ムンドール4
「これからお二方に、あの方をご紹介したく存じますが、いかがでしょうか?」
自分が殺した男の遺児に会うなんて遠慮したかったが、そういうわけにもいかない。
オーレリア殿が頷き、俺も了承した。
「ご紹介する前に、お話しさせていただきたいことがございます。
あの方は現在、アーセンタ・イーニアスと名乗っておられます」
「イーニアス?」
ムンドール城主の姓ではない。
「母方の姓にございます。ですが私生児ではございません。神官に結婚の立ち会いをしていただいておりますし、出生時も城主自ら神殿に届け出ております」
基本的に、あの子が竜殺しであることを隠すために、ムンドールの正嫡だというのは表に出さないので、私生児であるかどうかはあまり関係ない。なのだが、何かあって正統性を問われた時、大きく違ってきてしまう。正嫡であるお墨付きがあるのは良いことだ。
もっとも、あの髪色では、竜殺しということは一目瞭然なのだが。誰の血を引いているのかも。
「ご母堂が結婚式の前に妊娠されまして。あまりにひどい悪阻に式が延期になったのです。
普通は悪阻というものは一時のものですが、ご母堂の場合は一度も回復されることがありませんでした。弱った体で出産に挑まれ、命を落とされたのです。
城主はお子様の性別を見て、隠して育てる決断をされました。それで、結婚も正嫡の存在も公にしなかったのです。
ですので、対外的には甥として扱ってまいりました」
「竜殺しとしては育ててないのか?」
「レアティズ、ご説明を」
家令に振られて、兵隊長が口を開いた。
「私からご説明申し上げます。
幼い頃から城主が手ほどきをしておりました。自覚なく力を振るわれると危のうございますので。
ただ、性別故、どの程度を教えるかに迷いがおありだったのと、隠して育てる制約もあり、基礎的なもののみになっております」
これからは、あの子の養育に俺の意向も加味される。名目上、この城は俺のものなので、あの子の身柄も俺の預かりになるからだ。
「オーレリア殿、ウルム卿は幼い竜殺しに武術の手ほどきはできますか?」
「ええ、そのはずです」
「ならば、竜殺しとして恥ずかしくない技量と誇りを身に付けさせるよう、配慮をお願いします」
「よろしいのですか? ……申し訳ございません。ご無礼をいたしました」
兵隊長が思わずといったように俺とオーレリア殿の会話に口を挿み、直後に己の不躾に気付いて、椅子から降りて膝をついた。頭を下げている。
今の発言からすると、やはり家令と兵隊長は、俺が城主を殺した可能性があると考えているのだろう。あの子が仇討ちを望むかもしれないと考えていなければ、出てこない言葉だ。
だが、それがなんだ? それを織り込んでもなお、彼らはヴァユ同盟に付くと決めた。
いずれ、ウルム卿の口から事実が漏れるかもしれない。それであの子が、俺を親の仇と恨んで仇討ちに来るとしても。その時はその時のことで、その前に、ここでの地歩を固めるのが先決だ。なにしろムンドール城は、ランダイオと並んで、ヴァユ同盟の最前線となるのだから。
まずは、オーレリア殿の安全の確保。そのために、ウルム卿の弱点となるあの子をなんとかしなければならない。
「自分の身は自分で守れたほうがよい。それが城主殿の遺志を継ぐことにもなろう」
あの子が虐げられることなく生きられること。それさえ守れば、ムンドールはエヴァーリに反目しようとはしないだろう。……たぶん。
頼んだからな、オーレリア殿! という気持ちで彼女を見たら、軽く頷かれた。
「我々は気にしていませんよ、レアティズ卿。私もエヴァーリ公も、議論の場では身分に関係なく、活発な意見の交換を好みます。現場からの意見ならばなおのこと。
立って。席に着いて。話に加わってください」
気持ちは伝わっていなかった。彼の無礼の処遇を、淑女にゆだねただけだと思われた。まあ、それはそれで必要だったのだけれども。いつまでも彼に膝をつかせておくわけにはいかなかったし、紳士としてこういうのは淑女に譲るものなので。
「私としては、あの子を竜殺しとして育てるとしても、これからは淑女教育も必要だと思うのです。いずれウルム卿の伴侶として披露するならば。皆様はどう思いますか?」
オーレリア殿の問いかけに、家令と兵隊長は顔を見合わせ、俺を見た。どういう意味だそれは。
会話の接ぎ穂をひねり出す。
「……そういえば、俺、と言っていたな」
「甥とは結婚させられません」
それはそうである。
つい、ルーシェに置き換えて考えてしまう。ルーシェに女だけど男のふりしろなんてのは無理だ。どこかで真実をしゃべり散らすか、重要な場面で混同して失敗しそうだ。年齢が上がって分別が付いてくれば……いつ頃だろうな、それ。想像できない。
「オーレリア殿に任せます。時期を見て適宜お願いします。……ただし、竜殺しとしての修養が優先です。それを損なうようなものならば、いりません」
強ければ相手を黙らせられるし、弱い竜殺しなど恰好の的にされるだけだ。
「ご心配なく。それを補うものを教えましょう。女には女の戦い方があるのですよ」
横目で微笑まれ、ゾッとした。たしかにしょっちゅう彼女から感じている。今も。
「さて、いかがです? 実物を見ないで話し合うのはこのへんまでにしませんか?」
オーレリア殿に催促され、兵隊長が呼びに立った。
ウルム卿と手を繋いでやってくる。俺とオーレリア殿も席を立ち、並んで向き合った。
ウルム卿に促され、手を離して一人で立つ。兵隊長が紹介した。
「こちらはアーセンタ・イーニアスにございます。
アーセンタ、こちらはエヴァーリ公です。今日からムンドール城の城主、あなたの代父となる方です。
こちらはヴァユのオーレリア姫です。エヴァーリ公が本城から長く離れられないため、城主代理となられる方です。
ご挨拶なさい」
「昨日はたいへんなご無礼をいたしました。ご挨拶が叶いまして光栄にございます。どうぞお引き回しのほどよろしくお願いいたします」
膝を折って手を胸に当て、まさに教えられたとおりという感じに言い終える。微笑ましい。
「歳はいくつだ」
「十二歳です」
思ったより上だった。ランダイオのアークリッド・ロンダールより年上なのに、外見は同じくらい、中身は幼く見える。もしかしたら、竜殺しの女は、人間の女とも竜殺しの男とも成長の仕方が違うのかもしれない。
「今をもって子供であることは捨てよ。竜殺しとしての自覚を持ち、その誇りに見合う者になれ」
子供の目が揺れ、兵隊長、家令を見る。思ってもみない言葉だったのだろう。
「人の顔色をうかがうな。おまえの意見を言え。それが許されるのが竜殺しだ。
さあ、おまえはどうする」
「はいっ、そうなりたいです! がんば……、しょ、精進、します!」
「いい返事だ。俺はここにはいられないが、援助は惜しまない。
俺の代わりにこの城とおまえの面倒を見てくれるのが、この人だ。母とも姉とも思い、よく敬え」
「お姉様と呼んでくださいな」
オーレリア姫は進み出て、彼女に手をさしのべた。どういうことかわからないで戸惑っている子にもう一歩近づき、その手を取る。
「仲良くしたいと思っています。よろしくお願いしますね。
私、来たばかりで何もわからず、困っていますの。まずは、あなたのこと、この城のこと、たくさん教えてくださいな」
アワワワという心の声が聞こえそうなほど、子供の顔が赤くなっていく。たぶん、必殺の人たらし笑顔を、至近距離で食らっているせいだ。
子供の横で揺れる人影に目をやったら、ウルム卿が妙な顔をしていた。喜ばしいのは間違いないらしいのだが、目つきに嫉妬が混じっている気もする。
帰る前に、もう一度釘を刺しておかないとならなそうだ。
昨夜の、話が通じているようで通じていない面倒くささを思い出して、こっそり静かに深い息を吐き出したのだった。




