第二十三話 朝日とボウレイ
「ま、僕もオルデンを置いて行ったところで出られる気がしないからな」
「俺様は⁉」
ヴェーゼンはキフェルの嘆きを無視して森の奥を見据える。
数多の足音が迫りくる。
「…落とし穴を設置」
そういうとキフェルは何かを取り出す。
それは、幾何学模様の描かれた、黄ばんだ薄い紙だった。
「何それ」
オルデンが首をかしげる。
キフェルはその紙切れをマッチで燃やすと、
「…闇市で売ってるぞ。魔法使いの爺さんが細々とやってるんだと」
いまいち要領を得ない話にオルデンは首をかしげる。
「どうしてお前そんなの持ってるんだよ。僕を手癖の悪い奴呼ばわりしたくせに」
ヴェーゼンが懐疑的な視線でキフェルの手元を見つめる。
正確には、その闇市で売っていた紙切れとやらの燃えカスを。
そんな怪しいモノ表の世界で売っているわけがない。
となれば、スラムかそんないわゆる闇市でしかありえない。
「俺様にもいろいろあんだよ」
その目はまるで、ヴェーゼンの日常だったスラムの住民たちの目のようだった。
「にしても、教会が魔法なんて制限してたはずなのに消えないものなんだね」
オルデンはまるで懐かしむような声で言う。
「サクリフィたちはうまくやったかなぁ」
そう、聞き覚えのない名を呟く。
まるで、かつての友であったかのようにそれでいて少し心配そうで。
「サクリフィって誰だ?」
キフェルがもっともなことを言う。
しかし、その視線は森の奥からそれることはない。
「うーん。僕が生きていたころの友人だよ。勇者?だっけ」
「それって…七英雄か?」
キフェルが畳みかけるように言う。
その声は心なしか怒りがこもっているかのようだった。
「そう、それ。僕たち七人は魔法使い打倒のために旅に出たんだよね。そっかぁ。もう千年前かぁ」
まるで気にすることもなくオルデンは言う。
「…どうして魔法を悪だというんだ?」
ヴェーゼンが本当に不思議そうに言う。
「うん?まぁ、あの魔法使いの影響はあるかな。正直どうでよかったけど」
オルデンは、諦めたように笑う。
そして、キフェルと同じように森の奥を見る。
足音はすぐ近くまで迫った来ていた。
「……僕は、ね。昔、死霊術師だったんだよ」
そう、静かにつぶやいた。
「それはどういう――」
キフェルが呟くとほぼ同時に茂みが揺れる。
ガサッガサガサ
うつろな瞳のリビングロストがこちらへ向かう。
ガラガラガラ
キフェルが紙を燃やしたあたりに来たとたん地面が崩れる。
キフェルは恐々穴をのぞき込む。
「よし、これでしばらくは持つだろ」
這いずることも出来ずただ土の壁をひっかく者たちを見てそう判断した。
「逃げようよぉ。こういうのはこんなとこで観察してたくないんだよ」
オルデンはまるで小さな子供のように少し離れたところで半泣きだ。
「キフェル。こんなことしてたらそのうちマジで上ってくるぞ」
ヴェーゼンが少し離れたところからキフェルの肩をたたく。
対するキフェルはまるで気にする様子もなく穴をのぞき込む。
「さすがに上がってこれないよな。ってねるとこいつらの原因とあと正気に戻さないと――」
そうぶつぶつとつぶやく。
「ダメだなこれは」
ヴェーゼンは面倒くさそうにオルデンに振り返る。
「とりあえず逃げるか。こいつのことだし何とかするだろ」
今は何時だろうか。
ここはどこだろう。そんな不安が絶え間なく喉を締め付ける。
星々すらも息を殺す早朝といえなくもない真夜中。
「そうだねぇ。キフェル君。僕らは逃げるよ」
ガリ…ガリ…ガリガリガリ
おおよそ人が発したものとは思えない音が穴の中から聞こえた。
そう、何の前触れもなく。
「はぁ。予想はしてたがこいつらほんとにタフだな」
キフェルは呆れるようにして穴から登ってこようとするリビングロストを叩き落とす。
「じゃ、ヴェーゼンやっぱり逃げ――」
「うーん。やっぱりこの子たちは戻んないかぁ」
キフェルが言うより先にオルデンが穴をじっとのぞき込む。
「……どうしたんだ」
ヴェーゼンは問いかける。
小首をかしげて、静かに。
その、死霊の――オルデンの声は朗らかではあったもののどこか、異質だった。
「ううん?こっちの話。それよりも、君たちはそろそろ街に帰った方がいいね」
「おい!お前の力で帰れんのかよ!先に言えよ」
キフェルは呆れたように言う。
やはり疲れているのだろう。
「もうすぐ日が明ける。そしたら僕は見えなくなる。消えるわけじゃないんだけどね」
要領のえないことをふっと口からこぼす。
「彼らは何かにおびえていた。それが英雄とは僕の目にはおおよそ信じられなかったよ」
彼ら。が誰なのか。
何におびえていたのか。
それは、まったくわからない。
「帰りな。キフェル君。ヴェーゼン君」
その瞬間森が揺れる。
それは、全く不思議なものであった。
日が昇りかけ、薄明りでその地を照らす。
そこには一本の線のような街道があるだけ。
森なんてどこにもなかった。
ただ、どこまでも広がるような草原があっただけ。
「……え?」
流石のヴェーゼンも困惑する。
寝不足だったのもあるが頭が回らない。
――いや。だからこそきっとあんな白昼夢を見たのだ。
「――あ」
つぎに、ヴェーゼンは小さくこぼす。
その視線の先には遥かはるか遠く。
かすれて見えないほどの遠くに巨大な森が広がっていたから。




