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魔王城 勇者の思い出話

 日中の空気が少し温かみを帯びて、外での作業がしやすくなった星の一月終わり。


 魔王城は即席のシュガー・シャックになっていた。

 シュガー・シャックというのはカナダのメイプルシロップ小屋のこと。

 森のカエラの木から採取されたメイプルウォーターが毎日のように台所へ運び込まれ、火はほぼ絶やされることなく煮詰めが続く。


 だから、エントランスに入った瞬間から分かる。

 城全体に、甘い香りが薄い霧のように満ちているのだ。


「なんだか、からだが甘くなりそうだな」

「もう、へんなこと言ってないで、そのおなべかまどにあげて。重いんだから」

「わかってるって。ほら!」


 エリセに怒られたアーサーは、メイプルウォーターがいっぱいに入った鍋をひょい、と竈に上げる。

 肩に力みもなく――でも、鍋底が石に当たって小さく鳴る音だけは、重さをはっきり物語っていた。


 それを確かめて、ペンダントに手を当てたエリセは目をつぶり、


「エル・フィエスタ」


 竈の下にある薪へ呪文を落とす。


 ぽっ、と音を立てて火が燃え上がる。

 炎は勢いよく揺れたあと、まるで言いつけを守る子みたいにすぐ落ち着いて。


「精霊さん、そのままそこにいてね」


 エリセの言葉に頷くように、薪はぱちぱちと優しい音を立て始めた。


「ありがとう、エリセ。

 アーサー。今日の分のお鍋はこれでおしまい?」

「うん、鍋五つ。あー、甘くていい匂い」


 くんくんと鼻を鳴らすアーサーに、私は指を立てた。


「これはまだ煮てる途中だから、まだね。

 その代わり、今日の夕食は美味しいの仕込んでるから」

「やった! じゃあ、おれ、もうちょっと片付けがんばってくる」

「よろしくねー。じゃあ、エリセも戻っていいよ。後は煮詰め終わるまで精霊さんにお任せだから」

「わかった。……精霊さん。だいじなシロップ。こげないようによろしくおねがいします」


 エリセは竈を見つめ、真剣にお辞儀をした。

 胸のペンダントも小さくちかりと光って、まるで彼女と一緒に挨拶しているみたいだ。


 多分、応えてくれたのだろう。

 薪もくべないのに、炎はじっと、コンロで調節された弱火みたいに、鍋をとろとろと温め続ける。


「あとは~? まりかねえ」

「今日はこのまま夕方まで。みんなも大広間行こう。本読んであげる」

「うん!」

「せいれいさん、よろしくー」

「よろしくー」

「くー」


 手を振りながら台所を後にする子ども達を見つめ、私はこれからのことを考えていた。


「エリセ、精霊術……だいぶ上手になって来たよね」


 夕食の時、私はみんなの前で最近のエリセの頑張りを話して聞かせた。


 ちなみに今日の夕食はベーコンパンケーキ。

 チキンの肉じゃがもどき添え。

 胸肉と、じゃがいもならぬパータトの実の煮物だけれど、かなり美味しくできたと思う。

 メイプルシロップは、砂糖を使う料理なら何でも合う気がする。本当に醤油が切に欲しいけど。


「そうかな? まだ、火や風を呼んだりするくらいしかできてないんだけど……」

「ゼロから始めてまだ一年と思えば相当なものですよ」

「うん、台所の竈もね、精霊がいてくれるのと、いないのだと全然違うの」


 薪の持ち、火加減。

 この世界の竈は、向こうみたいにつまみ一つで温度調節、なんてできない。

 去年、鍋に張りついていた時間を思えば、今年は本当に助けられている。


「みんなの役に立ってるならうれしーな」


 口では謙遜しているけれど、褒められた頬は隠しきれないくらい緩んでいた。


「エルシュトラーシェちゃんともね。なんとなくだけどおしゃべりできるようになってきたの」

「このまま頑張れば、形を取るのは難しくても、話をするくらいならエリセは自分のギフトもあります。

 普通にできるようになると思いますよ」

「うん、頑張る!」


 エリセに自信がついてきたのは、とても良いことだ。

 それと同時に、子ども達が『精霊』を身近に感じられるようになったのも、きっと大きい。


 カルタでしか知らなかった存在が、料理の火として、風として、生活のすぐそばで息をしている。

 精霊に好かれるのが術士の資格だと聞いた。

 なら、精霊を友達や仲間として感じることは、きっと不利にはならない。


 ――もっと、親しんでほしい。

 私はそう思っている。


 食事の後のお楽しみは、カエラ糖のタフィー。

 最近、新しい遊び方を思いついた。


 鍋に詰めた雪と、片手鍋に普段より濃い目に煮詰めたメイプルシロップ。

 熱いシロップを雪の上に垂らしていく。


 普通のタフィーは、すぐ絡め取る。

 でも今日は、ちょっとだけ趣向を凝らす。


 ちょちょいのちょいちょい。


「? マリカ姉? これなあに?」

「お星さま。見えない?」


 飴液で五芒星を作ってみたけど……星の記号は、こっちでは馴染みが薄いのかもしれない。


「じゃあ、これは?」

「あ、せふぃーれ!」


 良かった。リンゴは通じた。


「これ、クロトリに似てるね」


 花、鳥、葉っぱ、わけのわからない幾何学模様。

 鼈甲飴風味のハードキャンディ。なかなか美味しい。


「みんなもやってみる?」

「わーい」

「火傷には気を付けてね」


 本当なら、もたもたしていると飴は固まってしまう。

 でも今日はエリセの練習がてら、熱を保ってもらっているから大丈夫。


 皿の上には次々と形が並ぶ。

 ちゃんと『それっぽい』ものもあれば、これは何……? というものもある。


 フェイは魔術師らしく魔方陣風の線を引いていた。


「リオン? なにこれ?」


 リオンが描いたのは、十字架にしては長い、アンバランスな+型。


「エルーシュウィン……短剣のつもりで……こら、笑うな! フェイ」


 リオンは知識はある。でも技術は、転生の度にリセットされる。

 だからだろうか。

 手先が器用とは言い難い。工作や料理、細かい作業は壊滅的に苦手だとも聞いた。文字を書くのも苦手にしてた。

 ――この調子だと絵とかも、たぶん……。


「まあ、誰しも苦手なものはあるよ。うん」

「マリカ、それ慰めになってないからな」


 名誉のために言うけど、今のリオンはとても綺麗で丁寧な字を書きます。念の為。


 みんなで作った飴は、大広間でのんびり食べた。

 寝る時間までゲームをして、歌って、アレクのリュートを聞いて。

 ほんわりと、甘い冬のひとときが溶けていく。


「寝物語、つまみ代わりに面白い話をしてやろう」


 そろそろ風呂に入って寝ようか、という時間。

 リオンがふいに言い出した。


 外で。

 冒険をしていた頃の話だという。


「良いの? リオン?」

「単なる、思い出話だからな」


 リオンは静かに語り始めた。

 もうどこにもないもの。遠く、輝かしいもの。

 この世でたった二人しか持っていないかもしれない――儚くて甘くて、砕けば消えてしまうキャンディーみたいな記憶を。


「世界が闇に包まれ、魔性が跋扈していた頃、その世界を旅する四人の少年少女がいた。

 戦士、魔術師、神官、そして軽戦士。

 一番上は十八歳。

 一番下は十四歳。


 目的は闇を払い、人々に平和を取り戻すこと。

 子どもというには大きいかもだけど、大人ではない。

 そんな大きさの連中は、基本仲良く旅をしていたけれど、時々けんかする事もあった」


『だーっ!! 何度言ったら解るんだ!

 アルフィリーガ! 一人で勝手に突っ込んでいくの止めろ! 陣形も何もあったもんじゃない!』

『悠長に敵を待ってるより、飛び込んでいって頭を潰した方が速いだろ?』

『……君の言う事にも、一利はあるんだけど、一人で先行されると君だけに攻撃が集中しちゃうからね。

 僕もあんまりお勧めはしないよ』

『だったら、俺に攻撃が集中している間に、皆が他を潰せばいい』

『お前のスピードに、皆がついていけないから言ってるんだ。少しは周囲に合わせる事を覚えろ!』

『無茶は禁物、少しは待つことを覚えなさい!』

『痛って!』


「パーティの中で一番年下だったのは軽戦士だった。

 城の中で大人と精霊に囲まれて育った彼には、周囲に対等な同年代の子どもなどはいなかった。

 生まれながらに大きな力を持つ軽戦士には、大人でさえ並の存在は力及ばない。


 一人で誰の力も借りずに敵を、魔性を倒す。

 その為の技術と知識は徹底的に教え込まれていたけれど、誰かと一緒に戦う事を、周囲に合わせて協力する事を全く知らずに育っていた。


 だから、最初の頃はパーティの中で浮く事も多かった。

 けれど、そんな軽戦士に頭を抱えながらも、最年長、パーティーリーダーだった戦士は弟のように面倒を見てくれた。


 真夜中。とある野営地で、皆が寝静まった深夜。

 ふと軽戦士は物音に気付いて目をさました。

 ごそごそ起きだすと横に寝ていた筈の戦士の姿が見えない。


 どこに行ったのだろうと立ち上がり、周囲を捜すと森の奥の方から物音が聞こえた。

 空気を裂く音、鉄が鳴る音。そして獣の挑発の様な唸り声――

 音の方に足を向ける。


 そこには一人で誰もいない空間に向けて剣を振るう戦士の姿があった……」


『ライオ?』

『ライオは毎晩、ああやって訓練をしているんだよ。知らなかったかい?』

『! ミオル?』


「しぃ、と指を立て、軽戦士に、神官は頷きながら同じ方向を見て言った」


『俺には、あいつみたいな才能も技術も無い。

 でも、仲間になった以上、あいつも俺が護るんだ、ってね』


「戦士もまた王宮で、戦う者として育てられた人物だった。

 二人の兄がいて、最初から皇王になるものとしてではなく、国を、王位継承者を守れと教えられていた。


 彼に叛意は全くなくても、優れた能力と心を持つ戦士を、兄たちが疎んでいたようだ、とも神官は教えてくれた。

 魔王討伐の旅に出されたのも、その辺が理由らしい、とも……」


『ライオが王宮で教えられてきたのは、どちらかというと他の者を背中に庇って守る、護りの戦い方だからね。

 君の戦い方とは相性が悪いようで、いいんじゃないかな?


 アルフィリーガ。君は、今は一人じゃないんだ。

 失敗してもいい。僕が、リーテが、そしてライオがちゃんとフォローする。

 だから、少しだけ僕達を信じて、一歩だけ足を止めてくれないか?


 僕達も、君に追いつける様に頑張るからさ』


「その時の神官の言葉を、軽戦士は完全に理解できていたわけではなかった。

 自分が、皆が傷つく前に敵を倒せば、誰も傷つかずにすむとまだ思っていた。

 ……でも、それが変わったのは間もなくしてからの戦闘時のことだった」


『くそっ! 数が多いな。ボスは、最奥か……』


「とある街を襲っていた魔性の群れ。

 率いる上級魔性は無数の下級魔性を盾として俺達の消耗を待つ戦法だった」


『アルフィリーガ……』

『なんだ、ライオ?』

『俺達が、周りの敵を引き付ける。行けると思ったら一気に突破して奴を倒せ!』

『? 何を考えてるんだ?』

『ちょっと面白技を思いついて、な。リーテ! ミオル!』

『了解』

『無茶は禁物ですよ』


「魔術師が掲げた杖から放たれた光が、戦士の周囲を取り巻く。

 その瞬間、戦士は声を上げる。咆哮にも似た唸り声は一瞬で、周囲の敵、全ての視線と意識を奪った。


 百を超える数の敵の集中を、意識を、戦闘意欲を――

 全て戦士が一つに束ねたのだ。


 後に獣の咆哮(リーガ・ルッジート)と呼ばれる、それは挑発技。

 敵の集中と攻撃を、自分に一身に纏める技術だった。


 今ほどはっきりした形で表れていた訳ではない。

 けれど昔も、精霊に祝福されたギフトを持つ者はいて、戦士が持っていたのは人として周囲を惹きつける魅力、能力だったのだと、後に思う。


 戦士はそれを精霊術と合わせ、戦闘への応用技とした。

 戦士に全ての攻撃が向く。

 それは、戦士が言った通り――最奥のボスへの道が薄くなったことを示していた」


『行け! アルフィリーガ。思うまま、突っ走れ!』

『こっちは大丈夫。君が敵を倒すまで持ちこたえておくから』

『その代わり、援護はできない。でも君を信じてるよ』


「無数の敵に取り囲まれながらも、戦士は笑う。

 前衛の敵をその力と技で振り払いながら。


 神官は、戦士と軽戦士に守りの術を重ねる。

 そして、魔術師はその全力で敵を足止めし、動きを鈍らせ、戦士の動きを守っていた。


 目的を果たす為に、それぞれができる全力を為すこと。

 それができる『パーティ』の戦い方を、その時やっと理解した軽戦士は」


『解った、任せろ!!』


「今までにない、渾身の力で飛翔した。

 敵のボス――その背後に向けて」


『……ぐぎゃあ!!!』


「完全に虚を突かれたボスは、ほぼ抵抗も無く、その核を一撃で軽戦士の短剣に突き抜かれた。

 呪文を使おうと思う一瞬、爪を振り上げる刹那の間があれば、戦況はもしかしたら変わっていたかもしれない。


 けれど、それを作る筈の魔性たちは――

 全ての意識を戦士に奪われていた」


『終わりだ!』

『ぎゃああああっ!!』


「残ったのは断末魔の叫びと、ボスを失い戦意を失い、ちりぢりに逃げだす魔性たち。

 そして……」


『やったな!』

『お見事』

『さっすが、アルフィリーガ♪』


「軽戦士の勝利。

 いや、みんなで掴んだ勝利を喜ぶ仲間達の姿だった」


 冒険者の戦闘譚と友情物語を喜ばない子どもは、そうはいない。

 リオンの話に、どの子も目を輝かせて聞き入っていた。


「そんなこんなで、以降パーティはどんな魔性相手にも無敵の強さで、世界を旅していくことになる。

 彼らの戦いが、勝利が勇者と称えられるようになるのはそれから間もなくの事。


 最後の止めを刺す軽戦士が勇者と呼ばれるようになっていくけれど、少なくとも軽戦士は自分から勇者だと一度も名乗ることはしなかった。

 勇者のパーティだ、と言う事はあっても。


 仲間がいて、道を開いてくれるからこその勝利だという事を、知っていたから」


 語り終えたリオンの表情は、本当に眩しいものを胸の中で抱きしめるような、優しい笑顔だった。


「なんという、得難い経験でしょうか? アルフィリーガ自身の口から、冒険の思い出を聞かせて頂けるなど」

「すっげえ、その獣の咆哮って俺にも使えるかな?」

「精霊術と能力と、技術の合わせ技のようですからね……。

 オリジナルと同じ程の効果は期待できなくても、敵の注意を少し集める位ならなんとかなるかも。

 確かに盾使いの戦士には、有効な技術かもしれませんね」

「これは同レベルの仲間と共に戦える集団戦闘だから、できることだからな。

 単独では通用しない戦い方だ」

「神官って、守りや回復がとくい、なのかな? それと同じことってできる精霊術はある?」

「回復……は難しいですが、大地の術で行動阻害、風の盾でダメージ軽減、くらいならできるかもしれませんね。

 研究の余地はありそうです」


 盛り上がるみんなを、少し遠い場所から見上げるような眼差しで見つめるリオンに、私はそっと囁いた。


「良い仲間、だったんだね」

「ああ、最高の仲間だった……」


 最高の仲間、だった。

 その言葉は、自戒みたいに、過去形で落ちた。


 ――だからこそ。

 それを奪った神を許せず、自分を許せず、今も一人残る仲間を案じて、彼は生きているのだろう。

 全部は分からなくても、それくらいなら私にだって分かる。


 胸の奥で思いが固くなる。


 リオンを、一人で戦わせてはいけない。

 リオンは知っている。

 仲間と力を合わせることの大切さを。


 だから、リオンに戦わせるなら。

 彼を支える力を、私達が身につけなければならない。


 台所から、煮詰められた砂糖の甘い匂いが漂ってくる。

 リオンが語ってくれた、輝かしいだけの思い出話。


 それは本当に、メイプルキャンディーみたいに甘くて新鮮で――

 私達に、幸せな時間を与えてくれた。

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