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5)エピローグ

本日、2話、同時に投稿いたしました。こちらは2話目です。




 夏の休暇はそろそろ終わりだった。

 ジーナとマレーネは一緒に帝都観光をしたのち帰国してしまった。ウェヌスは帝都にある親戚の家を訪問していたが、学園の寮にもどってきた。

 あと数日で新学期が始まる。

 休み前に出た課題があと少しで完成なので図書館に通って仕上げていた。

 いつになく遊びすぎた。ふだんのウェヌスは長期休暇の前半で課題は終わらせる。几帳面で真面目なのは焦るのが苦手だからだ。締め切りに弱いともいえる。

 小心者なのかしら、とウェヌスは胸中で呟く。

 ラズヴェルのこともそうだ。

 可愛らしい男爵令嬢と歩いているところを見ただけで逃げ出した。

 それきり、彼らがいそうなところはずっと避けていた。

 傷つかないように逃げていたのに、心には隙間風が吹き荒れている。

 負けず嫌いなのに小心者とは、我ながら厄介だ。

 図書室の机で課題に向かっていると、ふと誰かが横に立った。

 振り返ると見知った顔がウェヌスを見下ろしていた。

「殿下」

 ラズヴェルはウェヌスの隣の席に座った。

「もう、ラズとは呼んでくれないのかい」

 辛そうな声で囁かれた。

「浮気相手は」

「浮気などするものか。あんなクソ女」

「は?」

「生徒会の皆で仕上げた書類を何度もダメにされた。何度もだ。茶を零され、破かれ、めちゃくちゃにかき回された」

「頭のご病気?」

 ウェヌスはラズヴェルの表情から嘘ではないと思った。

「ウェヌスのそれが終わったらどこかで話せないか」

「もうほとんど終わりですわ。この本を借りて帰れば少々書き足して終わります」

 もう少しなので終わらせたいところだが、話の続きが聞きたかった。

 ラズヴェルは本を棚に戻したり運ぶのを手伝ってくれた。

 図書館の近くにあるカフェに行った。大きいカフェだ。個室のようなスペースもある。他の席から離れているだけで個室ではないが、そこに座った。ラズヴェルは護衛も連れていた。

 ウェヌスは侍女だけだが、彼女も少し離れて待機してもらった。

「先ほども話したが、あの女は私たちの仕事をことごとく邪魔した。学園からの要請は正直、大したことはなかったのだが鬱陶しかった。学生に頼むことではない。とくに、王宮の要望が邪魔だった」

「内容が違ったのね」

「学園側から頼まれたのはときおり様子を見てやり、生徒会がバックに付いていると周囲に見せるくらいでよかった。生徒会室には入れなかった。だが、王宮の要請は、保護するために生徒会室に留め置けというものだった」

「留め置け、ね」

「あの女は、国の秘術である治癒魔法を持っている。共和国の留学生が接触してきたので避けるためだった。それだけだ。だが、断れば良かった。あの女は、なぜか生徒会の備品を破壊し、私たちの書類を何度も台無しにした。その上、反省もしない。『ドジっ子だから』と笑っている」

「ああ、なるほど」

 ドジっ子属性でしたか、しかも、好感度がだだ下がりの。生徒会の皆は、ウェヌスも少しだけ手伝ったから知っているが、自分たちの本業が優先なので効率的に手早く済ませることを目標にしていた。それを彼女は邪魔したらしい。

 憎まれるでしょうね、とウェヌスは察した。

「だから、すごく忙しかった。何度も何度もやり直しをさせられるから。でも、ウェヌスたちが噂を流してくれたおかげで学園が反省した。職員の助っ人が増えたのでそれからは楽だった。遅れを取り戻した」

「それは良かったわ」

「ダグラスは泣いている」

「自業自得かと」

「シャロン嬢の想い人だった従兄弟はもう結婚している」

「そうらしいわね。シャロンはショックを受けてたみたい」

「だから、もう大丈夫だとダグラスは油断していた」

「馬鹿なの」

「私もそう思った。美人で好条件の相手に油断など」

「猛省してるのね」

「心を入れ替えたと言っていた。甘っちょろい男はもう魔獣に喰わせたと言って異界の森で修行していた」

「生きて帰れた?」

 あの優男が生まれ変われるか疑問だ。

「ダグラスは本気だせばけっこう強いんだ。そのあと性懲りもなく、あの呪われた汚物のような女が近付いたとき、ダグラスは本気で怒鳴っていた。罵られて、さすがの汚物も慌てて逃げ出していた」

 ラズヴェルはメリールーの名前を言いたくないらしい。

 彼女は汚物になっていた。

「そ、そう。なんて怒鳴っていたの」

「今度俺に近付いたら闇組織に始末を頼むと」

「駄目よ、そんなことを言ったら。他の誰かが頼んだときに彼のせいかと疑われるわ」

「私もそう忠言しておいたが、ダグラスは『俺がやったと思われたほうがいい。シャロンはそうしたら本気だとわかってくれる』などと」

「人の悪事に便乗する気概しかないの?」

「ダグラスなりに進化成長してるんで、そこは目を瞑ってくれ」

「わかったわ。シャロンには秘密にしておいてあげる」

「たのむ」

 しばし沈黙が下りたのち、「ウェヌス」とラズヴェルが呼ぶ。

「私は、婚約をなくす気はないんだ。愛している」

 ラズヴェルの突然の告白に、ウェヌスは息を呑んだ。

「バレリス・ガゼル伯爵令息の婚約が駄目になった理由は、彼の浮気だ。それで、第八皇子に相手が見初めたことになっているが、浮気が先だ」

「あらまぁ」

 ウェヌスは自分の調査が甘かったことを知った。

 でも、不思議なくらいさほどのショックはなかった。おかしいと思っていたからだろう。彼はウェヌスの心にするりと入り込むのが上手すぎた。丁度良い人、と思わせるのが巧みだ。

 彼は浮気相手に丁度良い人だ。優しい美形。誘い上手で。

 ウェヌスは悟った。バレリスは、きっとこれからも浮気しそう。

 それに、ラズヴェルが「愛している」と言ってくれた。

 もう、彼の代わりは要らない。

「彼に、惹かれたのではなかった?」

 気遣わしげにラズヴェルが尋ねた。

「私はそんな移り気じゃないわ」

 ウェヌスは肩をすくめた。

「私は、もう、駄目なのか」

 ラズヴェルが珍しく気弱だ。

 捨てられた子犬って、こんな目かなと思う。

 残念ながら、捨てられた子犬と遭遇したことはない。

 母が言っていたのはこのことか、とウェヌスはわかった気がした。「引き際に気を付けて」と母は手紙に書いた。

 あまりしつこく許さないでいたら、さすがに諦められてしまうかもしれない。

 ラズヴェルは事情を説明してくれた。

 それでも信じない、許さないと言い続けるのも、性格が悪くないか。それだけのことをやられたとしても、わざわざ国を渡って会いに来てくれたのだから。

 王子は忙しいだろうに。

「あの可愛らしい子を隣にはべらせて」

「違う!」

 ラズヴェルが焦った様子で首を振る。

「男爵令嬢では結婚相手にはならないとしても」

「寒気がするようなことを言わないでくれ」

「それに、たかが学生の身の忙しさで婚約者をないがしろにするなら、結婚したらもっと酷くなると、そう判断したの」

「そんなことはしない!」

「言葉だけでは信用できないでしょ」

「それは」

 ラズヴェルが唇を噛む。

「でもおそらく、学園からの要請だけではなく、王宮からのごり押しがひどかったのかしら、とわかってきたので」

「すまなかった」

 ラズヴェルが悔しそうにする。

 本当にそうだったのだろう。王宮からの要請を、学生の身では断れなかった。

 あんな女のために、馬鹿じゃないの。

 でも馬鹿なのは王宮だ。学生の殿下たちに負担をかけるなら近衛でも情報部のものでも、なんでも使えば良いのに、なにをやっているのか。

「王宮の、ラズ様たちにあれをやらせろと言った連中は、責任をとったの?」

「陛下だ」

「ん?」

「言い出したのは、国王。父だ」

「あらまぁ」

 今日、二度目のあらまぁだ。

「父は、母に報復されているところだ」

「あらまぁ」

 三度目が出てしまった。

「父は、再起不能になりそうだ」

「うちの母が、『引き際を間違わないように』と私に忠言してくれたわ」

 母の手紙の言葉は、友人たちにも伝えた。

「わかった。でも、母は本当に頭にきたらしくて、引きたいと思わないだろうな」

「諸悪の根源のあの『汚物』とかいう人は?」

「男爵家からとりあえず、絶縁された。男爵家は、もともと引き取るつもりはなかったらしい。孤児院のほうから矢のような催促で、さらに別口からも言われて、引き取るしかなかったと聞いた」

「孤児院にいたの」

「あれは庶子だ。母親が病んで、孤児院に連れて行かれた。母親は治癒師の腕があったので一人で育てようとしてた。八歳くらいまでは育てたが、『娘が化け物になってしまった』と病に倒れた。で、孤児院に置いてった。そういう事情の一人親なら、子は孤児院で預かるからな」

「そ、そうね」

「母親は病んで逃げたんだ。それで、孤児院は男爵家に話を持っていった」

「認知してたのね」

「いや、それはなかった。あれの母親は、子が欲しかったらしいんだ。だから、避妊薬をわざと飲まなかった。で、勝手に出来た子だから男爵は認知しなかったし、それでいいという契約書もあった」

「それなら、しなくてもいいはずね」

「でも珍しい魔法を持っていたから、王宮がごり押しで、男爵に認知させた」

「別口って、王宮だったの」

「そうだ。それ以前に孤児院からの催促もあったので、さすがに男爵も折れてね。その辺の経緯は男爵夫人も知っていたので明らかになっている。王宮の記録にもあった」

「諸悪の根源は王宮、って、まさかの陛下?」

「そう」

「男爵が抵抗できるわけないわね」

「困った陛下だよ。契約書があったのに。王命を使いやがった」

 王子が、使いやがったなんて言っていいの? ウェヌスは王子にも不敬罪が適用されるのか、思わず法律書を思い浮かべる。

「どうすんの? この始末」

「どうするんだろうな」

 ラズヴェルは遠い目をした。

 母親に「化け物」とまで言わせるなんて。

 知らぬ間に言葉に出ていたらしい。

 ラズヴェルが「不幸をまき散らすんだ。こちらが一番、困ることをやらかす」と昏い瞳で呟いた。

「うわ」

「たとえば、これに茶を零すのだけは、ぜったいにぜったいにぜったいにやってほしくないと思って、心から願って、わざと茶器を仕舞っておいても、どこからか自分で茶器を調達して不味い茶をいれてきて、零す」

「うわ」

 もう「うわ」しか出てこない、どこにいった、淑女は。

「これだけは、ぜったいに破かれないようにと神に祈った書類が、どれだけ気を付けても油断して手薄になった隙に破かれたんだ」

「神様より強いの」

「すごいんだ。どうなってるんだろう」

 ラズヴェルの声が震えている。

「そういえば、茶会を毎度、連絡もなしにキャンセルしていたのは、どうして?」

「なんだって? だが、ウェヌスからしばしば『茶会は用事があるので辞めにします』という怒りの手紙が来て」

「え? そんな手紙、出したことありませんわ」

「本当かい? だが、そういえば、公爵家の紋のない手紙だと、変だと思ったのだが」

「本当にうちの手紙?」

「学園の郵送係が寄越した」

「そんなことをした覚えはないわ」

「ば、馬鹿な」

 ラズヴェルが本気で驚いていた。

「やっぱりそうなのね」

「やっぱりとは」

「アロンゾ・ゲイル様も侍従に知らせをさせたのに、何度もあの人に邪魔されたって。ダグラス様とジェイド様のことは知らないけど」

 そう前置きをして、ウェヌスはマレーネから聞いた話を詳しく伝えた。

「そ、そんなに酷いことが」

「知らなかったの?」

「アロンゾからちらりと聞いたが、侍従の怪我のことなど興味がなかったものだから詳しくは聞いていなかった。そういえば、その話をしたときのアロンゾは顔色が悪かった」

「悪くもなるわ。あんまりだもの。彼女は無傷だったというし」

「そう、か」

「私の偽造された手紙は何度も来たのね? あなたの侍従は無事?」

「新入りの侍従が怪我で入院していた。そういえば、怪我のせいでウェヌスに伝言をし損ねていた。女性が猛犬に吠えられていたので思わず庇ったら、噛まれたんだ」

「その女性は?」

「さっさと逃げたと。まさか」

 ラズヴェルの顔から血の気が引く。

「その、まさかでしょう」

「ジェイドには、ウェヌスと同じように断りの手紙がジーナ嬢から来ていたのだが」

「ジーナはそんな手紙出していないわ。知らせもなくキャンセルされたって、ぷりぷりしてたもの」

「ジェイドもか」

 ラズヴェルは目を見開いた。

「誰かがやったわけよ」

「あまりに忙しくて、確認を怠ったのは私たちのミスだが」

「ダグラス様は? キャンセルするときは手紙を出してた?」

「彼は侍従に伝えさせていた。私は見ていたので知っている」

「どういうからくりなの?」

「わ、わからない」

 青ざめていたラズヴェルの顔色は、今はもう白だ。

 ウェヌスも怖くなった。そんなことはふつうは出来るものではない。

 ウェヌスとジーナを装った手紙は、ラズヴェルたちが多忙にしていて確認を怠った。そういう事情なら、起こりうることだ。

 でも、ウェヌスたちの予定を知っていないとできないのだが、知ることなんてできるのか。無理だと思うのだが。

 それでもやったのだろう。

 まさか、適当にいたずらしたら、丁度良いタイミングだったとか?

 嫌な予感がする。

 なぜなら、悪運が神より強いモノが存在するのだから。

 手紙はごく簡単な内容だったようだし、ウェヌスの字は教本通りの字だ。つまり癖がまったくない。ジーナもだ。

 偽造は丁寧にやればできる。多忙な殿下たちには確認ができないとわかっていれば容易い。

 多忙にさせたのは、男爵令嬢だ。

 わざとなのか。神がかり的なドジっ子なのか。

 後者のような気がする。

 余計に怖い。

 母親が化け物と呼んでいた実話が過る。

「その汚物、もういいから、敵国にくれたら?」

「あ」

 ラズヴェルが、今気付いたという顔をした。


□□□


 ウェヌスは「男爵令嬢問題をきちんと対処してくれるのなら、留学延期を辞めるし、婚約も続けるわ」とラズヴェルに約束した。

 帰国したときに目処が付いていたら、ウェヌスも気持ちを伝えようと思う。

 怖すぎるので、条件を緩めるつもりはない。


 ラズヴェルたちがメリールーを押しつけられたのは、フリスタ共和国からの留学生がメリールー・ステアに接触しようとしたのが原因だった。

 フリスタ共和国はメリールーの情報を得て、ぜひ希少な光魔法の持ち主を手に入れようと動いた。美男の学生を送り込んできた。

 フリスタ共和国はそういう小手先のやり方をする国だ。そうやって、隣国の技術や技術者を手に入れてきた。


 だが、メリールーの今、使っているやり方はジェスベル王国で編み出されたものだ。「少ない魔力で光魔法の治癒を行うコツ」はかなり難しい。

 本当に秘術だよ、ややこしい技なんだ、と聞いている。秘術なので、それ以上の情報は出てこない。

 それは国を出れば使えなくなる。幾重にも魔法契約を交わしているので、どう頑張っても使えない。

 ふつうに光魔法を使うだけなら問題ない。

 どうぞ、ふつうにお使いください、とお薦めする。

 我が国の秘術を使わなければいいだけだ。光魔法は当たり前に使える。

 秘術の腕輪は見た目は大したものではない。わざとそう見えるように作ったのかもしれないが。

 神殿は、事情を知るや否や、すぐに彼女から腕輪を回収するように動いた。王宮も協力した。

 なぜか様々な邪魔が入って回収し損ねそうになったが、神官長が毎日、朝に昼に夕に、国神に祈願し続けたらなんとか回収できたのだとか。

 ウェヌスたちはその逸話を聞いて怖気に震えた。

 しばらく夜は灯りなしで眠れなかった。

 我が国の国神はその昔、邪神を鎮めてくださったと言い伝えられている。

 メリールーには国外に出るのなら違約金を払うんだ、と契約書を見せてある。技術を習う前に誓わせたものだ。

 そのことは、メリールーの鳥頭でも覚えられるように、彼女が「もう知ってる!」と叫ぶまで教えられている。

 ゆえに、メリールーは、共和国の美男にすっかり籠絡されたのち、

「彼が違約金を払ってくれるって!」と嬉しそうに言いに来た。


 メリールーは我が国が保護しなくなり、周りに我が国の美男が侍らなくなり、たったひと月もしないうちにフリスタ共和国の手先との結婚を決めた。

 違約金も払われた。

 王宮は腹を立てた振りをして、「これで彼女は貴国の民だ。二度と入国は許可されないだろう」と宣言した。

 フリスタ共和国は神妙に反省した振りをしてその契約書にトップの宰相が国として約すると署名した。

 さようなら、心より感謝する、フリスタ共和国殿。


 なぜかフリスタ共和国の国力がだだ下がりし始めたのは、わずか一年後のことだった。


お読みいただきありがとうございました。

<(_ _)>

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― 新着の感想 ―
いや普通に化け物すぎるだろ転生系の特典とかじゃねえだろうな
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