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王都 少女達の帰還

 卵と牛乳の農場と契約し、安定供給が可能になったころ。

 火の一月の始め。


「よろしく…お願いします」

「ただいま、もどりました。ガルフ…」


 二人の女の子が皇国アルケディウスにやってきて、ガルフの店に勤めることになった。


「おかえり。ミルカ。

 エリセ様も、良く来て下さいました。心から感謝いたします」


 集まった店員達の前で、ガルフはエリセのことを私達の妹で精霊術士、ミルカのことを他所に勉強に出していた養女だと説明し――


「くれぐれも言うが、手を出したり、無体な真似をすることは許さない。

 子どもであろうと大人であろうとこの店は、能力と行う仕事が評価の全てだ」


 そう、厳しく言い放った。


 ガルフのカリスマと実力主義の店員教育のかいあって、少なくとも表向きには不安を表す者はいない。

 二人は受け入れられ、店で働くこととなった。


 魔王城で育った子ども。

 二人は、私達四人を除く最初の帰還者となる。


 ミルカは元々皇国生まれの皇国育ちで、魔王城に来る前の記憶もしっかり残っていた。

 一年間、魔王城で様々な教育を受けて来たので、九歳としてはかなりしっかりしている。


 ガルフの助手として、リードさんと一緒に店舗の経営や新しい貴族との商取引を受け持つことになるだろう。

 既にやる気満々で、リードさんも本気で指導に入っているらしい。


 一方のエリセは、魔王城の人間以外との交流経験がほぼ無い。


「へえ、可愛い子だね」

「いくつだい?」


 気の良いおばさんや料理人さん達が声をかけてくれるけれど、エリセにはどう答えていいか解らないらしい。

 慣れた人の側なら元気で平気。けれど見知らぬ相手――しかも山ほどの大人に囲まれて、完全に萎縮している。


 なんとか挨拶を終えたものの、エリセは即座に私の後ろに隠れてしまった。


「マリカ姉…、怖い」


 あー……。

 ……完全な人見知り、だね。


「大丈夫ですよ。

 この店には悪い人間はいません。そして僕が君を、妹を、必ず守りますから」


 彼にしては珍しく、はっきりとした強さを宿してフェイは断言し――


「うん。怖いよね。でも、私も出来る限り一緒にいるから。少しずつ慣れていこう」


 怯えるエリセの肩を、私はしっかりと抱きしめた。

 背中越しに伝わってくる小さな震えを、なるべく早くほどいてやりたくて。


 本格的な小麦の収穫を目前に控え、どうしてもエリセの、気心の知れた精霊術士の力が必要だ。

 というフェイの頼みに、エリセは一生懸命自分なりに考え――


『毎日魔王城に帰る事』


 を条件に、魔王城を出ること、皇国に来て働くことを引き受けてくれた。


 当面は本店から出さず、厨房や食材の管理をアルやガルフのサポートを受けて行う。

 外に出る時は必ずフェイか私が一緒に付き添って守る。

 そして私かミルカと一緒に毎日戻る。


 ガルフの元に一刻も早く戻りたかったミルカも、エリセの気持ちを理解して納得してくれた。

 毎日の帰還に付き合ってくれることになり――そして今日が初日となる。


「今日の所は、マリカと一緒に店の中の事をやって下さい。

 明日はマリカがいないので僕が付き添います」

「解った。

 初日だし厨房の火と氷室の管理、食材倉庫の確認と温度調節、でいい?」

「ええ、それくらいで。それだけでもやって貰えると僕はとても助かります」


 まずは人と場に慣れて貰うことが先決だ。

 特に食材と氷室の管理を見て欲しい――という。これから夏になって気温が上がる。

 倉庫と氷室でちゃんと温度管理ができているかどうかは、重要なポイントになるだろう。


「エリセ。

 怖がらなくていいから。今日は私が一緒だよ。

 ついてきて、言われた通りに挨拶して、術を使ってくれる?」

「う、うん…」


 相手はまだ七歳の女の子だ。

 人見知って当然、怖がって当たり前。

 私は、震えが収まらないその小さな手を、逃げ場を塞がない程度に――でも確かに守れる強さで、しっかり握りしめた。


「やあ、エリセちゃん。久しぶり」

「あ、ラールさん?」


 私が真っ先に本店の厨房へエリセを連れて来たのには、理由がある。

 ここにはガルフの店の実質的な要――料理長のラールさんがいるからだ。


 ラールさんは魔王城にも来たことがあり、エリセとも面識がある。

 きっと支えになってくれる。そう思った通り、ラールさんは笑顔で迎えてくれ――エリセも見知った顔に、ほっと安堵を浮かべた。


「ラールさん知り合いですか?」

「うん。フェイ君も言ってただろう? 彼の妹で腕のいい精霊術士なんだ。

 そうだ。丁度いい。エリセちゃん。頼みがあるんだけれど」

「頼み…ですか?」


 同僚で部下の料理人達に頷いて、ラールさんは大きな鍋を差し出す。


「今日出す予定のスープなんだけれど、この間、教えてくれた奴をお願いできないかな?」

「この間の…あ、はい」


 エリセは思い出したように頷くと、胸の石に手を当てた。

 そして大きく深呼吸。手を差し伸べ――


「エル・フリエレン…」


 小さな呪文を唱えた。


 指先から、さっきまでほかほかと湯気を上げていたスープが、あっという間にぺキペキと凍り始める。


「うわっ!」

「ホンモノの魔術だ」

「魔術じゃなくって、精霊術…ですけれど」


「ほら、みんな見てみるといい。

 こうしてスープを冷やすと脂分が上に集まるだろ? そして、それをとってから溶かして温めると…」

「あ、お手伝いします」

「ありがとう」

「…エル・フィエスタ」


 竈の炎にかけられた鍋がじわりと温まっていくと――


「うわ、凄い綺麗なスープ」

「なるほど、汚れやごみが一気に取れるんですね?」

「あんた、ちっこいのに凄いね!」


 濁りや油の欠片もないスープに、料理人や助手達は口々にエリセを褒めた。

 褒め言葉が、湯気みたいに優しく立ち上って、エリセの肩の固さを少しずつほどいていく。


「私、でも役に、たてますか?」

「当然だよ。あんたは滅多にいない魔術師なんだ。しかも料理に術を使ってくれるなんて、他のとこじゃ考えられないからね」

「魔術師がいて、氷室があるってことそのものが、王様や貴族並の贅沢なんだ。

 助かってるんだよ。あんたの兄さんには」


 嘘偽りのない、真っ直ぐな賛辞に、エリセの頬がほんのり赤くなる。


「うれしい、です」

「これからも頼むよ。小さな魔術師さん」

「はい! あ、でもできれば精霊術士って呼んで下さい。私、フェイ兄みたいなすごい魔術師じゃないので」

「そうかい?」

「まあ、いいけど…」

「あと、なにかお手伝いできること、ありますか?」

「ああ、じゃあ、氷室の温度の調節を…。夏になって来て少し冷えが悪くて…」


「エリセの様子はどうだ? フェイが気にしていたからな」

「リオン…。うん、大丈夫そう」


 褒められて、認められて、自信がついて――少しずつエリセにもいつもの調子が戻って来たようだ。

 明るい笑顔で厨房の人達の手伝いを始める姿を、私はリオンと一緒に口出しせず見守ることにした。


 子どもの順応能力は凄い。


「エリセちゃーん、ちょっといいかい?」

「はーい。いまいきまーす!」


 気が付けば一日で、エリセは本店のアイドルになっていた。

 小さくて、可愛くて、頭が良くて、料理も上手で、しかも精霊術の使い手。

 ――まあ、私の自慢の妹。

 当然と言えば当然だけれど。


 特に厨房のお兄さん達とホール担当のお兄さん達に大人気。

 終業後の勉強会の助手も頼んでみたら――


「エリセちゃんは、字が読めるのかい? 凄いね」

「…すまないのだけれど、僕にも教えて欲しいな」


 と引く手あまたである。

 やっぱり若い子がいいのか。実に解りやすい。


「みなさん、解っていると思いますし、ガルフも釘を刺したと思いますが、ミルカにもエリセにも変な手出しは『絶禁』ですからね…」

「も、もちろんだよ。な、なあ?」

「ああ、解ってる。解ってるから」


 念の為、私も厳重に、渾身の力で釘を刺しておいた。

 怯え切った店の男性諸氏は、エリセに手を出すなんて馬鹿な真似はしないだろう――と思う。


 ちなみに万が一、誰かがエリセに変な手を出したら、許すつもりは無い。

 絶対に、地の底までだろうと追いかけて行って、処すと宣言してある。


「そろそろ閉店ですね。

 今日は初めてなので、エリセは早めに帰したいと思います。

 ジェイドさん、後はお任せしていいですか?」

「ああ、任せてくれ」


 ここ一カ月くらいで、ジェイドも随分と店主らしくなった。

 責任と自覚は子どもを成長させる――見本のように。


「エリセ、帰るよ」

「ミルカお姉ちゃんは?」

「ガルフ様とリードさんが一緒だから大丈夫」

「うん! 解った!」


 随分、緊張が解けてきたようだ。

 魔王城にいる時のような笑顔が出てきているし、肩の力も抜けてきている。

 よきかな、よきかな。


「お店の人達に、挨拶して」

「なんて、あいさつすればいい?」

「今日は、ありがとうございました。

 また明日。お願いしますって」

「はーい。今日はありがとうございました。またあした、おねがいします!」


 ぺこんと頭を下げるエリセの姿に、ざわっ、とも、どよっとも言えない声がホールに広がった。

 解る。

 エリセの可愛らしさに、みんな心を掴まれたに違いない。


「ああ、また明日もよろしくな」

「まってるよ!」


 従業員たちの盛大な見送りと共に、エリセと私達は店を出た。

 その後はリオンもいるので何事も無く家に帰りつき、門を開けて城に戻る。


「たっだいまあ!」


 エントランスに、その可愛らしい声が響いた。

 満開の笑顔で。


「おかえり。エリセ」

「おかえり。どうだった? 外のようす?」

「すごく面白かった。外の大人も、みんな、とってもやさしかったよ!」


 出迎えてくれた兄弟達に、嬉しそうに今日の様子を話すエリセを見ながら、私は思う。


 魔王城の中で、子ども達を守ることはできるようになった。

 でも城の中だけで暮らしていては、本当の意味での成長は望めない。

 魔王城の外にも世界があり、たくさんの人が住んでいる。


 その中で認められ、必要とされ、生きていくこと。

 その意味を知って欲しい。

 そうして幸せになって欲しい、と。


「私、あしたも、がんばる! マリカ姉や、フェイ兄、そして、みんなの役に立つんだ!」


 エリセの一歩は、みんなの、そしてこの世界の子ども達の幸せの為の第一歩だ。


 光り輝く笑顔と前向きな思いを、穢させない。

 絶対に守って見せる――私は心の中で強く、しっかりと誓っていた。

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