第二十九話 ネズミはチーズに群がって
「よいしょっと」
フードの三分の一ほどが燃え落ちた法衣をルシは着ていた。
騎士に関してはそのまま放置している。
最初はヴェーゼンらも道の端に寄せようと思ったが重かったため断念。
そして今は木製のはしごを上っているところだ。
「もうちょっとでつかないか?これ滅茶苦茶ギシギシいってて怖いんだが」
今にも折れそうな梯子にヴェーゼンが不満を漏らす。
こんな湿度の高い場所に置いてあったらすぐに腐る。
それが放置されていることに微妙な闇を感じた。
「ここなんだかんだ深いんだよ。あと三十秒ぐらいで着くとは思うけど」
対するルシは投げやりだ。
それでも、ここまで道を覚えていたルシの方向感覚は信じるに値するだろう。
「ついた」
先に上っていたルシがそう小さく漏らす。
それから、梯子を伝ってきていた振動も止まった。
ガコッ
そんな硬質な音が響くと、一筋の光が地下通路に差し込む。
「ついたよ。ほら早く宿に案内して!」
「そんなことよりお腹空いたからなんか食べてからな」
ヴェーゼンを蹴らんばかりのいいようにヴェーゼンは肩をすくめた。
ドスッ
「その流れで本当にける奴がいるかよ!」
落ちる寸前のところで踏みとどまる。
どうやら水路の蓋というのは周りと全く同じ白いタイルらしい。
「…これどうやって点検するんだ?」
手を掛ける場所などが配置されているようには見えなかった。
「ふつうは専用の器具を使うんだよ。教会の騎士も持ってた」
ルシはそういうとガコッと白いタイルを嵌め立ち上がった。
そして、すたすたと歩きだす。
「え、ちょ。待って待って!」
ヴェーゼンはそれを追いかける。
コツカツ カッカッカッカ
二つの足音が夜の街に響く。
妙に静かで、頭のどこかが違和感を訴えていたのを覚えている。
しかし、ヴェーゼンは気が付かなかった。
星の綺麗さに見とれて。
必死にルシを追いかけて。
背後から見つめてくる二つの眼に気が付かないふりをした。
「ここ…前から言ってみたかったんだよね」
そこは高級そうなレストランだった。
そう…金貨二枚を優に超えそうな。
「…僕の路銀」
なんだかんだ言ってヴェーゼンはこれぐらいを食べる余裕はあった。
しかし、こういうのをするならせめて何かを無しえてからがいい。
せめて、三人で食べたい。
何が悲しくてこんなところでお金を溶かさなければいけないのだ。
「…ご飯食べるんでしょ?」
「わかった。入るから。引っ張るな。服が伸びる」
本当に子供みたいだ。
今だって全面ガラスに張り付いて店員さんにはたかれている。
…聖女なのに。
「すみません。子供二人。お願いできますか?」
ヴェーゼンはルシの首根っこをつかみ入る。
すると店員はルシに目をやりヴェーゼンの身長に目をやった。
そして、
「坊や。ここはとっても高いんだよ?お金持ってる?」
浮浪児だとでも思われたのだろうか。
「…」
無言でヴェーゼンは金貨の大量に入った袋を取り出す。
店員は口をあんぐり開けると、すぐに他の店員に指示を飛ばす。
流石に、こんな高級店に来たのは生まれて初めてだ。
「あ、そこの子聖女様じゃない?」
一人の店員が呟く。
「じゃ、隣の子誰?ずいぶんお金持ちみたいだけど」
「…教会が売り飛ばしたんじゃない?」
それに付随するように二人が話し出す。
「私も聞いた。なんか隣の国の王様に嫁入りさせるとか」
ルシという人間はこういうたぐいの噂話をよく聞く。
それは枢機卿の物であったり神官の物だったり巫女の物だったりする。
「なぁ、ルシって嫁入りするのか?」
ヴェーゼンはそうノールックでルシに問う。
「するのかもね。そうならないために逃げ出してきたんだけど」
要領のえない答えが返ってくる。
やっぱり、ルシ自身もわかっていないのかもしれない。
そうこうするうちに夜景の綺麗な席に案内された。
「…好きなの選んでいい」
ヴェーゼンは頬杖をついてルシにメニュー表を手渡す。
「わーい。えーと、オムライスとケーキと」
食い意地張ってるなぁと思いつつヴェーゼンは窓の外を眺める。
綺麗な夜景だ。
特に大聖堂が輝いていて。
小高いところにあるわけではない。
しかし、三階建てのレストランの三階席といえばわかるだろう。
「ヴェーゼンは?何頼むの?俺はオムライスとケーキと…」
「…出世払いにしておく」
出世するめどなどないが。
とヴェーゼンは心で毒づく。
「じゃ、ステーキでも食べるか」
久しぶりに贅沢をしなければいけない。
ヴェーゼンはそんな衝動に見舞われていた。
――十分後
「ごちそーさまでした」
「ごちそうさまです」
二人はそろって手を合わせてそういう。
見かけによらずコース料理などはなかった。
「いやぁ。こんなの生まれて初めて食べる」
ルシはお腹をさすりながら立ち上がる。
そして、水を飲むヴェーゼンの手首を引っ張り。
「早く行こう」
「あだだだ。手首抜ける!脱臼するから。店員さーん」
ヴェーゼンは店員を呼ぶ。
「ハイ!ってえぇ~…」
この状況に店員も困ったように首をかしげる。
「あ、お会計お願いできないですか?」
「はい。金貨三枚になります」
その瞬間ルシが袖を引く手が止まる。
物憂い気に金貨を見つめると、我に返ったように、
「キンカサンマイ⁉」
どうやらルシにも金銭感覚というものは存在したみたいだ。
本人曰くほぼ外に出ていないというのに。
「おー。神よ。なぜこの世界はこんなにも拝金主義なのですか?このものたちは神を信じていないのですか」
「神なんていませんよ」
無慈悲にも店員は聖女にそう言ってのけた。
ルシはこんなことされても神様を信じていたらしい。
衝撃を受けたような顔をしていてしょげていた。
「おい、聖女様の御前だぞ。神様を否定するなんてかわいそうだろ」
どうやらこの街の住民にとって聖女というのはかわいそうな存在らしい。
信仰の対象じゃなかったというのはヴェーゼンにとっても驚きだ。
確かにこれを神聖視するのには無理がある。
「聖女の懸賞金は金貨七十枚」
「は?俺七十枚もらえるの?」
ダメだこりゃ。
ヴェーゼンは絶望した。
「では、ご来店ありがとうございました」
金貨三枚を渡すとちゃんとつかまることなく外に出られた。
こんなところで袋に入れられでもしたら…。
関係のないヴェーゼンは確実に人身売買コースだろう。
ペター
一回まで下りてくるとガラスの向こうから気配を感じた。
そう、こちらをまるで観察するかのように。
「だ、だれだ?」
居心地の悪さを感じつつ振り向く。
「こんにちは」
それは不思議な姿をした人物だった。
白いスーツ。
ネクタイ、シャツだけが黒く、靴も白かった。
けれど、十字架だけは嫌に安っぽく営業カバンを持っていた。
「私は君たち。正確には君の隣にいる聖女ルシェロ・エデレグレセ。彼に聞きたいことが山ほどある」
店員はにこやかな笑みを浮かべていた。
「その前にお前誰だよ」
ヴェーゼンは怒ったように言う。
昨今はこういう怪しい奴がすぐ沸いて降ってくる。
男はヴェーゼンの問いかけ小首をかしげると、
「ふむ。上層部にはこれで十分といわれましたが…あとは外で話しましょう」
裏に行きましょうのノリで言うな。
ルシは思った。
ガシャン
ガラス越しの会話から改めてあってみると、
「なんか安っぽい…」
「おい」
服もカバンもこうやって見るとやけにツヤがなく量産品の様だった。
「白の奴らのビジネス姿はこんなもん」
苦労しているようで、何よりだ。
ヴェーゼンは皮肉めいた視線を向ける。
「それで?なんのようですか?こんな夜更けにナンパですか」
「聖女ちゃんの容姿ならあったかもね」
こいつ…。
ヴェーゼンは食えぬ感じに違和感を覚える。
しかし、ルシがそれを覆うように、
「ん?この人爆破していいの?」
「――錬金術師ってこんな人バッカなのか」
何故か怪しい男は頭を抱えた。
ヴェーゼンはその男をのぞき込む。
後十秒このままだったら小突いてやろうかな。と。
ヴェーゼンは疲れていた。
キフェルが失踪し錬金術師の闇ギルドに行き新たな面倒と出会い。
そしてまた、面倒な人に道をふさがれている。
「あぁ、申し遅れました。私はメランコリア。この街のスパイ統括です。以後お見知りおきを」




