようにも思える。
けれど、その『一見』の奥にあるものを、私は直感的に恐れていた。
「やっぱり……危ないと思う?」
「はい」
城の守護精霊、エルフィリーネは一切の躊躇もなく、そう答えて頷いた。
「私は、今の神の手先がどのような力を持っているか存じません。
私が直接知る、神に属する者は、アルフィリーガと共にこの城へ来た神官ミオルと、前主の死後、この城を攻めてきた兵士達くらいですから。
ですが、一国の神殿を預かる者。神官ミオル並の力を持っているのであれば――お二人を見て、精霊に属する者だと気付く可能性はあると思います」
「ミオルは、将来神官長になるかもしれないって言われたくらいの才能と能力を持っていた奴だ。
最上級の部類だと思うが……確かに、同レベルの奴がいないとも限らないな」
何かを思い出すように、リオンは腕を組む。
そうだ。
あのパーティの中には、確かに神官がいた。
「神に属する人だったけど……ミオルさんって、いい人だった?」
「ああ。単純に神を信じていて、その名を通して術を使っていたから神官ってだけだ。
精霊にも好かれていたし、魔術師として見ても一流の力を持つ精霊術士だった」
この世界の魔法、魔術の源は精霊。
神官も、精霊術士も、魔術師も――精霊を力の源として術を使うという点では同じ存在だという。
ただ、精霊術士は精霊に直接働きかける。
神官は神に祈り、神の名のもとに術を行使する。
精霊術士の『石』が神となり、さらに神の力が加わることで、似た術でもより強くなる傾向があるらしい。
「神は、どうして精霊に介入できるのかな?」
「それは俺にも解らない。ただ『神』の力は、俺達の生みの親であり、全ての源である『星』の力と同種のようなんだ。
だから精霊達は、神に命じられると『星』の精霊に命じられたのと同じように感じて働く」
「……なんで?」
「はっきりしたことは俺にも解らない。ただ、神は最初、自分達も『星』に属する者だって言ってた。
同じ『星』の眷族である俺達に、魔王を倒す為に力を貸してほしい、と。
かつてのマリカ様なら、もっと詳しい事を知っていたかもしれないけどな」
聖典には、神がこの星の命と精霊を生み出したとある。
生み出した存在に従うのは、当然とも言える。
けれど、実際に精霊を生み出したのは『星』で……。
「あと、神の力は魔性相手によく効く。
動きを阻害したり、弱い奴なら消し去ることもできた」
神官がゴーストに強いのは、どの世界でも変わらないんだなあ、などと考えながら。
「つまり、高位の神官は精霊術士でもあるから、精霊の気配を感じ取れる可能性があるってこと?」
「そういうことですね。エリセには解らないでしょうが、ある程度以上の術者なら、マリカやリオンとすれ違っただけで、その力に驚くことはあるかもしれません」
ぞわっ、と背筋に寒気が走った。
もし、アルケディウスに高位の術者がいたとしたら――私達の正体は、既に気付かれていた可能性もある?
『そこまで案ずる必要はない』
「わっ、シュルーストラム?」
『精霊を見ようとせず、術と石で無理やり精霊術を行使するような愚かな連中には気付けぬ。
気付けるとすれば、フェイレベルの魔術師か、アルのように『力』を感じ取れる者くらいだろう』
そう言われて、少しだけ胸を撫で下ろす。
それでも――。
「ありがとう、シュルーストラム……。
でも、どうして神が精霊に言う事を聞かせられるのか……解らない?」
『すまぬ。それを語る権利は、我らにはない』
肝心なところは『言えない』か。
その事実を噛みしめながら。
「ねえ、アル。正直なところを教えて?」
「……何を、だ?」
私はアルを真っ直ぐに見た。
「アルから見て、私とリオン。前はどう見えてた? 今は、どう見える?」
「言っていいのか?」
「お願い」
現在、きっと最高レベル。
力と未来を感じ取る予知眼は、少し迷うように視線を彷徨わせてから、静かに語り始めた。
「最初は、精霊とか意味が解らなかった。
リオン兄は、なんだか他の連中と違うなあ、光ってるなあ、強そうだなあって思ってた。
フェイ兄は最初は普通か、ちょっと人より煌めいてるくらい。
でも、熱を出した……変生? の後かな。リオン兄と同じ光が見えるようになった。
同じになったのかって……そう思った」
一番近くで、ずっと私達を見てきたからこその言葉。
その率直さが、胸に刺さる。
「その頃から、気付かれていたのか」
「……すみませんでした。アル。本当に、僕らは君を見くびっていた」
二人も、私も、正体や事情を最後の最後まで伏せていた。
それでも黙って助けてくれていたアルの思いに、頭が下がる。
「別に、それはいいんだ。
オレにとって兄貴達は、命を助けてくれた兄貴だからな。誰であろうと、何であろうと変わらない」
少し寂しそうに笑い、アルの視線がこちらに向く。
緑の瞳に、油膜のような虹が揺らめいていた。
その虹が、能力の切り替えだと今は知っている。
「マリカは、最初からそんなに変じゃなかった。
ただ、だんだん内側から、リオン兄達と同じ光を感じるようになって……
完全に変わったのは、マリカが大人になった時だ。
あの後からは、本当に全然違う」
「どんな風に、です?」
「見た目だけじゃ解らない。でも、凄い光が出てる。多分、精霊の力。
リオン兄は大人になってから、その力がとんでもなく上がってる。
蝋燭と精霊の灯くらい違う。マリカも同じだ。
オレは多分、大祭の中でも二人を見つけ出せる」
口の中が、からからに乾く。
横を見ると、リオンの顔も青ざめていた。
彼も、同じ警告を受け取ったのだ。
「まずったな……。力を取り戻すことばかり考えてた。
隠す必要があるなんて、考えたこともなかった」
「そもそも、隠す方法ってあるのかな?」
剣と魔法の世界。
強い能力者が、私達だけとは限らない。
もし神の側に、アルと同等の能力者がいれば――即座に怪しまれる。
今回神殿行きを躱せても、いつか必ず誰かに気付かれる。
力を高めるだけでなく、隠す術も考えなければならない。
けれど、その力の大きさも質も、まだ解らないのに。
「シュルーストラム。何か知恵はありませんか?」
『生憎だが、私はお前をフォローするので精一杯だ。
フェイの力を杖と共に預かり、使う時以外は封じることはできる。
だが、私より力の強い二人の力を封じる事などできぬ』
魔王城最高の魔術師に、匙を投げられた。
もう後戻りはできない。
あとは――祈るしかないのか。
「ねえ、リオン。そもそも私達って、なんなのかな?」
今更ながら、そんな疑問が零れ落ちる。
「『精霊の獣』と『精霊の貴人』
誰に求められ、何の為に作られ、何をしなきゃいけないの?
どんな意味と力があって、何を果たす存在なの?」
未だに、そこが解らない。
『精霊の貴人』と呼ばれても、役割は示されない。
エルフィリーネも、『思うままに生きればいい』としか言わない。
「俺も命令されたことはない。
……俺は、全てから『精霊の獣』として精霊と星を守る存在になる。そう言われて育ち、自分でもそうしたいと強く思う。
けど『星』はいつも、俺に自由を与えてくれた」
彼の言葉は、重く静かで、噛みしめるよう。
「俺は多分分類するならシュルーストラム達と同じ『星』に属する精霊になるんだと思うけれど『星』と関われたことなど数える程しかないし、会話したことなんて多分、ただ一度きりだ」
「一度?」
「俺が、殺されて肉体を奪われて大地に呪いをかけられた時、最初の転生前」
『我が愛し子よ、選択せよ。
お前は、悔いるか? 元に戻したいと願うか?
それとも、全てを終え『星』に還り眠るか?』
「自分の罪なのに、それを償わない選択肢は無かった。
あとは自分の意志の介入はできぬまま、転生と死を繰り返してる」
結局、何もわからない、ということか。
息を吐き出した私はあることに気付く。
「自分の罪を償わない選択肢は無かった。
それからは、意志の介入も許されず、転生と死を繰り返している」
結局、何も解らない。
そう思った時、ふと気付いた。
「あれ? エルフィリーネは?」
側にいない。
いつも、城と共に在るはずの存在が。
「ホントだ……」
「エルフィリーネ!」
呼び声に、応答はない。
それ自体が異常だった。
「マリカ。呼んでみろ。お前が主だ」
「……解った」
緊張で声が震える。
「エルフィリーネ!」
一瞬の静寂。
その直後――
「きゃああああ!」「うわああっ!」
意識が、白く弾けた。
暗転ではない、白転。
足元が消え、全てが白に塗り潰される。
真横で、リオンの叫び声。
遠くで――
「マリカ?」「リオン? 一体どこへ?」
アルとフェイの焦った声を最後に。
私の意識は、真っ白な闇の中へと墜ちていったのだった。




