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??? 偽勇者視点 勇者と戦士と大魔王

 僕はエリクス。

 勇者アルフィリーガの転生――として、この大聖都にいる。


 貧民の子として生まれたらしいけれど、生まれてすぐ、この金髪と碧の眼を尊ばれて貴族に買われたので、生活に苦労したことは殆どない。


「お前は、勇者の転生なのだ」


 子どもの頃からそう、教えられて生きて来た。

 世界の誰もが知る勇者アルフィリーガ。

 精霊に愛され、魔王を倒し、世に不老不死をもたらした彼は、この世界に転生することがあるという。


「それこそが、お前なのだ。

 お前はアルフィリーガなのだ。そうでなくてはならない!」


 毎日繰り返しそう言われて、僕も自分がそうなのだと信じるようになった。


 礼儀作法のレッスンや、毎日のトレーニングは辛い時もある。

 特に、剣や戦いの訓練は痛いし、苦しいし、ニガテだった。

 けれど自分は勇者だ。

 ふさわしい教養や武術を身に付けなければならない、と言われれば我慢するしかなかった。


 それが大きく変わったのは、自分に『力』が目覚めてからのことだ。

 いつからかははっきり覚えていない。

 ただ、ある時から――人の心が解るようになった。


 目の前に立てばなんとなく。

 手で触れれば、はっきりと。

 その人物が、何を考え、何を求めているかが読めるようになったのだ。


 それからはもう、何もかもが自分の思い通りだった。


 相手が自分に何を求めているかが解る。

 その通りに振舞う。

 皆に望まれているように振舞えば、皆が自分の事を好きになる。

 皆が自分の事を好きになれば、多少の我が儘は許される。


 剣の練習だって、相手がどう動くか解れば、それに合わせて避けたり攻撃したりできる。

 辛い訓練などしなくても、相手に勝つことができるようになれば、もう周囲も強制する事は無くなった。

 剣の腕を称えられ、まさに勇者よ、アルフィリーガの転生よ、と称えられた頃――僕はもう、自分が勇者の転生だと疑わなくなっていた。


 ……なっていた。


 そう、過去形では言いたくない。

 けれど今は、そう言うしかない。


 同じ部屋でいびきをかいて寝惚ける、赤毛の大男。

 生きた伝説。勇者アルフィリーガの親友。

 戦士ライオットのせいで。


 噂を聞きつけたらしい神殿の招きによって、勇者の転生候補として大聖都にやってきたのは、去年の秋の終わりの事だった。

 神官長の審査を受けて、小さな館を与えられ、僕は正式に勇者の転生として認められた。

 世話役が付けられ、貴族の館にいた時よりも良い生活ができるようになった。

 僕を拾い上げた貴族は、褒章として多額の金と『勇者の親』という名誉を得たそうだ。


 けれど、神官長ははっきりと言った。


「お前が、本物の勇者の転生でないことは解っている。

 だが、その能力は使い道がある。お前がその力を我らの為に正しく使うなら、勇者として遇してやろう」


 ――と。


 何故、と思った。

 どうしてはっきりとそう言えるのだ? と。


 確かに過去の記憶は思い出せない。

 けれど自分には特別な能力がある。

 そして伝説通りのこの外見。

 自分は勇者の転生に違いないと――ハッキリ確信していたのに。


 そして星月の終わり、この男がやってきたのだ。

 生きた伝説、戦士ライオット。


 最初から、この男は自分を勇者だと欠片も思っていなかった。

 呆れたような、退屈しきった顔。腕を組んだまま、僕を『値踏み』する視線。

 それだけで、はっきり見て取れた。


「転生体でございます故、外見は全く異なりましょう。

 ですが、この少年は間違いなく勇者アルフィリーガの転生と。

 大聖都の神官長が認めた者でございます」


 僕の世話役はそう言ったのに。


「ほう? 何をもってそう認めたのだ?

 記憶はあいまいであると聞くが」

「優れた剣の腕、精霊に愛される精神、そしてこの伝説通りの外見と、何より神々の神言にて」


 ……まったく、微塵も信じてはいない。

 それが解った。


「アルフィリーガ。皇子にご挨拶を」


 だから、知らしめてやろうと思った。

 こいつの口から言わせてやろうと思ったのだ。

 ――お前こそが、勇者アルフィリーガである、と。


「久しぶり、というべきなのでしょうが、まだ記憶があいまいで全てを思い出せていないのです。

 だから、今世ではという意味をもってこうご挨拶させて下さい。

 初めまして戦士ライオット。

 僕はエリクス。アルフィリーガであった者の転生です」


 貴族の館と、大聖都で教えられた礼儀作法で、完璧にお辞儀をする。

 そして微笑みかける。

 礼儀と、笑顔。

 これで大抵の人間は今まで、自分に好意を持ってくれた。


「皇子。神々の神言によってこの子は勇者と認められた者。

 彼を良く知る皇子であれば、前世を知るが故に今の姿、言動に違和感もおありでしょうが、どうか口を閉ざし、今までどおりお力をお貸し頂きたいものです。

 世界の安寧を守りたいと思し召されば」


 けれど、これだけしても、神官長にそう言われても――この男は僕を勇者と見てはくれなかった。


「記憶があいまいだと言うが、思い出せていることはあるか?」

「共に旅したリーテとミオルの名は思い出しました。

 それから魔王を捕え、神々の元に連れて来た時の事も……少し。

 あとは、まだ曖昧です」


 リーテとミオルの名は、神官長から読み取ったものだ。

 アルフィリーガが魔王と共に、大聖都に来た時の姿も。


 けれどそれ以上の事は解らない。

 知っているのは、この男だけだ。


 僕は顔を上げた。

 なら、丁度いい。絶対に認めさせてやる――と。


「失礼とは思いますが、お手をお借りできますか?

 貴方に触れれば、何か思い出せるような気がします」

「……いいだろう」


 固く、ごつごつした手を握る。

 頭の中にこの男の、一番深い思い出が流れて来た。


 ああ。これが伝説に聞く、勇者と戦士の出会いなのだろう。

 良い身なりではあったけれど荷物も持たない少年が、戦っている。

 それに、戦士と仲間達が駆け寄る。


「……ああ、戻って来るようです。

 貴方と旅をした時の事を。山の奥で、金も何も持たず魔性と戦っていた僕を、貴方は助けてくれた……」


 少年の声が聞こえる。

 その呼び方を真似て、声をかけてみた。


「……ライオ……」


 バチン!


 音と同時、弾くように叩かれた手が火傷しそうな程の熱を帯びる。

 心が閉ざされて、もう何も見えない。

 ただ、ただ燃えるような怒りだけが感じられる。


(しまった!)


 何かは解らない。

 けれども僕は確実に、この男の怒りに触れてしまったのだ。


『お前は勇者ではない』

 と弾劾される。それを覚悟した。

 だが、降って来た言葉はまったくの真逆だった。


「……いいだろう。お前を勇者と認めてやる。

 その怖れを知らぬ行動は、神が言う勇者の名にふさわしかろう」


 僕を見下ろし、男は言う。

 地の底から響く程に、それは低く冷たい音だった。


「お前が勇者だと名乗るなら、それにふさわしく生きて見せるがいい。

 俺は、その生きざま、楽しみに見せて貰うとしよう」


「おお! ライオット様がお認め下さった。勇者の復活だ!」

「勇者万歳!」

「アルフィリーガが蘇った!」


 歓喜の声が上がった。

 世話役の男と周囲を取り巻く護衛騎士達は喜びの声を上げ、その声は部屋の外へと伝わり――さらなる熱狂へと膨れ上がる。


 広がる熱と反対に、僕はスーッと顔から血の気が引くのを感じていた。


 男は僕の背を前に押しやる。


「どうした? 笑え。喜んで見せるがいい、勇者。

 皆が勇者の復活を喜んでいるぞ!」

「……何故?」

「これが、貴様が選んだ道の結果だからだ」


 男は――勇者の親友、戦士ライオットは、誰にも聞こえぬ、けれど僕にははっきり聞こえる声で告げた。


「……お前は、俺を怒らせた。

 俺の親友を騙り、一番大切な思い出に土足で踏み入ったその罪は重い」


 それは、勇者の転生エリクスにとって――死刑宣告とほぼ同じ言葉だった。


「まったく、貴様は思う以上に役立たずだ」


 会見を終えた神官長は僕を見下ろし、言葉通り役に立たないゴミを見るような眼差しで言い放った。


「あの男を信じさせろ、とまでは言わぬが、少しくらい心を開かせることもできないのか?」

「お言葉ですが……ライオット皇子は僕を勇者と、お認め下さいました。僕は、勇者としてこれから人々を……」

「勇者としてのふるまいなど最初から期待してはおらぬ。

 この神の恵み満ちた世界に魔性の気配なく、勇者も必要ない。

 貴様に求められていたのは皇子の警戒を解き、奴を読心して魔王城の島に通じる転移の門の場所を知らせる事――ただそれだけだったのだ」

「何故……」

「それが解らぬ貴様は最初から勇者ではないのだと理解するがいい」


 あの男のように心底あきれ果てたという眼で僕を見た大神官は、

「だが、まあ最後のチャンスをくれてやろう」

 大きく息を吐き出し言った。


「ライオット皇子を大聖都に引き留める。

 その間に奴の隙をつき、転移の門の場所を読め。

 できれば貴様を引き続き、勇者として遇してやろう。勇者の転生として人々に崇め敬われることができる」

「もしできなければ……」

「偽勇者として、皆の前に投げ捨てるのみだ。不老不死をまだ得ぬ子どもが嘘つきとして、あの熱狂の後に立ったらどうなるか。

 皇子ではないが見物よの」


 蔑むものを見るような神官長の言葉に、背筋が凍った。

 自分に敬意と好意をくれていた者達が、今度は自分を騙していたのか、と責め立てる。

 そんな光景を考えただけで、ゾッとした。


「解りました。必ずや……記憶を取り戻して見せます」


 ――は、と鼻で笑われたのが解った。

 頭を下げた僕は、神官長が口に言うほど僕に期待していないことも感じている。

 だが、ここで引き下がれば僕に待つのは絶望しかない。

 静かに頭を下げて、僕は部屋を後にした。


 その後の二カ月は本当に、辛い日々だった。

 同じ部屋で過ごしているのに、皇子はまったく一言の口を聞きもしない。

 部屋にいるときは寝ているか、食べているか。本を読んでいるだけ。

 僕がいても、話しかけても完全無視で、いないものとして扱う。


 僕は『勇者』であるので、他の者と軽々しく喋ってはいけないと言われていた。

 だから、部屋で皇子と喋れない以上、身の回りの世話をする世話役以外――誰とも喋ることはできないのだ。


「身体が鈍る」と神殿騎士の訓練所に毎日向かい、騎士や兵士達の訓練に付き合ったりトレーニングをしたりしているが、皇子は僕を誘う事もまったくない。


 一度だけ、


「勇者とのお手合わせを拝見させて頂きたく」


 若い兵士から望まれたことがあるが、


「勇者の剣技に俺が叶う筈もない」


 と逃げてしまった。


 正直、助かった――とは思った。

 皇子の剣は正直、レベルではなく次元が違う。

 500年前の魔性と戦い、魔王を倒した剣。

 国同士のお遊びのような戦争しか体験したことのない騎士、兵士とは比べ物にもならない。

 付け焼刃で、まともな訓練をしたことのない僕など、一蹴されてしまう事が簡単に解った。


 例え心を読もうとも、それに対応できなければ意味は無いのだとも。


 手合せをした兵士達が一人残らず心酔するほどに皇子の実力は高い。

 また人格も優れている。

 彼が外に出る度、人が取り巻き、笑顔が広がる。


(何故だ)


 胸の中が苛立ちで溢れる。

 皇子の視線は、どうして自分に注がれない?


(何故だ)


 心の中が悔しさで溢れる。

 何故、僕は勇者ではないと言われるのだ?

 記憶がないだけだ。思い出していないだけで、きっと勇者なのに!


(何故だ)


 騙ってなどいない。

 皇子の隣に立つ勇者は、僕の筈だ。


 記憶を取り戻す。


 その為に、隙を見て幾度となく皇子に触れた。心を読もうとした。

 でも、見えなかった。

 触られることを警戒さえしていない。

 完全に心を閉ざされ、旅の思い出は封印されているのが解った。


 何故だ。何故だ。何故だ。何故だ!!!

 何故、僕は思い出せないんだ?


 心の中が真っ暗なもので溢れていくのを、僕は止める事ができなかった。


「エリクス」


 名前を呼ばれたのは初めてだった。

 声を聴いたのは二カ月ぶりだった。

 星月も終わり、春が訪れた木の一月半ば。


 驚きに目が丸くなる。

 皇子ライオットが、初めて『僕』に声をかけてくれたなんて。


 王都からの来客があったという。

 部屋を出て、戻ってきた彼は荷物をテーブルに置くと、ドカンと椅子に座り――こちらを、いや、彼を見つめて立つ僕を見ていた。


「お前は、本当にそれでいいのか?」

「何の、ことでしょうか。ライオット皇子……」


 やっとかけられた言葉なのに、嬉しくて飛び上がりたいくらいなのに。

 そんなことしか言えない自分が、悔しい程に不思議だった。


「偽物の『勇者』として人々を、世界を騙し続けて、いいのか?

 覚悟はあるのか? と聞いている」

「僕は、偽物ではありません。本当の勇者の転生の筈です。

 皆もそう言うし、僕もそう思っている。貴方もお認め下さった筈だ」


 皇子の言葉に僕は反論した。

 そうだ。僕は勇者の転生だ。騙すなんてことはしていない。


「あの時は、頭に血が上ってしまったが、お前が勇者を止めたいというのなら助けてやれる。

 認めろ。

 お前はアルフィリーガの転生じゃない。ただの、普通の、当たり前の子どもだ」

「違います。僕は勇者の転生です。そうでなければ、僕の生きて来た人生全てが嘘になってしまう」

「その嘘を認めろ、と言っている。

 自分を『勇者』だと口にした時点で、魔王を捕えた、と言った瞬間に――お前は俺に告げたんだ。自分がアルフィリーガではない、とな!」

「えっ?」


 意味が分からない。

 魔王を倒して世界を闇から救い、人々に不老不死を与えた者――勇者アルフィリーガが、何故自分を『勇者』だと口にしない、と?


『勇者』だと口にした時点で。

 魔王を捕えたと言った時点で。

 アルフィリーガではない……と?


「意味が……解りません」

「だから、言っただろう? お前はアルフィリーガの転生では無い。

 それでも、神が作り上げた『勇者』という偶像を止める気はないんだな?」

「僕は……『勇者』です」


 この人は、僕が『勇者』ではないと知っている。

 でも僕は、自分から『勇者』でないと認める事は出来ない。

 『勇者』は、僕の全てだ。

 僕は俯きながらも、必死で『勇者』にしがみ付いた。


 はあ、と大きなため息が零れる。


 そこでやっと気付いて顔を上げる。

 皇子の眼は冷たかった。

 この2か月、無視されていた時とは違う。

 彼は今、僕という存在を視界に、考えの中に入れてくれたのだと知った――のに。

 同時に、期待に応えられなかったのだとも理解する。


 黒い双眸は、心の底から『残念だ』と告げていた。

 期待外れだったという失望を、隠しもせず宿していた。


「まあいい。俺は忠告した。

 お前がそれでも『勇者』を続ける、というのなら好きにするがいい。

 いずれ、本物を目の前にして、その差を思い知ることになるだろうがな」

「えっ?」


 皇子は僕の返事など待たずに、荷物を片付け、着替え、そのまま寝台に転がってしまった。

 さっきまでの深刻な空気など嘘のように、いびきをかいて寝惚けている。


 僕は、本当に勇者の転生では無いのか?

 今の言葉の意味は一体?


 そう思った時、僕は皇子の手を取っていた。

 過去は読めなくても、せめて――さっきの言葉の意味を知りたい、と。


 ――と、同時。

 今まで見えなかったものが見えた。


 皇子と勇者、仲間達が歩いている。

 かつて皇子の記憶から読み取ったものと似ているが、風景が違う。

 王都から南に向かう街道。

 そこから離れた森の中、人知れぬ滝があった。

 激しい水しぶきを上げる滝の中に、彼らは踏み込んでいく。


 そこには、外からは決して見えぬ空間が広がっていた。


「こ、これは……」


 静かに立つ祠。

 その扉を開けると、不思議な虹色の光が渦を巻いていて――。


「……思い出した、思い出したんだ!!」


 僕は立ち上がり、部屋の外に駈け出す。

 やっと『思い出した』記憶に、有頂天になって――。


 だから、知る由もない。

 僕が部屋を出た直後、


「これで、良かったんだな。アルフィリーガ」


 起き上がった皇子ライオットのつぶやきも。

 握りしめられた、小さな紙片も。


 そして『思い出した』先で出会う事になる……





「随分、遅いご到着でしたこと。神の手先の皆様方」


 『本物』の『魔王』との出会いも……。

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