第十七話 教祖と魔法使い
「世界が魔力でできてるってどういうことだよ」
キフェルがまるで訳が分からないというように声をあげる。
ヴェーゼンとしてもこんなぶっ飛んだ話が現実であるようには思えなかった。
「この世界は――この国では魔力は忌避されている。魔力持ちは消えるんだぞ?」
震える声でキフェルが言う。
そこにはかすかな怒りがあった。
ぶつけようのない怒りをそのままにキフェルは床をたたく。
静寂の中に乾いた音が木霊す。
「…気を付けたほうがいいよ?ここは空の牢獄。ゆかが抜けたら落ちちゃうよ」
少しの含み笑いを含んだような声だった。
モシアの無機質な声が空間に響く。
「だったら何だよ。噓つきが。それでこいつを慰めたつもりか?それともあざ笑ってるのか?…俺の、俺様の師匠を」
泣きそうな声だった。
しりすぼみになっていく声は自信なさげに視線をさまよわせるキフェルとよく合っていた。
「慰める…あるいはあざ笑っているか。そう、君はそう感じたのか」
モシアは落胆したかのようにつぶやく。
「僕は世界の真実を語っているだけだ。きっと、そこにいる彼がこれから必要になるであろうね」
ヴェーゼンは十数秒経ってから自分のことを言われるのだと気が付く。
自分には全く関係ないと思っていたから。
笑い声が響いた。モシアの声だった。
「いい?ボクは邪教徒の教祖として君臨する立場にあり君たちは僕たちに捕らえられている」
当たり前で、実に簡単なことを言ってきた。
「んで?何が言いたいんだ?こんな怪しくて古臭い場所長居はしたくないんだが」
キフェルが無表情でいう。
まるで何の感情も抱いていないように、声には抑揚がなかった。
「…」
モシアは話そうとしては寸前で止め憎たらしげにため息をつく。
バァン
乾いた机をたたく音が聞こえる。
キィン
耳障りな音が呼応するかのように響き渡る。
「のさ?僕は君たちの生殺与奪権を握っているんだよ?この前も僕たちに歯向かった教会の幹部を闇に葬ったばかりなんだよ。なんで?」
モシアは一段声を下げてそう押し殺した声でつぶやいた。
諦めたように理解されないことを拒むかのように。
「モシアって他人が同じことを知っていると思ってる?」
ヴェーゼンが不意に口を開く。
少しだけ楽しそうで、それでもやっぱり無関心だった。
「当たり前だよ?自分と同じかそれ以上の強敵であることを常に想定する。暗殺の基本だよ」
何をいまさらといわんばかりにそう吐き捨てる。
よほど興味なんてないようだ。
「人っていうのは。モシアが考えている十倍は頭がよくないんだよ」
キフェルが固まる。
そして、まるで壊れたブリキの人形みたいにヴェーゼンを見る。
そんな視線には気が付かずにヴェーゼンは続ける。
「スラムにいる奴らは基本的に自分の欲望に貪欲で盗みも詐欺だって平気でやる。
情報があったところで役立てもしない盗賊の一種みたいなやつらだよ」
続けてヴェーゼンはかすかにつぶやく。
「本当に反吐が出る」
――その言葉に何の意味があるのか…彼の心がどんなものなのか。
キフェルはまだ知らなかった。
「お前みたいに賢くもない。モシアは、きっと誰にも何も言わない。だから、だから誰もお前のことを知らないんだよ」
ヴェーゼンは落胆したように言う。
「だったら?だったら君はどうするの?この牢獄は神様が作った遺物。抜け出すことも壊すことも継承者である僕以外には不可能だ」
焦りは失敗を産む。
失敗は予期せぬ不幸を産むのだ。
「えっと、ヴェーゼン。魔力に関してまだなんも聞いてないんだぞ。こんな所で喧嘩しても意味ないぞ?」
キフェルが困ったように仲裁する。
それを二人は払いのける。
…言葉のナイフで。
「うるさい。キフェル君は黙ってて」
「…黙れキフェル。お前は関係ない」
キフェルはひとしきり慌てた後、
「泣いていいか?」
そう独り言を言っていた。
「ああ。もう。ここで話してもらちが明かない。今からそっち行く」
モシアがそう苛立ったように言う。
その瞬間モシアの背後からノイズのようなざわめきが漏れた。
きっと、あの黒ローブの教徒とやらだろう。
「うるさい。護衛なんていらない。は?お前、抹殺するよ?」
物騒な言葉も飛び交っているがそれが日常なのかざわめきは収まるところを知らない。
苛立った声は次第に大きくなり、やがては乱暴な切断音とともに消えた。
ブツッ
「それで…どうするんだ?ヴェーゼン。アイツこっちに来るってさ」
キフェルがため息をつく。
だから仲裁したのにともぼやいていた。
しかし、ヴェーゼンは無視する。
自分に都合の悪い情報は無視した方がいい。
「とりあえず話し合う。最悪はこの床を蹴破って脱獄する」
「お前すごいな。無表情で俺様にこれほどの恐怖を与えたのはお前が初めてだ」
キフェルは困ったように言う。
ヴェーゼンでは成功しないと思っているのか。
それとも、脱獄なんて不可能だと思っているのか。
あるいは両方か。
そんなこんなするうちにも、たしかに、モシアという名の死の気配は迫ってくる。
ストン
たしか、そんな音だったと思う。
何の前触れもなく影すらも落とさずかすかな靴の音を立ててかれは降り立つ。
「まずはありがとう。ヴェーゼン君?」




