大聖都 結婚式の準備 1
夏が終わり、世界各国は実りの秋、収穫の季節を迎えていた。
「今年は各国とも穀物の収穫状況がかなり良い、という連絡を受けています。リア、ソーハ、麦、コーン、ナーハなどは例年の二割増し。野菜や果物の生育も上々だそうです」
大神殿に戻り実務に追われる私は、そんな報告を神官長であるフェイから受けていた。
『神』が封印されて初めての収穫だから心配していたけれど、ステラ様や各国の精霊神様達が頑張って下さっているようだ。
「それは良かったです。今年度は前から話してある通り、神殿納入分の税を半額にしますので、各国には穀物の備蓄に励むよう手配して頂けますか?」
「承知しております。これから各国で万単位の人口増加が見込まれますから、食料はいくらあっても足りなくなります」
「ええ。食料だけでなく、あらゆる物資の不足が考えられます。大陸全体で力を合わせていかないといけませんね」
不老不死が無くなったことによる混乱は、全体から見れば幸いにも予想以上に少なく、人々は表向き平和な日常を取り戻し始めている。
一方で、今までほぼ絶滅していた殺人事件や傷害事件は増加していた。
それでも各国騎士団が全力で対応に当たっていることや、精霊神様が与えて下さったナノマシンウイルス対応の戸籍台帳によって、全国民の生存や死亡、その原因まで把握できることから、最悪の事態には至らずに済んでいた。
精霊神様が復活し、神々には自分達の行動が把握されている。
そうなると、やはり悪いことはしづらいらしい。
良きかな、良きかな。
「収穫がひと段落する空の月から、各国で大祭が始まります。大祭の先陣を切るのはプラーミァだそうです。今年は戦が無いため、五日ほどずつ日程をずらし、祭りが重ならないよう調整するとのことです」
「プラーミァの次は?
「アーヴェントルク、エルディランド、ヒンメルヴェルエクト、フリュッスカイト、シュトルムスルフト。そして最後がアルケディウスになります」
「一番北で寒くなるのが早いアルケディウスが先だと思っていました」
「冬が長い分、楽しい思い出をなるべく新鮮なまま残しておきたい、という意図があるそうです。なお、全ての国から大神官に舞の要請が届いております」
「お受けします、と伝えて下さい」
「かしこまりました」
フェイは本当に有能な神官長だ。
基本的に全て任せられる。
「そういえば、アルケディウスは騎士試験がもうすぐでしたね?」
「はい。今年は不老不死が無くなって最初の試験ですので、試合中に死者が出ないようかなり気を使っているようです」
今まで当たり前だったことが、色々とできなくなっている。
大変だとは思うけれど、こればかりは慣れてもらうしかない。
「今年の優勝候補はヴァル殿とクレストのようですよ。昨年、レスタード卿が数百年続いた騎士試験常連に終止符を打って優勝されましたので」
「そうでしたね。ヴァル殿はセリーヌとの結婚のためにも、今年こそ騎士資格を得たいでしょうから頑張って欲しいです」
「クレストは今年優勝して、リオンと同じ立場に立ち、マリカ様への最後のプロポーズ権を得たいようです。無駄な努力だというのに」
「ははは……。あ、そういえば」
二人で顔を見合わせて笑った後、私はふと思い出してフェイを見た。
「ソレルティア様との結婚式の準備は進んでいますか?」
「あ……はい。それは、その……なんとか」
照れたように頭を掻くフェイ。
神官長の結婚は正式には新年の国王会議で神殿則が改定されてから許可されることなので、今はまだ認められていない。
立場上、大神官が結婚していないのに神官長だけ先に結婚する訳にもいかない。
でも、新年まで待つとソレルティア様は臨月を迎えてしまう。
正式な結婚式は望まないと言っていたけれど、それでも花嫁衣装は着たいと思う。
だから魔王城で式を挙げることになった。
子ども達、お父様とお母様、皇王陛下と皇王妃様、文官長と王宮料理人。
こぢんまりとしているけれど豪華な顔ぶれに加え、ステラ様とラス様も直々に祝福して下さるという。
国や貴族への正式なお披露目は、出産後に必要なら改めて行う予定だ。
基本的にフェイの単身赴任状態は変わらないので、あまり大げさにはしないらしい。
「シュライフェ商会が、マリカの花嫁衣装の実験……という訳ではありませんが、予算度外視で刺繍や装飾を入れてくれているようで、思った以上に凄いことになりそうです」
シュライフェ商会は今、主要なお針子さん達を総動員して、新年の私達三人の成人式衣装と、私とリオンの結婚式衣装を制作しているらしい。
結婚衣装も指輪も贈れない甲斐性なしだとフェイは自嘲していたけれど、実際のフェイはアルケディウスでも屈指の高給取りだ。
皇王の魔術師だった頃も、神官長となった今も、必要経費以外ほとんど使っていない。
日本円に換算したら、億単位で貯まっていても不思議ではないと思う。
「マリカの衣装もだいぶ進んでいるようですよ。近いうちに仮縫いをお願いしたいとの連絡も来ています」
「解りました。時間を取ります」
シュライフェ商会には体型が変わった私の衣装調整や、新年の儀式用ドレスもお願いしている。
そこにソレルティア様の花嫁衣装まで加われば、相当忙しいだろう。
ちなみにこの世界では、成人式は大人になる決意を示す儀式であり、何物にも染まらない意思を表すため黒を基調とした衣装を着る。
これは後に最上級の礼服としても扱われる。
一方、結婚式は地球と同じく白が基調。
貞節と互いへの尊重、そして相手に染まりながら新しい色を共に作っていく意味が込められているそうだ。
意味合いも地球とほとんど同じだった。
色は決まっているけれど、デザインは自由。
私は特に注文を出していないので、お父様とお母様、それにデザイナーのプリーツィエの感性に任せている。
だからこそ仮縫いで見るのが楽しみだった。
「それから……マリカ」
「なあに?」
最初はマリカ様と呼んでいたけれど、この部屋にはカマラと私しかいない。
だからフェイの大神官猫も剥がれてきたらしい。
私は全く気にしないので問題なしだ。
「その……魔王城の島のカレドナイト鉱山に入っても良いでしょうか?」
「あ、結婚指輪を作るの? いいよー」
伺うようなフェイに、私は軽く許可を出した。
反対する理由は何もない。
少し照れた顔で、彼は頭を下げる。
「ありがとうございます。いつも側にいてあげることはできませんから。せめて最上の護りを贈りたくて」
「国用の大量に、とかでなければ必要分は持って行っていい、って言われてるからいいと思う」
「ステラ様やエルフィリーネは宝物蔵の好きな物を持って行って良いと言って下さいました。でも、ずっと憧れていたんです。マリカの婚約指輪に」
自分も愛する人に婚約指輪を贈るなら、彼のように。
「リオンの真似みたいで恐縮ですが」
そういうことなのだろう。
なんだか可愛い。
「私も採掘を手伝おうか?」
「いえ。そんな大量には必要ありませんので。母の石のおかげで大地の術もそれなりに使えるようになりましたから」
魔王城のカレドナイト鉱山は、基本的に人の手が入っていない。
採掘には魔術が必要だ。
まだ相当量が眠っているし、そこから採れるカレドナイトがあれば通信鏡も転移陣も作り放題なのだけれど、下手な人間を入れる訳にもいかない。
今まで通り、必要な分だけ少しずつ採掘していく形になるだろう。
ふと指を見る。
私の指にはリオンとエルーシュウィンがくれた婚約指輪があった。
元はシンプルな青いリングだった。
けれど、ステラ様や精霊神様達が少しずつ力という形で装飾を加えて下さった結果、今ではかなり立派な細工物になっている。
婚約指輪は給料三か月分、なんて言葉が地球にはあったけれど、これはお金では到底代えられない。
「リオンも結婚式に向けて色々と準備しているようです。楽しみにしていて下さい」
「えー。いいよ。こんな凄い指輪があるのに」
「まあ、それはそれです。男のプライドというか、甲斐性というか」
「結婚式くらいは花嫁を美しく飾れないと恥ずかしいんですよ。黙って受け取ってあげるのが一番です」
「そういうもの?」
「そういうものです」
なんだかフェイに上手く言いくるめられた気がするけれど。
とりあえず楽しみにしておこう。
リオンの準備も。
フェイのソレルティア様への本気も。
「騎士試験の後、大祭の前に予定しています。
どうかご参列を」
「もちろん。万難を排しても」
仕事、頑張ろう。
二人の結婚式まであと一か月。
そして私の結婚式までも、もう残り数か月しかないのだから。




