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??? 特殊視点 勇者→三人称 魔王来臨 獅子相打つ

 黒き獣が、大地を駈ける。

 赤き獅子が迎え撃つ。


 いや、獣ではない。

 それが二人の男だと解っている。


 だが、どうしても――目の前の存在が人間だと、僕には思えない。


 二匹の獅子が己の全力で向かい合うその姿を、僕は声も無く見つめていた。


◇◇◇


「私の(リーガ)。食い散らかすのはほどほどにしておきなさい」


 闇の中、くすくすと楽し気に女は笑う。

 言葉に応える様に、男は舌なめずりをした。


 長い髪がたなびく。まるで、獅子の鬣のように。

 そして地面を蹴り、翔ぶ。


 獣は咆哮こそあげない。

 だが、その眼と動きは正しく獣そのものだった。


 場を――食い散らかし、制圧していく。


 こんな筈ではなかった、と僕は思う。

 手は凍り付いたように動かない。

 足はみっともなく震えている。


 元より、この部隊は戦闘を想定して編成などされてはいなかった。

『勇者』アルフィリーガの転生が思い出した魔王城への転移の門。

 それを確かめ、魔王城の調査を行う為のチームであったのだから。


 僕と、部隊を率いる騎士。

 歩兵10名。工兵数名。

 そして僕が乗る馬車と、荷物運搬用の荷馬車を操る御者。

 合わせて、20名弱――その程度の人数でしかない。


 でも、それで十分だった筈だ。


 魔王の島は500年来無人。

 多くの宝物を抱えたまま、その侵入を誰にも許していないのだから。


 神官長は言っていた。


「勇者アルフィリーガが魔王を捕え、大聖都で神の名のもとに滅した。

 けれど、魔王は自らの死後、魔王の島と城に呪いをかけたのだ。

 多くの宝物を抱えている筈だが、侵入者を誰も許さず、立ち入ったものは、不老不死者であろうと死に至る。

 入り口も知れず、500年誰も立ち入ることさえ叶わぬ。

 ただ一人の生きた伝説 皇子ライオット以外には……」


 魔王討伐直後から、大聖都のみならず世界の多くの国々が魔王城の島を目指そうとした。

 魔王城の残党狩りと、なにより宝物の確保の為に。


 けれども島は暗礁と崖、そして魔王の死後も残る魔術結界によって、物理的な侵入は困難を極めた。

 島に立ち入ることはできなかった。


 ただ一度だけ島の住人の力を借りて、大聖都の戦闘部隊が侵入したことがあったそうだが、誰一人として戻らなかったという。


 物理的な侵入が不可能な以上、島と外を繋ぐ転移門はどこかにある筈だった。

 魔王を倒した勇者の仲間である皇子ライオットは当然、入り口を知っている。

 500年の間、大聖都を初めとするあらゆる国が彼から入り口を聞き出そうとした。


 けれど――。


「告げたら俺は死ぬ。そういう契約だ。だから語らぬ」


 そう言って、皇子はどこの誰にも、父皇王にさえ、けっして語らなかったという。


 だからこそ、僕が『思い出す』まで魔王城の島は500年、人の出入りがない無人の島。

 その捜索は容易いものになる筈だったのに。


 記憶に従い、辿り着いた滝の裏の秘密の空間。


「随分遅い、ご到着ですこと。神の手先の皆様方」


 小さな祠、その前に彼らは待ち受けていた。

 闇そのもののような一対が。


 一人は女だった。

 流れる夜そのもののような艶やかな黒髪。

 磨かれた紫水晶のような、濃く透き通った瞳。

 小柄に見えるが均整の取れた身体を、漆黒のドレスが包み――見惚れるような美しさを漂わせている。


 そして、彼らと言った通りもう一人。

 男がその傍らに、彼女を守り立つ。


 漆黒の髪は腰近くまで無造作に伸びている。

 闇色の瞳。いや、片方の眼は深い碧で、人間離れした双眸をしている。

 驚くほど整った顔立ちは静かで、感情は見えない。


 服装はシンプルだ。

 チュニックシャツとズボン、革ブーツ。

 鎧も籠手も、マントさえも付けていない。

 武装も、青い短剣を手に握るのみ。


 けれど兵士たちの間に、緊張が奔った。

 完成された無駄のない肉体。生粋の戦士にして獣。

 一目で誰もが解る。理解する。

 ――この男は危険だ、と。


 灯りも無い、水灯りだけのほの昏い洞窟。

 それでも二人は、まるで浮き上がるように光って見えた。


「勇者が復活したと聞き、いつ来るかと待ちかねておりましたのに。

 私も、私の獣も、待ちくたびれて退屈しておりましたの。少し、遊んでくださいませね」


 女の声と同時、男は――

 翔んだ。


 瞬く間に、それは始まった。

 いや『始まったことさえ』気づかなかった。


「ぐあっ!」


 一人の歩兵が鈍い呻き声と共に崩れ落ちたのだ。


「なにっ!」


 気が付けば、目の前、0距離に男。

 何時の間に。


 そんな事を思う間もなく、工兵がまた一人落ちた。


 男が手に携えた青い刃を掲げる度に。

 振るう度に。

 一人、また一人と兵士が地面に沈んでいく。


 血は一滴も流れてはいない。

 彼らは成人。不老不死を持っている。

 生半可な刃では身体に傷はつかないし、死に至ることは無い――筈だ。


 けれど、不思議な事に男が兵士とすれ違う次の瞬間――


「ぐっ!」

「どうし……うわあっ!」


 兵士達はまるで沼に足を取られたかのように動きを止め、文字通り沈んでいくのだ。

 床が、地面が、彼らだけを飲み込む。


 何が起きたのか。起きているのか。

 僕には解らない。


 ただ、唖然として目の前を見つめる事しかできなかった。


「こ、この!!」


 前に出たのは騎士。この一団を率いる聖堂騎士だ。

 神に祝福された鎧を纏い、白銀の剣を掲げている。


 ライオットの訓練でも筋がいいと褒められていた彼は、一合――左から閃光にも似たスピードで襲い掛かる男の刃を受け止めた。

 そのまま渾身の力で跳ね上げる。


 けれど、弾かれ軌道を変え、男に隙を作った筈の刃は――


「なに?」


 瞬く間に、男の手に戻っていた。


 その事実に狼狽した瞬間、男の回し蹴りが騎士の頭蓋を撃ち抜く。

 衝撃が、鈍く、重く、骨の奥まで響くように見えた。


 剣が音を立てて転がり、


「ぐはっ!」


 騎士もまた、地面という名の沼に沈んで行った。


 あっという間。

 10人以上はいた『勇者』を守る兵士達は、もう誰一人として残ってはいない。


 不老不死を与えられた兵士達だ。

 唸り声も聞こえる。死んではいないだろう。

 けれど身体は傷つかなくても、潰れなくても――急所に与えられた衝撃は内臓に通り、確実にダメージを与える。

 僕は初めて、それを理解した。


「あら。他愛もありませんのね。神の兵士も質が下がったものですこと」


 祠の前に立つ黒い女が笑う。

 冷たく、見下ろす眼で。


 全ての敵を倒した男は、また彼女の前に寄り添うように立っていた。

 “獣”が、主の傍に戻るように。


「お前は……誰だ?」


 震える声で、僕は問いかける。

 男が僕に刃を向けたら、それで終わりだ。

 僕は、まだ不老不死を授けられてはいない。

 あの獣のような男が刃を喉に当てれば、終わると解っている。


 それでも僕は、剣の柄に手をかけて問いかけた。

 ここで逃げ出すことはできない。

 そうしたら僕は『勇者』ではなくなってしまう。


 女が近づいてくる。

 僕は剣を抜き、構えた。


 でも女は全く意にも介さず、近づいてくる。

 心は、まるで読めない。


「貴方は、勇者、なのでしょう? 見て、解りませんか?

 それとも忘れているのですか? 私の顔を」


 ぞくり、とする。

 澄んだソプラノ。美しい声。

 けれども吹雪のように冷たく、僕の身体を凍らせた。


 動かぬ手に握られた剣に、女が触れる。

 ――次の瞬間。


 剣はさらさらと、僕の手から崩れ落ちてしまった。


「なっ!!」


 まるで淡雪のように。

 刃は、形を保てず、指の間から消えていく。


 驚く僕に向けて女が指を伸ばす。


「そう、自分が倒した魔王の顔など、500年の時の果てにはどうでもいいことなのですね?」

「ま……おう?」


 剣を消し去ったように、この白い指は僕の命を砕くのだろうか。

 喉から絞り出すような声が溢れた。


 その時――


「下がれ! エリクス!!」


 声が聞こえた。聞こえたけれど、身体は強張って指先一つ、動かない。


 チッ


 と、小さく打たれた舌打ち。

 その直後、僕は突き飛ばされて尻もちをついていた。


「ライオット……皇子」


 僕に触れる距離まで近づいていた女は、獣に抱かれて後方へ。

 軽い動きだった。まるで舞うように。


 僕は腰を抜かして動けない。

 だから、その後は見上げるしかできなかった。


「やっと……会えたな……」


 携えた大剣を楽しげに構え、僕の前で、敵の前で笑うライオット皇子の背中と、


「……」


 女を降ろし、無言で青い刃を構える黒い獣の姿を。


 言葉も出ない。

 それは、『本物』の戦いであった。


 何の合図も無く、二人は同時に地面を蹴った。

 一気に前に詰めたライオットは、大剣の一閃で黒い獣に圧力をかける。


 いつもの軽装に長剣の皇子の服装ではない。

 鎧と大剣を帯びた戦士のそれだ。

 僕の身長より大きな剣を軽々と振り回している様は、部屋で昼寝をする腑抜けた姿が想像もできない程に――伝説の戦士、そのものだった。


 けれども獣と呼ばれた男は、その名に恥じぬ動きで圧力を横跳びに躱す。

 そして反動を使い、信じられない跳躍でライオットの頭を狙った。


「皇子!」


 先ほど騎士の意識を一瞬で刈り取った回し蹴りとよく似た攻撃。

 だがそれは、頭の前に出された腕一本と鋼の籠手で止められる。


 立ち姿は髪の毛一筋さえ乱れない。


「!」


 言葉にならない嘆息が、獣の男の口から零れたのが見えた。

 足を奪われる前に、スッと自分に引き戻し、飛び退る。


 同時にライオットも二歩下がり、大剣を前へと構え直した。


 しなる柳のような柔らかさで男はライオットの懐に迫る。

 完全な死角を突かれた――そう思ったのは僕だけだったのか。

 ライオットは一瞬の躊躇もなく身を躱す。その間に、膝を高く蹴り上げ男を退けるのを忘れない。


 ライオットの武術、剣技は訓練と計算によって繰り出される正しい理の技。

 力任せに振り回しているように見せて、一切の無駄はなく、的確に敵を追い詰めていく。


 一方、男のそれは獣の本能と直感によって繰り出される戦闘術。

 躱し、薙ぎ、払い、迫り、切り裂く。

 強く鋭く、滑らかで、それでいて自然で――息を呑む程に、美しい。


 ぶつかり合う鋼と刃。

 火花が煌めき、剣撃の激しさを知らせている。


 倒された兵士の幾人かは意識を取り戻したようだが、加勢に入るどころか動く事さえせずに、できずに目の前の光景を見つめていた。


 まるで、良くできた音楽を聴いているようだ。

 対等以上の実力を持つ者同士でしか作れない奇跡の歌。

 それは光ない洞窟で、有りえない美しさを紡いでいた。


 何度目かの剣戟。

 完璧な体幹で人とは思えぬ動きを見せていた獣の身体が、微かに揺れる。


「!」

「戻りなさい! もう十分です!」


 瞬時にかかる、強い命令。

 獣は戦いを放棄し、女の横へと戻った。


「おい!」


 振り上げた剣の行き場を無くしたライオットの一足から、


「お久しぶりですね。戦士ライオット。貴方まで私を忘れたとは、言わないでしょう?」


 獣を庇う様に、女は前に出る。

 そこには皇子――いや、剣を握る戦士ライオットがいるというのに、彼女の表情はまるで昔なじみの友人に話しかけるように親し気で楽し気だ。


 一方のライオットも笑みを浮かべている。

 臨戦態勢そのままに、でも陰のまったく見えない笑顔で相手を見据えていた。


「勿論。麗しの魔王陛下。あんたも、お戻りか……」

「ええ、戻りました。勇者も戻って来たと聞きましたが、期待外れでしたね。

 貴方が元気そうで良かったですわ」


 僕を見る女の顔が皮肉めいた笑みを形作った。

 蔑まれているのが解る。馬鹿にされているのが解る。

 でも反論できる気力は、この女の前では一欠けらも見つからない。


 なさけない。僕は勇者なのに。

 目の前の戦士は、悠然と、対等に立っているのに。


「それは光栄。で、今回は何用で?

 情報を奪われた俺を殺しに?」

「いいえ。貴方を、呪いから解放して差し上げようと思いまして」

「!」


 ドウン!!


 鈍い爆発音が空間に響いたのは、正にその時だった。


 祠から全身をローブで隠した人物がゆっくり歩み出ると、獣と反対の、女の隣に立つ。

 彼の背後では、祠が紅い炎に包まれていた。


「私達は、こうして蘇りました。もう古い魔王城は必要ありません。世界を闇に染める必要もないのです。

 新たなる拠点で、私達は神々への逆襲を始めます。今日は、その宣戦布告に参りましたの」


 女の周りで風が渦巻く。

 女とローブの者と獣、三人を包み込む様に。


「ライオット。もう口を閉ざさずとも結構。

 この先に魔王城は無く、また入り口も閉じましたから。

 かの地は、我が民達の墓場。その眠りを妨げる事は許しません」


 風の中から女の声が洞窟に木霊する。


「かつてのように、私を捜して御覧なさい。見つけ出して、倒して御覧なさい。

 国同士で遊んでいる暇もありませんよ。

 さもなくば、私達はいつか神を倒し人々から不老不死を奪い取って見せましょう」

「待て!!」


 戦士が伸ばした手が触れる前に、完成された転移呪文は軽々と、三人をどこかに運び去ってしまう。

 初めてだ。

 転移門でもなく、魔方陣でもない。

 移動の魔術をこの目で見たのは。


 呆然とする僕や、意識を取り戻した兵士たちの前で、戦士ライオットはじっと、ずっと……燃え盛る祠を、炎を、消えた三人を見つめていた。



 それから暫くの後、大聖都を皇子ライオットは後にすることになった。

 魔王城への入り口が明かされた上で封鎖されたことで、もう皇子を拘束して置く意味も無くなった。

 ということらしい。


「本当に、いいのか? エリクス?」

「はい。ライオット皇子」


 僕は、気遣ってくれる皇子の言葉を、思いを――それでも首を振って退けた。


「僕は、勇者です。そう名乗ってしまった以上、責任は取りたいと思います」


 皇子は僕が心を読んで、500年隠し通していた秘密を明かしたというのに、僕を助けに来てくれた。

 それが例え、自分が勇者と呼んで退路を断ってしまったという罪悪感からだとしても、その思いに応える勇者でありたいと思ったのだ。


 魔王復活の報が各地に知れ渡り、各国はそれぞれにその対策に追われているらしかった。

 いずれ魔性が増える等影響が出て来たら、勇者の転生として魔王討伐の命を受ける事になるだろうとも聞かされている。


 その間に真面目に勉強に取り組み、剣を学び、少しでも戦えるようになりたいと思ったのだ。

 今の自分は皇子に教えて貰えるレベルにさえ達していない――あの戦闘を見て、解ったから。


「いつか、ライオット皇子がまた魔王討伐に動かれる時、共に戦えるようになりたいと思っています。

 その時は、どうか仲間に加えて頂けないでしょうか?」

「さてな。俺がまた魔王討伐をするとは限らんぞ。リーテもミオルもいないし」

「もし、できたら、でかまいません。せめて今世、貴方の勇者は僕でありたい」

「やれやれ、その真面目さ、思い込みの強さを別の事に使え。

 俺はお前にできれば剣を向けたくはないからな」

「えっ?」


 僕の願いに、皇子は返事をしてはくれなかった。

 寂しげに笑い、馬に跨り背を蹴ると、彼は瞬く間に遠ざかってしまう。

 もう影も見えない。


 彼の最後の言葉の意味を僕が知るのは、まだまだずっとずっと先の事である。


◇◇◇


 そして王都。ガルフの店、貴賓室にて。


「という訳だ。

 まったく、俺も大概、悪者だな。

 世界を騙す大芝居に乗った上で、俺を慕う善良な子どもを利用してるんだからな」


 食事を楽しみ終え、ナプキンで口元を拭く皇子に、


「何を今更」


 近寄った給仕の少年は肩を竦めて笑う。

 そして食器を手早く片付けると、


「お前の性根がひねくれ曲がってるのは今に始まったことじゃないだろう?

 500年前からだ」


 もったいぶった笑顔と仕草で、デザートの皿を差し出した。


「性根の曲がり具合をどうこうとは、お前にだけは言われたくないが」

「報酬はもう支払った筈だ。文句を言わずに手伝え」

「まあ、それは構わんさ。その為に、俺は待っていたんだからな……」


 客と給仕。

 皇子と子ども。


 身分違いどころではない二人の会話に、傍らに控える店主は苦笑いをしているが、当の本人達は実に楽しそうである。


「元気そうで何よりだ、ライオ」

「お前もな。アルフィリーガ」


 500年ぶりに再会した親友同士は、見つめ合い、笑い合う。

 そこには隔てられた長い年月も、歳の差も、何もない。


 ただ、深い絆を交した二人の友がいるだけだった。

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