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王都 見えない少女

 事情は分からない。理由も解らない。

 でも――ひとつだけ、確かに解ったことがある。


 あの男は敵だ。


 路地裏で、子どもであるセリーナにあんなことをする者が、正しい人間であるはずがない。


 バサッとも、ドンともつかぬ鈍い音。

 地面へ押し出されたセリーナは、やっと解放された喉で息を荒く吸い込み、咳き込むように肩を震わせた。


「明日、明日が最後のチャンスだ。

 明日、ここに木板を持って来れなかったら、お前の妹は殺す。

 お前の目の前で殺してやる。お前はまた闇に沈めて、死ぬまで使い潰してやろう。

 だが、持って来れたらその場でお前達、二人を開放してやる。

 優しい俺に感謝し、必ずやりとげろ……いいな!」


「……はい、解りました……」


 声は掠れていた。

 ふらつきながらも跪き、頭を垂れる。必死に『逆らわない』形を作っているのが見て取れる。


 男はふん、と見下ろすと――振り返りもせず、そのまま去っていった。

 足音が遠ざかり、闇に紛れて完全に消えたのを確かめてから、セリーナはようやく立ち上がる。

 よろめきながら、寮の方へ戻っていく。


(セリーナ!)


 飛び出そうとした私を、


「ダメよ。マリカ」


 ティラ様が止めた。


 小さな、小さな――私の耳にだけ入るような声。

 けれど、決して逆らうことを許さない強さがあった。命令だ。


「セリーナは、このまま寮に戻るでしょう。

 私達はガルフの所へ戻り、今回の対策を立てなければ」

「でも!」


 やっと解放された口は、深呼吸より先に反論を紡いでいた。


「ティラ様もお聞きになったでしょう?

 あの男はセリーナを脅しているのです。しかも、人質を取って『殺す』と!

 早く何とかしないと、人質が……」

「解っています。だからこそ、今ここで対策を間違える訳にはいかないのです。

 落ち着きなさい。セリーナと人質を助ける為にも、今は落ち着くのです……」


 声は冷静だ。けれど――ティラ様の青い瞳が硬く光る。

 刃のように、氷のように。冷たく澄んだ輝きの奥には、怒りが燃えていた。


 今の言葉は、私に向けたものだけじゃない。

 自分自身にも言い聞かせているのだと気付いた瞬間、胸の奥で熱が、少しだけ鎮まった。


「解りました。

 どうか力をお貸しください。セリーナと人質……多分妹を助ける為に」


 私は真っ直ぐにティラ様を見つめ、願う。

 この方は決して私達を見捨てない。助けてくれる。そう信じて――。


「もちろんです。行きますよ、マリカ」


 私達が家に帰りついたのは、二の風の刻をかなり過ぎた頃だった。

 周囲は真っ暗。空気は冷え、街の明かりだけが遠くに点っている。


 扉を開けた私を、青ざめた顔のアルとリードさんが迎えた。


「マリカ! ティラ様。良かった、無事だったのか?」

「一体こんな時間まで何を?」


「ごめんなさい、リードさん。心配かけて。

 ガルフ様は戻っていますか? 大事な話があるんです」

「今、旦那様はラールから相談と報告を……」


 その時。


「マリカが帰って来たのか? だったら奥の部屋に連れて来てくれ。

 アルとリード。もし可能ならティラ様も、だ」


 私の気配を感じたのだろう。

 奥の部屋から放たれたガルフの声が、エントランスに響いた。


「解りました。今行きます。

 ティラ様、遅くなってしまいますが、どうかお付き合い下さい」

「もちろんよ」

「どうぞ、こちらへ」


 私の手を繋ぎ、ティラ様は迷いなく進んでいく。

 その手の温度が、今はやけに心強かった。


 リードさんに先導され、私達は一階奥の応接室へ入る。

 来客や商談に使う部屋だ。そこには、リードさんの言った通り――


「マリカ?」

「ホントにラールさん。何があったんですか?」


 ガルフの店、一号本店の料理主任ラールが立っていた。


「そうか、君はガルフの家に引き取られているんだったな。

 実は旦那様に、今日の木板の件を報告していた。

 前々から気になっていたこともあったから」


 木板の件。

 鎖に繋がれ持ち出し禁止だったはずの木板が壊され、外せる状態になっていたこと――ラールさんは既に伝えてくれていたのだろう。


「ありがとうございます。報告の手間が省けました。

 でも……気になること、とは?」

「旦那様にも言ったが、木板を狙っていたのはセリーナではないかと思うんだ」


 びっくりした。

 ほんの今さっき、私達が目で見て知ったばかりのことだ。

 どうしてラールさんが――?


「どうしてだか、伺ってもいいですか?」


「セリーナは厨房での仕事は真面目に取り組んでいた。

 僕はこれでも眼をかけていたんだ。ところが、時々、フッと姿が見えなくなる時があった。

 見えなくなる、というか……『いることが感じられなくなる』時、だな。

 そんなことはある筈のない事。

 厨房から人が出た気配はないし、呼べば返事をしてそこにいる。

 だけど、どうしてもいるように見えない。

 ある日僕は、本当に注意して意識を向けて、セリーナの姿を追った。

 そしたら――皆の視線がホールからの注文に向かっている時、食器の片付けに忙しい時などを狙う様に、セリーナが書棚に向かってレシピの木板に触っているのが解ったんだ」


 時間にしてほんの僅か。

 木板に触れ、何かをして離れる。

 それを繰り返す。


 最初はレシピを覚えたいのかと思っていたラールさんも、何十回と続くうちに不審へ変わったのだろう。

 昨日の閉店業務の後、最後に厨房を出たあと、最終点検をして――そこで木板の異常に気付いたという。


「ラールさんは気付いておられたんですか?」

「ああ。セリーナが木板を持ち出す瞬間を捕えないと意味がないと思い、そのままにしていた。

 まさか、ティラ様が手に取られるとは思っていなかったから」

「ごめんなさいね。でも、さすがガルフが信頼する料理主任。優れた洞察力と判断力をお持ちだこと」


 ティラトリーツェ様がそう言ってラールさんを褒めると、視線はガルフへ移った。


「実はね、さっきマリカが気になるというから、セリーナの様子を見に女子寮に行っていたの。

 そしたら……」


 私の代わりに、ティラ様が私達の見たことを話して下さる。

 セリーナを脅していた男の存在を。


「結論から言うと、セリーナは人質を取られて、大祭までにこの店のレシピ――

 特におそらくはパウンドケーキのそれを盗んでくるように言われているようよ。

 話の様子からして裏家業の者。

 情報を吹き込んだ存在や、買い取り確定者もいるようだけれど……

 貴族や商人が自分達で使う為、ではなく、それらに売る為に入手したがっているようなの」


「セリーナを、子どもに暴力をふるってたんですよ!

 しかも入手できなかったら人質を殺すって、入手したら開放するって言ったけれど、あれは絶対嘘!

 入手してもまた店の情報盗みに使われるか、酷ければ闇に連れていかれてしまう。

 そんなの、私、許しませんから!」


 子どもを傷つける者、絶対許すまじ。

 逆にそいつらを地獄に叩き落す。

 ……あ、不老不死だから死にはしないだろうけど。


「マリカ……」


 私が本気で怒っているのが解ったのだろう。

 皆、なんだか引いている。


「落ち着け、マリカ。焦って突っ走っても助けられないぞ」

「でも、こうしている間にも人質の多分妹は酷い目に合され、セリーナは苦しんでるんだよ!」


 アルに諌められたけど早く助けてあげたい。

 まだ十二歳なのだ。

 中学生になったかならないかの女の子が背負うには、辛すぎる。


「とりあえず、騎士団には連絡を。あの場近辺に、見つからないように控えさせておきます。

 あと、首謀者の正体についても可能な限り調べてみましょう」

「お願いします、ティラ様」

「レシピはどうします?」

「渡しましょう。子どもの命には変えられません」

「……即答ね」

「当然です。子どもの命以上に大事なものなんてないでしょう?」


 ケーキのレシピなんて、別に今すぐ世界に無料公開したって構わない。

 私のオリジナルでもないし。

 そもそも、お金儲けしたいなど最初から思っていない。


 食を世界に広めるのも、世界の環境を整えるのも、全部――子ども達が笑顔で生きられる世界を作る為なのだから。


「解った。セリーナを呼び出して事情を聞いたうえでレシピを渡すか、それとも泳がせておくか……」

「ラールさん方式で現場を押さえましょう。その上で事情を聞いて協力を申し出ます。

 話を聞いて、セリーナがどうして木板を壊せたかも、なんとなく解りましたし」

「え、どうして? 何故なんだい?」


 ラールさんが眼を瞬かせて、こちらを見る。

 他の三人の大人も同じだ。


「その点については、話すと事が別方向に難しくなるので後ほど。

 ……アル。セリーナの確保、頼んでいい?」

「解った」


 アルなら見逃さない。

 私は一歩前に出て皆に一礼した。


「皆さま、どうかセリーナとその妹救出にお力をお貸しください。

 ティラ様には最後の最後でご迷惑をおかけしますが……」


「気にしないで。王都の治安を守るのは騎士団ちょ……いいえ、騎士としての……私の務めです」

「店を守る為にも必要な事ですから」

「セリーナの事は前から気になっていました。助けられるなら、助けたいと思います」

「店の者は家族も同然、守るのも当然だ」


 頼もしい返事が胸に落ちる。

 私は、家族を守る為の相談を開始したのだった。


 そして、翌日。

 厨房の入り口から、私達はそっと中の様子を伺った。

 朝の仕込みでバタバタの厨房。誰もが忙しなく動いている。


「……アル、どう?」

「大丈夫。ちゃんと見えてる。マリカは?」

「解るよ。多分、消えてる訳じゃなくって、『意識されない』だけなんだね。

 ラールさんが言ってたみたいに」


 そんな中、セリーナはやはり不審な動きを見せる。


 もう後がないのだろう。行動はかなり大胆だった。

 何日もかけて削った前回と違い、かなり積極的に書棚へ足を運び、木板を壊しに行っている。


 それでも――ラールさんと、多分私達以外には気付かれていない。たぶん。


「あ、やったな」


 セリーナの顔に、安堵が浮かんだ。

 スカートの中から同じくらいの大きさの木板を取り出し、素早く入れ替える。

 ちょっと見て数を数えるだけでは解らないように。


「よし、行くぞ」

「うん」


 私はできるだけ明るい笑顔を作って、厨房の扉を開けた。


「おはようございます。すみません、ちょっと急な賓客が入って、給仕に手伝いが欲しいんです。

 誰か……セリーナさん、手伝って貰えますか?」

「え、私、ですか? その、あの……」


 躊躇うセリーナの手を、私はそっと取った。

 強く引っ張らない。逃げ道を塞がない。

 それでも、迷って立ち止まってしまわないように。


「大丈夫です。悪い様にはしませんから。妹さんも、必ず助けます」

「!」


 凍りついたセリーナに、私は微笑って見せる。

 少しでも安心できるように。


 できるかぎりの――思いを込めて。

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