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大聖都 『神』の僕の言葉

 自室に戻り、勿体ないながらも化粧を落として、私は神殿服に着替えた。


 けれど、側近達はみんな、なんだかイライラした様子だ。


「何でしょう? リオン様のあの態度は」

「あまりにも身勝手が過ぎませんか? いくら、化粧をしたマリカ様に惚れ直したとしても」


 あの場で発言したのはリオンではなく、『魔王(マリク)』であることは解っている。


 だが、自分は『神』の道具。と言い切る『魔王(マリク)』にしては、確かに色々と変な台詞が多く出てきたような気がする。


『聖なる乙女は『神』の花嫁ではない。『神』は人と交わらない』


 まあ、それはいい。


『精霊神』様達は昔、人の世に降りて子どもを作ったけれど、『神』にはそれが必要なかった。

 もしくは、できない理由があったのだろうから。


 でも、その後の食い下がり方が妙に必死っぽくて、今まで比較的冷静に、私達の上位存在のような立場で会話していたマリクと随分変わったような気がする。


 周囲の男神官達も、なんだか私を見る目が変わっていたし。


 なんでだろう。


 ちょっと色々考えていると、ドアをノックする音が聞こえた。


 やがて、扉の外で待っていたプリエラが入ってきて、私に跪く。


「マリカ様。マイア女官長が面会をお求めです。どうなさいますか?」

「さっきは、マイアさんもなんだか様子がおかしかったですよね」

「ええ。私達のように『マリカ様が化粧しておられた。美しく、魅力的だった』で済まない何かがあるようで……」

「とりあえず、話を聞きましょうか。プリエラ。

 マイアさんを中に入れて下さい」

「かしこまりました」


 暫くして、マイア女官長は一人、入室して来る。


 マイアさんが私の私室に入ってくることは意外に少ない。


 マイアさんが私の身支度をする時は主に神事の準備だから。

 私が出向いて潔斎して、ということが多い。


 マイアさんも、私のプライベートを侵害しないように気を使ってくれているのだと思う。


「マリカ様。先ほどはお見苦しい点をお見せして申し訳ありませんでした」


 膝をつき、深く頭を下げるマイアさん。


「見苦しい、という訳ではありませんでしたけれど、何かいつもとは違うな、と感じました。

 どうしたんですか?」

「その説明をするには、色々と我々――いいえ、正確には私達神殿の者の勝手な事情が関わってくるのですが……」

「それは、どういう意味で?」

「まず、姫君がお気付きになられたかどうか、ですが。

 お気を付け下さい。神殿の一部の男達は、マリカ様に今までとは違う感情を抱き、狙っています」

「狙う?」

「はい。リオン殿を含めて、マリカ様と肌を合わせることを望んでおられるかと」

「は、肌!!」

「はい。女性の妊娠出産に詳しいマリカ様でいらっしゃいますから、男女の営みについてはご理解されておられるかと存じますが」


 マイアさんは薄く、直接表現を避けてくれたけど、私も元成人女性だ。


 意味は解っている。


 男女関係。

 所謂セックスだ。


「神殿の聖職者には妻帯は許されておりませんが、行為そのものは禁止されておりません。

 下級の女神官の中には、昔はそのような用途で雇用されていた者もおりました」

「ああ、以前聞いたことがあります」


 下級の女神官は、神にその身を捧げる、という名目で男性の相手をさせられていた。

 最初に聞いたのは、アルケディウスの神殿長をしていた頃だ。


 神殿の改革が進んだので、今は望まない形で身体を使われる女性はいない筈だけれど。


「不思議な事に、神殿で子が生まれた事例はありません。

『神官』である間は、子を成すことができないのかもしれません」

「え?」

「神官を止め、還俗し、『神石』を返上した者の元に子が生まれた話はありますが、神殿の女神官は神官の子を孕むことができないようです。

『神』にその身を捧げたが故と言われております」

「私が大神官になってからも、ですか?」

「はい。私が聞き及ぶ限りではありますが」

「女神官って、入信の時に何か儀式があったりします?

 司祭みたいに身体に何か入れられるとか」

「神官長が杖の光を授けるくらいで、取り立てて特別なことはないと存じますが」


 これは、大事な情報な気がする。


 神殿の『神官』と巫女は子を宿すことができない。


 相手が『神官』だからなのか、『神』に仕えるからなのかは解らないけれど。


「『神』の教義において、確かに生殖を伴う行為は禁止されてはいません。

『神』も『聖なる乙女』と交わったり、子を成した記述も事実もありません。

 先代の『聖なる乙女』アンヌティーレ様も、その身に深く神の寵愛を受け、宿すことはありませんでした」

「そういうのって、解るものなのですか?」

「解ります。男を知る女の肌と、そうでない乙女のそれは明らかに違うのです」


 ちょっと怖っ。


 ノアールもそんなことを言ってたけど、そんなに違うものなのかな?


「リオン殿は、今までマリカ様を護衛対象、庇護する主君と親愛の対象として見ておりました。

 婚約者であったとしても、マリカ様が神殿での任にある間は封じる自制心の強さをお持ちであったと信頼しておりました」

「おりました、って過去形?」

「はい……いえ、いいえですね」


 私の問いにマイアさんは唇を噛みしめている。

 言うべきか、言うまいか迷っているような……。

 そして、遂に意を決したのだろう。


「マリカ様。これから言うことは、私達――いいえ、正確には私の勝手な願いであり、思い。

 お気に障られるのであれば、私を解雇して頂いても構いません」

「な、なんですか? いきなり」


 私に、そう告げた。


「『神』と契りを交わし、『神の子』を宿して頂くことはできませんか?」

「マイア女官長!」

「な、なんでいきなりそんな話になるのですか?」


 荒唐無稽すぎる話に聞こえた。


 けれど、本当の意味での大神官も神官長もいない今、もしかしたら一番『神』に忠実かもしれない『神の使徒』は、私を特別な何かを見る目で見据えている。


「急な……話ではございません。

 今、大聖都はマリカ様のお力の元、一つに纏まっております。

 ですが、これは期間限定のもの。

 マリカ様が還俗されるか、成人して結婚されれば、また大聖都は冠に戴く者を失うことになります。

 もう残り半年もない現状を憂い、司祭の中には色々な事を考えている者がおりまして」

「色々な事?」

「はい。大神殿の恥をさらすようですが。

 その者達の中には、マリカ様を抱き、孕ませることで自分が次世代の大神殿を手に入れられる。そう思う者もいるようです」

「そんなことが通用すると思っているのですか?

 自分で言うのもなんですが、『聖なる乙女』を手籠めにしたら、アルケディウスを始めとする各国。

 ひいては『神』さえも敵に回すと解っていないのですか?」

「……自分より遥かに年下の小娘に、自分達の上に立たれた。

 そう、マリカ様の就任を今も苦々しく思う者も少なくありません。

 彼らは今も、心のどこかでマリカ様を蹂躙し、男として上に立ちたいと思っています。

 真に『神』に仕える者として恥ずかしい限りですが」


「……」


 私がお化粧をして帰ってきたあの時。


 司祭の一部から感じた熱を帯びた眼差しには、そういう意味合いがあったのか。


 大聖都に来て、求婚攻撃を受けなくなった、と甘く考えていたけれど。


 神殿を司る皇女。

『聖なる乙女』に向けられる神殿の男性達の感情は、思う以上に複雑なようだ。


「でも、さっきの話で言うのなら、神官との間には子どもができないのでは?」

「『聖なる乙女』であれば大丈夫であろう、と考える者も少なからず。

 今までは失敗した場合のリスクを考え躊躇していた者の幾人かは、美しく装われたマリカ様を見て考えを変えた可能性があります。

 女は力づくで抱き、身体に刻んでしまえば言う事を聞く、と考える者もおそらく。

 恥知らずとしか言いようのない愚行ですが、マリカ様のあの御姿には、男性の理性を破壊するような不思議な力がございました」


 正直、なんで?


 って思う。


 ただ、お母様とお化粧してきただけなのに。


「私の先ほどの提案も、恥知らずという意図では大差ございませんが」

「そうです。それと『神』の子とどう繋がるのですか?」


 混乱する私の問いに、自嘲するようにマイアさんは息を吐き、微笑む。


 なんだか遠い……何かを見つめ、覚悟を決めているような……。

 狂信者の表情は、背筋が冷たくなる感じ。


 そして私は告げられる。

 マイアさんという『神の僕』の口を借りた――


「私は、天啓を得たのです。

 リオン様。勇者の転生には『神』の意思が降りられている。

 お二人の間の子には、神殿と星を統べる大いなる力が宿るだろう。と」


 あまりにも身勝手な、『神』の意思を。


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