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王都 皇国の大祭 二日目 皇国を変える者

 大祭二日目の夜。


 ガルフの館。

 私達は顔を揃え、意見交換――という名の「今後の傾向と対策」検討会に入っていた。

 机の上には冷めかけた茶と、誰かがつまんだままの菓子。いつもなら穏やかな時間になるはずのそれが、今夜は妙に落ち着かない。まだ皆、昼間の騒ぎの余韻を身体のどこかに残しているのだ。


 参加者は、私、リオン、フェイ、アル。

 ガルフ、リードさん、ラールさん。

 そして――オブザーバーとして、お二人。


「本当は、日に日に増えて来る移動商人達との商取引について、検討したかったのですよ」


 リードさんが、本当にため息をつきながら恨めしそうに言う。

 けれど、こればっかりは私のせいではない。……多分。きっと。


「今年のアルケディウスへの来客数は、敗戦とは思えない程であるそうです。

 ガルフの店の人気に恩恵を受けるように、他店の売り上げも上がっているとか。

 昨日の飲み物販売の後、中央広場でのカップの売り上げが倍になったという話もあります。

 大祭が終われば、各国の商人達が本格的に交渉にやってくるでしょう。

 その前に細かい打ち合わせをしたかったのですが……」


 言葉の端々に、商人としての危機感と、仕事が好きな人特有の焦れが滲んでいる。

 私は居心地悪く肩を竦めかけた、その時。


「そうマリカを責めてやるな。

 今回の件については責任は俺達にある」


 皇子が短く言って、空気を切り替える。

 続けて、ふわりと落ち着いた声。


「まったく、あの方は相手の都合とか、周囲のこととかまったく考えないのですから」

「皇子様、ティラトリーツェ様~~」


 甘えるように縋りつく私を、ティラ様は優しく抱き留めて、ぽんぽんと肩を叩いて下さる。

 掌の温度が、緊張で固まっていた背中をほどいていく。


 本当にお母さんのようだ。


 アルケディウス皇王家。

 第三皇子ライオット様と、その奥方――第三皇子妃ティラトリーツェ様。


 ついさっきまで宮殿の中で、護衛騎士と側仕えに囲まれる『本物の皇族』を見て来たばかりだ。

 それなのに、供も側仕えも置かず、平民の店にふらりとやってくるこのお二人を見ていると、時々、本当に皇族なのか疑問に思えてしまう。

 けれど、その疑問を口にしている暇は、今は無い。


 ――それに、正直ホッとする。

 あの蛇のような眼差しの第一皇子妃に比べたら。

 いや、比べるのも失礼だけれども。……本当に、和む。


 リオンとフェイとアルが側にいてくれて、ガルフもリードさんもラールさんもいる。

 リードさんに怒られても、それさえもうれしい。


 ああ、本当に戻って来れて良かった。


「でも、怖い目に合せてごめんなさいね。

 今回のあの方の暴走を後押ししてしまったのは多分、私です」


 すりすり、ごろごろ。猫の様に甘える私の背中を撫でながら、ティラ様――いや、ティラトリーツェ様は、ため息と共に話し始める。

 今回の事件の裏側を。


「昨夜……ですね。皇王妃様主催の茶会がありました。

 大祭の開始の儀式を終えた第一皇子妃の労いの宴、ではあったのですが、話題の中心がその、私になってしまったの……。

 正確に言うと、私の髪と、香りとパウンドケーキ、だったのですけれどね」


『今日も、ティラトリーツェ様の御髪は艶やかでお美しいですわ。

 どのようにしてお手入れをされていらっしゃいますの?』

『歩くたびにふんわりと優しい香りがするのはどのような秘密がありますの?』


 不老不死で暇な貴族女性達の興味の対象は自分の美容。

 ――と、ティラトリーツェ様は以前もおっしゃっていた。


 囲まれながらもティラトリーツェ様は、その辺はやんわりと濁していたという。

 試作品を貰った。詳しい作り方は私もまだ良く知らない。近いうちに馴染みの商会から売り出されそうだ。

 などなど。


 今回は敗戦、ということもあって第一皇子妃は全ての行事を取り仕切らなければならないが、肩身の狭い所もあるらしい。

 そんな中、労いの宴の話題をティラトリーツェ様が奪って行った。

 取り巻きに宥められながらもイラついていたらしい第一皇子妃の怒りは、やがてMAXになる。

 皇王妃様の一言によって。


『終祭の宴を楽しみにしていますよ。ティラトリーツェ、アドラクィーレ』


 料理の指揮をするのは自分なのに!


 で、プッツン切れた第一皇子妃様は、今までは下層の店とバカにしていたガルフの店に手を伸ばす。

 折しも下町は大祭。

 大人気のガルフの店の噂は、一部の貴族まで届いていたという。


 さらには開戦の宴の時、パウンドケーキを持ち込んで盛り付けたライオット家の料理人さんが、これでもか、と馴染みの第一皇子妃付き料理人に自慢をしていた。

 ガルフの店と、ケーキの作り方を教えてくれた子どもの料理人、を。


 ――あの人、自腹で店に食べに来てるからなあ。


「子どもであれば連れ去るも手に入れるも容易い。

 そう思ったのだろうな。お前達が側にいて手を打たなければ、そしてガルフを同行させねば、本当にマリカは奪われていたかもしれん」

「とんでもない奴だ、まったく。

 ライオ。皇族ってみんなそうなのか?」

「父上と義母上はそこまでではない、と思っているが……兄上二人はどっこいだ。

 奥方もまあ、どっちもどっち。悪いな……」

「今回はたまたま、第一皇子妃が指揮していたから、アドラクィーレ様が手を出してきましたけれど、秋の戦は第二皇子主催ですから第二皇子妃メリーディエーラ様が同じことをしてもまったく不思議に思いませんわ」


 私とフェイ、ガルフが第一皇子妃のところですったもんだしていた間、リオンは皇子と連絡を取り、ティラトリーツェ様に知らせ、私達を取り返す為に手を尽くしてくれていたらしい。

 ありがたやありがたや。


「あと少し、お前たちが戻ってくるのが遅かったら、乗り込もうと話していたところだった。

 無事で何よりだ」

「本当に、よくあの方から逃れられた事。一体、どんな手を使ったの?」


 問われて、私は戻ってから実験がてらに作ったピアンのシャーベットを振舞う。

 なるべく料理人さんのコンポートを再現しての二色シャーベット。オレンジ風味。

 ミントの葉のせ。


 器を差し出した瞬間、薄く白い霧がふわりと立ちのぼって、部屋の空気まで甘やかに冷えていく。

 お二人にとってもどうやら初めての氷菓だったらしい。

 驚くように手を取ると、一口。


「ほお、これは……」「とても美味しいわ。こんなの初めて……」


 解りやすい賛辞をくれた。


「果物を凍らせると、このように素晴らしいお菓子になるとはな。

 爽やかで、それでいてしっかりとした甘さが口の中に広がる。この季節にはぴったりの味だ」

「術を料理に使うなど、普通では有りえぬ話だけれど、これほどの美味を作る為なら納得です。成程、あの方も満足するでしょう。

 暑さに苦労するプラーミァの皆にも食べさせてあげたいくらい」


「王宮の晩餐会にお出ししても、大丈夫でしょうか?」

「問題あるまい。皆、喜ぶだろう」

「パウンドケーキ以上の騒ぎになるかもしれなくてよ」


 良かった。改良版も受け入れて貰えそうだ。

 けれど、そこで終わりじゃない。


「明日、第一皇子妃に貸しを作る為に王宮の宴席に手を貸すのは決定で良いでしょう。

 フェイも一緒ですから、無体な真似はされずにすむと思います。

 問題はそこから先、この先、皇子妃が引き続き店やマリカに手を出そうとした場合、どうしたら良いか……」


 とりあえず、言質は取ってあるし、明日はフェイも一緒だ。

 フェイも一緒に抱え込もうと勧誘して来る可能性はあるけれど、なんとか戻ってくることは可能だろう。

 しかし、そこから先。

 第一皇子妃様の勧誘をどう躱すか――。


「そうね。これだけの美味を知ってしまうと、もっと美味を、と騒いで店に手を出すことは十分にありうるわ」

「正直、俺もこれはやりすぎの部類で美味だと思う……お代わりがあるなら欲しいのだが……」

「ずるいわ。私にもお願い……」


 お二人の器にお代わりをよそいながら、私は思う。

 敵は第一皇子妃だけじゃない。第二皇子妃もやりかねないと言っていたし、他の貴族だって同じこと。

 この間のパウンドケーキは他の貴族からも問い合わせが多かったとの話だし。


 ん?

 他の貴族……か。


「皇子、ティラトリーツェ様」

「なんだ?」「なあに?」


 私は一度息を整える。

 勢いで言ってしまえば、ただの暴走になる。ここから先は、ちゃんと『情報』を握って組み立てないといけない。


「店のレシピは貴族方々にも人気、なんですよね?」

「ええ、それはもう。皇王妃様にまでお気に止めて頂くくらい、ですからね」

「食事をなさるの、って皇族の皆さまだけですか?」

「いや、貴族連中も時々する。最近は割とフットワークの軽い下級の者ほどガルフの店を利用することで、食への関心を持っているな」

「以前、皇族の直轄領、ってお話を伺ったことがあるんですが、直轄領ってことは自分の領地をお持ちの貴族の方も多くていらっしゃる?」

「皇国は土地の五割が皇族の直轄領。残りの半分を十八人の大貴族(デューク)が治めている。今は丁度祭りだからな。

 全員が王都に来ているぞ」


 ――今、大貴族って聞こえた。


「貴族の中でも特別な方々なんです?」

「領地持ちの方々はね、それぞれに発言力を持っていらっしゃるわ」

「大貴族の配下連中が普通の貴族、って感じになる」


 ああ、なるほど。

 明日の晩餐会、五十人って少ないなあと思ったけれど、各領主と婦人+皇族方々ってことか。

 でも、丁度いいかも。


 私は頭の中で、盤面を並べ替える。

 相手が一人なら避けられる。

 相手が複数なら、流れを変える。


「ガルフ。大祭の件が区切りがついたら新店舗を出せないかな?

 難しいなら、四号店を貴族区画に移すとかは……難しい?」

「マリカ様?」

「何を考えているの?」

「ティラトリーツェ様、この間の砂糖の専売権、早めに文書にして頂く事は可能でしょうか?

 皇子、貴族区画に空き家とかはございませんか?」

「どういう意味だ? 何をしようとしている?」

「だから、何を考えてるの? ちゃんと説明なさい」


 視線が一斉に私へ集まって、部屋の空気が少しだけ硬くなる。

 でも、ここで退けば、また『奪われる側』に戻る。

 私は小さく拳を握り、深呼吸した。


「……私を、信じて頂けますか?」


 そして、ティラトリーツェ様の目をまっすぐ見つめる。


「え?」

「色々ご面倒をおかけしますし、ご迷惑になることもあるかもしれません。

 でも、全力でお二人と、その立場を守りますから」


 森の深い泉のような、澄み切った瞳が私を映している。と思ったと同時。

 ピンと優しい指が私の額を弾いた。


「生意気言わないの。貴方に守られる程、私達は甘くも弱くもありません」


 優しく、まるで撫でるように。


「……信じるわ。だから、ちゃんと説明なさい」

「……ありがとうございます」


 私は周りを見る。

 ティラ様だけじゃない。

 頼もしく信頼できるヒトがいる。


 モノは……は少し足りないけれど。

 カネも情報も十分。


 大丈夫。

 資源は十分に与えられている。現役時代よりはずっと有利な筈。

 全ては敵ではなく味方。

 味方にしてしまえばいいのだ。


 受け身は性に合わない。

 このさいだ。

 この機会に、懸案を纏めて片付けてしまうのがきっと良いと思う。


「皇子とティラトリーツェ様に、運用中のレシピ、全て差し上げます。

 ですから、私を雇って下さい。皇国のマネージャーとして」

「えっ?」


 部屋の空気が完全に止まった。


 お二人だけじゃあない。ガルフもリードさんもラールさんも。

 リオンやアル、フェイですら目を丸くしている。


 この世界には多分無い概念。

 でも、私は学んできた。

 クラスという名の組織を動かすマネジメントを。

 まだまだ未熟だけれども、相手が油断している今ならいける気がする。


 究極総合職、保育士の力を見て頂くとしましょうか。


「ご協力頂きたいんです。

 皇国を変えていくマネジメントに」


 私は、彼等の前に手をかざす。

 決意を込めて。

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