表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/52

第十二話 光はとても遠かった


「やっぱりそう簡単には逃がしてくれないよな」


キフェルはため息をつく。


巨大な影法師を落としたそれ――魔物は狼のように巨大な体躯でヴェーゼン達をのぞき込んでいた。


「…普通の動物にしか見えないんだがこれが魔物なのか?」


ヴェーゼンが不思議そうにつぶやく。


その口調は焦るどころか喜んでいるかのように弾んでいた。


「おいおい、こんなでっかい猛獣どこにいんだよ。魔物だよ魔物」


キフェルは、気を引き締めるように深呼吸をする。


そして、あきれるようにヴェーゼンにそう言った。


黒い魔物は品定めをするかのようにヴェーゼン達を見下ろしていた。


しかし、その黒く何も映さないガラス玉のような瞳は隙などみじんも感じさせなかった。


それどころか、虎視眈々と機をうかがう狩人のようで自らが得物になったような錯覚さえ覚える。


「いいか?こいつらは弱い。何なら魔力なんてこれっぽっちもない俺様でも倒せる程な。だが、こいつらには知性がある。本能のままに暴れ狂うことだってある。要するに――」


キフェルは少しだけ目を細めその魔物を覗き見る。


生臭い吐息を口の隙間から出す。


キフェルは、笑う、あきれたように。


「行動が予測できないのさ。」


そこには少しのあきらめがあるようだった。


「今だって、こちらの言葉を全て理解しているのかさえ分からない。いつ襲ってくるか行動原理も声帯も不明なモンスターだ」


突き放すような言葉だった。


ギギ


屋根がわずかに軋む。


古い宿屋だからか所々腐っている。


本来ならば、そんなかすかな軋みなど気に留めるほどことではない。


それでも彼らの行動は速かった。なぜならそれが魔物が前足を踏みしめた音だと分かったから。


黒い影が横切る。遅れて風が吹く。


まるで死神のような黒い爪がキフェルの首を狙う。


「…わかりやすいな」


先ほどまでのおどけた笑みとは裏腹に、獰猛で邪悪な笑みをたたえてキフェルが呟く。


キフェルは半歩だけ下がる。


たった――たったそれだけでその魔物の黒い爪はかすりもしない。


「ヴェーゼン、気を付けろ。足を滑らせて落ちたらもう救えねぇぞ?」


「…お前の方が気をつけろよ」


軽口をたたきあう余裕はあれどいまだ半歩ずつ交代していくキフェルにヴェーゼンはため息をつく。


いくらキフェルがヴェーゼンより強いとしてもこのままではキフェルが屋根から落ちるのは明白だった。


「大丈夫だ。こいつらの動きは鈍いからな」


――鈍い?


未だ視認できない速さのそれを鈍い?と、ヴェーゼンは思った。


きっと生きている世界が違うのだろう。


「そんなことよりこれからどうするんだ?このままここにいると俺様たちも魔物と一緒に駆逐されるぞ?」


キフェルは、ヴェーゼンの方に視線を向けることもなく方針会議を始めた。


「これぐらいならどうにかなるがシャスールが出てくれば普通に終わるぞ?」


「とりあえずここから逃げればいいのか?」


「まぁ、簡単に言えばそうだな」


そうキフェルが答えた瞬間ブワッと背後で気配が膨らむ。


その存在感にキフェルは反射的に振り返る。


「おい!魔物は魔力に群がんだぞ?阿保かよ。」


魔物は魔力による。それが巨大であればあるほどに。


「…魔力に充てられた奴らは気絶する。昏睡状態になったりもするらしいな」


「アホ!魔力の塊の魔物に効くと思ってるのか?」


ダンッ


重厚なその音ともに屋根の一角が崩れ落ちる。


先ほどまでそこにいた巨躯の魔物はそこにはいない。


影法師が頭上を遮ったと思えば後ろで獰猛な鳴き声がする。


「ヴェーゼン!」


キィン


耳障りで甲高い音と火花が散る。


それは古びた双剣だった。


今にも崩れそうなぼろぼろの刃、それはヴェーゼンの目の前にいる魔物を切り裂く。


「いったろ?魔力に充てられた奴は気絶するって」


「…魔力関係なくないか?」


怪しげな紫の光の後魔物はまるで霧のようになって霧散する。


そこには最初からなにもいなかったかのように。


「よし、ヴェーゼン逃げるぞ」


「?。これぐらいなら全部駆逐した方が早くないか?」


ヴェーゼンは首をかしげる。


逃げながら戦うのがどれほど大変か知っていたから。


「忘れたのか?魔物災害にはシャスールが」


コツコツコツコツ


――革靴の音がした。


石畳の道を、まるで何かを探すかのようにゆっくりゆったり歩く音。


「遅かった…な。シャスールだ。」


キフェルの顔にさっと影が差す。


そしておどけたように、


「ま、そうだな。もうどうにでもなれかな。…はぁ、ヴェーゼン。お前に一つだけ頼んでもいいか?」


「…なにを?」


二ッとキフェルは笑う。まるでその答えを待っていたように。


「あのシャスールを退け――そしてまた旅でもしようぜ?」


引き攣った笑みには恐怖があった。


それでも、ヴェーゼンはコテンと首を傾け。


「それだけでいいのか?」


と、なんでもないように言った。


その瞬間キフェルが目をかっと見開く。


「は?おま――さっき殺されかけてたよな。なんでそんな何でもないような顔するんだ?」


キフェルは、絶句したようにヴェーゼンの顔を見る。


「だって――あんな奴らなんでもないだろ?」


――普通であるはずがなかった。


「…何でもない…って」


声が震える。


――基本的に魔力というのは血筋に依存する。しかし、魔力持ちが出生直後に消えるこの世界で。


「なんでもないのは何でもないだろ?」


――こんな膨大な魔力を持つ少年が。


「フッ…ハハ」


――異端でないはずがなかった。


「お前ほんとにおもしろいな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ