王都 卵と牛乳
皇室の方への調理実習、十二回目。
地の二月が終わり、火の一月に入ろうというある日。
「うわ~。卵だあ」
作業台に置かれた籠――そこに積み重なったものを見て、私は思わず目を丸くした。
籠の中には二十~三十個の卵が山積みになっている。こんなにたくさんの卵を一度に見たことは、向こうの世界でもない。
いや、店とかではあるけれど。
魔王城でも滅多に見ないよ。それに――
「こっちは牛乳? すごい、こっちもいっぱい」
大きな素焼きのツボ三つに入った牛乳は、十リットルくらいありそうだ。
白い液面がふるりと揺れるたび、胸の奥まで甘い期待が満ちていく。思わず、うっとりしてしまう。
「どうしたんですか? これ?」
私の質問に――
「第二皇子妃様より其方への贈り物という奴だ」
応えて下さったのは、第二皇子妃様付き料理人マルコさん……ではなく、皇王様の料理人、ザーフトラク様だった。
「第二皇子妃様が私に?」
「そうだ。今まで美容品用に御用牧場で作らせていた卵と牛乳。
その優先使用権を其方――正確にはガルフの店にだが、譲渡する、と」
言葉の意味を理解した瞬間、心臓が一拍遅れて大きく鳴る。
「シュライフェ商会から、皇族向けにハチミツシャンプーの販売も始まって、メリーディエーラ様もお気に入りでな。
卵も牛乳も以前ほど使う必要は無くなったから、料理に使えるなら使って見せろと仰せだ。まあ、メリーディエーラ様なりの君への礼だろう」
「すごく、嬉しいです」
マルコさんも続けて説明して下さる。
卵と牛乳は、喉から手が出るほど欲しかった。正直、ありがたすぎて、言葉が追いつかない。
「卵と牛乳を菓子に使う効果は承知しているが、ここまで大量にあって使い切れるのか?」
「楽勝です。とっても美味しい料理がたくさんできますよ」
心配そうに、第一皇子の料理人ペルウェスさんが山盛りの卵を見る。
でも、使い切るなんて簡単だ。むしろ、あるならあれもこれも――夢はどんどん広がる。
「じゃあ、今日は予定を変更してもいいですか?
クリームシチューに、ホワイトソースのパータトのグラタン。とパータトのマヨネーズサラダ。
後はスフレオムレツにアイスクリーム、メレンゲケーキなんてどうでしょう?」
言いながら、自分でも笑ってしまいそうになる。
卵と牛乳があるだけで、世界が色づく。
「あ、パータトのマヨネーズサラダは好きなんだ。楽しみだな」
「マヨネーズ?」
カルネさんがぺろりと舌なめずりする。
卵は貴重だから、今まではお菓子とマヨネーズ優先で――卵料理を店で出したことは無かった。
きっと驚いて貰えるだろう。鮮度と質がまだ不安だから、生や半熟は今回は諦めるけど。
「それじゃあ、はじめますね」
まずは生クリーム作り。
元々、焼き菓子作りのためにバターが少し用意してあったから、それを溶かして牛乳を混ぜ、生クリームを作る。
生乳分離で作る方法もあるけれど、前に……向こうの世界で……子ども達と牧場見学に行った時に教わったのは、バターを混ぜて『それっぽく』するやり方だった。
その生クリームを、もう一回バターにする。
ガラス瓶に入れて振って混ぜる。手間だけれど、こうするとバターの量が増えるから。
「なるほど、こうしてバターは作るのか?」
「新鮮でおいしいね」
「店では牛乳を冷やして作ることも多いのですが、その後こうして増やしています。
牛乳から生クリームを直接作るには丸一日かかるので」
今まで牛乳の安定入手が難しく、店から持ってきていた。
料理人さん達の目が、子どもみたいに輝いている。
新鮮素材から作るバターは、本当に強い。素材がいい無調整牛乳だから、味は向こうよりこっちのほうが断然良い。
それから牛乳でアイスクリーム。
卵の黄身――卵黄と卵白を分けて、卵黄と砂糖を擦り交ぜる。
「うわあ、プリプリ。新鮮ですね」
卵を割ってみて驚いた。
卵黄の盛り上がりが凄い。黄色も濃い。
魔王城で使っているクロトリの卵とは、ちょっと種類が違うみたいだ。
これなら半熟や生もいけそうだけれど、皇族に食べさせて万が一があったら大変だ。今回は自重する。
牛乳とよく混ぜて、少し温めてから冷まして保冷庫へ。
「果物のシャーベットとはまたちがうんだね?」
「でも、美味しくするコツは一緒です。空気を何度か入れてふんわりさせること」
――忘れないように、後でかき混ぜなきゃ。
余った卵白はメレンゲケーキで消費。
ジャムを混ぜると簡単で美味しい。卵白を泡立てるのが少し大変だけれど、料理実習を始めるようになってから鍛冶屋さんで作って貰った泡だて器がいい仕事をしてくれている。
男性の力は強いから、みるみるメレンゲになっていくのはほれぼれするなあ。
私はギフトでちょっとズル……。
「其方の料理法は実に合理的だな。
材料をまったく無駄にせぬところが驚きだ」
アイスの残りの卵白でメレンゲケーキを作り、バターを作った時の余りバターミルクをシチューに使ったあたりで、ザーフトラク様がそんな言葉をかけて下さった。
「まだ食材が貴重ですので、なるべく無駄なく使う様に心がけております」
向こうで料理している時には、卵なんて十個、高くても二百円。牛乳だって一・五リットルで同じくらい。
バターだって高いと言っても五百円くらいで、いい品が手に入った。
独り暮らしでも無駄なく……と思って卵白消費レシピを調べたりしたけれど、こちらに来てからは本当に『MOTTAINAI』を実感している。
エコすぎるエコ生活。
本当に食材を一から集めて食事を作るのは大変だ。
だから、なるべく無駄なく。
卵の殻や野菜の皮も、料理に使い切れなかった分は持ち帰って畑の栄養に使わせて頂いてる。
大地の精霊もなんだか喜ぶみたいだし。
オーブンでメレンゲケーキを焼き、冷めないうちにグラタンも作る。
パータトは多めに茹でて、グラタンとサラダに使う。
小麦粉がまとまった量取れれば、パスタにも活用したいけれど今はまだ無理だ。
メニューの流れ的にシチューとグラタン、ホワイトソース系二つはあんまり良くないと思うけど――今回は卵と牛乳のプレゼンテーションだから、ご容赦頂こう。
マヨネーズは、料理人さん達みんなが目を輝かせた。
卵とお酢と塩コショウだけでできるのに、味の効果は絶大。
「おいしい!」
「だろう? 前から作り方を知りたかったんだ。まさかこんなに簡単だとは思わなかったけど」
「うむ、素晴らしい」
料理系異世界転生の最強調味料だから。
ただ、最強だけに欠点もある。新鮮な卵が必要で、味が強くて素材の味を殺してしまうこともある。生卵を使うから、ものによっては食中毒の危険もある。
お酢が入るので作ってすぐ使う分には危険は少ないはずだけど……。
せっかく素材がいい異世界なんだから、味を楽しんでもらう為に、注意深く使っていかないとね。
「できたら最後はスフレオムレツを。
できてから時間がかかると、しぼんでしまうので宴席とかには向かないと思いますが、普通のお料理には絶対に喜ばれます」
卵白を泡立ててメレンゲを作り、卵黄や塩コショウを混ぜ入れて焼くだけ。
ほんっとうに、ふわとろの柔らかさが美味だ。子ども達にも大好評。
オムレツや卵焼きは練習や腕が必要だけれど、私には無理なのでこっちの出番が多い。
一番大変なメレンゲ作りをギフトでやっちゃう反則だけどね。
「おお!」
「これはすごいな」
「ふわふわだ~」
「これが卵か……」
料理人さん達も本気で感嘆の声を上げる。
「中に何かを挟んだりしても美味しいと思います。
泡立てないで普通に焼くオムレツもとっても美味しいですから」
マヨネーズのパータトサラダとクリームシチュー。ホワイトソースのパータトグラタン。
スフレオムレツに卵アイスとメレンゲケーキ。
品数は多いけれど、芋を茹でたり工程を合わせたりしているので、製作時間そのものはいつもの通り二刻以内に収まった。
ゴミも芋の皮と卵の殻くらいしか残していない。ちょっと胸を張れる。
「オムレツの口の中でふわりと蕩ける舌触り。マヨネーズサラダの深き味わい。
シチューやグラタンの滋味深さ。何よりアイスクリームの在りえぬ濃厚さと、冷たさ。
卵、牛乳がここまで美味を齎すとは。
マリカ、いつも思うが其方はどこでこのような知識を……」
試食中、ザーフトラク様が呻きながら私を見る。
「や、野育ちゆえ。クロトリやヤギの乳などに触れる機会が多かったのです。
魔術師が幼馴染で手伝って貰ったりして……」
嘘じゃない。嘘は言ってないからね。
「なんでこれ、店で出さないの? 人気間違いないのに?」
カルネさんが首を傾げる。
もちろん、できるなら出したかったのだ。
「だから、卵と牛乳の入手が本当に難しくて、絶対需要が高くて高価でも売れるお菓子に使うのが優先だったんです。
安定確保できるようになったらもちろん、店でも出したいです」
――あ、思い出した。
第二皇子妃様が牧場の優先使用権を下さるというのなら、ちゃんと確保しておかないと。
「ザーフトラク様」
私は皇家の料理管財人に頭を下げる。
「後でガルフに連絡をいたしますので牧場との正式契約をお手伝い頂けませんでしょうか?
牧場にしっかりと需要を確約して牛乳と卵の安定生産に励んで貰いたいのです。
生産分は全て、確実に買い取ると」
「解った。だが皇家の御用牧場だ。皇家使用の分は確保するぞ」
「それは勿論」
今まで卵と牛乳の入手には、本当に苦労していた。
特に卵は、魔王城から持ってくることもあった。
少なくとも安定確保できれば、それだけで嬉しい。
安定生産して買い取ってもらえると解れば、生産量は増えると思う。
牛乳と卵があれば、料理の幅は本当に広がる。
生き物相手だから増産は大変かもしれないけれど――それでも、頑張ってほしい。
料理実習の後。
ティラトリーツェ様がアイスクリームをつつきながら、悔しそうにおっしゃっていた。
「第二皇子妃様が『うちの牧場の卵と牛乳がこれほどの美味になるのですよ』と随分と上機嫌だったわ。
まあ、言われてもこの味は仕方ないと納得しましたが。
だからうちでも作ろうと思うの」
「作るって、なにを?」
「牧場を」
この後、皇族の肝いりで御用牧場がそれぞれにいくつか作られることになったらしい――と聞くのは少し後のことだ。
第一皇子様や第三皇子様だけでなく、皇王様直属のところもできたとか。
権力は強いなあ。本当に。




