王都 姿なき元凶
皇室の料理人さんに教える料理教室。
最初はさすがに緊張したけれど、料理をする人に悪い人はいないのか、本当にここでも料理人さん達は素直に私を受け入れてくれた。
「マリカ。
このシャーベットだが、他の果実にも応用が効くな?」
「はい。基本の作り方は同じで、サフィーレ、オランジュ、グレシュールなどは美味しくできる事を確認しています。
あと、好みはあるでしょうが、エナやキャロなども面白い味になると思います」
「野菜のシャーベット? 青臭くならないかい?」
「オランジュの果汁とかで香りを付けたりすると気にならなくなると思います」
「なるほど、な。あと、質問だがスープに使った肉の燻製、あれが手に入らない時にはどうする?」
「もうすぐ燻製器が作り方込で、ガルフの店から売りに出されると思うので、入手はしやすくなると思うんですが、その時はお肉を小さく切って…」
「シャロの実のソースはどんな風に作るんだい? 手間がかかるというのはどの部分?」
「鳥や豚の骨を使ってスープを煮出す部分です。
数時間くらいかかってしまうので。一度作ると保存がきいて他の料理の下味付けに使えるのですが、灰汁…臭みのもとがたくさん出る為、キレイに取るのは大変で…」
試食会の後は、ほとんど即席の質問コーナーになった。
実際に作る時の注意点、応用の仕方、失敗しやすいところ――次から次へと問いが飛び、誰一人として遠慮をしない。
みんな、本当に勉強熱心で真面目だ。
料理人をする人って、本当に悪人いないんじゃなかろうか。
木板にびっしりと書き込みをしたり、作った料理を何度も見比べながら応用方法や改良案を考えたりしている姿を見ていると、そんなことまで思ってしまう。
私は所詮本職ではないから、プロの目と腕で色々と工夫してレシピを広げて行ってくれればいいなあ、と素直に願った。
「次の時は、この間の宴席の時のハンバーグを教えて貰えないか? ずっとアレが気になっていたんだ」
そう言ったのはペルウェスさん。
今回は作りやすさ優先でソテーにしたけれど、確かにこの方達なら大丈夫だろう。
ハンバーグ系は今まであまりない料理法だし、多分、万人受けする。
「解りました。後は小麦と砂糖、牛乳、卵があればパウンドケーキ、クッキー、パンケーキなどが作れます。
どれも、ガルフの店の人気メニューです。入手は可能でしょうか?」
「牛乳、卵は食料品として見られていなかったからな。
むしろ第二皇子妃様のところに抱えられているのではないか?」
「えっ?」
皇室関係の食料品の束ねをしているザーフトラク様の話に、私は今まで言葉少なかったマルコさん――第二皇子妃の料理人さんを見る。
「確かに、な。第二皇子妃様は美容関係にとても熱心でいらっしゃるから。
牛乳を風呂に入れたり、卵を使って髪を洗うなど色々な工夫をしておいでだ。
私も調合関係をお手伝いしている」
「牛乳風呂に、卵シャンプー、ですか?」
「シャンプー?」
「あ、いえこちらのことで」
言われてみれば、確かに向こうでもそう言う話は聞いたことがある。
昔の女王陛下が牛乳風呂に入ったとか、卵エキス入りのシャンプーとか。
他にも海藻エキスとか、真珠を溶かしてなんて話もあったっけ。
女性の美への執着は、興味は凄いから。
でもなるほど。
食生活が死滅しても卵や牛乳の入手先が残っていたのは、そういうことなのか。
「まあ、第二皇子妃と貴族の方達だけで美容に使う分などたかが知れているから、問い合わせてみれば余った分を食に回す事くらいはできるのではないかな?」
「マルコ。後で卵と、牛乳の農場関連の報告を」
「解りました」
そんな会話をしながら次の料理講習会の打ち合わせをしていた時――。
「マリカ」
「ライオット皇子!」
私は突然声をかけた人物に目を見開いてしまう。
厨房の入り口に、ライオット皇子が立っておられるのだ。
私以外の料理人さん達はテーブル代わりにしていた配膳台から立ち上がり、即座に跪く。
私も本当はそうするべきだったのだろうけれど、名を呼ばれ、直接声をかけられたということは何か用事があるという事なのだろう。
進み出て頭を下げた。
「なんでございましょうか?」
「ついてこい。女達がお前を呼んでいる」
「私を? でも、私、ティラトリーツェ様から顔を出すな、と」
「第一皇子妃が、どうしてもお前の顔が見たいと言って聞かんのだ。第二皇子妃も興味津々でな。
あいつも庇いきれなくなったらしい」
「…皇子、何か料理に不手際でも? であるなら、責任はこの娘では無く我らに…」
庇う様にザーフトラク様が声をかけて下さるけれど、違う違うと皇子は手と首を横に振る。
「そうじゃない。料理に不手際はなかった。むしろ好評過ぎてな。
今まで菓子程度しか新しい料理を食べていなかったから、食事の味に驚き感動したということだ。
心配するな」
三人の皇子妃付き料理人さん達は、ホッと胸を撫で下ろす様に息を吐いた。
「基本的には、お前を褒めつつ、手に入れたいという勧誘だろう。
それくらいなら、新事業を盾に庇ってやれるのだが…」
「え?」
突然、皇子は私の頭に腕を回した。
「え、皇子?」
引き寄せられ、皇子の胸元に頭がぶつかる。
こ、これは傍からみればハグとか抱きしめられているとか、そんな感じではないだろうか。
思ったより強い力に身動きが取れない。
えっと、ヤバイ。
他に料理人さんもいるのだ。この状況はいろいろヤバい。
「あの、その? 一体何が?」
私の焦りを感じて下さった、わけではなかろうが、私の頭の側でくん、と一度だけ鼻を鳴らすと皇子は、
「なるほど。あいつが心配していたのはこれか」
「わっ」
腕の力を緩めて下さった。
そこから抜け出し、一歩下がって皇子の顔を見る。
「詳しい話は後で聞く。覚悟しろよ。
あの女が気付かずに終わってくれれば幸いだが、多分無理だ」
「え? 一体何が?」
皇子はそれ以上何も言わず、くい、と首を動かした。
ついてこい、という意味だと判断して、私は歩き出した皇子の後を追いかける。
まさか、この後にとんでもない騒動が待っているとも知らずに――。
トントン、と軽く響くノックの音。
「連れて来たぞ」
そう中にかけた声に返ったのは、
「ありがとうございます。あなた。
マリカ、入りなさい」
柔らかいティラトリーツェ様の命令と、静かに開かれた扉だった。
何度か入る機会があった応接の間。
その大きなテーブルの奥には二人の女性、そして扉側にはティラトリーツェ様が座っておられた。
お二人の女性のうち、一人ははっきりと覚えがある。忘れようがない。
この間、拉致事件の犯人――第一皇子妃、アドラクィーレ様だ。
そして残るは、まだはっきり話をしたことも無かったけれど、顔は拝見したことがある。
晩餐会の後、新事業の為に呼び出された時に見た第二皇子妃。
確かメリーディエーラ様、だと思う。
金髪、碧眼、華やかな容姿。
私のような貧困な想像力でも、本当に解りやすい絵に描いたような『お姫様』そのものだ。
貴婦人方は大抵、髪をひっ詰めたように結い上げ、ヴェールまでしているのだけれど、メリーディエーラ様は髪こそ纏めているものの華やかな編みこみで結い上げ、前に縦ロールを流している。
ヘッドドレスも華やかで、シンプルなトーク帽風の他お二人と違って、豪奢な濃い色のカチューシャ。宝石などが美しく飾り立てられている。
服装も第一皇子妃様よりも豪華なイメージだ。
そういえば、金髪に碧の瞳は滅多にいなくて羨ましがられると、以前ティーナに聞いた。
ということはこの世界感覚から言うと、この方は誰もが憧れる相当の美人という事になる。
――と、いけないいけない。
私は、立ち上がり側について下さったティラトリーツェ様の横で跪き、深く頭を下げる。
「改めてご紹介しますわ。ガルフの店の使用人マリカ。
今日の昼餐の指揮を執った者です。
子どもですが優れた料理技術と知識を持っております」
「マリカ、即答を許します。立って顔を上げなさい。
お前は小さいので跪かれると姿が見えません」
「はい…」
言われるままに立ち上がり、顔を上げる。
私を見る第一皇子妃様と、真正面から目が合った。
私が怯えるように肩を震わせたのが解ったのだろう。
「怯える必要はありません。
国を動かす事業を支える価値を持つ其方。手荒な真似はもうしませんから」
含む様に笑って第一皇子妃様はそうおっしゃる。
私はようやく、胸に詰めていた息を吐き出した。
「今日の昼餐はとても見事なものでした。
私は特にスープが気にいったの。あれほどに深い味わいを持ちながらも美しいスープは始めて。
肉料理も単純に焼いただけではなく、薄味の様でしっかりとした香りと味。
いつも食べた後、刺激に舌が痛くなる料理とは大違いで、とても楽しみましたよ」
べた褒めだ。
良かった。気に入って貰えて本当に良かった。
「食の事業が始まることになり、第一皇子は日々、とても楽しそうでいらっしゃるの。
まだ年若いお前には理解できぬ事でしょうが、何もすることがない日々というものは退屈なもの。
あの方に、この国にやる気を与えてくれたお前に、これでも感謝しているのですよ」
最初に会った時の印象があんまりにも悪すぎて、どうにも苦手意識が先に立つアドラクィーレ様だけれど、こうしてみれば国を支える第一皇子のお妃さま。
ちゃんとそういうことを考えられる人なのかもしれない、と思える。
「もったいないお言葉です」
「こちらへ。褒美を授けます」
微かにティラトリーツェ様の肩が揺れたのが解った。
見上げる表情は変わらないように見えて、どこか不安に揺れている。
「ティラトリーツェ様?」
「アドラクィーレ様のご厚意です。行きなさい。…気を付けて」
「はい」
最後の言葉の意味をよく理解しないまま、私は案内役の側仕えに促されて大きなテーブルをくるりと回る。
反対側、アドラクィーレ様の側に行き、静かに膝を折り曲げた。
「あら、お前、良い香りがしますね。
料理に使った香草の香りかしら?」
立ち上がったアドラクィーレ様は私の前に、スッと手を伸ばす。
「これからも、料理人達の指導を頼みます。期待していますよ」
差し出されたのは上布のハンカチーフ。
しかも手ずからだ。
「ありがとうございます」
私はなるべく丁寧に、恭しくそれを賜った。
小さく笑い、戻りなさいと視線で促すアドラクィーレ様にもう一度頭を下げ、戻る為に立ち上がる。
――正に、その時だ。
「待ちなさい!」
「え?」
いきなりの静止の声に、私はピタリと足を止めた。
止めさせられた。
立ち上がり、私の側に立つ声の主は――。
「メリーディエーラ様!?」
「メリーディエーラ?」
しまった、とテーブル向こうのティラトリーツェ様の顔が歪むのが見える。
状況がまったく見えずに立ち尽くす私の首元を、メリーディエーラ様がぐい、と掴んで引き寄せる。
「お前、何者です。
事と次第によっては、只では帰しませんよ!」
第一皇子妃の隣。
無言で佇んでいた貴婦人は、今、信じられない形相で、力で私の首を絞めていた。




