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王都 皇国の料理人達

「宜しくお願いします」


 私は、ちょっと顔なじみになった第三皇子付きの御者さんに頭を下げて馬車に乗り込んだ。

 小さな馬車は乗り降りが大変で、御者さんが当たり前のように手を差し伸べ、エスコートするように助けてくれる。

 まだまだ慣れない。けれど――いい加減、慣れないと。


 これから何度も通うことになるのだから。


「なんだか、良い匂いがするね?」

「そうですか? 香草とか持ってるからかもしれませんね」


 そうか、と外から御者さんが笑う。扉が閉められた直後、馬車はゆるやかに動き出した。


 貴族エリアの門から迎えの馬車に乗って、第三皇子妃の館へ。

 立派で綺麗な馬車に乗せてもらうのは、これで三度目だ。


 貴族の居住エリアを抜け、王宮横の第三皇子の私邸へ。


「いらっしゃい。もうみんな待ってるわ。

 今日から暫くよろしく……って、マリカ?」


 流石に今日は玄関まで出てはこなかったけれど、エントランス。

 扉の開いた気配に気付いたのだろう。笑顔で出迎えてくれたティラトリーツェ様は、ふと私の前に立つと、こちらを見た――いや、睨んだ。


「な、なんでしょう。ティラトリーツェ様」


 笑顔は、完璧に消えている。

 何かを探すような、見定めるような獣の目。

 怖い。


「貴女、何を付けてるの?」

「何って……何も。あ、髪紐はいつものものですし、皇子妃様の元に上がるのでお風呂には入って、髪は洗って清潔にしてきましたが……」

「髪?」


 笑みの完全に消えた真顔で、ティラトリーツェ様は私の髪に触れた。

 ポニテの房を手に取り、口づけるように鼻を寄せる。


「わっ! 何ですか?」

「……これね。確か、櫛に花の水をつけた布をつけて、撫でつける、でしたか?

 この間のレヴェンダの水とは違う花の水で髪を梳かして来たの?」

「あ、はい。ロー、いえロッサの花で、ってティラトリーツェ様?」


 私の髪を握りしめたまま、ティラトリーツェ様は眉間に指を一本立て、目元をぎゅっと絞るように閉じた。

 それは、どう見ても――呆れて……というか、困った……という顔?


「……何かやらかす前に、ガルフに相談なさいと言ったでしょう?」

「何で、ですか? やらかす、も何もただ、花で香油と水を作っただけですが。

 現物はどっちも島に在って持ち出していませんし、誰にも渡しても……」

「しっかり、持ち出しているではありませんか? いえ、もう時間はありませんし、仕方ないでしょうね……。

 後は彼女が気付かないことを願うのみ……」

「ですから、何が?」

「こちらの話です。ただ、面倒な事になるかもしれないことは、覚悟なさい」

「???」


 何を言われているのか、怒られているのかさっぱり――わけわかめ?

 とにかく、もうみんな――つまり今日、料理を教える料理人達は集まっている、という。


 私はスタスタと長い足で歩くティラトリーツェ様の後を、コンパスの違う足で必死に追いかけた。


「やあ、今日はよろしく」


 笑顔で手を上げて迎えてくれたのは、第三皇子家の料理人カルネさん。

 そして第一皇子家の料理人ペルウェスさんも、


「また世話になる」


 小さくだけれど、微笑んでくれた。

 お二人の他に、あと二人の男性がいる。黒髪に明るいブルーアイの三十代くらいの男性と、四十代後半から五十代に見える、銀髪に濃紺の目をした貫禄のある男性だ。


「紹介するよ。彼は第二皇子家の料理人でマルコ、そしてこちらが皇室、皇王様の料理人ザーフトラク様だ」


「始めまして、マリカと申します。

 ガルフの店より罷りこしました。本日はどうぞよろしくお願いします」

「よろしく」


 静かな口調で言ってくれたマルコさんとは違い、


「ふん」


 ザーフトラクと紹介された男性は腕を組んだまま鼻を鳴らし、嗤って見せた。

 見下されている、と一目で解る。


「ザーフトラク!」


 ティラトリーツェ様が叱るように声を上げるけれど、彼はどこふく風、といった顔だ。叱責は耳に入っていないのだろう。


「第三皇子のお気に入りの店の調理人というから少しは期待してみれば、小娘ではありませんか?

 このような貴族でもない子どもが、仮にも皇族の方々の口に入れるものを預かる我らにものを教える? と。

 笑えない冗談ですな」

「ザーフトラク様、お言葉ですが、ガルフの店の味は第三皇子様だけではなく、第一皇子妃様、さらにはパウンドケーキ、ピアンのシャーベットという形で皇王様、皇王妃様にもお認め頂いているのですよ!」


 明らかな嫌味と軽蔑の眼差し。

 カルネさんが庇って下さるが、『様』と呼ぶだけあって、多分立場はザーフトラクという人が上なのだろう。


「口を慎め。若造!」


 手こそ出さなかったものの、その眼は――口答えした部下を、そして私を、明らかに蔑んでいる。


「500年、皇族の皆様方の料理をしてきたものとしてのプライドは無いのか?」

「プライドよりも、美味なる味を、でございます。ザーフトラク様」

「ペルウェス……貴様まで……」


 ペルウェスさんが前に進み出る。

 私を庇うようなカルネさんを、さらに庇うように。


「彼女に教えを請い、皇国に食という産業と取り戻すのは皇王様もお認めになった新規事業です。

 それに納得がいかぬ、というのであれば其方は覚えずでも構いませんが、私の前でマリカを侮辱する事は許しません」

「……ん……んん!」


 今度こそ有無を言わせぬ、というティラトリーツェ様の様子に、怒りを抱いているであろうザーフトラクは、


「失礼を。第三皇子妃。私はちょっと体調が不良故、休ませて頂きます」


 小さく舌打ちし、壁沿いの椅子に座す。

 ふんぞり返るその態度は、第三皇子妃にする臣下のものではないと思う。けれどティラトリーツェ様は気にも止めず、むしろ『丁度良かった』と言わんばかりに手を叩いた。


「ほら、のんびりしていては間に合いませんよ。早く始めなさい」


 何に間に合うのかはよく解らない。けれど『早く始めた方が良い』のは確かだ。


 私はティラトリーツェ様に軽く会釈すると、改めて、


「解りました。皆さん、どうかよろしくお願いします」


 料理人達に向けて深く、深くお辞儀をしたのだった。


 今日、料理で作る予定なのはイノシシ肉のヒレ肉の薄切りソテー。パータトの炒め焼き、キャロのグラッセ。

 サーシュラとエナに、アップルならぬサフィーレビネガーで作ったドレッシングをかけたサラダ。

 ミネストローネ。

 それからデザートのピアンのシャーベットだ。


 最初なので簡単に、でも美味しくできる料理を選んだつもり。

 ハンバーグとか豚骨スープとかアイスクリームとか、少し手が込んだものは『調理』に慣れて来てからの方がいいと思う。


 料理の前に私は、ガルフの店――正確には魔王城から持ち込んだ特別な調味料を、料理人さん達に差し出して見せた。


「これはサフィーレで作ったもの、ビネガーといいます。食べ物に爽やかな酸味を与える調味料、です」


 小さな小皿に少しずつ注ぎ、舐めるように飲んでみてもらう。


「これは!」

「腐っている、ではないな。強烈で爽やかな酸味だ」

「凄い。まるで目が醒めるようだ」


 ……あんまり大量に飲むと胃を痛めるけど、少しだけ体感してもらうだけだから。


「完全に0から作るには半年くらいかかりますが、既にできたモノを混ぜて増やす形なら半月程でできます。

 後で見本と作り方をお渡ししますから、サフィーレが採れる様になったらぜひ、量産なさって見て下さいませ。

 沢山あると料理の幅が本当に広がりますし、色々と応用が効きます」


 お酢があると、料理の幅は本当に広がる。

 ケチャップもどき、ソースもどき、マヨネーズ――調味料作りには必須なのだ。


「あとは、こちらは、ガルフの店の従業員が森で見つけた香草です。

 現在店で運用しております。

 昔も使用されていませんでしたか?」

「あった、ような気がするな。この白い塊は覚えがある」


 ニンニクもどきのチスノークをペルウェスさんが突いた。

 ローズマリーならぬローマリアにセージ。フレッシュミンスも、お茶代わりに出してみようと持って来てある。


「当面はガルフの店で扱いますが、各所領で探してみてはいかがでしょうか?

 原種が見つかれば、以降栽培も可能な筈です」

「解った。提案してみよう。これも見本を少し分けて貰えるか?」

「どうぞ」


 魔王城の森にあるということは、雑草扱いで――森や野に自生している可能性も高い。

 アルケディウスでも探してもらえるように、胃袋に訴えようと思ったのだ。


 その他、いくつか当たり前の事。

 手を清潔に。

 お肉と野菜を切るカッティングボードは別に。

 ――などを話してから、本格的な料理に移る。


「まず、最初にお肉の筋をよく切って、包丁の背で叩いて伸ばしてから、叩いて細かく切ったハーブと漬け込んでください」

「時間はどのくらい?」

「なるべく、長く漬け込んだ方が美味しいのですが、昼餐に合わせるとなると半刻、くらいでしょうか?」

「肉の筋、というのはどこのことを言うのです?」

「ここの、脂身と肉の間です。ここに切り目を入れてから火を通すと縮みが少なく、肉が柔らかく仕上がります」

「肉を叩く、というのも柔らかくする手順かい?」

「はい」


 小さなひと手間、一工夫が味を変えるのが料理というものだ。

 私は夜ご飯の時に漬け込んで、朝焼いて――お弁当のおかずに良くしていた。


 ローズマリーに塩コショウ、油とほんの少しだけお酢を混ぜたものをよく擦り込む。

 叩いて広がった肉を、元の厚さに近い形に戻す。


 この世界はラップもジップロックも無いので、薄いお皿にお肉を並べ、上から押さえるようにもう一枚を重ねている。


 ――漬け込みも一苦労だね。


 それからシャーベットの準備。

 と言っても、桃を砂糖と擦り交ぜて氷室に入れるだけだけれど。

 いつも料理に精霊術を使えるわけではないから、今回はアナログ実験で。


「この氷室って精霊術を使ってるんですよね?」

「そうね。冬に雪や氷を集めて氷室の上の階に入れてあるの。それをここに括りつけた精霊の力で維持している感じね」


 『括りつけ』……という言葉に一抹の思いはあるが、口には出さない。

 私だって魔王城で精霊に色々と力を貸して貰っているし、それがこの世界の文化だとするなら、文句を言う筋は無い。


 だまってシャーベット用のバッドを入れて出て来る。


(お願いします)


 心の中だけで、そう言って。


 仕込みに時間がかかるもの。

 寝かせ時間が必要なものの準備が終わったら、付け合わせ用のパータト――つまりジャガイモの炒め焼きと、キャロ――ニンジンのグラッセを作る。

 本当なら油が使えればフライドポテトが作れるのだけれど、料理に使うので精いっぱいだ。


 ナーハの種、菜の花もどきからはガルフが言う通りいい油が取れた。けれどやはり、揚げ物に回すには量が足りない。

 本格的にナーハの畑が欲しいくらい。


「キャロとパータトはシャトー剥き……角をとって丸みを帯びた形にしてみて下さい」


 やってみせると、疑問気に首を傾げながらも、お三方それぞれ素早く上手に剥いてくれた。

 さすがプロ。


「これにも意味が?」

「角を落としておくと煮崩れ防止になるんです。鍋の中でぶつかって端が潰れて汚く、なんてことを防げます」


 キャロは砂糖で甘く煮たグラッセに。

 パータトは軽く茹でてから、炒め焼きにする。


 サーシュラとエナの実のサラダは、向こうにいた時はキャベツとトマトのマリネとして良く作っていた。

 保存がきいて、土日に作って冷蔵庫に入れておくと一週間くらい持つのだ。


「サーシュラを湯通しする時は火傷しないように気を付けて下さい。エナの実は湯剥きにすると皮がカンタンに剥けます」

「湯剥き?」

「こうして頭に切り込みを入れてお湯につける事です。その後冷水で冷やすと皮がカンタンに剥けます」

「うわ、ホントだ。するっと剥けるね」


 この時代は、お湯を沸かすのも簡単ではない。

 だから色々な手順を同時並行して、無駄なく進める方がきっと楽だ。


「後、切った野菜くずは捨てないでみじん切りにして下さい」

「な、捨てないのか?」「残り物を皇族に?」

「残り物ではありません。大事な食材です」


 パータト、エナ、サーシュラにキャロ。

 半端な野菜の切りかすは集めて、ミネストローネに使う。

 簡単に八百屋で野菜が買える、という世界ではない。

 食材はできる限り無駄なく使う。

 『MOTAINAI』の精神は大事。


 ベーコンを小さく切って油を出し、クズ野菜のみじん切りと一緒に良く炒める。

 ここで丁寧に炒めることで、野菜の旨みがよく出る。

 その後は具材用の、少し大きめのサイコロ切りにした野菜を投入。


「具材はなるべく大きさを揃えます。

 そうすると火の通りが均一になるんです」


 塩をひとつまみ入れるのがポイントだ。

 野菜の臭みがよく取れる。


 本当ならパスタや豆を入れるとぐっとボリュームが出て美味しいのだけれど、まだパスタに回せるほどの小麦粉は無い。

 今後の課題だね。

 豆はどこかで手に入らないものだろうか?


 エナの実は水分が多いし、フレッシュさを残したいので最後に入れて少し煮込めば、ミネストローネは完成――。


 ……って。


「わあっ!」

「騒ぐな。そこをどけ」


 いつの間に後ろに来ていたのか。背後に気配を感じて振り向けば、そこにはザーフトラク。

 私を押しのけるように鍋の前から追いやると、お玉でよそったスープを皿で受け、そのまま啜った。


「!」


 彼の眼が、驚愕に揺れた。

 まるで有りえないものを見たかのように。


「娘!」

「はい!」

「この味はなんだ?」


 私の襟元を掴むザーフトラクの目は完全に据わっている。


「野菜とベーコンでだし……下味を作り、それをエナの実で強めました」

「野菜……さっきの野菜くずか?」

「はい。野菜は皮の近くに旨みが集まっている事が多いので、油で炒める事でそれを引き出して……。あと、コクを出す為にベーコン。

 肉の燻製を店から持ってきて使いました」

「それで……このような味に?」


 ミネストローネをもう一度よそって口に運ぶと、彼は漬け込んだマリネサラダにも手を伸ばす。

 そして、また目をむいた。


「この酸味は、さっき言っていたビネガーとかいうものか?」

「はい、そうです。それに塩と、砂糖と、胡椒を少し、後は滑らかさを出す為にナーハの食油を少し混ぜました」


 ぎろり、と。

 まるで獲物を狙う狩人のようにザーフトラクは三人の料理人たちの手元を見る。

 彼等の元には、漬け込んだお肉と付け合わせの人参のグラッセ。


「だ、ダメですよ! これは。これを取られたら昼餐に間に合わないでしょう!」


 カルネさんが首を横に振る。自分が下ごしらえした料理を取られてなるものか――と、その顔が言っている。


「貴重な食材だ。自分達の勉強、味見用と昼餐の分しか用意されていない。

 興味があるとおっしゃるのならご自分でやられるがよろしかろう。ザーフトラク様」


 同じく『自分の分は絶対に渡さない』と全身で告げつつ、ペルウェスさんも声を上げた。


「ざ、材料はまだございますから。お肉の味の漬け込みが少々甘くなるかもしれませんが、他の事はまだ間に合うと思います」

「よ……」


「よこせ」

 ――と、多分言いたかったのだと思う。


 けれどザーフトラクは目を閉じ、己の内で何かを噛みしめるように、言い聞かせるように大きく深呼吸をすると、


「先ほどは失礼を。

 私にも、手順をお教え頂けますか? ……マリカ殿」


 私に丁寧なお辞儀をしてくれたのだった。

 瞳に宿るのは思いの外、真剣で真摯な眼差し。

 思わず、口元が綻んだ。


 ――料理人に悪人なし、かな?


「何がおかしい?」

「いえ、失礼しました。では、こちらへ。肉の漬け込みと付け合わせの野菜の切り方を……。

 あと、私の事はマリカとお呼び下さいませ。ザーフトラク様」

「解った。其方がそう言うのなら、甘えさせてもらおう。

 よろしく頼む。マリカ」


 私は新しく増えた、年上の生徒の言葉に静かに笑って頷いた。

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