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継承1

 ノックが鳴っている。

 それに気付いた瞬間、飛び起きた。


 思ったより深く眠ってしまっていたのか……。ケイや父上の顔が脳裏にチラついて、憤ろしくて、とても眠れないと思っていたのに。

 少しでも休まなきゃと無理矢理目をつぶって、ルーシェを抱き込んで、寝息を聞いていたら、いつのまにか……。


「何だ? 何かあったか?」


 窓から入ってくる光は、まだそんなに傾いていない。それほど時間は経っていないようだ。


 ルーシェがもぞりと動き、薄目を開けた。起き抜けのルーシェは、一人にされていると不安がって泣きだす。傍にいるのがわかるように、頭を撫でてやった。


「奥方様がお呼びです。御城主様がお目覚めになり、ギルバート様とルーシェ様にお話があると。どうか、お早く」

「わかった。すぐ行く」

「ルーシェも行く!」


 あわててしがみついてきた背中をポンポンと叩いてやりながら、一緒に行こうな、と告げた。

 椅子の背に掛けておいた上着を手早く着込み、剣を佩く。ルーシェにも上着を着せて、抱っこして部屋を出た。


「御城主様は二の城壁内におられます。お部屋へは奥方様がご案内するとのこと。二の城壁門でお待ちになっています」

「わかった」


 伝令はウィルバートだった。臣下であることにこだわる彼は、先導役も務めるつもりのようだ。勝手知ったる城内なんだから、伝言だけで充分なんだが。

 いつもなら、そんな彼との距離を測りかねてピリピリしただろうけれど、今は呼びに来てくれたのが彼で、ありがたかった。あまりよく知らない兵だったりしたら、間者かもしれないと疑って、落ち着かなかっただろう。


「ギル様、どうしたの? どっか痛いの?」


 とうとつに、ぺとっと小さな掌を頬にあてられた。


「いや、どこも痛くないよ。ぼんやりしていただけだ。たぶん寝起きのせいだ」

「そっか、ギル様、お寝坊さんだもんね!」


 ルーシェがきゃらきゃらと笑う。

 ……ああ、そうだ、不安がっている場合じゃない。俺がしっかりしないと。こんなふうにルーシェが笑っていられる日常を、守っていくんだ。

 建物から出て、城壁の前でルーシェを下ろし、しゃがんで背を向けた。


「ほら、おんぶだ」


 情けないが、上背(うわぜい)も体重もない俺が肩車をしたら、ルーシェの体重に振り回されて危ない。


 すぐに背中に高い体温がぺったりくっついてきて、首に腕がまわってきた。後ろ手で尻を押し上げてやると、耳元で「くふふ」と嬉しそうに笑われる。その声も髪もひ弱な腕も、なにもかもがこしょこしょと触れて、くすぐったい。ルーシェの楽しそうな様子に、気持ちが和む。


 竜殺しの子供にとって、こうして飛んでもらうのは楽しい遊びだ。かくいう俺も大好きだった。


「ちゃんと掴まっていろよ」

「はあい!」


 立ち上がって、ルーシェを揺すり上げ、収まり具合を確認した。


「お気を付けて」


 ふいにウィルバートから声を掛けられて、驚いて振り返った。くそ真面目に気遣っているまなざしと合う。

 本拠地たるこの城の中で、竜殺しの俺を気遣うなんて……。


 なにかというとすぐに不機嫌になって、嫌っているのかと思えば、これだ。ふとした時に、昔、仲が良かった頃と同じ、従兄弟の顔をする。


 ……俺はいつもそれが嬉しかったんだ。だからウィルバートが好きなんだ。どんなに不機嫌に接されても、竜殺しとしてではなく、従兄弟として俺を認めてくれているから。


 それを、同じ人であると考えてくれているのだと、俺が勝手に錯覚していた。あんなに、竜殺しである自覚を持てと言われていたのに……。


 俺は何も言えずに目をそらして、足場に向かって城壁を蹴った。




 二の城壁目指して足場を飛ぶ。やがて、壁門の前で待つ母上を見つけて、その前に飛び下りた。


「ギルバート」


 ほっとしたように呼ぶ、母上の顔色が冴えない。ようやく父上が目覚めたというのに。――良くない知らせなのだ。


「お父様に会う前に、お父様の状態を承知しておいてほしいの。……左腕は切り落としました。それと、左の胸も潰れていて、よく心臓に折れた骨が刺さらなかったものだと、ばば様(エンマ)が。

 ……竜殺しだから、まだ生きている、と。助かるかどうかはわからない、たとえ命を繋げたとしても、元のようには動けない、と……」


 愕然として母上を見返す。


「お父様は、目を覚ました時には、何を言われなくても、自分の状態を把握しているようだったわ。……たぶん、他の誰よりも。その上で、あなたに話しておきたいことがあると言っているの。それを含み置いて、お話を聞くように。

 ルーシェも、御城主様のお話を、よく聞いてあげてちょうだいね」


 俺の背を覗き込み、語りかける。もぞりと動いたのが伝わってきたから、ルーシェも頷いたようだった。


 案内された部屋は、血と薬草の匂いで()せ返るようだった。

 ベッドの傍らにはばば様がおり、壁際には家令のサマル、書記のウォリック、財務長のミカ、兵隊長のレン、神官のネイトが控えていた。

 父上は横たわったままで、そうしているとただ寝ているだけにしか見えなかった。

 俺は枕元に立った。ルーシェを下ろす。

 父上が目を開けた。


「ギルバート。ルーシェもよく来た」


 父上の顔色は良くなかったが、弱々しさは感じられなかった。むしろ、張りつめた威厳に、俺とルーシェは自然に胸に手を当て、頭を垂れた。


「ギルバート、俺の体はもう、城主の任に堪えられない。今日を以て城主の座をおまえに譲る」


 ごくりと唾を飲み込んだ。いつかはと承知していたことだった。もっと華やかで誇らしいだろうと想像していたのに、現実は、その重さに自分のなにもかもが頼りなく感じる。……けれど、俺以外に担える者はいない。


(つつし)んでお受けいたします」

「エヴァーリを頼んだぞ」

「はい」

「それと、ケイの葬儀を頼む」


 それが一番の心残りだ、そんな気持ちが、声音にも表情にも表れていた。


「はい、確かに承知しました。……申しわけありませんでした。俺が手間取ったばかりに」


 深く頭を下げる。顔を上げられなかった。

 父上に怪我をさせ、ケイを失ってしまった。後悔しても、しきれない。


 竜の体表に、人からの攻撃は効かない。投石機も弩砲も、その鱗に弾かれる。竜を直接殺そうとすれば、目か口内への刺突をするしかない。その役を担う者は、ほとんどが死ぬ。

 だから、父上とケイが時間稼ぎをしている間に、俺が敵の竜殺しを殺し、後は三人で竜を狭い場所に誘い込んで、押し込めて飢え死にさせる予定だったのだ。


「いや、おまえのせいではない。あの竜は対人戦の訓練をされていた。罠の存在や武器の特性も理解していた。ただの獣ではなかった。……ケイは、勤めをよく果たしてくれた」


 父上の視線がルーシェへと移る。


「ルーシェ、おまえの父は、強い、立派な竜殺しだった」

「うん! おとーさんはりっぱな竜殺しだよ!」


 父親が褒められたことが嬉しいのだろう、弾んだ声が響いた。


「ルーシェ、城主として最後の命令をおまえにする。

ギルバートの小姓となって、ギルバートを助けてやってくれ。朝寝坊しないように起こしたり、忙しくて食事を抜いたりしないよう、面倒をみるんだ。

そして、ギルバートの(もと)で、強い竜殺しとなれ」

「はい!」

「いい子だ」


 父上は目を閉じ、黙った。


 仕事を任され、褒められて、嬉しさが突き抜けたのだろう、ルーシェはぶるぶるっと震えて振り向き、ぱあっと笑った。


「ルーシェ、ギル様のこしょーになるね! 朝、起こしてあげる! ご飯も一緒に食べようね!」

「ああ、よろしく頼む」


 頭を撫でてやれば、うん! と大きく頷く。


「グレース、今日中に城主の部屋をギルバートに明け渡し、寝室をルーシェの部屋に宛てるように」

「承知しました」


 母上がそう返事するのに、思わず口を挿む。


「こんな時です、急がなくても」

「こんな時だからだ。ギルバート、ルーシェをおまえの手で、竜殺しとしてしっかり育て上げるのだぞ」


 強調された物言いに、小姓にした本当の意味に気付く。いついかなる時も、そう、昼夜を問わず、ルーシェを守れと言っているのだ。そのために、常に身近に置いておかしくない小姓としたのだ、と。


「承知しました」


 俺は自身の浅慮を恥じて、深々と頭を下げた。

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