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皇国の大祭 一日目 祭りの光と闇

 腹ごしらえが終わってから、私達は中央広場に戻って様々な屋台を見て回った。

 折しも夕暮れ。

 各店がそれぞれカンテラやランプ、蝋燭などを使って灯りを灯し、品物を照らす様子はどこか神秘的だ。アルケディウスの祭りは夜が本番。

 人々の熱気はこの後一番のメインイベントに向けてますます高まっているように思う。


「あ、これも『大祭の精霊』の絵姿?」

「けっこう色々な店で売り出しているんだな」


 改めて中央広場の屋台とかを見て回ると、綺麗な色蝋燭や細工物などとは別に色々な店で『大祭の精霊』モチーフの商品が売られていることに気付いた。

 元ギルド長の店ガルナシア商会は、もう偽物の売り子を使った阿漕な販売はしていなかったけれど、小さな額縁に入った飾り絵を今年も売っていた。

 これがかなり緻密で綺麗。細密画と言ってもいいレベルだ。『大祭の精霊』にかなり良く似ている。つまりは、私達に似ているのだけれどかなり美化されている印象。まるで女神か何かのようだ。おかげで私達が出歩いても、そう似ているとは見られないのだけれど。


「『大祭の精霊』自身も買って行った絵ですよ。部屋に飾っておくときっと幸運を呼ぶでしょう!」


 だって。懲りてない。

 まあ、今年は偽物がいないので邪魔はしないつもり。

 商魂たくましいことは悪い事ではないと思うしね。


 そしてガルナシア商会だけでなく、他所の店でも大祭の精霊をモチーフにした置物や飾り物も見られる。素焼きの陶器の人形とかガルナシア商会みたいに木板に描いた絵とか。

 文字通りピンからキリ。黒髪の黒い瞳の男女のイラストをモチーフにしていれば、なんでも『大祭の精霊』であり、縁起がいい、と人々は見るらしい。

 どれもけっこう売れているのが怖い。


 逆に言えばそれだけ『大祭の精霊』が身近になっているわけで。

 似たような容姿の人間が歩いていても

『大祭の精霊』の真似をしているのかな?

 『大祭の精霊みたいだね』

 とあまり気にはしないようだ。前の大祭の精霊の格好を真似た人は今も多いしこの二年、四回の祭りで一度も現れなかった事もあるし。

 だから、時々視線を向けられることはあっても


「『大祭の精霊』だー!」


 と言われたりすることは無く、私達は祭りを楽しむことができた。

 屋台でちょこちょこ買い食いをしたり、お土産に良さそうな店をチェックしたり。

 お互いに、この大祭の間はリオンと名前を呼び合わないことにしている。

 名前を呼びあうとバレちゃうからね。

 誰でもないただの女の子になって恋人と祭りを楽しむ。

 それは、本当に、思いの他楽しい事だった。


 そうこうしているうちに、気が付けば舞台の上にセットが組みあがっている。

 見覚えのある書き割りは、うん、エンテシウスのグローブ座だ。

 私達は屋台巡りを切り上げ、立見席の最前列に場所を取る。

 待つこと暫し。

 二の風の刻の鐘が広場に響くと同時。

 周囲の店が灯りを落とし、開演前の何とも言えない緊張とワクワクのムードが広がっていく。

 やがて


 リンリーン!


 決して大きくはないけれど、良く届く開幕ベルの音色が、中央広場に広がった。

 既に舞台前に席を確保していた人たちも、広場の屋台の人達も、お客もみんな視線は一つの方向へ向かう。

 周囲の灯りが消され、一筋の魔法の光に照らされた舞台中央。

 優雅なお辞儀をして見せた一座の座長にして役者兼劇作家兼演出家。

 エンテシウスに。


「皆様、良き大祭を楽しんでおられますでしょうか?

 それは結構。この場におられる方々は運がよろしい。

 良き日に彩を添える、本日の舞台はグローブ座の新作。

 初お目見えでございます」


 わあ、と声なき歓声が人々の間に広がる。

 ここ数年でエンテシウスのグローブ座はアルケディウスきっての人気一座になっている。

 他の一座も頑張ってはいるのだけれど、新作を定期的に公開し、金に糸目はつけずに衣装や舞台セットを作るグローブ座には資本力その他で叶わないのが実情だ。

 演目も十年一日どころか、五百年変わらずのアルフィリーガ物語だけだしね。

 大祭初日の舞台の栄光も、圧倒的人気と実力で毎年もぎ取っているとのこと。


「今年の主役はとある皇国の美しくも賢い皇女。

 そう名前はマーシャとしておきましょうか」


 楽しそうなエンテシウスは舞台の上から軽くウインク。

 私の方を見た? と思うのは流石に自惚れが過ぎると思うけれど、


「うわっ、改名雑っ!」

「しっ!」


 リオンに注意されて口はふさいだけれど、完全に確信犯なエンテシウスに、私はちょっとイラっというか、ムカっというか。

 主人公の名前を変えて、って言ったのに。

 解りましたって応えたのに。

 マリーシャをマーシャってあんまり変わらないじゃない。

 しかも皇国の皇女ってはっきり言ってるし。七大陸に皇国ってアルケディウスだけだよ。


 ストーリーや内容については、孤児院で見せて貰った試演と同じ。

 街に降りて来ていたお忍びの皇女が偶然子どもを助けるお話。

 異世界風女水戸黄門。

 その子は悪い領主の元で働かされていて、家族を救う為に騎士団と皇王家に助けを求めに来た。

 でも外面は良い領主は誤魔化そうとするので、身分を隠した皇女がお付きの騎士と魔法使いと商人と一緒にこっそり、大貴族の領地に乗り込み、悪事を暴き、子どもの家族を助け出し、領地に平和を取り戻すというもの。

 ちょっとミステリー風味で最後には殺陣もあって。

 騎士を慕う皇女と自分は部下だからと素直になれない騎士とのラブロマンスもムード満点で。

 面白いんだけど、見る人が見れば、多分、私がモデルだって解る。

 主人公達の名前を変えて、って頼んだんだけど、その改名もマーシャ同様に雑。

 リオンも苦笑いしてた。

 少し身につまされて素直に楽しめないよ。これ。


「あ!」


 でも、そのおかげで気が付くことができた。

 皆が劇に夢中になっている隙をついた犯罪に。

 パンパンと服を叩いて財布を確認する。

 ない!


「リオン! 多分スリ!」

「ああ、俺も解った」


 人ごみを泳ぐようにすり抜けていく影が見える。

 みんなが舞台に夢中になっている間に、財布を盗む輩か?


「捕まえられる?」

「問題ない。少し待っててくれ」


 フッと、かき消すようにリオンの姿が消えた。


 リオンなら、多分大丈夫、と思った瞬間だ。


「や、止めて下さい! 放して!」


 劇のクライマックス、ヒロインが登場人物全員を集めて、さて、と謎解きを披露しようとした正にその時、静寂の場を劈くヒステリックな悲鳴が響き渡った。


「何をするんですか? 人を呼びますよ!」

「それはこちらのセリフだ。俺の連れの懐から財布を抜き取っただろう?」

「だから、これは……!」


 場の人々の視線が一気に舞台からリオンへと移る。

 見れば、観劇スペースから少し離れた場所で、リオンが誰かを捕らえて腕を背後にねじり止めているようだ。

 多分、スリを捕まえたのだろう。

 私は人ごみを泳いで側に近づく。

 意外な事にリオンが捕らえたのは女性だった。

 淡いブロンドの髪、蒼瞳。アングロサクソン系かな?

 スタイルはいいけど、顔立ちは割と普通の女性。

 祭りだというのに、どこか薄汚れた風体にちょっと荒れた印象がある。

 そして、キッと私達を見つめる瞳には抵抗の意志がはっきりと見て取れた。


「私は……落ちていた財布を拾っただけです! これから衛兵所に届けようと思っていたのにこの仕打ちはあんまりでしょう!」

「リオン、この人がスリ?」

「おそらくな。ほら、お前の財布、持ってた。他にもほら、いくつも」

「きゃあ!」


 服の隠しからリオンは私の財布を抜き取って見せてくれた。

 見れば他にも財布らしきものが……


「あ、あれ、私の財布?」

「俺の財布もないぞ!」

「だから、拾っただけだと言っているでしょう!」


 はっきりとした証拠が挙がっているのに、彼女は往生際悪く認めようとしない。

 それどころか。


「! むしろ、貴方や、貴方の連れの方がスリなのではないですか?

 これらは、彼女が持っていた財布なのですから。私は、それに気づいて届けようとしただけよ!」


 逆に自分を捕らえたリオンを弾劾し始める。


「俺がスリだと? 良く言えるな?」

「自分達の正体に気付かれそうになったから、慌てて追ってきたのでしょう?

 だって、その女の服の隠しにも他人の財布が入っていましたもの!」

「え?」


 私は、慌てて服のポケットを探る。


「あ、なんで?」


 中から気が付けば袋が一つ、二つ。

 確かに身に覚えのない、他人の財布だ。

 いつの間に……。


「お、おれの財布!」「あっちは私のよ!」

「あんな可愛い顔して、泥棒?」

「ち、違う。私、こんなの知らないです!」

「ほら、御覧なさい。ということは貴方も犯罪者。スリの仲間でしょう?

 私に罪を擦り付けて、恋人を庇おうとしたのですわ!」


 思いもかけない状況にパニックになる私。

 周囲の人々の視線が刃のように突き刺ささってくる。


「まさか、あんないい身なりの子が?」

「いや、意外に外見に騙されちゃいけないのかも?」

「どっちが本当の事言ってるのかな?」

「違います! 私はこんな財布なんか知りません!」


 怖い。

 こんな風に人格否定の視線で見られるのは、この世界の記憶では子どもの頃、奴隷だった頃以来な気がする。

 どうして、どうしてこんなことになったのだろう?


「罪を認めなさいな! 貴方はスリなのでしょう?

 そしてそれに気づいた私に罪を被せようとしたのよ!」

「黙れ!」


 ぶつけられる悪意。

 想定外の事態に、思わずフリーズ、私は動けなくなっていた。

 反論しなければならないと解っていたのに、なんだか頭が働かない。

 皇女や保育士モードでなく、普通の女の子を楽しんでいたせいだろうか?


 リオンは女を捕らえて、手が離せない。

 自分の濡れ衣は自分で晴らさないといけないのに。


 楽しい大祭に思いがけず降りかかった悪意に、どう対処したらいいのか。

 震える手と思考の中、私は必死に考えていた。

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