第十六話 詐欺師と正直者
「――危険?」
ヴェーゼンはなおも首をかしげて繰り返す。
「そう、だからさ、僕たちの本部に来てほしいんだ。」
にこやかに微笑むモシア。
しかしそこには有無を言わせぬ迫力があった。
「連れていけ」
モシアはふっと立ち上がると背後のイードルムに冷たく言い放つ。
「ちょ、ま」
拘束は強引にひかれ、ヴェーゼンは無理矢理に立ち上がる。
じゃらりじゃらりと耳障りな金属音が擦れる。
「じゃ、ちょっと寝ててね」
頭に走る鈍い衝撃で、ヴェーゼンの意識は暗黒に落ちる。
「…ここは?」
次にヴェーゼンが目を覚ましたのは暗い部屋だった。
ゆかはざらざらとしていて冷たくそして堅かった。
石畳を彷彿とさせる触感だが、いかんせん暗いのでヴェーゼンにはそれが何なのかわからない。
「目が覚めたか?相棒」
ふっと、暗闇の一角からキフェルの声がした。
少しかすれてこそいるものの初めて会った時と同じおちゃらけたような声色だ。
「――僕はお前の相棒じゃない」
ヴェーゼンはたっぷり十秒は待ってからそうツッコミを入れる。
ヴェーゼンとしてはここがどこなのかの方がずっと知りたかった。
しかし、自分がキフェルの相棒ではないと否定する方が先だ。
「いいじゃねえか。別に俺様がお前をどう呼んだって」
少しだけすねたようにぼそりとキフェルは言う。
「それで?ここは何なんだ?お前はどうしてここにいる?」
そんな、傷心のキフェルをフォローすることもせずヴェーゼンは問いを並べる。
暗闇で両者の顔こそ見えないが、キフェルの眉間にしわが寄っているのは間違いなかった。
そして、キフェルは呆れたようにため息を一つはくと、
「俺様も知らねーよ。気づいたらここにいたんだ」
「お前こういう時に限って頼りにならないよな」
ヴェーゼンがため息をつく。
持っていたカバンやローブ等は手元にはない。
おそらく、邪教団のやつらに奪われたのだろう。
「なぁ、相棒」
「なに?」
キフェルが間を開けて言う。
少しだけ遠慮がちに。
けれど少しだけ確信めいた口調で。
「ここってさ、牢屋なのか?にしては広すぎると思わねえか?」
――広すぎる?
ヴェーゼンは目をしばたかせる。
そして合点が言ったように手を打つ。
「反響音か。確かに広いな。僕たち以外の話声もしない」
キフェルは続ける。
少しだけ上ずった声で、
「それに…風の音がしないんだ。足音も、俺様たちの声しか聞こえないんだ」
そう、普通の牢屋というのは鉄格子こそあるものの通路と通じている。
あるいは鉄格子のはまった窓があったりするものだ。
だったら、これほどの静寂が満ちるのはおかしいのだ。
風の音、動物の鳴き声、水の音もしない。
「ここは…どこなんだ?」
改めて問いを言葉にする。
あるのは果てしない空虚と、答えのない静寂だけである…はずだった。
「あれ?ヴェーゼン君起きてる?ヤッホー。僕モシア。ちょっと待って今電気つけるから」
紙の擦れるような音とあわただしく動く誰かの足音。
そして聞こえてきたのはモシアの声だった。
バチン
そんな、スイッチを押すような音ともに視界は光に包まれる。
先ほどまで暗闇にいたせいか目がくらむ。
「ヤッホー。僕はモシア。ヴェーゼン君は知ってるけど、そっちのキフェル?は知らないかもね」
明るく、それでもどこか無機質で違和感のあるしゃべり方。
どこからともなく聞こえてくるモシアの声。
目を開ければ視界の彼方まで続く高い天井が見える。
部屋の面積自体はそこまで広くはなかった。
しかし、天井の高さが異次元だった。
全てがおかしく、人が作ったもの、人であるかのようにはとても思えなかった。
「僕はモシア。イードルム第二十五代目の教祖にして神の遺物を継ぐもの。以後お見知りおきを」
自己紹介であるはずなのに、まるで他人の履歴書を読み上げるかのように抑揚がなかった。
「おい、神の遺物ってなんだよ。ここはどこなんだよ」
キフェルが少しだけ焦ったように言う。
その視線は部屋中をさまよいやがて困ったように下を向く。
「――上空二千メートル」
帰ってきた答えは単純だった。
「十五代前に発見された遺跡。通称『オリジンボーデン』空飛ぶ島の牢獄だよ」
説明するのにも飽きたとでもいうようにため息をつく。
「昔、神様が大罪人をここに閉じ込め七百年間反省させたという逸話の残っている島だよ」
ひゅっと、ヴェーゼンは息をのむ。
今の今まで無意識にここが地下牢だと思っていたからだ。
「それで?君は僕たちに何をさせたいの?」
もう、読みあいすらもばかばかしくなったかのようにヴェーゼンは投げかける。
空飛ぶの牢獄なんて言う現実離れした単語が出てきた時点だ。
ヴェーゼンがモシアという人物の思考を読むのをあきらめたのは。
「率直に言えば、そこで何もせずに朽ちてくれるのが一番いい」
少しだけ楽しそうにモシアは言う。
「魔力というのは世界の核と密接に結びついてるからね。君が人為的に死んだらその分世界が改変されるかもね」
ヴェーゼンは首をかしげる。
自分が危険だということはなんとなくわかった。
で?世界の核ってなんだよという話である。
「はぁ、要するにテメェは俺様たちの死を望んでいると?」
「単純に言えばそうだね。これがただの王侯貴族なら暗殺でもしようかと思ったけど…魔力持ちはわけが違うからね」
待ってましたとでも言わんばかりにモシアは言う。
笑い声が混じる。心底楽しそうに、
「世界は魔力でできている。だから、魔力を持っている人間は小さな世界と似ているんだよ」




