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魔王城 変化と覚悟 …精霊の貴人…

 魔王城ではみんなで、ワイワイと冬の終わりにカエラ糖の採取をするのが恒例になっている。

 今年は最初に、ちょっとトラブルがあったのだけれども――その後はみんな採取を頑張ってくれて、星の二月の終わり。

 結果としては去年の五割増し。

 八十キロ近い砂糖を入手することが出来た。


 直ぐに使うシロップを別にして、だからこの量はなかなかのものだ。

 本当に、みんな頑張ってくれたと思う。


 半分はガルフに渡す分と予備として取っておいても、去年と同レベルくらいには甘味を楽しめそうだ。

 とりあえず、一安心。


 最後の樹液を確認して採取し、カエラの木の孔を塞ぐ作業まで完了した後。


「明日は、お休みにしませんか?」


 フェイがそう言ったのは、最後の煮詰め作業中の台所でのことだった。

 鍋の中で、とろとろと濃くなった琥珀色がゆっくり回り、甘い湯気が絶えず立ちのぼっている。火の匂いと砂糖の匂いが混ざった、今しか嗅げない匂い。


「休み?」

「ええ、カエラ糖採取時期の終わりは冬の終わり。冬が終われば春。

 いろいろと忙しくなるでしょう?」


 私は思わず手を止めて考える。

 フェイの言葉は、もっともだ。


 暦で言えば、今日は星の二月の最後の日。

 明日から、木の月――春に変わる。

 春になって外に出るようになれば、広げた麦畑の草むしりに、野菜や果物の捜索と収集。やることは山ほどある。

 外の世界のカレンダーには安息日があるけれど、魔王城にはないのだし。


「その前に、子ども達にも好きな事を楽しめるお休みをあげたらどうかと思うのですよ」


 お弁当を渡しておき、後は自由。

 城から出ない限りは好きな事をしていい、とする。

 確かに城の中にいさえすれば、万が一トラブルがありそうな時はエルフィリーネが知らせてくれるだろう。


「ジャックとリュウは、ティーナがリグと一緒に面倒を見てくれる。

 ギルはヨハンと一緒にヤギを外に出し、クロトリの様子を見て過ごし、オルドクスがついてくれます。

 ジョイはエリセ達の手伝いをして、料理をするそうですよ」


 ……既に完璧に手配済みらしい。

 私への確認は、最後か。


「相変わらず、手際がいいね」

「いえいえ。

 解っていると思いますが、マリカに休みを取らせる為のものですからね」

「うん、ありがとう。

 でも、今年はなんだかんだで皆にけっこう迷惑かけちゃったのに」

「そう思うのなら、ちゃんと休息を。

 ガルフが来たら、それどころではなくなるでしょう?」

「そうだね」


 念押しされて、私は目を閉じた。

 確かにガルフが来たら、お休みどころでは無くなる。

 それに――かねてからの懸案事項の最後を片付けるにも、これは良い機会かもしれない。


「解った。今日の夕ご飯の時に聞いてみる」


 多分、反対意見は出ないと思う。

 私は夕飯とお弁当の準備をしながら、そう答えた。

 心の中で、あることへの覚悟を決めながら。


「そういうわけで、明日は一日お休みにしたいと思います」


 夕食時、そう告げた私の言葉に、みんなから「わぁ!」と歓声が上がる。

 料理の湯気と一緒に、期待の熱がふわっと広がった。


「ティーナとエルフィリーネにはあんまりお休みじゃなくなっちゃうけれど……」

「いいえ。お二人と一緒にリグと遊ぶのは私にとっても良い休息ですわ」

「トラブルがあったときにはお呼び頂ければ対処いたしますが、無ければ仕事はありませんので問題はありません」


 気遣う私に、二人はそう言ってくれる。

 なら、甘えさせてもらおう。


「お弁当のサンドイッチは、用意してあるから。

 時間になっても無理に起きてこなくても大丈夫。少しゆっくり寝ててもいいからね。

 アーサー、クリスは部屋の中であんまり暴れない事。

 アレク、リュートはお外か廊下でね。

 ヨハン、地下のクロトリとヤギを出してあげて。ギルはヨハンの言う事をよく聞いてね。

 シュウは工作やるなら怪我をしないように。

 ミルカとエリセはお料理するなら使っていい分の食材出しておくね。備蓄には手を出さないで。

 ジョイは二人と一緒に……」


「……マリカ」

「あ、ごめん……」


 リオンに名前を呼ばれて、私はハッとした。

 まずいまずい。

 心配が先に立つと、すぐこれだ。


「本当に、過保護が過ぎますよ。

 皆を信じて下さい」

「そうだね。ごめん」


 もう、私が倒れたりなんだので、けっこう自分の事は自分でやってくれている。

 大丈夫だと信じなきゃ。

 私が関わりすぎたら、お休みにならない。


「そういうわけだから、明後日の朝までは自由時間ね。

 私は多分、お部屋にいる。調べ物がしたいの。

 どうしてもの時はエルフィリーネを呼んで。直ぐにいくから」

「はーい」

「わかった」


 思い思いに返事をした子ども達は、もう明日の予定を話し始める。

 なかなか楽しそうだ。聞いているだけで、こちらの肩まで軽くなる。


「リオン、フェイ、アルは?」

「俺達の事は気にするな」

「ええ、やりたいことをやりますから」

「そういうこと。マリカこそ、また変な事をしでかすなよ」

「ハハハハハ……。私もやりたいことがあるから、部屋でのんびりしてる」


 嘘はついてない。

 嘘は――。


 私はメイプルシロップで焼いたソーセージを口に運びながら、ちょっとだけ、今夜の事を考えて息を吐き出した。

 甘い香りが喉を通るのに、胸の奥は少しだけ、硬く感じるのは多分気のせいではないだろう……。




 その日の夜。

 片付けも終わり、夜の勉強会を終えた二の六刻。


 私はこっそり部屋に持ち込んだ荷物を枕元に置いて、大きく深呼吸する。

 胸が妙に熱い。口の中は乾いているのに、手のひらだけが汗ばんだ。


 さて。本当に覚悟を決めよう。

 鬼が出るか、蛇が出るか。


 ――いや。

 鬼も蛇も、もう出てきていい。

 私が『やる』と決めた以上、逃げるわけにはいかないのだから。


 荷物を解いて『準備』を終えて……私がエルフィリーネに声をかけようとした、その瞬間。


 トントン。


 ドアを叩くノックの音がした。


「え? だ、だれ?」


 私は慌てて毛布を体の上に羽織り、声を上げた。

 心臓が跳ねる。今、来る? 今?


「俺だ。リオンだ。入るぞ」

「僕もいます。失礼しますよ」

「だ、ダメ!! 入らないで!」


 止めたつもりだった。

 でも――まるで無視して、二人は部屋の中に入ってきてしまった。


「あ、オレも勿論いるぜ」

「リオン、フェイ、アル……」


 ベッドの上で、毛布を固く身体に巻き付けた私は三人を見る。

 何やら荷物を抱えている。

 そして三人は、三人それぞれの目つきで、私をじっと見ていた。


 ……正直、身動きができない。

 私の格好。ベッドサイドに用意した姿見。開けっぱなしの荷物。

 言い訳のできない現場を押さえられた犯罪者の気分だ。


「お、女の子の部屋にダメだ、って言ってるのに入って来るなんてプライバシーの侵害だよ」


 毛布を首元で押さえ、精一杯抗議するフリをする。

 でも、声の勢いだけは虚しくて、喉の奥でしぼんだ。


「やっぱり、思った通りだな」

「罠にかかりましたね。解りやすいのは助かりますが……」

「さすがフェイ兄だな」


 呆れたような口調に、やっぱり考えを読まれていたのだと悟る。

 うぅ。

 もしかしたらとは思ったけど……でも、このチャンスは逃せなかったんだもん。


「ほら、諦めろ」

「わっ!」


 リオンは私の胸元、毛布の端を掴むと引っ張った。

 あさはかな思考ごと、ころん、と私は転がされる。


 剥がれた毛布の下。

 薄い、大人用のドレスを着た、私の身体が顕わになった。


「やっぱり、ですね。自分の意志で大人になれるか、試すつもりだったのでしょう?」

「………はい。ごめんなさい」


 ジト目で見つめる三人に、私は素直に頭を下げる。

 ここまで読まれていては隠せない。


 私が、降ってわいたお休みにやろうと思った最後のこと。

 それは自分のギフトのコントロール訓練。

 具体的には、この間『前世の私』にやられた『成長』を、自分の意志でできないか――試すことだ。


「お前、あの時、自分がどんなだったか覚えてないのか?

 とんでもない大騒ぎでのたうち回ってたんだぞ」

「……確かに、とんでもなく痛かったのは覚えてる。でもあれはいきなりやられたからであって、自分で覚悟を決めてやれば我慢できるかな……って」

「我慢、とかそういう次元の話じゃないんですよ。ミシミシ、バキバキと人間の身体からとても響くものとは思えない音がして……身体の肉が引き裂かれるような音と共に盛り上がって……」

「キャー、止めて。せっかく覚悟を決めたのに……」


 まるで怪談を語る様なオドロ口調で、変化の状態と苦痛をリアルに語られると、せっかく固めた覚悟が、じわじわ削れていく。

 想像が鮮明になればなるほど、身体が勝手に震えそうになる。


 でも。


「だったら止めろ、と言いたいところだが、止める気はないんだろう?」

「……うん。一度、できるかどうか、ちゃんと試しておきたい」


 問われると、不思議と腹が据わった。

 これから外に行った時。敵と対峙する時。

 今の子どもの姿ではない方がいい時が、多分、ある。


 子どもの姿で敵に目を付けられたら動きづらくなる。

 ガルフに、さらには子ども達に危険が及ぶかもしれない。

 私が変に動いたせいで子ども迫害がさらに進んだりしたら――目も当てられない。


「お前の覚悟は解ってるし、それが必要な事も解ってる。

 勝算は、あるんだな?」

「うん、多分できると思う」

「ならやれ。止めない。俺達が見ててやる」


 椅子をベッドサイドに運び、リオンは腰を下ろした。

 てっきり止められると思っていたから、少し驚く。


「いいの?」

「俺達の目の届かない所で、勝手にしでかされるよりマシだ」


 こくり、とリオンの首が縦に動く。


「俺達が側にいた方が助けられる可能性があるからな」


「エルフィリーネにも、待機して貰っています。

 正直、他人のギフトが動き出したら僕達に何かできることがあるかは解りませんが」

「側にいてやるよ。だから、負けるなよ」

「みんな……。うん、やってみる」


 三人の言葉が、背中を押す。

 見ていてくれる。止めるのではなく、受け止めるために来てくれた。

 それだけで、怖さが少しだけ、形のあるものに変わる。


 髪紐をほどき、ベッドサイドへ。

 下着も含めて大人用の服を着ているから、服が破れる事は無い筈だ。


 私はベッドの上に横になり、みんなの視線を受けつつ、目を閉じた。


 深呼吸して、息を整える。

 自分の全身に意識を集中。

 身体を流れる血液、骨、筋肉、細胞――全部を感じ、把握してから『スイッチ』を入れる。


 ドクン!


「うっ!」


 身体全体が、バシン、とまるで電気ショックを受けたように跳ね上がった。

 息が詰まる。肺が縮む。胸の奥がひっくり返る。


「ああっ! う、くっ……」


 痛い。痛い。凄く痛い。

 覚悟してたのに、痛みは覚悟の隙間を平気でこじ開けてくる。


 フェイが言う通り、ベキベキ、バキバキ、身体から有りえない音がする。

 骨が軋む。筋が引き伸ばされる。肉が内側から盛り上がって――その一つ一つが、刃物みたいに鋭い。


「が、あ、うああっ」


 頭も痛い。

 痛い、痛いしか言葉が浮かばないくらい、痛い。


「しっかりしろ! 声を我慢しなくていい。身体の力を逃がせ!」


 リオンの手が私の手に触れて、重なった。

 熱い。大きい。硬い。

 その感触だけで、私は自分が一人じゃないと分かる。


 強張っていた筋肉がふっと緩み、痛みが一瞬だけ薄くなる。

 まだ痛い。でも、痛いけど……大丈夫だ。

 きっと、我慢できる。


 ドックン!


「ううっ!」


 最後の波だ、と直感する。

 身体全体が弾けるような、溶けて、一から作り変えられるような感覚。

 痛みの底に――言葉にならない快感さえ混じる。


 最初の変化の時には無かったもの。

 全てが『あるべき所』に戻るような……そんな妙な納得感。


「マリカ!」


「あ、あああっ!!」


 思わず、喉から声が零れ落ちた。


 と、同時に。

 終わった、と感じる。


 身体から、スーッと波が引くように衝撃も痛みも消えていく。

 残るのは、汗と息切れと、やけに静かな耳鳴りだけ。


「ど、どう?」

「急に身体を動かすな。無理をするんじゃない」


 身体を横に傾け起こそうとする私の背に、リオンの手が触れる。

 ゆっくり支え起こされ、私は自分の手を見た。


「あ、大きい……」


 記憶の底――前世の北村真理香の時に近い感覚。

 声も少し、低くなっている気がする。


「成功ですよ。見事な変化です。見てみますか?」


 ベッドサイドに腰を下ろす形で身体を整え、私はフェイが差し出した姿見を見る。


「うっわ!」


 我が事ながら、びっくりした。


 艶やかで長い髪。

 紫水晶をそのままはめ込んだような瞳。

 真っ直ぐな鼻梁、すんなりとした顎。

 小さく整った口元。


 以前、成長した私は夢の中で出会った前世の私『精霊の貴人』の黒髪、紫目バージョンだとリオンが言っていた。

 正しくその通り。


 女神か精霊かっていう超絶美女が、そこにいる。


「うっそ! こんなになるとは……」


 自分とは、まったく思えない。


「中身もマリカだな。精霊の貴人じゃない」


 リオンが笑う。どこかホッとしたような面持ちだ。


「黙っていれば、美人だよな。大人のマリカ」

「本当の事を言わない!」


 コツンとフェイがアルの頭を小突いたのが解った。

 どっちもどっちの酷い言い草だけど、まあ……事実だ。仕方ない。


「身体は、動かせるか?」

「……あ、うん……」


 リオンの手を取り、ゆっくり立ち上がってみる。

 ――うわ。

 リオンの顔が、私の頭より下にある。


 妙に新鮮……じゃなくって。


 足を地面に付けて前に、一、二。一、二。

 大丈夫だ。普通に動く。


「多分、行けそう」

「ギフトは、どうです? 使えますか?」

「うん」


 床に落ちた毛布を手に取り、形を変える。

 ふわっ。

 毛布はポンチョに近い形に変わる。

 子どもだった時より、むしろスピードは速い。


「問題なく、使えるみたいだな」

「むしろ、子どもの時よりもしっかりと使えそう。身体の中から力がどんどん湧いてくる感じ……」

「調子に乗るなよ。多分、今の力は子どもの身体の体力の前借だ。

 下手に使い過ぎると、戻った後反動がドッと来るぞ」


 ぞわっ。

 背筋が泡立った。


 最初の変化の後、丸一日ほとんど身体が動かなかった。

 同じことが起きる可能性を思い出して、私は――だからこそ、今日決行したのだ。


「勿体ない気もしますが、早く戻った方がいいでしょう。

 マリカ、元に戻って下さい。多分、今度はそこまでの苦痛は無い筈です」

「解った」


 ベッドに戻り、目を閉じる。

 イメージするのは、いつもの私。

 マリカ。九歳。


 ドクン!


「あっ!!」


 身体が、意識せず跳ね上がる。

 後はもう、一瞬だった。


 シュルシュルシュー、と音を立てて、身体の余分なものが抜けて空気中に溶けていく感じ。

 熱が冷めるみたいに、戻っていく。


 痛みも苦痛もほとんどなく、私はマリカに戻っていた。


「良かった。無事戻ったな」


 リオンの手が、身体を起こすと頬や頭、顔にぺたぺたと触れてくる。

 私という存在を確かめるみたいに。

 さっきまで大きかった世界が、急に近づいた。天井が高く感じる。


「違和感や、痛みはありますか?」

「痛みとかはないけど、凄く疲れた感じ」


 身体はだるい。

 全力でマラソンを走った後みたいで、体力が相当量持っていかれたのを感じる。

 一晩寝たら筋肉痛か、全身疲労で半日起き上がれないような予感がした。


 あの程度の動きでこれだ。

 調子に乗ってやりすぎると、多分リオンが言った通り、反動が凄いことになる。


「変化の時の苦痛と合わせても、多用は禁物ですね。

 使いどころは絞った方がいい。マリカの身体に負担が大きすぎます」

「うん。焦らずちゃんと大きくなるのが本当、ってことだよね」


 これは、どうしてもの時の切り札。

 皮だけ育ててもダメ。

 ちゃんと、この世界のマリカとして心も身体も育てないと。


 胸に手を当てて、自分に言い聞かせる。


 待ってて、大人の私。

 ちゃんとあの力に相応しくなるように頑張るから。


「さて、じゃあ、今度は俺の番だ」

「え?」


 終わったと気が緩んでいた私は、思いがけない言葉に目を丸くした。


「マリカ。俺に、成長のギフトをかけてくれ」


 リオンが私を、静かに――でも覚悟の籠った眼差しで見据えていた。

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