第十五話 呪いと救いと
「教会のシャスール?だっけ。早く消えてくれないかな。ボクに人殺しの趣味はないんだ。」
目線をカラモスに向けることもなく、モシアはただそれだけ言う。
対するカラモスは楽しそうに笑って、
「戯け、私がそこまで神に反するような不信心ものに見えますかな?」
まるで神様がそれを望まれているかのようにそう一辺の曇りもない瞳で言った。
「ふーん」
さして興味を示すわけでもなくモシアは立ち上がる。
眼下に広がるまるで地獄みたいな世界を面白そうに見降ろした後そう、言ったのだ。
「ボクは聞いた。君たちの信じるカミサマは死んだんだと」
唯一神エヴィヘード。この世界で信仰されている女神だ。
「死ん…だ?」
呆けたようにカルロスが言う。
「あぁ、そうだね。ボクらイードルムが発足した時にはもう…。それともボクみたいなガキが言うんじゃ信じられない?」
小さな身長を気にするかのようにそう言って見せるモシア。
それでもどこかひょうひょうとしていて興味がないかのように見える。
「というわけで、君は何?見たところ教会と敵対してたみたいに見えるけど…」
ヴェーゼンにモシアは話しかける。
少し心配するかのように。
「あぁ、僕は大丈夫だ。それよりもキフェルとかいう怪しい男に会わなかったか?知り合いなんだ」
「あのね?ボクは君の安否は興味ないの。君が何者なのか聞いてるの。うん、まぁ、キフェルとかいう男については知らないけどギフトなら知ってるんじゃない?」
ザッ
その瞬間周囲に無数の気配が漂う。
黒外套、歪んだ笑み―間違いない。
イードルムのやつらだ。
「ギフト…知らない?キフェルって男」
目線を向けることなく背後の大男にモシアは問う。
「あぁ、名は知らん。ですが、教祖様に依頼してきたあの旅人のことでしょうか」
ギフトと呼ばれた大男は少し思案してからいう。
「あれなら、現在本部にて捕獲して保護しています」
「…捕獲?」
ヴェーゼンは何とも言えない表情になる。
「そうか…少年。君にも聞きたいことがたくさんある。ご同行をお願いしてもいいかな」
冗談めかしてモシアが言う。
「さてと、シャスールくん。帰っていいよ」
モシアがふらりと振り返って言う。
ナイフを片手に笑みを浮かべながら。
「…私たちは悪には屈しません。唯一神をゆがめる愚か者に尻尾を巻いて逃げるなど――」
カラモスが身を乗り出して言う。
顔を真っ赤にして相当怒っている。
トンッ
一歩前に踏み出したモシアは唇の前に人差し指を立てる。
「今日のことは見逃すからさ、ね?君もシャスールなら僕たちがどういう組織かぐらい知ってるよね?」
「…」
口を大きくあけて笑うモシア。
おしだまり目を泳がせるカラモス。
「あれ?どうしたの?逃げないの?力量差ぐらいわかってるよね」
無表情。無感情。
先ほどの年相応の少年のような声色とは打って変わってそれこそ邪教団の教祖といえるような威厳がそこにはあった。
「神からの天罰が下ることを祈って」
幾分かの沈黙の後カラモスはそう言った。
苦々しげに、そしてモシアを睨みつけながら。
「また会えたらいいね。おじさん」
一方モシアはそんな眼光の鋭いカラモスに臆することもなく笑顔で手を振っていた。
ドンッ
重い着地音の直後に、カラモスの走り去る音が聞こえる。
「さてと、こんなところに大人数でいたら床抜けるよね」
モシアは物憂げな表情で言った。
「少年。僕たちの本部に連行する。罪状は…そうだな、教会関与罪だ」
立ち上がり、なぜかヴェーゼンの方に向かってそういった。
その目は罪人を見るかのように冷たくて、炎で焦げる頬の熱を感じさせないほどであった。
「あぁ、えっと。ボクはヴェーゼン。で、モシアでいいか。モシア。ボクは教会には関与していない。あんな噓つきにかかわるような人間に見えるか?」
「…見える」
モシアは、ヴェーゼンを凝視した後ぽつりと呟いた。
それにヴェーゼンは目を軽く瞬かせると、少しだけ残念そうに顔を伏せる。
「そ、それで、何であのシャスールを逃がしたんだ?モシアなら余裕で勝てそうだけど…」
ヴェーゼンが焦って話題転換する。
このままいくと確実にとらえられる流れだと思ったのだろうか。
「大義名分だよ。奴らは報復のためならどんなことだってやってのける。それがたとえ一般人を殺すことだって――」
悲しそうに過去に思いをはせるモシア。
「それに、勝ったところでメリットなんてない。せいぜい僕らが危険視されてさらに出歩きにくくなるぐらいかな」
モシアはくるりと一回転した後、ヴェーゼンにナイフを突き付けて言う。
「君もそうだ。魔力持ちであってるよね。君は力を持つのにまだ幼い。君は平気で人を傷つけられる力を持っているんだよ?」
朗らかで、それでも冷たく無機質な声で…
「連行、拘束せよ」
バッ
まるで最初から示し合わせていたかのように周囲の影はその二言だけでヴェーゼンにとびかかる。
「ッ!」
ヴェーゼンは反射的に身を引く。
先ほどまでヴェーゼンの立っていたところにイードルムの黒外套の短剣が空を切る。
「ちょっとまて、離せばわか――」
ガチャン
手を引かれるような違和感と金属的な音。
遅れてくる手の重さ。
「ふ~んやっぱりわかってないじゃん」
楽しそうに笑ってモシアが言う。
まるで子供が悪戯をするときみたいに。
「君たちがどれだけ危険で、どれだけこの世界の不良品であるのか」
「…不良…品?」
ヴェーゼンが繰り返すとモシアはにっこり笑ってうなずく。
「そう!不良品。君たちは強大な力でたくさんの人を救えるけれど逆にたくさんの人を傷つけることもできる」
ヴェーゼンの目の前に跪いて瞳をのぞき込む。
「扱いを間違えるとたやすく世界が壊れる。そんな脅威であると…だから、僕たちは保護している。当たり前でしょ?こんなに危険な生き物を野放しにはしておけないんだから」




