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王都 甘い契約

 大祭後、最初の木の日。


 魔王城から戻った私は、ガルフと一緒に馬車に揺られていた。

 第三皇子に差し向けられた馬車で、行く先はもちろん第三皇子家の館。目的は明後日から始まる調理員研修の準備と、ハチミツシャンプーの売買契約だ。


「ガルフ様 シュライフェ商会の代表って、どんな方ですか?」


 ハチミツと現物を持った籠を膝に抱え、馬車の振動に身を預けながら問いかける。

 馬車の中は私とガルフの二人きり。私が一応敬語を使ったからだろう、ガルフはすっかり部下モードで説明してくれた。


「ラフィーニ様とおっしゃって、とても、頭の良い方です。

 商業に関する先見の明もある。元はお針子でいらして。

 商会の主に気に入られて嫁ぎ、不老不死発生前に亡くなられたご主人に代わり商会の代表を務められています。

 センスも、針の腕も確かですよ」


 服飾、生活用品が主の商業ギルド。その服飾部門第二位で、大きな力を持つ――という話だった。


「一位、ではないのですね?」

「一位は商業ギルド長の一族が経営するガルナシア商会です。本当の老舗中の老舗で王宮御用達。

 シュライフェ商会とはあまり仲が良くないと聞きます」

「あ~、ティラトリーツェ様御用達、ってのもあるんですかね?」

「多分、逆でしょう。

 ガルナシア商会が第一、第二皇子妃御用達だから、ティラトリーツェ様がシュライフェ商会を使っているという感じだと」


 なるほど。服飾関係となると、女性は色々と大変だ。


「まあ、オレとしてはガルナシア商会と取引するよりは気が楽ですよ。

 ギルド長は急成長している食品扱いに手を出したくてしょうがないようなので」

「流通ルートに定評があるならそれでもいいかと思いますが」


 大祭後、落ち着いたらガルフは商業ギルドの食品扱い第一位として、ギルド役員に入ることが決まっているらしい。

 今は店も食品の買い取りもガルフの店が独占状態だが、今後、貴族達が――そしていずれ一般の人々が家で食事をする習慣を取り戻せば、ガルフの店だけでは手が回らなくなる。


「でも……そうですね。

 嗜好品扱いの今はいいですが、必需品となってから独占されると人の生殺与奪を食品扱いは握ることになってしまいますから、なるべく今のうちに権利を集めておく必要はありそうですね」

「解っています。下手な商会が下手な売り方をしないように目を光らせておきますよ。ただ……」

「ただ、なんでしょう?」


 ガルフの目が、じろりと私を刺した。正直、痛い。


「今は、本当に食品扱いで手いっぱいです。くれぐれも、くれぐれも! これ以上の手を煩わせないで下さいね。マリカ様」

「手を煩わせる、ってなんですか?」

「今回のシャンプーの様に新しい何かを考え付いて、ポロっと溢したりすることです。

 香油の他にも色々お考えがおありなのでは?」

「うっ……」


 実は、色々あるにはある。

 不老不死世界の貴婦人には必要ないかもしれないが、アロマテラピー教室で作ったハンドクリーム。香油作成の過程でできるフローラルウォーター――肌にいい。


 昔、学童保育の本棚で読んだ童話には、摘みたての花をお湯に沈めるだけでフローラルウォーターができると書いてあった。本にあったのはバラだったけれど、ラヴェンダーでやったら結構いい感じにできたのだ。

 そのままで化粧水にもなるし、花を高純度アルコールに漬ければチンキ――薬効成分の入ったエキスも作れる。


 この世界の化粧品事情は分からない。けれど見た限りティラトリーツェ様も第一皇子妃様もすっぴんだったので、ファンデーションや口紅は存在しないのだと思う。

 ちなみに白粉やファンデーションは製作知識がない。金属粉末がいるというから無理だ。

 でも、油と蜜ろうと染色素材を混ぜるだけでできるリップなら作ってみたい――とは、実は思っている。香水、化粧水、口紅ができれば、かなり画期的だろう。けれど――。


「例えお考えがあっても、今はご内密にお願いします。ティラトリーツェ様にも、です。

 食品扱いにどうか、御専念下さい」

「解っています。迷惑をかけないように注意します」


 そんな会話をしているうちに馬車は王城の脇、第三皇子の館へと辿り着いた。


 ――うわっ。ティラトリーツェ様が出迎えに出て下さっている。

 皇室の貴婦人モードだけれど、浮かべる笑みはティラ様らしい楽しげなものだった。


「いらっしゃい。待っていましたよ」

「お出迎え下さいましてありがとうございます。ティラトリーツェ様」


 馬車から降りた私とガルフは、同時に跪く。


「大祭の後で忙しい所ごめんなさいね。でも、早く終わらせておいた方がいいでしょう?」

「何から何までのお心遣い、本当に感謝いたします」


 促されて進み、以前案内された応接間へ。そこに座っていた女性が、横に控える女性へ目配せすると立ち上がった。


「久しぶりですね。ガルフ。

 大活躍の様子。嬉しく思っていますよ」

「お久しぶりです。ラフィーニ様」


 親しげに微笑む女性に、ガルフはどこか照れたように頭を下げる。

 ――あれ? 知り合い? 同じ商業ギルドの商人というだけではない接点があるのだろうか。

 けれど今は確認を後に回す。私はガルフの助手。まずは場の空気を読むのが先だ。


 ラフィーニ様は私の存在にも気付いて、柔らかく声をかけてくれた。


「ああ、貴方がティラトリーツェ様お気に入りの料理人さんね。

 たいそう頭がいい、と聞いていますよ」

「恐れ入ります」


 緊張しながら顔を上げる。

 透明感と温かみのあるイエローベージュの髪。瞳は明るいブラウン。

 年の頃は三十代以上、五十代未満――そんな印象だ。髪をシニヨンにまとめ結い上げた様子はいかにもキャリアウーマン。

 横に控える女性は、おそらく助手。華やかな赤毛とは想像もつかない、おとなしく控えめな雰囲気の人だった。


「?」


 顔を上げた瞬間、鼻孔を優しい花の香りがくすぐった。

 これは多分、レヴェンダの花。方向はティラトリーツェ様ではなく――お二人の方?


 そう思ってよく見れば、二人とも髪がうるうるつやつやで、キューティクルが光っている。天使の輪が浮かぶような美しさで――。

 こんな美髪が普通にいるなら、シャンプーの需要はないよなあ、と一瞬思い――そこで気付いた。


「ティラトリーツェ様、はちみつシャンプーをお二方にお分けになったのですか?」

「ええ。もったいなかったけれど使い心地と価値を理解させないと、扱う気にさせられないでしょう?」


 ドヤ顔のティラトリーツェ様。

 ラフィーニ様は頷き、さらりと髪を掻き上げた。


「本当に、ビックリしましたよ。一度使っただけで髪の毛が驚くほどに潤って、艶を放つようになったのです。

 こんなのは500年生きて来て初めて。

 ティラトリーツェ様に、ぜひ扱わせてほしいと私の方から、頼み込みました」


 中世では髪を洗う習慣そのものが、きっと希薄だったのだろう――と、改めて思う。

 ましてハチミツシャンプーは現代でもオーガニックブームで人気の品だ。女性が気に入らないはずがない。


 ついでにフローラルウォーターも分けたのだろう。

 ブラッシングの時に使えば、髪にふんわり香りを宿らせられる。


 つやうるの髪と、花の香り。

 さすがティラトリーツェ様。命令するだけではなく、価値を理解させて自分から扱いたいと思わせる――その仕掛け方が上手い。


「そういうわけで早速ですが、契約に入りましょう。

 ぜひ作り方を教えて頂きたいの」

「解りました。では……」


 ガルフとラフィーニ様は、ティラトリーツェ様立会いの下、同じテーブルに向かい契約文書を交わす。

 契約内容は金貨100枚で、シュライフェ商会にシャンプーの作り方と販売権を譲渡する、というもの。


 最初の約束にあったティラトリーツェ様のもつ砂糖の専売権は、皇国全体で食料品扱いに力を入れることが決まった時点で、現在運用されているレシピの使用権と交換――という形ですでに店に譲渡されている。元々余技のようなものだし、金銭契約でも問題はない。


「私達が個人で使う分を作る事はお許し下さいね」

「勿論です。望むなら必要分をこちらで作って毎月納品しますよ」


 ありがたい提案をいただいたので、毎月注文した分を納めてもらうことにした。

 これで自分達の分を作る手間も省ける。


 ガルフの店は、毎月納品されるハチミツを調理に使う分を除き、シュライフェ商会に回す。

 シュライフェ商会はこれに関してしっかり対価を支払う――そうして契約は完了した。


「では、マリカ……」

「はい。詳しくはこの木板にも記してありますが……」


 私は籠から材料を出し、実際に作って見せる。

 と言っても話は簡単だ。ぬるま湯と生のはちみつを混ぜるくらい。


 あとは粉にしたお塩を入れる。

 向こうの世界では、ひよこ豆の粉を入れた物もあった。汚れ落ちをよくするためだと聞いている。重曹も定番だけれど、この世界では入手が難しいだろう。


「……意外に簡単ですね」

「はい、注意点としては頭皮に付けたあと、よくマッサージすること。

 後は髪に残さないように丁寧にすすぎ洗う事、でしょうか?」


 私の手元を見ながら言うラフィーニ様に、私は頷いた。

 本当に簡単で、これで金貨100枚というのは申し訳ない気がするレベルだ――けれど、価値は『作り方』ではなく『初めてそこに辿り着いた』という事実と、材料を確保できるルートにある。


「これは、はちみつとぬるま湯以外以外のもの、例えばティラトリーツェ様の香りの水などを入れても大丈夫、だと思いますか?

 あとは良い香りのする花びらの乾燥粉末など……」


 そう質問してきたのは、後ろに控え木板に色々と書き込んでいた女性だ。


「プリーツィエ」


 ラフィーニ様は少し眉根を上げる。けれど私は気にしない。秘書や番頭なら、少しでも良いものを作るための質問は当然だ。


「大丈夫だと思います。ただ、何を混ぜても作り置きしすぎてあまり長い時間放置すると劣化する可能性もあるので注意した方がいいかと。

 配分については私にも解らないことが多いので、研究なさって見て下さい」

「解りました」


 いくつか質問を受けて、譲渡手続きは終了した。

 お湯を豊富に使って髪を洗うということ自体、今は上流階級だけの習慣だ。だから当面は、まず上流から広がっていくだろう。


 それでも。

 これが少しずつ世に広まり、女性を綺麗にしてくれたら嬉しい――私は素直にそう思った。

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