王都 皇国の大祭 三日目 皇国のマネジメント
大祭最終日。
私達は街の出店の完売を待って、王宮の厨房にやってきた。
年に二回の大仕事。
戦場のようだった厨房は今、驚く程静かだった。
「……本当に、これは、凄いな」
「だろう? でも、これだけじゃないんだ。もっともっと世の中には色々な味があるんだぞ」
宴席に向けた調理が全て終わった厨房で、私は感心するように皿の菓子を味見する二人の料理人を見ている。
賛辞が向けられるたび、なんだか面はゆい。
「お二人は、仲が良くていらっしゃるんですか?」
主同士が仲が悪いのは知っていたから、少し意外に思ったのだけれど。
彼らは顔を見合わせると、少しだけ肩を竦めて見せる。
「? まあ、別に仲が悪くはないよ。この世界でごく僅か生き残らせて貰った『料理人』仲間、だからね」
私の問いに答えて下さったのは第三皇子の料理人さん。
最初はお名前を聞く機会もなかったのだけれど、カルネさんというらしい彼とは、もうすっかり顔なじみだ。
「なんだかんだで、人に食事を作ること、料理をすることが嫌いでは料理人は務まらないだろう?
腕を振るえるのは年数回でも、その為に食生活が死滅した世界で材料を集め、料理を考え、作る。
我々はその為に全力を尽くす生き物だ」
そう応じたのは第一皇子妃の料理人。
ペルウェスさんは、カルネさんが用意したパウンドケーキの端きれを睨みながらそう言う。
「今、この世界でどうやって材料を集めておられるんです?」
「基本的には契約した農場、荘園の一か所集中、かな?
他の所は作らないよ。売れないから。決まった1カ所だけが、必要とされる分だけを作り、それを使って料理をする。
用意されているものが限られているから、今までどうしても同じような料理になってしまって、それを普通だと思っていたけれど……考え方を変えるべきなんだろうね」
私はフェイと顔を見合わせる。
肉は狩人から。砂糖や香辛料は輸入。
野菜類、果物はそれを専門に栽培する荘園がある、ということなのか。
なるほど。
「牛の乳、ヤギの乳、卵などは貴婦人たちの美容に使われるくらいなものだった。
まさか食用に使うなど……考えも及ばなかったな。
それにこの、端肉で作ったハンバーグという料理。
叶うなら早く知って、これこそ宴席に出したかった」
「料理っていうのは、色々な食材を組み合わせる事で、色々な可能性が広がるんです」
「そうだな。実感した。今後は私も研究していくとしよう」
全ての料理を出した厨房は、今は比較的静かだ。
もう少しすれば一気に皿が帰ってきて後片付けに大忙しだというけれど、今は残り物を味わいながら結果を待つだけだから。
「……料理、喜んで頂けているでしょうか?」
「デザート類は心配いらない。喜んで頂けるだろう。問題があるとすればメインの料理の方だ。
デザート類の力に完全に負けていたからな」
悔し気なペルウェスさんに、今日の宴席のメニューを思い返す。
申し訳程度にエナやサーシュラなど野菜の入った塩味のスープ。
イノシシ肉のスペアリブ。鳥肉のロースト。
どちらも胡椒と塩と砂糖をたっぷり使った味の濃いものだった。
ナンのような平べったいパン。
イーストはどうやら無かったらしい。
後は手を加えなければピアンの砂糖煮。
これが祭りの日、皇族や貴族、国のトップが食べる料理――。
本当に食文化が死滅している。
自惚れじゃなく、店で出しているワンプレートランチの方が美味しい。
ライオット皇子が店の方が美味いと通ってくるのも納得してしまう。
「だから、ペルウェス。お前もガルフの店に行ってみるといい。
本当に世界が変わるぞ」
「ああ、そうする。
この宴席が終わってまだ首が繋がっていたら、だがな」
「首……って」
覚悟を決めたような第一皇子の料理人さんの顔を、私は伺い見る。
「これだけデザートと料理の力差があれば、どうしたって見劣りする。
それを第一皇子や皇子妃様がお許し頂けるかどうか、ということだ」
「いや、でもそれは、ペルウェスさんのせいじゃないですし」
「情報収集や、研究を怠っていた私のせいだ。
言い訳をするつもりはないし、もしこの仕事に残るを許されるなら、もっと研究して良い料理を作れる様になってみせる。今度こそ……な」
彼の思いも、表情も前向きなものだ。
なんとか守りたいと思うのだけれど――。
そんな会話をしているうちに、廊下の方が賑やかになってきた。
どうやら宴席が終わり、皿が下げられてきたようだ。
私達は入り口に向かい、戻ってきた皿を見つめる。
全ての料理が、欠片も残さず完食されていた。
もちろん、デザートも。
私はフェイや料理人さん達と顔を合わせ、胸を撫で下ろす。
なんとか役目は果たせたのだろう。
けれど、その安堵もつかの間――。
「本日の料理人達はいるか?」
ビクン!
その声に全員の背筋が伸びた。
ペルウェスさんと、カルネさんと、私。
誰が呼ばれたのか解らないからだ。
「誰を、ご用命でございますか?
本日の料理を差配した者は三、いや四名おりますが」
私達を庇う様にペルウェスさんが言ってくれるけれど、呼び出し騎士はあっさりと首を横に振る。
「全員だ。無礼を許す。
今すぐついてまいれ」
顔を見合わせた私達は、仕方なく促されるままペルウェスさんの後についていく。
長い廊下を歩き、入るように促されたのは、この間とは違う、けれどもきっと同種の謁見の間。
そこには私にとっては知っている女性が二人と、知らない女性が一人。
知っている男性が一人と、知らない男性が二人。計六人がいた。
正確に言うなら護衛騎士と、その他使用人がついているので全くの六人だけ、ではなかったけれども。
明らかに三組六人は周囲とは違う迫力を発している。
衣服も身なりも、立ち姿からして全く違うと解るのだ。
私達は無言で跪き、頭を下げる。
私にだって推察できる。
一番手前に立っているのは第一皇子妃アドラクィーレ様なのだから、その横に立つのは第一皇子様に決まっている。
そして最奥に立つのがティラトリーツェ様とライオット皇子。第三皇子のご夫婦なら、残り一組はおそらく第二皇子のご夫婦だろう。
アルケディウスの皇族勢ぞろいだ。
「料理人達、直答を許す。
忌憚なく答えよ」
一歩、場を代表するように進み、私達に最初に命じたのは第一皇子、と思われる人物だった。
「まず、今日の宴席の準備、ご苦労だった。
未だかつてない宴となり、大貴族達の反応も上々であった」
「……あ、ありがとうございます」
代表として深く頭を下げるのは当然第一皇子の料理人。
けれど――。
「勘違いしてはなりません。上々の反応であったのはペルウェス。
其方の料理、ではありません。
二種のデザート。つまりは後ろの二人の手柄なのですから」
不機嫌を隠すことなく声に乗せる第一皇子妃に睨まれて、思わず私とカルネさんは肩を竦めてしまう。
両方が第三皇子の手の者であるということから、つまりはまた第一皇子妃は面目を無くしたということなのか。
「主となる料理も決して悪評だったわけではない。
だが、明らかに菓子と比べて見劣りはしていた……理由は解るな。ペルウェス」
「はい、十分に理解しております……」
第一皇子の口調は皇子妃と違って荒いものでは無い。
それが弟夫婦の前だからにしても、私は初めて見る第一皇子を少し見直した。
意外にできる人なのかな?
「今日の宴席と、それに先立つ会議で、大貴族の一部も料理というものに大きく興味を持ったようだった。
今後、領地で食材となりうる植物などの調査と、収穫に入るという。
皇王様の許可も得て、今後おそらくアルケディウス全体で、産業として食の改善に努めていくことになるだろう」
私は思わず顔を上げて第三皇子達を見る。
貴族然としているけれども、視線の合った私に、お二人がかけて下さったのは笑みを宿した頷きだった。
「娘。ガルフの店の料理人よ」
「は、はい!!」
突然、矛先を向けられ、頭を下げなおした私に、第一皇子は再び『直答を許す』と告げながら問いかけて来た。
「お前は、宮廷の料理人として買い取られる気はあるか? 準貴族として寓してやろう。平民の子どもとしては過分の地位。
お前は新しいガルフの店の料理、全てに関わると聞く。宮廷に入り、我が元で料理をする栄誉を与えてやろう」
「申し訳ございません。お断りさせて頂きます」
ほぼ条件反射だった。
身分を考えるとヤバいとは思うけれど、止まらない。
「私はまだ、ガルフの店に預けられる子どもの一料理人に過ぎません。国全てを動かす産業を背負うには荷が重すぎます」
まさか、平民の子どもに拒絶されるとは思っていなかったらしい皇子の顔は驚きに歪んでいる。
無礼打ちとかあったりするのかな?
思わず身震いした私をティラトリーツェ様は庇って下さる。
「ケントニス様。
だから申しましたでしょう? 相手はまだ子どもなのです。
世の矢面に立つにはまだ幼すぎます」
「黙りなさい。上位者の話に口を出すなど無礼ですよ。ティラトリーツェ」
「だが、その娘は俺とティラトリーツェが砂糖の専売権と引き換えに預かっている娘だ。
勝手に持っていかれるのは困る」
「……その通りだ。兄上だけのものにされては、我々に手が届かなくなるではないか」
庇って下さる第三皇子夫妻に加え、今まで存在感の無かった男性が言葉を挟む。
兄上、との言葉からしておそらく第二皇子、なのだろう。
「……解っている。
一応聞いてみただけだ。
もはや料理がここまで注目を浴び、国全体の興味が集まっている以上、この娘や料理人を独占することが危険である、とは理解しているからな」
大きく嘆息して、第一皇子は私達に向かい合った。
「ガルフの料理人。
宮廷に抱えられる気がないというのなら、お前はその知識を教えなければならない。
ここにいる皇家の料理人や大貴族の料理人に、新しい料理法。その全てを教えて見せよ」
「無論、其方の主にその対価は支払われます。
今後当面の間、この国における食材の優先販売権をそなたの店に与えましょう。
そして料理法の伝達が完了するまで、其方の身は子どもではありますが、国の保護を受ける者として扱い守られます」
「当面は我が館を利用して皇家の料理人に料理を教えて頂戴。
その後は彼らが、料理法を大貴族達に教えて行くでしょう」
第一皇子夫婦の言葉を受け継ぐように、ティラトリーツェは微笑んで下さる。
お城の超豪華、でかい厨房よりはいろいろとやりやすいし、安心できる。
「待遇に、何か不服でも?」
「いいえ、私のような子どもに過分のご配慮。いたみいります。
ただ、全ての決定権は主、ガルフにありますれば」
「それは仕方ありません。既にガルフの元に伝達は行っている筈ですが、店に戻り次第相談と手配と計画を作成。
大貴族達が領地に戻る秋の終わりまでにある程度の形を作りなさい」
「大貴族達には領地にある食料品の残滓を探してみろと言ってある。
上手く行けば、店が苦労しているという原材料の確保とやらが解決するかも知れんぞ」
「ありがとう、ございます」
頭を下げる私にライオット様は軽く片目を閉じて笑う。
その意味を理解しているのは私と、多分フェイだけだろうけれど。
「皇国は今後変わっていく。その可否を貴様ら料理人は担う事になるのだ。
心して働け」
「はい!」
私達は、第一皇子の命令に深く頭を下げ、拝命したのだった。
◆
「思った以上に上手く行きましたね」
「うん。本当にライオット皇子が頑張ってくれたんだと思う。ホッとした」
王宮からの帰り道。
私はフェイと並んで歩きながら、我ながら深い安堵の息を溢す。
皇国のマネジメント。
第一弾は成功――と言って良いと思う。
この世界にどうあって欲しいか、を考える時。
私は、保育士時代に学んだ組織の経営学は、国にも応用できると思っていた。
神を倒し不老不死を無くし、人が人らしく生きられる世界を取り戻す。
虐げられている子どもが、愛され認められ、笑顔で生活できるようになる。
それが私達の大目標。
では実現にはどうしたらいいか。
皇国を、世界を、自分の属する組織と考え、それに成果を上げさせるためにはどうしたらいいか。
具体的には、どうしたらいいのか。
一気に目標達成は難しい。
まずは少しずつ組織を変えて行かないといけない。
で、まずは――やることが無くて退屈している上の方々に、偉そうだけれど役割達成の為の『目的』を与える事を考えたのだ。
具体的には食材の確保。
そして料理人という人材の育成。
その為に料理と料理法という、言葉は悪いけれど『モノ』と『情報』と『カネ』に通じる資源を差し出して、彼らのやる気を引き出した。
無論、私一人の力では無い。
トップマネジメントとして組織――皇国を動かす第三皇子の手腕あってのものだけれども。
少なくとも彼らは興味を持ち、やる気を持った。
世界に料理を広めていく事は、不老不死を無くしていく為に不可欠な事だし、食事をすることで人が生きる力を取り戻す可能性がある、ということは、フェイの仮定から既に立証も近い事実になってきている。
折しも夏から秋は食材の収穫、次年度の準備の季節。
この時期に改革を一歩進めていければ、次に進みやすくなるだろう。
そしてそれは、もう一つの目標――子どもの地位改善にも繋げていける筈だ。
料理を教える私が子どもなのだから、子どもを侮れなくなるし、子どもの救出に繋がる情報も見つかる可能性がある。
同じような子どもを育てようと、店に子どもの所有者がアクセスして来たらこちらのものだ。
保護し、教育を与え、尊重される知識を身に付けられるようにしたい。
「まだまだ、これからだけど、第一歩は動き出した。
焦らず、でもしっかりやっていこう」
「ええ。でも、いつもながら思いますがホイクシというのは大したものですね」
「そう、大したものなの」
フェイの言葉に私は少し苦笑いしながら思う。
保育士、という職業は、子どもを遊ばせておくだけの簡単な仕事、と思っている人は多分少なからず今もいる。
特に国の上に立つ、男の人達にそういう思いを持つ人は多い気がする。
偏見も込みだと解っているけれど、今なお保育士という職業の評価が低いことは、そういう理由なのだ。きっと。
でも、違うのだと声を大きくして言う。
自慢ではないけれど。
保育士という仕事は、体力、知力、音楽、数学、文章力、医学、工学、農業、パソコン、カウンセリングと人心掌握。
清掃、ひいては髪結い。ダンス、縫製、料理、組織の経営学まで。
すべて必要とされる究極総合職。
異世界に転生しなくても、毎日を頑張る彼、彼女達が認められる世界が早く来るといいなあ、
と。




