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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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来襲5

 後ろから竜へと歩み寄る。竜は微動だにしない。ケイも見当たらない。足音を忍ばせて、正面へとまわってみる。

 ケイがいた。竜の頭に覆い被さっている。


「ケイ! ケイ! 大丈夫か!? 怪我が酷いのか!?」


 呼んでも返事がない。父上のように気を失っているのだろう。

 走り寄ろうとして、……足が止まった。竜の巨大な鉤爪が、ケイを掴んでいた。背当てにヒビが入り、爪先がめり込んでいる。


「ケイ!」


 夢中で駆け寄った。

 ケイは短剣を握り、竜の左目に抉り入れていた。左足は膝を曲げた状態で竜の口に咥えられている。腿が牙で貫かれていた。彼は意識がないらしく、竜と額を突き合わせて、うち伏せていた。


「ケイ?」


 どちらのものともわからないおびただしい血が、彼らの足下に広がっている。どこに触れて助け出せばいいのかわからない。牙を抜けば、そこからただちに失血が始まってしまう。いや、だが、竜の唾液には毒があると聞いている……。


 そっとケイの肩に触れると、ぐらりと彼の頭が傾いだ。あわてて抱き留め、見えた彼の顔に、息が止まった。


「あ……、ああ、ああ、ああ、ケイ! ケイ! ケイ! ケイ!」


 彼の額は血塗れだった。見るも無惨にひしゃげていて、息をしてないのは明らかだった。

 対して、青い竜の頭も血が飛び散り、陥没して白い脳がのぞき、自らの骨がめり込んでいる。


 その死に様に、どうしてケイが、竜の頭にしがみついていたのかが理解できた。

 彼の体で、鱗が一番多く現れている場所は、頭だ。彼の先祖は、頭から竜の生き血を被った。だから、最も竜化が強く出ている。――目に浴びた俺の一族に、竜眼が現れるのと同じに。彼の頭は刃物では傷つけられないため、兜さえ着けないほどだ。


 竜の弱点は、目、口、顎の下にある唯一柔らかい小さな鱗。そこに何かを深く突き入れるしかない。――あるいは、竜同士が争うように、力任せに鱗さえ砕き、その体を潰すしか。


 それを、ケイはしたのだ。

 孤立無援になって。

 毒に犯され。

 槍も剣も失い。

 短剣を目に突き入れても死ななかった竜を、己の頭で殴り殺した。


「ああ……、あぁ……、あぁ……、ああ……」


 俺が、もっと早く、あの竜殺しを、殺せて、いれば。


 はげしい後悔と、胸を引き裂かれそうな悲しみが、渦巻く。


 どうして。どうして、こんなことに。

 なぜ、ケイが死ななければならない!?


 ルーシェの面影が思い浮かぶ。このことを、どうあの子に伝えればいいのかわからなかった。


 おまえの父が死んだのだと、もうおまえを抱き上げないのだと、――約束は果たされないのだと。生き残った俺が、どの面下げて言える。


 呆然と、まだあたたかいケイを抱きしめて座り込む。涙があふれて止まらなかった。




 どこか遠くで角笛が吹き鳴らされているのを、ぼんやりと聞いた。……城壁の向こうからだ。ポー、ポーと一定の調子で吹き鳴らされる、何かの合図。


 ……ああ、撤退だ。ランダイオの兵が退却していくのだ。


 そう気付いた瞬間、怒りがはじけて、真っ白に脳裏を焼いた。


「帰る、だと?」


 ケイを殺して、ルーシェのもとへ帰れなくしておいて。自分達は、領国へ、家族のもとへ、帰る気だというのか。


 ……許せるか。

 許せるものか!


 ケイを地に横たえ、音を追って、城壁を駆け上る。


 鎧を着込んだ騎士達は、背を向けて離脱しようとしていた。従騎士や従者も我先にと弓の射程外へと後退している。

 その背を追って飛んだ――飛べるかぎり、一番遠くへと。


 途中の従騎士の肩を踏み台にして、もう一飛びし、先を行く騎士の頭を蹴り飛ばした。蹴った頭が兜ごともげて飛び、前の騎士の頭にぶつかる。その騎士の首が、ゴキンと音をたててへし折れた。


 頭を失い血飛沫を上げる体を踏み倒して、跳び上がって宙返りし、先頭の騎士の頭を両手で掴んだ。勢いのまま捻って、地に足を着くと同時に、くずおれる体からもぎ取る。その騎士に成り代わって退路の先頭に立ち、血の(したた)る頭を投げ捨てた。


「ば、化け物!」


 悲鳴と怒号があがる。

 わっと散る敵兵を、手当たりしだいに捕まえては四肢を引き千切った。苦痛と恐怖の叫びをあげさせ、血を、内臓を、ぶちまける。


 誰も。誰も。誰も。残さず。

 すべて。すべて。すべて。殺す。


 へたり込んだ者の顔を片手で掴み、顎を下へと引き裂いた。皮がぶらさがったそれは思ったより小さく、これではたいした弾にならない。放り捨てて、のたうちまわる体を踏みつけて背骨を砕き、腕を一本もぎ取って、次の敵を探した。


 周囲を見まわしたが、人影が見つからない。

 耳を澄ませても。目を()らしても。息づかいが、聞こえない。人の形をしたものが、ない。

 まだ。まだだ。この程度では怒りも悲しみも静まらない。もっと、もっと、もっと、殺したいのに。


 ギ、と軋む音が聞こえ、振り返った。ギリギリと音をたてて城門が開かれていく。

 その向こうから現れたのは。


「ギルバート」


 優しい、憂う、聞き慣れた声。

 母上が心配顔で出てくる。


「戦いは終わりました。帰っていらっしゃい」


 ふいに――本当にふいに、靄が晴れた心地がした。


 あたりを見まわす。地は赤く染まり、肉塊が散乱している。――敵はもういない。

 そうだ、俺が全部殺した。一人残らず殺してやった。


 ……では、もうこれはいらないのか。


 逃げていく人影があったら、足止めにぶつけてやろうと、握っていた腕を放りだす。

 歩きだして、何かをずるずると引きずっているのに気付き、左手に取り置いていた死体も手放した。


 俺は母のもとへ――我が家たる城へ、向かった。

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