魔王城 大祭の後で 精霊術士の選択
子ども達が寝静まった夜。
久しぶりに皆で囲んだ賑やかな食卓と、大きなお風呂を堪能した、幸せで豊かな一日の終わりだった。
「それじゃあ、これからのこと相談しよう」
私は場に残る皆へ、そう声を投げた。
魔王城の子ども達は全員就寝中の二の空の刻。ここに残っているのは私、リオン、フェイ、アルの四人にティーナ。そしてエルフィリーネだ。
部屋の隅ではオルドクスも寝そべっている。
今日は本当に色々あった。
香油と木の実のこと。ギルとジョイのギフトについて。
アーサー達の決意と思い。そして――
「一番は、エリセとミルカ、だな」
リオンの言葉に、私は静かに頷いた。
昼の後、アーサー達の話を聞き終えた私達は、
「すみません。兄様、姉様。ちょっとお時間を頂く事はできますでしょうか?」
「凄いんだよ。ミルカお姉ちゃん。見て見て」
ミルカとエリセに声をかけられた。
いつも控えめで自己主張の少ないミルカからの頼みを断る理由などない。私達が頷くと、ミルカはエリセを見て小さく合図し、その手を握って目を閉じた。
「えっ!」「な、なんだ?」「これは…!」
驚く私達をよそに、他の皆はどうやら前から知っていたらしく、にやにやと楽しそうに笑っている。
何が起きたかと言えば――ミルカの身体が、まるで間違い探しの絵がゆっくり混ざり合うように、ノイズを含みながら溶けていき、そして別の形へと組み替わっていく。時間にすればほんのわずかなのに、気が付けば彼女は完全に姿を変えていた。
エリセそっくりの姿に。
「…いかがでしょうか?」
「どう? すごいでしょ。ミルカお姉ちゃん!」
「ホント、凄い…ビックリ」
「ミルカのギフトは、やはり成長、ではなく変化、のギフトだったのですか…」
息を呑む私達の前で、双子のように瓜二つになった二人が、嬉し恥ずかしといった顔で手を合わせる。
向こうの世界の古いアイドルやアニメキャラが頭に浮かんだのは内緒だ。服が違うし、仕草を見れば判別できないほどではないけれど、それでも驚くほどの完成度だった。
「でも、声も似てるね。身体の大きさとかも同じになってるから、かな?」
「そうかもしれません。
でも、今、そっくりになれるのはエリセだけなんです。
エリセとは毎日、ほぼ一緒にいるから、なのかな、と思っています」
「ということは他の兄弟達では、だめなんですね?」
「はい。同性だからというのもあるのかもしれませんが。
ティーナ様も無理でした」
「ギフトや術は、使える?」
「それは無理です。ペンダントを借りても声は聞こえなくて」
その辺りからフェイの声は聞こえなくなった。完全に思考演算モードに入ったらしいので、私はあえて口を挟まない。
「ありがとう。戻っていいよ」
頷いた瞬間、ミルカの周囲で空気が揺れるような音がして、身体が元の形を取り戻す。完全に戻った彼女の口からこぼれたのは、大きく長い吐息だった。
「痛みとかは無い?」
「はい。それは全然。
お姉様達が留守の間、エリセに協力して貰って何度か練習したのですが大きくなっても、小さくなっても痛みはありませんでした。
不思議ですね。お姉様の時はあんなに身体が軋んだりしていたのに…」
「今より小さくなったり大きくなったりもできるの?」
「エリセよりも少し小さいくらいと、ティーナ様くらいまでにはなれました。それ以上はちょっと怖くて…」
成人女性に触れる機会の少ないミルカには無理もない。それでもフェイのいない間にここまで能力を確かめたことに、私は素直に感心した。外へ――ガルフの元へ戻りたいという思いが、彼女を強くしたのだろう。
「頑張ったね。凄いと思うよ。ありがとう」
私は心からの思いでミルカの頭を撫で、抱きしめた。
ちなみに、一番大きな声を上げたのは――
「うわ~~。すごーい。今のなあに?」
「魔術…ですか? 生まれて初めてみました」
セリーナとファミーだった。そういえば二人にはギフトの話をしていなかった。
「あれは魔術ではなくってギフト…子どもにはね」
興奮する二人に説明を始める。視線の先では、思考世界から戻ったらしいフェイがミルカとエリセの肩に手を置き、何事かを静かに話していた。
「正直に言います。僕はエリセを外に連れ出したい、と考えています」
淀みなく、迷いのないフェイの声。彼が望みを口にする時は、あらゆる現実を計算した後だ。
「やっぱり精霊術士が必要か?」
「ええ、質では無くと言ったらエリセには失礼だと解っていますが、数が欲しいのです。
僕一人ではどうしても手が回り切らない」
夏の不在の間に積み重なった仕事の山。氷室の維持、栽培地の見回り――一つ一つは小さくとも、重なれば致命的だという。
「外の精霊術士の質も僕が出逢う限り、酷いものですしね。
エリセの方が、ずっとずっと真摯に頑張ってきただけに優れています」
プライドの高いフェイがここまで言うのだ。相当だったのだろう。
「ニムルはどう? 素質無い?」
「素質はありそうですが、彼と契約してもいいと思う精霊がいるかどうかは彼の人となりがまだ解らないのでなんとも。
シュル―ストラムに宝物庫の精霊の様子を聞いて貰い、外で動けそう、かつ力を貸してもいいと思ってくれる精霊がいないかあたってみてはいます。
あと、シュルーストラム曰く、彼よりもファミーの方が資質はありそうだ、とのことですよ」
「え? そうなの?」
自然を愛し、強い意志を持つ者を精霊は好む――その言葉に私は小さく頷く。
「エリセを連れ出すなら今日の様子を見ても、ミルカと一緒の方がいいでしょう。
ミルカは外での生活経験もありますし、外での生活に不慣れなエリセのフォローをしてくれることも期待できます。
ギフトが成長し、エリセ以外に変身できるようになってくれればとも思いますが、そこまで高望みはしていません。
ただ、問題は…」
「残る魔王城の子達、だね」
「はい」
エリセとミルカは、子ども達の心の柱だ。
料理、生活、そして暴走しがちな男の子達の手綱――彼女達の存在は大きい。
「料理の面だけであるのなら、私も出来る限りの事は致しますが…」
「うん、そうなればティーナにお願いするしかないと思う。セリーナにも助けて貰って」
けれど問題は即物的なことだけではない。
「ただ、問題はそういう即物的なものばっかりじゃなくって、心の問題もあるから」
エリセ自身の望み。アーサー達の気持ち。そして彼女が抱える過去。
「外で魔王城の秘密を洩らさないか、っていう心配もあるぜ」
アルの言葉も現実だ。
「オレが見ててやってもいいけどさ。結局のところは本人の気持ちじゃないかって思う」
「そうだね。まずは本人に聞いてみないと」
エリセとミルカの人生は、二人のものだ。
「明日、話をしてみるよ。
その結果、エリセが島に残る、と選択しても怒らないであげてね。フェイ」
「解っています」
翌朝。
私は手伝いに来たエリセに、全てを話した。
「私が…外へ…?」
戸惑う表情。
「…少し、考えちゃ、ダメ?」
「やっぱり怖い?」
「うん。外に出てみたい。けど…、ちょっとまだこわい。それに…」
視線を揺らしながら、エリセは言葉を紡ぐ。
「私に何ができるかな。
ちゃんとマリカ姉たちの役に立てるかな。
マリカ姉だけじゃなくって、私がいなくなったらアーサーやみんな、大丈夫かな?
畑の麦とか、他の事とかも…って思う…」
その真剣さが胸に沁みた。
「解った。よく考えてみて」
私はそっと手を重ねる。
「どこにいても、どんな道を選んでも、私は、私達はエリセを頼りにしているし、その選択を応援するよ。
だから、私達の為、とか誰かの為、とかじゃなくって、自分がどうしたいか考えて決めてね」
「私が決めていいの?」
「うん、エリセが決めていいの」
大祭が終わり、皇国アルケディウスが動き始める。
魔王城の島と子ども達の生活もまた、大きく変わろうとしていた。




