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魔王城 三人の来訪者

 眼前に聳え立つは白亜の魔王城。

 光と精霊の恵み満ちた、美しい島――。

 風が梢を渡り、夏の匂いを運んでくるその光景は、伝説の挿絵をそのまま現実に写し取ったかのようだった。

 その島で


「ちょ、ちょっと待って下さい。

 まだ、理解が及びません」


 やってきた三人の来訪者は、説明された事態に、明かされた真実に、ただ呆然と立ち尽くしていた。

 信じたい気持ちと、常識が拒もうとする感情がせめぎ合い、言葉を失わせているのが、はた目にも分かる。


「…つまり、マリカはかつての魔王の生まれ変わり。リオンはかつての勇者アルフィリーガの生まれ変わり。

 勇者が魔王を倒したという伝説は、神によって作られた偽りのもので、授けられた不老不死も歪められた呪い――そういう事だとおっしゃるのですね」


 ハシバミ色の瞳に疑問と戸惑いを浮かべながらも、リードさんは流石、番頭である。

 混乱の中でも、私達の説明を一つひとつ噛み砕き、冷静に事態を把握しようと努めていた。


「ああ、そうだ」


 短く、しかし揺るぎなく、リオンはその問いに応える。


「ここは、本来は魔王の国ではなく、精霊国エルトゥリア。

 精霊の恵み溢れる国だった。神々により、人により魔王の冠を被せられ、滅ぼされるまではな」


「こいつが、アルフィリーガの生まれ変わりであること、その言葉が真実であることは、俺が保証する。証明には不足かもしれんが?」


 ぶんぶんと、リードさんも他の二人も首を横に振った。

 世に残る、たった一人の伝説が傍らに立ち、その存在を証明するのだ。何の不足があるだろう。


「…そして旦那様は彼らの支援を受け、世界を変える為に食料品の店を開いた。

 なるほど、これは決して語れぬ秘密です。いろいろと得心がいきました」


 大きく息を吐き出して、リードさんは窓外を見やる。

 開け放たれた大きな窓の向こう、初夏の碧を湛える森の彼方に、白亜の城が静かに聳えている。

 それはまさしく、物語の中で幾度も語られてきた『伝説の光景』そのものだった。


 今、魔王城の島は三人の来訪者を招いている。

 正確に言えば、この島に在る大人は五人だけど、他の二人は仲間であり同士と認識しているので、三人と表現しよう。


 第三皇子のお妃、ティラトリーツェ様。

 ガルフの店の番頭にして腹心、リードさん。

 そして一号本店の主任料理人で、店の総料理長ラールさん。


 彼らに私達と、店の真実を知らせる為に連れて来たのだ。


 ガルフの家から秘密の魔法陣で転移し、この島に辿り着いた時には、ティラトリーツェ様だけでなく他の二人も驚愕し、腰を抜かしていた。

 ……まあ、仕方のない話だ。

 伝説の、誰も足を踏み入れたことのない魔王城の島に繋がる道が、まさか王都の民間人の家にあるなど、誰が想像するだろう。


「まずはこちらへ。城下町に休むところが用意してあります。

 そちらでお話をさせて下さい」

「…城の中には、入れては貰えないのかしら?」


 少し早く立ち直ったらしいティラトリーツェ様が、好奇心に目を輝かせる。

 だが寄り添う夫、第三皇子ライオット様が静かに首を横に振った。


「無理を言うな。

 あの城は不老不死者が入れぬ術がかかっている。

 下手に入れば命が消えるぞ」

「まあ…」

「すみません。子ども達を守らなければならないのでお許し下さい」

「子ども達?」

「その話も後ほどちゃんと…」


 怪訝そうに首を傾げるティラトリーツェ様にその場はそう伝え、私達は彼らを城下町へと促した。


 城下町のガルフが使っていた館は、キレイに掃除され、客人を迎える準備が整えられていた。


「お帰りなさいませ、マリカ様」


 跪き、丁寧な上位者への礼を取るティーナとミルカに、私は微笑み返す。


「ただいま、ティーナ。ミルカ。準備をありがとう」

「いえ、伝説に名高い第三皇子とその奥様をお迎えする準備をお任せいただけるなど、光栄の至りでございます」

「…貴女は…まさかスウィンドラー家の消えた側仕え?」


 ティーナを見て、ティラトリーツェ様は驚きに目を見開く。

 だがティーナの方が、さらに驚いていた。


「まさか、第三皇子妃様が、私のような者の事をご存知とは…」

「貴女の主人の奥方は第一皇子妃派閥の筆頭でしたからね。

 随分と煩く愚痴を言っていたのを覚えています。

 夫が金髪の娘に執心で孕ませたとか、それを主人は産ませるつもりだとか。ぐちぐちと」


 ティラトリーツェ様は苦笑混じりに続ける。


「私も、身近で初めて聞く妊娠者の話だったので興味があったのです。

 いずこかに消えたと聞いていたのですが、まさかこんなところにいるとは」

「帰る場所も無く彷徨っていたところを、ガルフ様に救われ、現在は我が子共々、城にお世話になっております」

「え? 不老不死者は城に入れないのでは?」

「全て、ご説明いたしますから」

「まずは黙って話を聞け、ティラトリーツェ」

「……ええ、そう致します。全てを聞かせて頂戴」


 来訪者が席に座し、その横にガルフと皇子もつく。

「お久しぶりです。リード様」

「ミルカ……。なるほどここに預けられていたのですか。随分と美しく、大きくなりましたね」


 果汁の入ったコップを客人たちに配りながらあいさつしたミルカに、リードさんは目を細めている。

 そういえば、ミルカとガルフは一緒に暮らしていた時期があったのだから、リードさんとも面識があるのかもしれない。

 ミルカも、ここ最近でぐっと背が伸びた。

 島に来た当時のおどおどした様子は無くなって、今は島の子ども達を支えてくれる大事なお姉さんとしての自信も感じられる。

「ありがとうございます」


「これは?」

 流石ラールさんは料理主任、新しいお菓子に興味津々のようだ。

「マフィン、というお菓子です。その話も、あとでいいですか?」

「ああ、すまない」

「ティーナ、ミルカ。準備が終わったら外の子ども達をお願いします」

「解りました」「失礼いたします」



 全員に飲み物とお菓子の入った皿が行きわたったのを見て私は前に立つ。

 右横にリオンとフェイ、左奥にはアルも控えていてくれているけれど、説明役は一本化した方が解りやすい。


 だから、大きく深呼吸。


「改めて、ようこそ魔王城の島へ。

 私はマリカ。かつてのこの島の主、魔王と呼ばれた女王の転生として皆様を歓迎します」


 最初の挨拶から目を丸くした三人に掴みの手ごたえを感じつつ、私は説明を始めたのだった。



 魔王城の島にかけられている、不死者が死ぬ術のこと。

 ガルフが来た経緯と、店を出して貰う事にした話。

 この島に私達がいる理由と、リオンと、私の正体。

 それから子ども達のギフトついてもざっくりと。


「この島にいる子ども達は、現在、私達を入れて十六人。ティーナがこの島で産んだ子とガルフが保護したミルカ以外は、ライオット皇子が皇国で保護して来て下さった生きる場所の無かった子ども達です。

 多分に皇子は、勇者の復活の噂を聞き、彼らが神の手に落ちないように、そしてなんとか生きる道を見つけられるように、と救い出して下さったのですよね」

「ああ、とにかく、神の元にアルフィリーガを渡したくない。

 その思いで必死だった。500年の間、幾度かアルフィリーガの復活は予言されることがあったが、皇国に、というのは初めてだったからな」


 本当は皇子にも、子ども達をもっとちゃんと助けようという意思はあったらしい。

 ただ、貴族に飼われていたアルを救い出した子ども達…リオンとフェイ…を助けたのではないかと疑われたことで、一部の存在から怪しまれ目を付けられる事になった為島に渡れなくなった。

 結果、私達は半ば放置されることになった。

 そこに、私やリオンがいたのは奇跡的な幸運、いや精霊の導きだったと言えるだろう。


「神は、転生の気配や、転生者を察知できるのでしょうか?」

「その辺は解らない、としか言いようがないが…」

「流石に見て解るものでは無いと思う。俺が神殿に乗り込んで死んだりした時も、アルフィリーガの化身ではなく普通の反逆者として処分された筈だからな」

「…転生したなら、早く知らせて頼って来れば良かったものを。アルフィリーガ」

「…お前を巻き込みたくなかったんだ。ライオ」



 館の外から子ども達の声が聞こえる。

 話が終わるまで家に近づいてはだめだと言ってはあるけれど、子ども達の存在を見せる為に城下町で遊んでいい、とは言ってあるから多分、ほぼ全員集合で外に来ているかな。


「…子ども達は今、この島で保護して安定した生活と、食事と寝床と、教育を与えられています。

 ほぼ全員が文字の読み書きができますし、計算もできます」

「まあ、それは凄いわね。貴族の側近でも読み書き計算が出来ない者もいますよ」

「それどころか、貴族にだって読み書きがおぼつかないものもいる。

 覚えても使わねば忘れるものだからな」

 貴族お二人が驚き顔でそう言うのだから、貴族社会も停滞500年の影響は推して知るべし。


「料理の技術を持っている子、狩りが出来る子、工作の才能に長けている子も、音楽才能に優れている子それぞれです。

 精霊術が使える子もいます。

 魔王城の島は、平和で獣など以外の脅威もありませんが、私は、この子達が外でその才能を生かして認められ、幸せに暮らせるようにしたいのです。

 そして今、苦しんでいる子達全員が、島の子ども達のように教育を受けて、自分の意志で、自分の未来を選べるようにしたい。

 その為に世界を変えたいと願っています」


 神を倒す、不老不死の解除をする。

 私達の大目標は、今はとりあえず語らない。

 不老不死を甘受する人には反発も多いだろうから。

 いずれゆっくりと理解して貰えれば、と思う。


「ガルフの店は、私達が外に出て動くための足掛かりとして作って貰いました。

 将来的には子ども達や、職の無い人々の働く受け皿、そして世界の人々の考え方を変えていくきっかけになればと思っています」


「これは、まだ推察にすぎないのですが……」

 今まで沈黙していたフェイが話の区切りを察し、一歩前に出る。

 

「彼、フェイは子どもですが、真実の魔術師です。

 多分、今、全世界を探してもフェイ以上の知識と能力を持つ魔術師はいないと思います」

 威嚇というか紹介の為に杖も出して貰う。

 本物にして最高の魔術師の杖を見れば、多分納得して貰いやすいと思った。

 視覚効果、大事。


 私の紹介に目を丸くしながらも、三人はフェイから目を離さない。

 話を聞く姿勢をちゃんと見せてくれている。


「世界は500年停滞しています。

 本当に、驚くほどに、誰もが前に進む事無く今日と同じ明日を生きる事に疑問を持たない。

 それは神々が、世界から不老不死の人々から何か…具体的に言うなら、やる気や生きる気力のようなものを不老不死と引き換えに奪っているからではないかと、思うのです」


『証拠はありません。ですがそう考えると色々と、説明がつくのですよ』

 昨夜、夏の戦から戻って来たフェイは戦場や、気力の無い人々、そしてリオンとライオット皇子と会話してそんな事を思ったのだと、語ってくれた。


「そして、それに抵抗することができる手段が多分、食です。

 食を取らないでも死なないが、力が停滞する。生きる意志や気力が奪われ補充できない。故に同じ日々を繰り返していくしかなくなる。

 稀にでも食を取る貴族や、上流階級がまだ、人を支配する気力、動こうとする意志を持ち、人々の上に立てるのはそんな理由ではないかと思うのです」


 根拠はない、とフェイは言ったけれど、彼の言葉を事実と考えると色々腑に落ちることがあった。

 ガルフの店に勤める者達は、他の店の者や一般人に比べると、格段にやる気や意欲を見せている。

 勉強会を始めたことで、一人ひとりが目標を持って、頑張ろうという意欲を持てるようになったのは、給料だけが理由じゃなく、食事をしているからではないか、という説は実に興味深い。


「世界中の人間が食を取り戻せば、世界にきっと活気が戻る筈です」


 語り終えるとフェイは、スッと、後ろに下がって私に場を返してくれた。

 だから、前に進み、私は告げる。

 その前に

「…アル」「解った」


 私はアルに声をかけ、小さく耳打ちした。

 アルは頷くと外に向かってくれる。


「セリーナ達を支配していた男が言っていました。

 子どもは大人のもの。私達にはこの世界に生きる場所など無い、と。

 なら世界そのものを変えて、私達は、私達の生きる世界を作りたいと思うのです。自分達の力で」


 ~~~♪


 リュートの響きが聞こえる。

 皆の意識が、音に奪われたのが解った。


 私は皆を目線で促し、外へと導く。

 家から程近い広場の隅でアレクが…私の頼み通り…リュートを弾いてくれていた。

 子ども達も、みんな集まってその音楽に耳を傾けている。


 アレクのリュートはいつ聞いても澄み切った空のように清々しく美しい。

 

 細い指先から紡ぎ出され、奏でられるメロディーは、天性の才を努力で磨いたアレクだけのものだ。

 そして…


「…暗やみの中…光が生まれた~♪」

 

 その歌声もまたアレクだけのもの。

 光が、風が音という形を取って耳に届いたかのごとき天上の調べ。

 精霊に愛された輝く声が、空に流れ、踊り、甘く、淡く溶けていく。


 これは、アレクが自分で作り出したオリジナルの歌だ。

 もう一年以上前、あの子が魔王城で目覚めた初めての能力者として、歌った時の思いを私は忘れない。


「…手にした夢を、放さない。

  どこまでも、守って見せる~~♪」


 子ども達の才能を、島に閉じ込めておきたくない。

 広い世界で、輝かせてあげたい。


 それが、私が世界を変えたいと本気で願った最初、だったのだから。



「世界が変わることは多分、良い事ばかりではないかもしれません。

 でも、私はこの歌声を、子ども達の才能を、この島だけに閉じ込めておきたくないんです。

 広い世界で、多くの人に認められて、一緒に笑い合える世界に連れて行ってあげたい。

 その為に世界を変えたい。環境を整えたい。

 だから、どうか、お力をお貸しください」


 三人の来訪者から、その時、言葉の返事は返らなかった。


 ただ私は、それを不満には思わない。

 何故なら、彼らの目は既に答えをくれていたから。


 彼らはただ静かに、優しい笑顔でリュートを弾くアレクを、それを見つめる魔王城の子ども達を見つめていた。

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