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王都 成長した少年達

「俺が…マネージャー代理?」


 三日間にわたる大祭と、お城での晩餐会がようやく終わったその日の夕方。

 私たちが店に戻るのを待っていたかのように、本店と屋台店舗の従業員が一堂に集められ、ガルフの店の全体ミーティングが開かれた。


 まず発表されたのは屋台店舗の売り上げ。

 予想を上回る数字にどよめきが起こり、続けて――全従業員に銀貨一枚ずつのボーナスが支払われると告げられた瞬間、店内は歓声に包まれた。

 ほっとした顔、満面の笑み、信じられないといった表情。皆の胸の内が、そのまま声になって弾けている。


 けれど驚きはそれだけでは終わらなかった。

 ガルフはさらに一歩先の話――皇室や貴族へのレシピ販売と調理指導、王国外への燻製器とレシピの輸出など、新事業についても次々と言葉を重ねていく。


「今後、商売はさらに広げていく。

 王都の第四店舗は豪商や商人を主な客層とし、貴族区画内には調理人の指導を兼ねた新店舗を出店。――そこには、マリカに入って貰う事になった」


 ざわり、と空気が揺れる。

 貴族方面へ力を入れるのは、主に材料の確保をより確実にするためだ。


 大貴族(デューク)と呼ばれる領地持ちの方々には、各地で放置されている食材がないかを調べてもらい、ある限り確保してもらう。

 加えて来年に向けての小麦を中心とした増産の依頼――それらを回してもらう代わりに、新しいレシピを提供する。

 互いに利益のある、いわば“食の同盟”だ。


「それに伴い、人員も大幅に配置転換する。

 販売員も増員。そして今まで努力して勉強やスキルを身につけていた奴には、新しい仕事を任せたい。

 一気に事業が広がっていく。優秀な人材は今、喉から手が出るほど欲しいんだ」


 今までほぼリードさん一人で回していた本店の営業部にも人を増やすという。

 給料は二倍。その代わり背負う責任も大きくなる。


 ――そして。


 私が担当していた本店の管理を、ジェイドとイアン、ニムル、グラン。

 子どもたち四人に任せる、と告げられたのだ。


「本当に、俺達…が?」


 ジェイドの声は震えていた。

 驚きと戸惑いと、ほんの少しの期待が混ざった声。


「建前上はジェイドが代表だが、誰か一人で、では無いぞ。

 マリカ、アル、リード達に指導を受けながら、今の店を維持し、守る事。

 それがお前『達』の仕事だ」


 そう釘を刺しつつも、


「期待しているからな!」


 ガルフは大きな手で、ジェイドの背中を力強く叩いた。


「あ、ありがとうございます」

「やったな!」


 四人が肩を寄せ合い、今にも飛び跳ねそうなほど喜ぶ姿が微笑ましい。

 一部の大人は不満げな顔を見せてもいるが――これは完全な実力主義だ。


 この四人は春の間に努力を重ね、店の課題をほぼすべてクリアした。

 計算が少し心許ないところはあるけれど、接客態度や店舗の知識は十分。

 “やる気さえあれば人は変われる”――その証明でもあった。


 四人より好成績の大人たちは営業部などに抜擢されている。

 羨ましいなら、次は自分が頑張ればいい。それだけの話だ。


「あ、でもお前らは…いいのか?」


 ジェイドが伺うようにリオンとフェイを見る。

 二人は揃って首を横に振った。


「僕らは貴族区画の店舗の立ち上げなどに関わるので、ご心配なく」

「それに俺は秋に、騎士の資格試験を受ける。貴族区画に行くマリカの護衛以外にもやることは山積みだ。気にするな」


「騎士試験? ホントかよ」


 グランの呟きに店内がざわめく。

 騎士試験は年に一度。護民兵や騎士見習い、各領地の兵士が集まる狭き門。

 毎回千人以上が集まるのに、合格は一桁だという。


 ――でもまあ。

 リオンが落ちる可能性なんて、まずないよね。


「マリカは来週から貴族区画に一日おきに通って、皇家の料理人に指導をする。

 店舗から新しい料理人も派遣して一緒に技術を学ばせる。

 仕事の引継ぎ、準備、その他忙しくなるぞ。皆、しっかり頼む」


「「はい!!」」


 声は揃い、力強かった。

 頑張ってきた人間が認められ、取り立てられる。

 子どもでも関係ないと証明されたことで、他の従業員たちの顔色も明るい。


 ――ガルフの店の未来は、きっと明るい。


 引継ぎがてら、私はふと思い立って尋ねてみた。


「皆さん、得意な事ってありますか?」

「得意な事?」


 首を捻るジェイドたち。

 配置を適材適所にするため――というのは建前で、本音は別にある。


 彼らにも能力(ギフト)があるんじゃないか、ということ。

 星の祝福と呼ばれる特異な力。

 本人が気づかず使っている可能性もあるから、あえてこういう聞き方にした。


「これだけは他の人に負けない、とか。凄く好き、とか」


「ん~……自慢できるかは解らないけど、最近計算には自信がついたよ。僕」


 イアンが控えめに手を挙げる。

 最初は数字が読める程度だったのに、今では四人で唯一、五桁計算クリアの印持ちだ。


「掛け算も割り算も、木板なしでもけっこうできるなあ」

「それは凄いですね」


 フェイ立ち会いで確かめると、本当に凄かった。

 五桁÷三桁も、五桁×五桁もほぼ暗算。

 頭脳系ギフトの可能性が高い。


 ――店としては超助かる能力だ。


 グランの方は、リオンが気づいた。


「グランは耳がいいよな。来客の足音とか、気配に早く気づく」

「そう、なのかな?」


 音ではなく、気配探知かもしれない。

 護衛希望の彼にはぴったりだ。


「不老不死になる前の子どもには、特別な力が現れる事が多いそうなんです。

 自分のやりたいことを助けてくれる力。自分が生きる為に必要な力。

 きっとお二人にもあるし、必要になれば使えるようになりますから」


「特別な力?」「本当に?」


「ええ、でも焦って探すモノでも無いですから様子を見ましょう。

 まず、仕事を覚えてできるようになるのが第一です」


 私はとりあえず、そこで会話を打ち切った。

 二人は興味を持ったようだったけれど、会えて無理して探すものでもないと思ったからだ。


 特にジェイドは身体も育ってきて、給料もガッチリ貯めて不老不死を早く得たいと思って準備をしている。

 不老不死を得るなら無理にギフトを探す必要はないし。




 特にジェイドは身体も育ってきて、給料もガッチリ貯めて不老不死を早く得たいと思って準備をしている。

 不老不死を得るなら無理にギフトを探す必要はないし。





 そんなこんなで大祭後、二日の準備、練習期間を終えた空の日。


「いらっしゃいませ」


 マネージャージェイド、と子ども達の初仕事の日となった。

 私は口出しせず、今日は一日彼の仕事を見守ることにする。



 彼らは、ちゃんと私達の仕事を見て覚えていたし、やる気を見せていた。

 早く来て、開店の準備をする。

 厨房のラールさんと確認し、今日のメニューを確かめて食数を確認の後、掲示する。

 列を作る準備と人員の配置も。


 …本店に何人か引き抜かれたので、新しい従業員を雇用するまで、少し人手は薄くなっていた。

 希望者の面接はすんでいて来週からは何人か入るけれども、今日はこの人数で乗り切らなくてはならない。


「今日は、よろしくお願いします」

 真摯に頭を下げるヘーゼルの瞳には真剣さが宿る。

 私が退いても引き続き子どもが店の上に立つ、ということに不満げな様子を見せる者も0ではなかったが、それをあからさまに口に出す者は幸い、いないでくれた。

 スムーズに準備は完了し、店はいつも通り開店する。


「いらっしゃいませ」


 大祭後、行列に並ぶ人の数は、確実に増えた。

 一日決まった数の食数しか出ないことが解っているから、朝早くから並ぶ者が多いのだ。

 というか、並ばないとありつけない。


 開店、店の扉が開くと同時、人がどんどんと中になだれ込んでくる。

 店舗のキャパシティは食数の三分の一程度。

 まず最初に席数を数え、人数を区切る必要がある。


「…ジェイド、後三人」

「解った。…申し訳ありません。ここで一端区切らせて頂きます」


 小さく舌打ちされるが、この店のシステムを理解している常連客はそうは怒らない。

 回転もそれなりに早いので待っていてくれる。


 本店はワンプレートランチ方式。

 今日のメニューは二種類で、一つは豚のスペアリブと炒め焼きのパータト。

 塩味のコンソメスープとピアンのコンポート。


 もう一つは鳥肉サイコロステーキ風ソテーと、サーシュラのマヨネーズソース。

 エナの実の入ったミネストローネ風スープと同じコンポートだ。


 小麦を使ったパン、パンケーキなど粉物は人気品目だがもう備蓄がギリのギリなので、それを売りにする屋台店舗と貴族店舗に回っている。

 少し残念そうにしながらも、客は文句を言わずに食券を購入し、席に付き食事を味わってくれている。


 食べ終わった人の分、新たに人を入れて店を回していく。

 その繰り返しになる。

 マネージャーは全体の様子を見て、人数を確認してトラブルが起きないように全体の調整をするのが仕事。

 今のところは上手く行っているかな、と思った時にそれは起こった。


「ちょっと、止めて下さい!」

「いいだろう? こいつは連れなんだ。連れの分も並んでいたんだぞ」


 外で言い争いのようなものが始まっている。

 ジェイドは慌てた顔で店の外に出て行った。

 見れば、列の終わり近く。二人の男とグラン、ニムルがもみ合っている。


「どうしたんだ?」

「横入りだ。最初一人しか並んでいなかったのに、目を離したすきに列に手招きしてもう一人を入れたんだよ」


 グランが横入りしたらしい人の手を掴んで列から引きはがそうとするが相手は体格のいい男性。

 素直に列から出てはくれない。


「グラン。このまま列を進めてくれ」

「解った」


 既に食数分の人数は並んでいて、列の最後尾は止められている。

 彼らを残して列が進んでいく中、二人の客がジェイドとニムル。そして私が残る形になった。


「お客様、すみません。

 当店は一日の提供数が決まっている為、人数制限があります。先に並んで待っていて下さった方を優先するので、後からの方は次の機会にして頂くか、先に並んだ方と分け合う形ではお願いできませんか?」


 トラブル対応のマニュアルもしっかり覚えているし、言葉遣いも荒さはあるけれどちゃんとできている。

 深々と頭を下げ、下手に出るジェイドに、けれど横入りの男は苛立ちを隠さない。


「一人くらいはなんとかなるだろう? 俺は移動商人なんだ。

 来週には次の街へ移動する。今日しかないんだぞ!」

「すみません。誰も特別扱いはできません。材料は決められた数の分しかないので無くなったら終了と決まっています」


 この対応も正しい。

 一人に融通を効かせたら、同じことがあった時、それを根拠にまた無理を言われることもありうる。

 ダメなものはダメ。

 きっぱりとした線引きは店を守る為には必要な事だから。


 とはいえ、相手も人間であるから、正しくても、いや、正論であるからこそ自らの間違いを突き付けられ、思いを通せないとなれば苛立ちが溢れる事はある。


「! 子どものくせに生意気な!」 

「おい、止めろ!」


 同行者も慌てたようだったが、怒りを顕わにした男は居丈高な態度を崩さないまま手を上げ、そのまま真っ直ぐに目の前に立つ少年に振り下ろされる。


 パシン!

 

 乾いた殴打音が夏の太陽が照らす通りに響いた。


「ジェイド…さん」

 頬に落とされた衝撃を一切気にも留めず、真っ直ぐに相手を見据える少年は、もう一度深々、頭を下げる。


「申し訳ありません。店の決まりを歪める訳にはいきません。

 どうかご理解をよろしくお願いいたします」


「おい、ここで止めとけ。これからの取引にも差し支えるぞ」


 同行者と思しき人物が男の袖を諌めるように引く。

 路地を歩く通行人、先に進んだ客達の視線を受けながら、男は紅く染まった顔を逸らす。


 悪いのは自分の方だと、解っているからこそ男は小さく舌を打つと


「先に戻る!」


 言い放って列から出て行った。

 場に、静かな空気が戻って来る。


「あー、すまない。軽いつもりで仲間に声をかけてしまった。

 店に、迷惑をかけるつもりは無かったんだ」


 素直に謝る男は、別の国からの移動商人なのだろう。

 この国で良く見る服とは違う染めと作りの印象がある。

 彼が仲間、と呼んだ人物もきっと同じで本当に、移動前に噂に名高いガルフの店の食品を食べてみたいと思ってくれていたのかもしれない。


「いえ、これくらい痛くもなんともないです。

 もしこれに懲りず、次の機会があればぜひおいで下さいと、さっきの方にも伝えて頂けますか?」

「ありがとう」


「ジェイドさん、大丈夫ですか?」


 商人が列の最後尾に戻ったのを確認して、私はジェイドに駆け寄った。


「エル・ヴァダー」


 水で濡らしてハンカチを渡してみるけれど…彼の頬は、見ればそんなに赤みも無く、殆どいつもと変わらない。


「大丈夫。本当に痛くはないんだ。

 なんだかんだで手加減してくれたんじゃないかな?」


 ハンカチで頬を冷やしながら彼はそう言うけど、そんな感じじゃなかった。

 けっこうホンキで怒っていたように思うのだけれど…

 

「でも、よく我慢したな。少し前のお前だったら、突っかかって、逆にぶん殴ってたろ」

「だって、そんなことしたら店やガルフ様に迷惑、かかるだろ?」

「…ジェイドさん、成長しましたね。本当にマネージャーにピッタリだと思います」


 当たり前のようにニムルに応えるジェイドに、私は彼の成長と変化を感じる。

 大切なものを守る為に、自分の思いを内に秘めるということは、子どもにとってはなかなかできるようでできないことだ。

 ジェイドが子どもでなければ、あの商人は最初から手を引いたかもしれないが、子どもが我慢して引いたからこそ、相手は自分の行動を顧みて事をそれ以上荒立てずに、すんだのかもしれない。


 私の賛辞に顔を赤らめ、視線を逃がす様にジェイドは店を見る。


「俺は、絶対に店を、ガルフ様を、みんなを。

 俺の居場所を守るんだ」



 迷いのないその瞳と言葉。

 私はそこに、数か月前には無かった少年らしいに強さと力。

 そして、認められ、託された責任への喜びと誇りが確かに宿り、輝いているのを感じていた。

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