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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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ムンドール3

 翌日、朝食を終えると、本館のほうに招かれた。

 大広間の上座に据えられた大テーブルに案内される。


 壁には巨大なタペストリーがいくつも掛けられており、それがまた見事な品で、よく見たいところだったが、その中で一番豪華なタペストリーを背にする席に、もう小さな人影が座っていた。――昨日の子だ。


 俺達の姿を見つけると、ガタンッと立ちかけたが、ハッとしてストンと座る。ぷいっと横を向いたその前に、俺達を追い抜かしたウルム卿がまわりこんだ。


「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」

「……眠れなかった。おまえのせいだぞ。どうしておやすみなさいを言いに来なかった?」

「すみませんでした。やはり部屋を探して会いに行けばよかった。……あなたの睡眠の邪魔をしてはいけないと思って遠慮したのです。俺が間違っていました」


 いや、間違ってないからな!? 人の城で夜に城主の子の部屋を探してうろうろしたら、殺されたって文句言えないぞ!?


「今日は必ずおやすみを言いに行きます。それと、これ。砂糖細工です。味見と毒味で一つ食べてしまったんですけれど、美味しいですよ、いかがですか?」


 ウルム卿はテーブルに箱を置いた。蓋を開けて、一つ摘まみ、子供の口元に持っていく。子供は素直に口を開けて、運ばれた菓子を、ぱくっと食べた。


 ウルム卿が笑む。甘く、甘く、甘く、直視に耐えられないほど甘く……。


 思わず視線をそらしたら、オーレリア殿と目が合った。彼女も同じ気分になったのかもしれない。


 これはかなり脈ありなのでは? と聞きたい。竜殺しの求婚のあれこれをよく見知っているらしいオーレリア殿ならわかるのではなかろうか?

 と考えていたら、彼女から話しかけてきた。


「……あれ、求婚を受け入れたことになるんだけど、あの子わかっていると思う?」

「ん? え?」

「だから、さし出されたものを食べたら、結婚を了承したことになるでしょ!? 大丈夫かな、あの子?」


 脈ありどころか、ひとっ飛びに承諾になっている!?


 ああ、なるほど、竜殺しが見初めた相手を食べ物持って追いまわすって、そういうことだったのか!


「大丈夫だと思います。あの子も竜殺しなので」


 彼女が目を見開いた。


「やっぱりそうだったんだ! なんか変だなとは思っていたのだけれど、顔に鱗がないものだから、はっきりわからなくて。それに、ウルムが男に求婚するなんて思いもよらなかったし。……ちょっと待って。ということは、ケーニヒ家はウルムで終わり!?」


 まいったなあ、などとぼやいている。


「いえ、たぶん女の子です。俺にはあの子が女に見えます」


 ルーシェのことは出さずに、竜殺しの目から見ると、という形で伝えてみると、珍しくオーレリア殿がぽかんとした。


「……まさか。そんな。竜殺しは男しか生まれない」

「だからムンドール城主は我が子の存在を隠していたのでは?」


 女の竜殺しが存在すると知られたら、ありとあらゆる権力者がその身を欲する。

 竜殺しが産んだ子なら、竜殺しになると考えられるからだ。つまり、人の男でも竜殺しの子が持てるかもしれない、と。


 男しか生まれない種族に生まれた、男の特徴がない者に、本当に子が産めるのかはわからなくても。試してみる価値はあると判断するはず。


 竜殺しが伴侶を選り好みすることは知られている。だからこそ、幼いうちに捕まえて、洗脳しようとするだろう。自分たちの都合のいい常識を植え付け、……あるいは、手足を使い物にならなくし、子を孕ませるだけの肉塊にしかねない。


 ……そんなこと、許すものか。

 ルーシェを守る力が欲しい。財力を高めて、武力をそろえて、外交で同盟との絆をたしかなものにし。誰もエヴァーリに手を出そうなんて考えないだけの力を、手にしたい。

 ルーシェが伴侶を選ぶまでに、あと何年残っているだろう? あの子のように早いのだろうか?


 おそらく、ムンドール城主も同じことを考えていた。そして、焦って失敗した。あの子を残して死んでしまった。


「エヴァーリ公、ヴァユの姫君、ご足労いただき恐縮にございます。どうぞお席にお着きください」


 足を止めてしまった我々に、ムンドールの家令がやってきて、すすめてくる。

 あの子と同じ並びだが、テーブルの端と端で、距離がある場所だ。


 あちらにはお茶が運ばれてきて、二人は楽しそうに話していた。時々話が漏れ聞こえてくるのは、彼らの声が驚きに満ちているからだ。声を低めて話せば、こちらの話は聞こえないだろう。


 家令と兵隊長が向かいの席に着いた。


「よくお休みになれましたでしょうか? ご不便はございませんでしたか?」

「うん。じゅうぶんなもてなしだった」

「もてなしに感謝します」


 オーレリア殿も楚々と答えている。実際、とても快適だった。


 家令と兵隊長が、着いたばかりの席から立ち上がった。


「お運びいただいたあの遺体は、たしかに我が城主でございました。あらためて、(ちゆう)(しん)よりお礼申し上げます」


 片膝をついて、深く礼をしている。


「同じ立場として捨て置けなかっただけだ。このたびのこと、心よりお悔やみ申し上げる」

「まことにかたじけなく存じます」

「気持ちは受け取った。さあ、席に着け」


 二人はもう一段低く頭を下げてから立ち上がり、元の席に座った。

 家令が口を開く。


「どのような状況で見つけられたか、うかがってもよろしいでしょうか?」


 背後のウィルバートを手で呼ぶ。


「私よりご説明いたします。

 エヴァーリでは本格的な冬が来る前に、異獣狩りをいたします。その際に、ランダイオに続く街道沿いの森で、ご遺体を発見いたしました」

「さようでございましたか。

 重ねてうかがいたく存じます。供が何人かいたはずなのですが、そちらの姿はございませんでしたでしょうか?」

「周囲を見た限りではありませんでした」


 装備を剥ぎ取って、エヴの森に埋めてしまったからな。髪も含めて剥ぎ取ったものは、燃やすか溶かして地金にしたので、本当に何も残っていない。後にたとえ人骨が発見されても、誰だかわからないようにした。


「見つけられた場所を教えていただくことはできますか?」


 兵隊長が口を挿む。ウィルバートは答えなかった。判断は俺の仕事ということだろう。


「もちろんだ。案内させよう」

「ありがたく存じます」


 己の部下なのだから連れて帰ってやりたいのも無理はないと思いつつ、同情はわいてこなかった。俺を殺してエヴァーリに害を為そうとした者に対して、痛む胸はない。


「ところで、レアティズ、城主殿の死因はどう見た」

「おっしゃっていたとおり、竜によるものかと」

「ならば、遭遇場所はいくらか開けた場所になろう。竜が降りてこられる広さのある場所だ。そこから、城主殿だけが怪我をしながらも撤退したのではないかと考えている」


 かなり広範囲を探す必要があるぞと、ほのめかしておく。見つからない可能性のほうが高い、と。見つかるはずがないので。

「ご助言痛み入ります」


 沈黙が落ちた。ここまでが挨拶だ。そろそろ本題に入らないとならない。


「実は、腹を立てていた」


 物騒な物言いで議題を場に放り込んだ。


「城主殿が我が城に逃げ込もうとしたがために、追いかけてきた竜と竜殺しが襲撃してきたのではと思ったのでな。仲間割れなら、人を巻き込まないでもらいたいと思っていたのだ」

「お言葉ですが、我が主はランダイオと協力しようなどと考えてはおりませんでした。あそこのやりようは人倫にもとります。誰が泥船に乗ろうと考えるでしょう」


 家令が静かに反論する。


「そうだろうな。

 おまえは昨夜、言ったな。城主殿はランダイオ兵が何人も舟に乗った日に、出掛けた、と。それは、近隣の不穏な動きに、直接様子を見に行かれたのではないか?」


「さようにございます。ただごとではない人数でしたので。同じ兵数を動かせば(おお)(ごと)になります故、ご自身が動かれました」


「では、ランダイオの竜殺しを諭しに行かれたのやもしれんな。ランダイオのはそれを聞き入れぬどころか、城主殿を竜に襲わせたのだろう。

 まったく、ランダイオの竜殺しと竜には、殺しても怒りがおさまらん!

 ただ、あれらを殺したことは、我が(どう)(りん)と城主殿への、よい()()けとなっただろう。それだけが慰めだ」


「我が主も無念を晴らしていただき、神々の()(もと)で喜んでいるかと存じます」

「それならばよいのだが。もしや、もっと大きな無念があったのではないかと気になってな」


 ウルム殿と笑って話している子供に目を向ける。


「ムンドールにこのような災難が降りかかった時期にウルム殿が現れ、あの子の気を引いた。他同盟の城など本来訪れるはずもない俺とヴァユの姫も、居合わせている。まさに神々の配剤のように思えるのだ」


 これ以上は俺から言わない。どちらにしろ、ウルム卿は居座る。あの子から離れるわけがない。つまりこの城に、()()()()()()()()()が常駐するのは決定事項だ。

 あとはウルム卿をどうサポートするかという話だ。竜殺しでも、さすがに敵地に一人で放置されれば、命の保証はない。


 ムンドールの家令がオーレリア殿に体を向けた。


「……ヴァユの姫君にお願いがございます」

「お話を聞きましょう」


「今しばらくこの城にご滞在いただくことは叶いましょうか?」

「まあ。なぜ?」


「いずれ、あの竜殺し殿を、この城の城主として迎えさせていただきたいのです。……亡き城主の嫡子の婿君として」

「あの子供は竜殺しで、女性ということですか?」


「さようにございます」

「あら、あら。驚いたこと」


 優雅に胸元を手で押さえている。そして小首をかしげた。


「それで? あの子供が女性であることを隠すために、ウルムがここに滞在してもおかしくない理由を私に作ってほしいというわけですね? 私にあの子供の隠れ蓑になれ、と」


 うわー。直接言われていない俺でも、ピリピリしていたたまれない。


「そのとおりにございます。なにとぞお聞き入れいただきたく、伏してお願い申し上げます」


 家令は席を立って、床に跪いた。兵隊長もそれに倣う。


「この城の総意で、ヴァユ同盟の傘下に入ると。そういうことでよろしくて?」

「名高きヴァユの(ほむら)の竜殺しを城主として戴くのです。当然のことと存じます」

「よいでしょう。ですが、それにはエヴァーリ公のお力をお借りせねばなりません」


 承知したとばかりに家令はオーレリア殿に一礼し、今度は俺へと体を向けた。


「エヴァーリ公にはお名前をお借りしたく存じます。

 我が(あるじ)の仇を討っていただいたエヴァーリ公に、ムンドール城を(ゆだ)ねた形にしていただきたいのです。ハヌーヴァ同盟を抜ける大義名分を作るためにございます。

 けれども、エヴァーリ公はお忙しいお方。ヴァユの女王陛下にご相談なさって、姫君が派遣された、そういうことにしていただきたく存じます」


「それはかまわぬが」


 そこまで言って、考える。どう言えば効果的だろうか?


「姫とウルム卿は、我が盟友だ。もしも傷つけられることがあれば、俺はムンドールを滅ぼさずにはいられないだろう。竜血が、嘆きを晴らすために血を欲するのだ。それを肝に銘じておいてくれ」


 実際に、嘆きで虐殺したことがあるとほのめかす。ランダイオの竜の襲撃で、俺が何をしたかは伝わっているだろう。


 竜殺しは血に酔うことがある。その時は、目に付いた者をことごとく殺す。女も子供も関係ない。敵味方ですら見分けられないのは、有名な話だ。

 これは脅しではなく、警告だ。俺だって無差別な虐殺はしたくない。


「我が命に代えましても、お二人をお守りすると誓います」

「同じく。我が命に代えましても、お二人をお守りすると誓います」


 ムンドールの家令と兵隊長は、ガラガッドを介することなく、俺に対して請け合ったのだった。

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