辺境伯の愛は悪役令嬢には注がれない
いつもの月一の顔合わせのお茶会に、王城に訪れたアメリアと侍女のジュリアは、アメリアの天敵であるエルザがいる事に驚いた。
大きく庭に面しているテラスで、二人はテーブルに横に並んで座り、既に紅茶を飲んでいたが、私達を見ると立ち上がって並んだ。
「アメリア・ハッチェント侯爵令嬢!お前が命じてエルザ・メンフィス伯爵令嬢に様々な嫌がらせをしていたのは、全てわかっている」
ランドコア王国第一王子、ミカエル・エルミタジェン・ランドコアは横にいた令嬢の方を抱き寄せ、言い放った。
王子のアメリアに対する眼差しは、いつもより更に冷淡だ。
遂に来た!!
これを待っていた!
私が計画を立てたこの寸劇がついに上演される!
ジュリアはアメリアの後ろで息を呑み、飛び出しそうに拍動する心臓を上から抑えるように拳を握って当てた。
「恐れながら、私と言う婚約者がありながら、その女が殿下を誘惑したのですわ!私は忠告をしただけでございます」
憤慨して思った通りの答えを言うアメリアの後ろから、ジュリアは口を大きく開けて言ってやった。
「そうです。それでも聞かぬメンフィス伯爵令嬢に嫌がらせをするように、私に申しつけられたのです」
「ジュリア!何を言うの⁈」
アメリアを一顧だにせず、一歩前に進み出て、王子に向かって言う。
「お嬢様の言う通りしなければ、酷い折檻が待っておりましたので、仕方無く従ったのです。誠に申し訳ございませんでした」
「ジュリア!お前、裏切ったのね⁈」アメリアがジュリアの腕を掴んだが、すぐに振り払った。
「心から従ったことなど、一度もございません」
言いながらチラッと王子を見ると、冷淡な目の奥は満足そうだ。
「二人とも、取り敢えず家で謹慎しろ!沙汰は後日言い渡す!下がれ!」
王子はさも鬱陶しそうに、片手で払う仕草をした。
「嘘でしょう?私は悪くありませんわ!婚約者ですもの!」
アメリアは必死で食い下がる。
「それも今日までだ。お前との婚約は苦痛でしかなかった。私は愛するエルザを妃に迎えるつもりだ」
「そんな!」
王子は優しい眼差しをエルザに向けた。
エルザは微笑んで、アメリアへは悲しそうな眼差しになった。
そんな王子の表情が、アメリアに向けられた事は一度も無い。
「そんな!殿下!お考え直しを!」
「見苦しい!外へ連れ出せ!」
王子が警護に当たる騎士達に手を振ると、近付こうとしたアメリアは両腕を抱えられて、引きずられるように連れ出されて行く。
『王子、後はよろしくね』
別の騎士に腕を掴まれた私は、その後ろからいそいそと早足でついて行く。
「いいのか?ジュリアまで罪を被ることになるぞ」
腕を掴んで横を歩く騎士は、幼馴染のブライアン・イーノスだった。たまたま近くにいたようだ。
「俺、誰かに頼んでジュリアにお咎めが無いようにしてもらうからな」
焦りを伴う真剣な表情だった。ブライアンはいつもジュリアに優しい。腕を掴んでいると言っても、そっと添えられてるだけだ。
「ありがとう、でも、いいの。無理強いされたとしても、本当に嫌がらせをしたのは私だもの。罰は甘んじて受ける。気持ちだけで十分。今までありがとう」
「ジュリア!諦めないでくれ、俺はお前の味方だ」
ブライアンは必死に言ったが、ジュリアは腕を離してもらうと、軽く会釈して「ありがとう、さよなら」ともう一度言って離れた。
「ジュリア…」
廊下の突き当たりの扉を開けると憔悴して青ざめた顔のアメリアの父である大臣が立っていた。
「アメリア!」
アメリアを見ると大臣は、つかつかと足音荒く近寄って、思い切り頬を平手で叩いた。
「なんて事をしてくれたんだ!わしの立場を考えろ!愚かな奴め!」
「お父様、私は悪く無い!やったのはジュリアよ」
「やかましい!帰ったら二人とも地下室に入れておけ!わしは殿下にお伺いをしてくる」
連れて来た家の護衛達にアメリアを受け取らすと、早足で去って行く。
アメリアは真っ青な顔でブルブル震えながら馬車へと運ばれて行く。
ジュリアは微笑みを浮かべながら、後ろを付き従った。
『終わったわ。侯爵は、アメリアを決して許さないわ』
ジュリアはハッチェント侯爵家と親戚ではあるが、昔に分家になっているので、爵位は単なる男爵だった。両親が相次いで病死し、男爵家は無くなり、途方に暮れていたところ、侍女として雇うと言ってくれたので承知したのだ。
歳の近いお嬢様に仕えると知って、仲良くしてくれたらと期待をしていたが、その希望は全くもって打ち砕かれた。
一人娘でわがままに育ち、王妃教育で何時間も勉強を強いられる毎日の鬱憤を晴らす、格好のサンドバッグになってしまった。
朝起こしに行くと、持っていた洗面器のお湯をかけられ、濡れた床掃除をさせられる。
髪の毛を整えれば文句を言われて髪を抜けるほど引っ張られる。
宿題はいつも代わりにやらされるので、ジュリアには全く関係ない王妃教育の授業は、横に控えたまま真剣に聞かなければならなかった。
些細なことで激昂し、つねられたり叩かれたりは日常茶飯事。
逃げ出すこともできず、アメリアの親に訴えたくても父母が家にいた試しが無い。父は大臣職で激務だが、愛人宅に行くので帰って来ない。母は社交に忙しく、やはり愛人もいるようだ。
幼い時に婚約した王子に、本当の事を言いたくて、アメリアのそばに控えつつ、うずうずしていた。
が、王子にぞっこんなアメリアを見る目が、歳を経ても冷め切っているのに、辛うじて溜飲を下げていた。
そんな時に街中へお使いに出かけた時、王子とエルザがお忍び(になってない)デートをしているのを目撃したのだ。
『使える』
王子がアメリアには決して見せた事が無い、極甘の表情でエルザに接しており、アメリアは絶対嫉妬に狂うだろうとほくそ笑んだ。
筆跡が分からないように変えて、アメリアに王子の浮気(本気)に関する手紙を書いて送った。
工作はアメリアだけで良い。王子はエルザのために察して協力してくれるだろう。
思った通り、手紙を見てからアメリアは嫉妬に取り憑かれた。しかも他にも親切な取り巻きがアメリアに教えてくれたのだ。
最初は手紙で抗議しているだけだったが、エルザの周囲をジュリアや家の者に見張らせて、王子と会う時は妨害するようになった。面と向かって二度と会うなと言ったこともある。
破落戸にエルザの乗った馬車を取り囲ませて脅したりもした。
それには、王子が護衛をつけるように対策したので、一回で終わり、駆け付けた王子とエルザの仲が一層深まる場面が有り、アメリアに言いつけられて様子を見ていたジュリアは、笑いを堪えるのが大変だった。
結局、王子とアメリアは婚約破棄、そのままアメリアは修道院行きと思われたが、意外なところから声がかかった。
ポートナード辺境伯から嫁入りの申し入れがあったのだ。
ポートナードは国境の都市で、海と山の狭間にあり、隣国と接する重要な軍事拠点だ。貿易港もある為、最新の流行もやって来る、異文化交流も活発な所だ。
今は隣国との関係は良いので、重要な貿易相手になっている。辺境伯領とハッチェント領は一部隣接しているので、たまにお互いのパーティーでの賓客になっていた。
父親はこれ幸いとアメリアを嫁に出すことにした。
豪華に仕立てた衣装や宝石、家具まで積んで、辺境伯領へ送り出した。
アメリアは勿論嫌がったが、逆らうことはできなかった。
そしてジュリアも、変わらずにそのまま嫁入りについて行くことになった。
てっきり放逐されると思っていたので意外だった。
「あんたは、私に一生仕えるのよ!辺境伯夫人として、こき使ってあげるから覚悟なさい!」
「まあ、やり甲斐がありますこと」とジュリアは微笑みを浮かべていたが、しばらくしたら、どさくさに紛れて逃げようと、そのための用意だけはしておいた。
辺境伯は出かけていて忙しいと、結婚式もせず、対面もなくいきなり初夜となり、アメリアの機嫌は最低だった。
それでも、初夜用の薄手の華やかな夜着を着せると、どこか緊張した様子だったが、素知らぬ顔で
「お休みなさいませ」と横の侍女部屋に下がった。
閨の知識は何となくあれど、控える侍女はどうすれば良いのか知らなかったので、侍女服のエプロンは外してベッドに腰掛けて待機していた。
事後の始末を頼まれるかもしれないが、あまり長くなるようなら寝てしまおう。
冷めた紅茶を飲んで一息入れていると、隣の部屋の出入り口のドアが開く音がした。
『来たようね』
思わず耳を澄ますが、大声なので丸聞こえだった。
「伯爵令嬢がとんだ結末だな」
「私は王子の婚約者だったのよ!貴方なんかが相手にできるとお思いで?」
アメリアが相変わらず高飛車な物言いをしている。
「最初からお前を愛することも、相手にする気も無い。お前は押し付けられただけだ。出て行け!」
「な、なんですって⁈」
え?
ガタガタと音がして、外から人の出入りがあり、アメリアは悲鳴と怒鳴り声を共に上げている。
さすがに控えている場合では無い、と、侍女部屋から出て行く。
アメリアは両脇を騎士で固められ、まさに部屋から連れ出されようとしていた。
なんか、どこかで見た図だ。
「物置部屋にでも入れて、外から鍵をかけておけ」
ジュリアが言う前に、アメリアは部屋から出されてしまった。
「私を誰だと思ってるの!侯爵令嬢よ!お父様に言いつけてやる!ジュリア!助けなさいよ!」
叫びつつ容赦なく連れて行かれた。
パタン、と戸が閉められ、ジュリアはようやく我に帰った。部屋にはジュリアと辺境伯だけが残っていた。
「さあ、邪魔者は消えた」
くるりとジュリアの方へ振り向いた辺境伯を見て、あっと声を上げた。
「ブ、ブライアン⁈どうしてここに⁈」
てっきり辺境伯だと思っていたが、幼馴染だった。
「どうして?初夜なんだから、来るに決まってるだろう?」
「え、ブライアンって辺境伯だったの?でも、ブライアンの家ってイーノス…」
「イーノスは母方の家の名だ。俺は母の連れ子だからな。急遽ポートナードを継ぐことになった。それで早急に嫁が要るようになった」
「でも、アメリア様を追い出しちゃって!相手がいなくなったじゃない!」
「あいつには下働きさせよう。お前をずっといじめてたやつだから、仕返しせねばな」
「そんなことして…嬉しいけど」
ブライアンは、吹き出した。
「さすが、ジュリアは強いな!しかも王子や俺を巻き込んでの壮大な仕返し!」
「ブライアンを巻き込んだ覚えはないけど、王子は利用はしたかな?で、私はどうすれば良い?」
「やれやれ、どうすれば、とは?」
「アメリアが下女なら専属侍女は要らないでしょう?ここで雇ってくれるの?」
「雇う?働きたいのか?」
「食べてくには働かなきゃ」
何を当たり前の事を言ってるのだ。
「うん、いいぞ、ジュリアはもう、雇われてる」
「そう、なのね。じゃあ、侍女部屋を移らなきゃ。もう遅いから明日でも良い?」
ブライアンはにっこり笑った。
「いや、今夜から移るんだ」
ブライアンは徐ろにジュリアを抱え上げるとそのまま隣の部屋に行き、ベッドの上に下ろした。
「ここは?」
「俺の寝室。隣が共用の寝室だが、アメリアが居た所で初夜は嫌だろう?」
ん?初夜?
ジュリアはブライアンに押し倒されて初めておかしいことに気付いた。
が、ブライアンは楽しそうに侍女服を脱がせていく。
「ちょっと待って!どうして私が服を脱がされて…」
途中でキスをされて言えなくなった。必死で逃れる。
「ジュリアの寝巻き姿も見たかった。明日な」
「いや、だから、どうして私が」
ブライアンは意地悪そうに言った。
「俺は最初からお前を嫁に望んだんだ。なのにアメリアの親父は、承知しないし、代わりにアメリアを娶れときた。だから、逆手に取った」
いつの間に⁈ジュリアは開いた口が塞がらない。プルプルと震えながら結論に達した。
「つまり、私は、騙された、と?」
「近々求婚しようと思ってた矢先に、あんな事になったからな。焦った」
「やる事いっぱいで大変だったよ」等言われながら服は脱がされて行く。
ブライアンは近衛騎士として務めていたし、力では全く敵わない。
「やあ、ちょっと、こんなのない!」
「俺はずっと楽しみにしてたんだ。昨夜はほとんど寝られなかった」
「じゃあ、早く寝なさい!」
「終わったらな。いつ終わるかな?」
舌舐めずりしたブライアンに、ジュリアは嫌な予感で悲鳴を上げた。
ジュリアはブライアンに全身愛撫されてくったりして、されるがまま、何度も愛されてしまった。恐るべし騎士の体力。
最後は気絶するように眠って、起きたら昼過ぎだった。
「嘘でしょう?こんな事になるなんて」
お互いの裸を見てしまい、赤くなって毛布に包まるも、ブライアンに剥ぎ取られそうになって必死に抗った。
「今更隠しても無駄だよ」
「明るいから丸見えじゃない!」
「綺麗だよ、奥さん」
「ブライアンの馬鹿!」
「でも、仕返しだけじゃ寂しいだろ?幸せにならなきゃ」
ブライアンは毛布ごとジュリアを抱きしめた。
「愛してるよ、ジュリア、一緒に幸せになろう」
「もう、もう、ずるい!」
ジュリアは真っ赤な顔で、ポロッと涙をこぼした。
「とんだ策士だわ。でも。ありがとう、ブライアン」
悪役令嬢にザマアした悪役(侍女)令嬢は辺境伯に愛を注がれたのでした。
終
悪役令嬢のための悪役令嬢に乾杯。漁夫の利とも言う。