王都 皇国の探究者達
第三皇子家の台所は広い。
大人数の料理をすることもあるのだろう、竈は四口。ひとり一つずつ使ってもらえる。
オーブンは一つだけだが、今回は使うメニューがないから無問題。
「では、そろそろお肉の焼きに入って下さい」
私はザーフトラクさんにグラッセと炒め焼きを教えながら、先に進んでいた三人にポークソテーの焼き方を指示する。
香味野菜で下味をつけた肉をフライパンで焼くだけ――と言えばそれまでだが、いくつかコツがあるのだ。
「油を引いたら、薄切りにしたチスノークを炒めて油に香りを映します」
軽く小麦粉をつけておくこと。
そして何より、余熱を使って火を通しすぎないこと。
焼き過ぎると肉は固くなってしまう。
特に野生のイノシシ肉はそれが顕著だ。
肉はレアくらいが美味しい。
――もちろん日本では豚は生で食べてはいけないし、野生のイノシシとはいえ生は避けた方がいいと思う。
けれど強火でガンガン焼くのは、こういう上品な料理には向かない。
「油に香りがついたら、片面をなるべく動かさず、弱火でじっくり焼いて下さい。
そして肉の厚みの大よそに熱が入ったら、裏返して直ぐに火を止めます」
「もう反面はこのままでいいのかい?」
「はい。余熱、フライパンに残った熱で火が入ります。心配ならこの串で刺してみて下さい。
赤い液体が出なければ火が通っている、ということです」
三人はそれぞれに肉の焼け具合を確かめて来る。
上手く焼けたようだ。笑顔がほころび、肩の力が抜けていくのが見て取れた。
「マリカ。これで一通り終わりですか?」
「はい。後は盛り付けるだけです」
私の返事に、今日は大人しく厨房の端で見ていて下さったティラトリーツェ様が立ち上がった。
「では、私は向こうに戻ります。昼餐の準備が整ったら運ぶように」
「解りました」
「……マリカ。貴女はここから出てはなりません。
よっぽど、どうしてもと呼ばれぬ限りはここにいるのですよ」
「は、はい?」
『向こう』に『戻って』いくティラトリーツェ様を見送るようにお辞儀するカルネさんに、私は首をかしげてしまう。
「昼餐って、ティラトリーツェ様の他に誰かいらっしゃるんです?」
「第一皇子妃様と、第二皇子妃様が、試作品の試食を召し上がるといらっしゃってる。
皇王妃様は来てないけどね。僕達は自分達の主の分の料理を作ってたんだよ」
「いっ!」
この館に第一皇子妃様と第二皇子妃様が?
そんなの聞いてない!
……ああ、でも。
だから上司にも材料は渡せないと言い張ったのか。
「こっちはデザート以外の用意はできた。運ぶぞ」
「わっ! ちょっと待って!」
「……お前は平民の子どもだから知らんだろうが、昼餐というのは来客を持て成す為に用意されるものだ」
慌てて盛り付けに入るカルネさんに代わって、ペルウェスさんが少し教えてくれた。
この世界は元々、食事が必須ではない。だから『食事が用意される』メインは、大きなイベントや宴会が行われる夜の午餐だ。
ただ昼餐というのもあって――来客が来た時など、その人物を尊重している、という意味で出されるのだという。
今回は試作品の試食という名目で、第一皇子妃と第二皇子妃が応接の間に来ている。
ホストとして第三皇子がお二人の相手をしている間、ティラトリーツェ様が監視を兼ねて厨房での作業を見ていた――ということらしい。
そして本来ならカルネさんが来客分も作るが、今回は実験でもあるので自分の料理人の料理を食べる。毒見の心配も無い、という話。
「今回の食の事業、表向きの責任者は第一皇子様と皇子妃様だ。第二皇子は貴族対応。
第三皇子家は補助役、というか実質的な指揮にあたる」
「まさか、練習の度にお三方がお揃いに?」
「いや、今回だけだろう。本当は今回も我々が戻ってから、夕餐に学んできたものを作る筈だったのだが、どうしても本格的な新しい食事を一刻も早く味わいたい。
と第一皇子妃様が仰せでな」
うわっ。めんどくさ。
毎回皇子妃様方が揃うなんて怖いし、嫌だから今回限りにして欲しい。
マジで。
「よし、できた!」「運ぶぞ」
「ちょっと待って下さい」
私は小さな陶器のボウルを差し出す。
「なんだい? これ」
「シャロの実をみじん切りにして炒めて、鳥ガラのコンソメと塩コショウ、ワインなどで味付けしたものです。
ポークソテーには十分、味がついていますが香辛料に慣れていてもし、物足りないような時にはかけると美味しいと思います」
三人の料理人さんがそれぞれに、ボウルから一匙ずつ手のひらに落として味を見る。
「ああ、なるほど」「これはいいな」「最初から教えてくれれば良かったのに」
「作るのに時間がかかるので、今度、改めてお教えします」
「解った。行こう……」
料理人さん達が緊張の面持ちで厨房を出て行くのと同時に――
「遅くなったが、こちらもできたぞ。
私は食べさせる相手がいないからな。……一緒に味見をして批評をくれないか? マリカ」
フライパンを持ったまま、ザーフトラク様がこちらを向く。
本当に、けっこう良い人だ。私は頷いた。
「勿論です。ザーフトラク様」
私とザーフトラク様が作った料理の味見を楽しんでいた頃。
「うわ~。ずるいなあ。二人で先に食べてるなんて」
配膳から戻ってきたカルネさんが恨めしそうな声を上げる。
「お前達もさっさと食べてみるがいい。若造共。美味に驚くぞ」
「そんなの解ってますから! さっきまで小娘に教えてもらうことなどない、なんて言ってたくせに……」
ぶつぶつ言いながらも、カルネさんは自分の勉強用にと用意してあったもう一人分を温め始めた。
「ザーフトラク様も、随分とマリカの料理に心酔されたようで……」
「プライドよりも美味なる味、そう言ったのは貴様であろう? ペルウェス」
あっさり返った返事に、ペルウェスさんは肩を竦めて見せる。
言葉は丁寧だけれど、ザーフトラクさんの変わりようを面白がっているのが解る。
ちなみにマルコさんはノーコメントだ。
「変わり身よと笑うなら笑え。
だが、私は料理を作る者、料理人だ。
自分の知らぬ、正しき味の理を知るものであるのなら、それを認める事も、知る為に頭を下げる事も厭うものではない」
話を聞いて、手順を見て、それが美味に繋がるものだと理解した。
だから認めるし、知りたいと思う。
その為に必要なら、子どもにも頭を下げる。
カッコいいな、と素直に思った。
本当に料理が好きで、死滅したこの世界で料理を作り続けてきた人なのだと思うと――精神年齢では父親くらい。
外見で言えば孫くらいの歳の差のこの人の生き方を、私は本当にカッコいい、と思ったのだ。
「材料の組み合わせ、正しい理。全て合わさった先にこそ生じる美味というものがあると、今回は思い知った。
改めて先の非礼を詫びよう。マリカ。
そしてできるならば、その他の理も教えて欲しい」
「こちらこそ。そのお言葉、本当にありがたく嬉しく思います。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
私達二人の様子を、三人の料理人さんは楽しげに笑って見ている。
後で聞いたところによると、ザーフトラク様は長く皇王様に仕えて料理を作ることで貴族の地位を得ている方、なのだとか。
王宮の料理の素材管理なども一手に引き受けている。
三人にとっては頭の上がらない上司だっただけに――あんなに素直で楽しげな彼は初めて見た、と言っていた。
とりあえず、初の料理教室は大成功。
四人の料理人さんにも今回の料理、そして料理教室のやり方も理解、納得して貰えたので、このままなんとかやっていけそうだ。
……と私は思った。
本当にこの時、までは。
まさか、この後すぐ――
「お前、何者です。
事と次第によっては、只では帰しませんよ!」
「お止め下さい、メリーディエーラ様!」
第二皇子妃様に、首絞めで落とされかけるとは本当に、思いもしなかったのだ。




