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1)プロローグ

少ーしだけ不気味ですが、スプラッタみたいなのは一切ありません。





「私って、悪役令嬢っぽい」と思ったのはいつだっただろう。六歳くらいのときには少しは思っていた。まだ六歳なので、はっきりとではないが。

 八歳くらいの頃にはかなり自覚していた。

 負けず嫌いで我の強い性格も悪役だろ、と気付き始め「ヤバいかも」と冷や汗をかいた。

 自覚したおかげで、我が儘な部分はかなり引っ込んでいる。

 性格さえ良ければ、ウェヌスは金色の直毛にすみれ色の瞳の可憐な少女だ。

 母が流行の巻き髪にしましょうと盛んに勧めるが、ウェヌスは「私には似合いませんわ」ときっぱりと断った。巻き髪なんて、いかにも悪役令嬢ではないか。角が立たないように「華やかな美人のお母様にはとても似合いますけれど」とフォローも忘れなかった。


 ウェヌス・ローゼリアは公爵家の長女だった。

 十歳のときに第一王子ラズヴェルの婚約者に選ばれた。

 年頃が丁度良く、家柄も良く、容姿も良い。それに、ローゼリア家は問題のある派閥とは関わりがないうえに、大切な友好国である隣の帝国には親類がいる。そういった幾つもの理由があった。

 つまり、政略的な婚約だ。

 ラズヴェル王子はまだ王太子とは決まっていなかった。ジェスベル王国では少なくとも成人までは、他の王子がいる場合は王太子を決めない。第二王子はまだ四歳だった。

 とはいえ、ラズヴェルが立太子される可能性は高いだろう。ウェヌスは王妃になるのかもしれない。なんだか、現実味がなかった。


 婚約が決まったのち王宮で婚約者同士で引き合わされた。

 ラズヴェル王子は素敵な少年だった。

 将来は美青年になることが約束された麗しい容姿にすらりとした背、身のこなしは王族らしく気品に溢れていた。

 ウェヌスはラズヴェルに見惚れてしまった。こんなに魅力的な人がこの世にいるんだ、と胸がどきどきした。

 悪役令嬢の性格そのままなら、ツンっとしてるか、我が儘に振る舞うかしたかもしれない。幸い、十歳のウェヌスは良い子に育っていた。努力の賜だ。

 理想の王子様を目の前にして頬を染めて微笑み「ウェヌス・ローゼリアと申します。よろしくお願いいたします」と綺麗にお辞儀をすると、ラズヴェルも優しく微笑んでくれた。

「仲良くしておいで」

 と親たちに中庭に出されると少し緊張した。ラズヴェルは格好良くエスコートしてくれた。

「ウェヌスと呼んでいいよね? 婚約者なんだし。私のこともラズヴェルでいいよ」

 ラズヴェルが柔らかくそう言ってくれた。

「ラズヴェル様」

 ウェヌスが恥ずかしそうに呼ぶと、ラズヴェルが「なんだい」と答えた。

「あの、いえ。試し呼びです、ごめんなさい」

「ハハ。緊張してる?」

「すごく。同い年くらいの男の子と話すなんて初めてなので」

「私もあまりない。仕方ないよね。あと二年したら王立学園に通うから、そうしたら交友関係も広がる予定だけど。ウェヌスもだよね」

「はい。治癒術科に入りたいと思っています」

「治癒術科に? 経営科とかではないんだね」

 ラズヴェルが目を見開く。

 嫁ぐことが確定の貴族令嬢はふつうは家政に役立つような科を選ぶ。今どきのジェスベル王国では、女性も家の事業に関わる。法学科に進む令嬢も多い。

「祖母が薬草が好きでうちの庭は薬草の畑があるんです。祖母に色々と習ったりしているので薬草に興味があって。それで、王立学園の治癒術科に入って薬草学を習いたいと思っています」

 本当は悪役令嬢として放り出されたときに薬師として働けるからだが、そんなことは言えない。

「へぇ」

「王子妃の勉強は、治癒術科でも選択科目で法学とか学べると聞いたので。あとはマナーとか語学はもう家庭教師に学んでます」

「凄いね、ウェヌス」

「いえ、あの、凄くはないです。努力はしてますけど。語学は難しくて」

 ウェヌスは褒められて素直に照れた。

「じゃぁ例えば、ダルシア語で『こんにちは、よろしく』は?」

「ゴスバロ、ヴェロルゲス。あの、発音が悪いかもしれませんが」

「そ、そんなことないよ」

 ラズヴェルが必死に笑いを堪えている。

「あ、なんで、笑うんです? そんなに酷くないって、ソダン先生は」

「酷くはないよ、酷くは」

「じゃ、じゃぁ、ラズヴェル様も言ってみてください」

「ガスヴァロ、ヴェロゥジェス」

 すらりと見事な発音で言ってのけた。

「す、すごすぎ」

 ウェヌスは目を丸くした。

「ハハ。語学は得意なんだ」

「そう、ですか」

 ウェヌスはラズヴェルが優秀で剣術も優れていることは聞いていた。

 でも、なんか、意地が悪いかも。

 その予感は彼と付き合うごとに強くなった。ラズヴェルは優秀すぎた。

 ウェヌスは将来、王子から婚約を取り辞めにされても、仕方ないと思った。

 ラズヴェルは天才だった。王族の底力を見た思いだ。でも、ウェヌスは努力をしてもそれなりだろう。

 こんな凄い人ではなくて、素朴な感じの優しい人と結婚する方が、凡才の自分には気楽で幸せかもしれない。

 婚約破棄されるのはさすがに不名誉だし、家に迷惑がかかる。だから、悪役令嬢のような悪事はしない。その点は気をつけるとしても、彼に恋心を抱いて執着するのは、色んな意味でやめなければと思った。

 前世の記憶のせいで、幼心のままに彼に恋することができないのは、ウェヌスにとって幸か不幸か。

 今はわからなかった。


 二年後。

 ラズヴェルとウェヌスは王立学園に入学した。

 ラズヴェルが法学科、ウェヌスは治癒術科だった。

 婚約者同士、親しくはしている。

 ラズヴェルは時折、意地が悪いと言うか、厳しいところがあった。自分にも人にも厳しい人なんだろうと思う。

 ウェヌスは悪役令嬢っぽいところは自力で矯正しているが、負けず嫌いはそのままなので、ラズヴェルに「ダルシア語は相変わらずだね」とか「法律の解釈が根本的にわかってない」とか馬鹿にしたように言われると「ちょっと苦手なだけです」、「根本はわかってます!」などと言い返しこっそり予習復習に励んだ。

 王子妃教育も週に一日王宮で学んでいる。

 おかげで忙しい。そのために、どうしても「婚約、なくなったら気楽かも」と思ってしまう。

 それでも、二年も婚約者として側にいるうちにラズヴェルが暮らしの一部になっている。

 彼の癖も、彼の話し方も、エスコートされるときの彼の腕の温もりも、もうすっかり覚えてしまった。

 もしも離れることになったら寂しいだろうな、と思う。そう想像するだけで辛いのだから。


 ウェヌスは「悪役令嬢っぽい」と自分で思っているけれど、本当のことはわからなかった。

 気にしても疲れるだけなので普段はあまり考えていない。

 ただ思い付く対策を講じるだけで精一杯だ。


 ウェヌスとラズヴェルが王立学園に通い始めて四年が過ぎた。

 二人は十六歳となり高等部二年に進級した。

 悪役令嬢だのなんだのって、杞憂だったみたいだ。殿下は優しくて良い人だし、お付き合いも勉強も順調だ。

 なにも憂いはない、と思った。不自由も不満も色々とあるが、ウェヌスは今の生活にもう慣れていた。このまま何事もないのならそれが一番だ。

 どうかなにも起こらないで、と彼と過ごすたびに思った。


 二年に進級して半年という中途半端なある日。

 一人の男爵令嬢が編入してきた。

 可愛らしい希少な光魔法属性を持つ令嬢だ。メリールー・ステア。

 彼女は、二年ほど前から国教の神殿で光魔法を使った治癒術を学んでいた。中途半端な編入は、治癒魔法の訓練が終わりしだい王立学園に入ることが決まっていたかららしい。

 男爵家の庶子なので教育が不十分で、生徒会が保護することになったという。

(・・テンプレ・・)

 思わず胸の内で呟いた。

 まさかの「テンプレ」だった。なんらひねりもない。これで彼女が魅了を使えるとかいったら、王道ではないか。

 あるいは、ドジっ子の健気キャラか、はたまた癒やしキャラか。

 とはいえ、大人しく婚約解消を受け入れるには七年の月日は長すぎた。

 それに、生徒会のメンバーの婚約者たちはウェヌスの友人たちでもある。彼女たちが蔑ろにされるのは面白くない。

 とりあえず、様子を見ることにした。

 友人の令嬢たちも「学園からの頼みみたいだし、仕方ないわよね」と今のところ鷹揚に構えている。

 鷹揚に構えたくもなるだろう。

 第一王子の側近たちは、みな嫡男ではなく次男とか三男だ。

 努力して良い成績を収め、第一王子の側近の地位を得て、おかげで良家の令嬢たちとの婚約を勝ち取ったのだ。

 もしも、彼女たちとの婚約がなくなったら、次男や三男は家を継げないので爵位なしとなる。家から爵位や領地を分けて貰えるならいざしらず。

 実家の後ろ盾があるので彼らの代は良い。側近としての地位もある。けれど、自分が貴族として盤石となるには彼女たちとの結婚は絶対に要るのだ。

 よほど愚かでなければ婚約者を大事にするだろう。

 愚かでは第一王子の側近にはなれない、はずだった。



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