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魔王城 ドライジーネと機械の瞳

 それは、不思議な結晶体だった。

 黄色で固く、精密な八面体。

 指で弾くとピン、と澄んだ硬質な音が返ってくる。


 硬い。石のような感覚。

 ナイフの刃も通らない。

 水に入れても変化なし。火で炙っても同じ。

 ――正体不明の謎の物体Xだ。


「なんでこんなものが、魔性の身体から出て来たんだ?」


 リオンの口から零れた疑問は、それを見つめる全員の疑問に等しい。

 魔性退治を終え、大広間に戻って来た私達は、テーブルの上に置いたそれをみんなで睨んでいる。

 倒した魔性の身体から出て来た、物体Xを。


「ねえ、リオン。魔性って倒すとアイテムドロ……落としたりする?」

 私は、敵モンスターを倒したら何か出てくる、という概念にあまり抵抗がない。

 ワイバーンを倒したら牙や翼を手に入れて、武器やアイテムをレベルアップ。――そんな感じだ。


 我ながらゲームのやりすぎ思考だと思うけど。


「いいや? 魔性は魔性。倒せば空に還り消えるだけだ。

 俺が旅してた時も、魔王城に戻って来てからも、やっつけて後に何かが残るなんて……初めての事なんだが……」

「そっか。まあ、そうだよね」


 なかなか現実は上手く行かないらしい。


「アルが見ても解らないのですね」

「うん。これが何かは解らない。

 でも、リオン兄が最後に倒した黒い奴? あれ、あの魔性がただの魔性じゃないかも、っては感じた」

「あ、実は私も、なんとなくなんだけど、声が聞こえたような気はしたんだ。……『見つけた』って」

「見つけた?」

「うん。アルは聞こえなかったみたいだから、気のせいかもしれないけれど……」


 フェイが私の言葉に、微かに――でも確かに眉を寄せたのが見えた。

 警戒というより、理解しがたいものに触れたときの、魔術師の顔。


「力の強い魔性の中には、人語を解する者がいる。

 人型をとる者も稀にいる、というのは魔術師の部屋で見つけた本にもありましたが……

 あれは、どう見ても人語を解する高位魔性とは思えませんでしたよ」


「ん? 何してるの? リオン?」


 リオンが右目を擦るような仕草をしていた。

 あれ? なんだか、手の下から見えるリオンの眼の色が――一瞬だけ、違って見えた気がする。


「いや、何でもない。ちょっと目にゴミが入っただけだ。

 ……でも、これは精霊由来のもの、ではなさそうだな」


 リオンがすっと手を下ろせば、いつも通りの黒い、露のように光る双眸。

 なんだ。気のせいか?


「つまり、天然の結晶石、ではないということですか……本当に、一体……。

 すみません。マリカ?」

「なあに?」


 伺うようにフェイが私の顔を見る。


「この石の形を変えて貰えますか?

 それによって材質などが解るかもしれません」

「いいけど……壊れるかもしれないよ」

「その時はその時です。お願いします」


 リオンやアルとも視線を合わせ、私はそれを手に取った。

 鉱物のような手触り。冷たく、乾いていて、妙に“均一”だ。

 イメージは宝石研磨――ダイヤモンドのように磨いてみよう、と力を込めた、その瞬間。


 バーン!!


「わあっ!」


 石がいきなり破裂した。

 音が、体の芯まで響く。

 視界の端で、金色の破片が散って、そして――黒い何かが、瞬いた気がした。


 みんなも目を丸くしている。

 もちろん、粉々。あとかたも無い。

 破片、どっかに飛んだかな。後で探さないと。


 でも、なんなんだ。一体?


「大丈夫か? マリカ? 怪我は?」

「平気。でも……何、今の?」


 リオンが気遣ってくれるけど、別に怪我はない。

 ただ、あんな爆発をするような品だったの?

 ……あれ?


「弾けた瞬間に、中に入っていた黒くて小さなものが飛び散り、一気に燃えた……気がしたな」

「中に入ってた、って、アレ入れ物だったの?」

「解らない。そう見えただけだ」

「ホント。マジ何なんだよ、アレ?」


 いくら悩んで考えても答えは出ない。

 もう無くなってしまったのだから。


「とにかく、もうアレについて考えるのは終わりにしておこう。

 今更考えても仕方ないからな」


 リオンの言葉に頷いて、今日はもう夜も遅いし、お開きにする。

 なんだか、どっと疲れた……。

 胸の奥に、砂粒みたいな違和感が残ったまま。


 翌日の朝。みんなで集まった朝食前。


「フェイ兄! できたよ!!!」


 シュウが声を弾ませて報告に来た。


「ほう。思ったより早い。頑張りましたね」


 フェイに褒められて、シュウは本当に嬉しそうだ。

 私が倒れる前の能力検証中。フェイがシュウに出した課題の設計図。

 あれが何だったかはもう解っている。部品作り、頼まれたから。


「ジャーン!!」


 自信満々にシュウが見せたもの。

 それは荷運び用の手押し車だった。

 向こうの世界で言う所の一輪車。ネコ車というやつだ。


「もう少ししたらカエラ糖の採取シーズンが始まりますからね。

 少しでも効率よく作業ができるように、と思ったのですよ」


 この世界、タイヤはあるけれど自動車類は無いと前に聞いた。

 馬もいて、馬にひかせる馬車もある。

 ただ馬は維持費が高いから、お金持ちのアイテムらしい。


 ちなみに、もっと移動時間が短くて快適な精霊の力を使った門や移動方法もあるが、こっちは精霊術士がいないと使えないので、馬車よりも高価な移動手段だとのこと。

 どちらも使えない庶民は当然、徒歩である。


 ……ふむ。


「ねえ、フェイ兄。ちょっといい?」

「なんです?」

「こういうのってできないかな? どう思う?」


 私は木板とペンを持ってきて、構想を説明した。


「車輪を二つ、前後に並べるのですか?

 本当にマリカは頭が柔らかいですね」


 フェイは目を丸くして褒めてくれるけれど、別に私が発案した訳じゃない。

 以前、学童保育の子の夏休みの研究を手伝った時。

 自転車の歴史――そんなのを図鑑で見た記憶があるだけだ。


「シュウ、ちょっとこっちに来て下さい。

 マリカは木材で部品を切り出して貰えますか? サイズは後で指示します」

「はーい」

「了解」


 三人で、あれやこれやと昼食前の遊び時間を全部使って打ち合わせる。

 大よその構想が固まった頃、製作はシュウに任せた。


 材料の準備さえ整えば、後はそう難しくは無かったようで――。


「マリカ姉、フェイ兄、できた~~!

 見てみて、すごいよ。はやーい!」


 シュウは完成させたそれを、ビュンビュンと乗り回す。

 子ども達、特に男の子たちが目を輝かせているのが解った。


「結構速いな。馬車より速いんじゃないか?」

「思ったよりスピードが出ますね。

 精霊の力も一切使わず、人力でこれだけとは……」


 リオンもフェイも目を見張る。


 これは、バランスバイク。

 確かドライジーネと呼ばれる、自転車の原型だ。

 座るサドルの所と一部のパーツ以外は木製。

 向こうの世界で言うとキックバイクのようなもの。


 チェーンなし。ペダルなし。クランクなし。

 足で地面を蹴って走るだけ。

 だけれど、綺麗で平らな魔王城の大広間では、ビュンビュン、ビュンビュン勢いよく走ることが出来る。


 三輪車が欲しいな、と思っていたのだけれど。

 あれは意外に構造が難しいし、応用が利かない。

 でもこれなら、場合によっては外の世界でも実用化できるのではないかと思う。


「多分、舗装されてない外だと振動とかきっついかもね。荷物もあんまり持てないし」

「でも、使いようであると思いますよ。

 がっちり椅子に腰かけて座るわけでもないので振動は逃げやすいですし、

 それこそ振動だけ精霊の力を借りて逃がすとか、改良の余地はいろいろあります。

 上手く行けば、外の世界での僕達の良い武器になってくれるかもしれません」


 春になったら、魔王城の島の城下町以外の街を調べる予定もある。

 それまでにシュウと色々改良してみる、とフェイはやる気満々だ。


 ちなみにドライジーネは、大人用(リオン、フェイ用)と年中・年長用、年少用の三台作って、素敵な子ども達の遊び――もとい運動道具になった。

 乗るのに少しコツがいるけれど、自転車より簡単なので、みんなすぐに乗れるようになる。


 乗り物に目を輝かせる男の子は万国共通なのだなあと、私は思った。

 表には出さないながらも、結構楽しそうなフェイやリオンを見ながら。


 ただ、気になることが一つ。

 あの日。


 カツン。


「あ、ゴメン。マリカ姉。何か踏んづけて壊しちゃった」


 あの時爆発して、飛んだのだろうか。

 床に落ちた小さな破片を拾って、シュウは言った。


「他の破片はどこ? あるなら修理するよ」


 精霊に愛された天性の技師は、解らぬなりに――それが何かを感じ取ったようだ。


 あの日、魔性から出て来た謎の品物は人工物。

 何者かによって作られた機械である、と。

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