ムンドール2
侍女が息を呑む。ムンドールの兵隊長も一瞬目を見開いた。その後は表情を消したが。
それで確信した。この子、女の子だ。
女の竜殺し! ルーシェの他にもいたのか!!
女の子は蜂蜜煮とウルム卿を交互に見ている。どうしていいかわからないようだ。それから急に、たくさんの人に見られているのに気付いたらしく、警戒したネコみたいになったと思ったら、ぱっと兵隊長の背後に入った。
「この男があなたの選んだ人ですか?」
ウルム卿がジロリと兵隊長を見上げる。
「違うぞ! レアは俺の友達だ! レアに何かしたら、俺が承知しないからな!」
俺と言っている。そうだよな、男として育てるに決まっている。
兵隊長は俺に向かって跪いた。
「まことに申し訳ございません。この者の無礼は、私の監督不行き届きにございます。どうか、罪は私めに問われるようお願い申し上げます」
ウルム卿に答えず、俺に謝罪する判断は正しい。俺が主賓でウルム卿は紹介してもいないのだから。いないものとして扱うのが、俺に対する誠意だ。
「立て。謝罪は要らない。部屋を間違えただけの子供に罪を問うたりしない」
「俺は部屋をま……っ」
「いいかげんになさい、悪戯坊主が! 早くこの子を連れて行きなさい」
家令が現れ、何か叫びかけた子供の服の背をグイッと掴んで、廊下に放り出した。そして兵隊長の横に跪く。
「たいへんなご無礼をいたしました。いかような罰も私めに。ただ、幼子への罰は、どうか寛大なお心でもってご容赦いただきたく、平にお願い申し上げます」
「いい。二人とも立て。大事にしてくれるな。
それより、彼らを紹介しておきたい」
ウルム卿、と呼びかけ、今にも子供について行ってしまいそうなのを止める。ぐぎぎぎ、という感じに振り向いた彼に、顎をしゃくってみせた。
おまえの仕事はオーレリア殿の護衛だろう! いいから今すぐエスコートしてこい!
おまえのおかげで、俺は勝手に人の城にもう一人竜殺しを入れた、信用ならない人物認定されているんだからな!
護衛に専念しているがために正体を隠していた生真面目武人と、突然子供に求婚するイカレ野郎では、話が変わってくるんだよ! 頼むから、釈明に協力しろ!
ウルム卿は手の中の蜂蜜煮に目を落とし、ポケットから手巾を取り出して包み込むと、しまいこんだ。手をマントで拭き取り、オーレリア殿のところに戻って、連れてくる。
……おい、それを再会したときに子供に食べさせるなよ……。
「こちらはヴァユの第一王女オーレリア殿。彼はその護衛でウルム・ケーニヒ卿。
彼らは、この城の家令のペトルキオと、兵隊長のレアティズだ」
紹介すると、ムンドールの二人は「お会いできて光栄に存じます」と丁寧に挨拶をした。
「彼らの身分を明かさず、共に城に入ったことは詫びる。安全を第一に考えてのことだ。
歓迎できないというなら、我々はすぐに出て行く。城下で待とう」
家令が畏まって答える。
「とんでもないことでございます。無理からぬことと存じます。もとより我々の事情でお招きしたのです。お気になさいませんよう。
そこでご提案なのですが、今日はもう日が暮れてしまいました故、エヴァーリ公、姫君におかれましては、今宵はどうか当館でおくつろぎいただき、明日あらためてお話しする時間をいただけたらと存じます。いかがでしょうか?」
「かまわない」
「ありがたく存じます。
お食事の用意をすすめております。今しばらくお待ちいただきますよう」
そして退出の挨拶をして出て行く。その二人の背に、「そうだ」と声をかけた。
「一つ聞いておきたいことがある」
家令の目配せで兵隊長は出て行き、家令だけが足を止めて向き直った。
「どうのようなことでございましょう」
「城主殿が姿を消した日がいつだったのか、教えてもらいたい。……俺の見立てでは、あれは竜の爪痕だ。だが、もしそれが日時的にあり得ないというのならば、竜殺しを殺せるほどの異獣が、森に潜んでいることになる。これ以上の被害が出ない前に狩らねばならぬ」
家令の視線が上がった。初めて俺の顔を見、すぐに伏せる。
「ランダイオ兵が何人もやってきて、舟を利用した日にございます」
「あいわかった。質問はそれだけだ。行っていい」
家令が出て行った部屋の中をゆっくり歩き、席に戻る。どこからどう見張られているかわからないから、しかつめらしい態度を崩していないが、なんとかなりそうで、気の抜けた顔をしてしまいそうだった。
あれが嘘か本当かはわからない。けれど、そういう前提で話しましょう、という申し出tと考えていい。
おそらく、ウルム卿の求婚があったからだろうが……。
「ウルム、いいからその蜂蜜煮は捨てなさい! もっといいお菓子をあげるから!
誰か、荷物から一番上等の砂糖細工を持ってきて、今すぐ。
ウルム、ほら、持ってくるよう言ったから、それを出しなさい! ヴァユの者として、そんなものを求婚相手に贈るのは許しません!」
オーレリア殿がウルム卿の胸ぐらを掴み、ポケットに手を突っ込もうとしている。拒む竜殺しに、ただの人が何かできるはずもないのだが。
……ウルム卿が明らかにおかしい。主からの要求なのに従わないし、そわそわしていて、食物に対して妙な執着を見せている。そうかと思えば、時々遠くを見て惚けた顔になったり。
俺はちょいちょいと指でウィルバートを呼んだ。
「なあ、あれ、もしかしてあれが、竜殺しの一般的な求婚なのか?」
「聞いたことはありますが、俺も実際に見たことは……」
小声で話していたはずなのに、どういう耳をしているのか聞き取ったらしいオーレリア殿が、くるりと顔だけこちらに向けた。
「そう。典型的な竜殺しの求婚行動。こうなったら誰の言うことも聞かない。ウルムはまだ人の話を聞いているほう。
悪いけど、今日はウルムと同じ部屋で寝てくれるかな? あの子を探しに行くといけないから」
う。たしかに、彼を止められるのは、同じ竜殺しの俺しかいない。
「わかった。こちらの護衛をそちらにまわしましょうか?」
竜殺しが二人そろっているのに、護衛など要らない。
「そうしてくれると助かる」
俺とオーレリア殿は、そろって溜息をついたのだった。
現在城には貴人をもてなす貴人がいないということで、案内された別館で、俺達だけで食事をした。
その後、客室に案内されたわけだが。
「オーレリア様よりお渡しするようにと預かってまいりました。竜殺し用の拘束具です。どうぞお使いくださいとのことです」
彼女の護衛がさし出した箱を受け取った。扉の鍵を掛けて、踵を返す。
「あ、おい、こら、待て!」
ウルム卿が窓から大きく身を乗り出しているところだった。走っていって、箱をベッドの上に放り出し、あわてて首根っこを捕まえる。
「今夜は部屋から出ない約束だろう! 相手は子供だ、もう寝ているし、起こしたらかわいそうって話になっただろ!?」
「起こしませんよ、でもやはり、この城には竜殺しは俺達しかいないじゃないですか。だから俺がそばで守ってやらないといけないと思うんですよ」
理論の飛躍がすごい。意味はわからないでもないが、常識がすっぽ抜けている。
「人の城を許可もなく歩きまわる竜殺しが信用されると思うか!? とにかくこれ以上不審な行動をするな! 不審人物に子供を会わせる大人はいないぞ。あの子がこの城で大切にされているのは、さっきの家令と兵隊長の行動でわかるだろ?
まずおまえがやらなきゃいけないのは、信用を得ることだ。信用がなければ、あの子に会わせてもらえない。それはわかるな? だから、今夜はこの部屋から出るな。わかるな? ん?」
少し待ったが、返事がない。顔を覗き込んで、「な!?」と同意を要求する。
「……俺達の問題なのに、他人の信用なんか関係ないじゃないですか」
ムスッとしてボソッと言う。求婚にくちばしを挿まれて面白くないのだろう。
「それは違う。あの子がどうやってあそこまで育ったと思う。誰かが大事に育てたからだ。それをやったのは、おまえじゃない。この城の者達だ。あの子を育て上げた者に、感謝して敬意を払え。
あの子を大事に思うなら、あの子をあの子たらしめているものも大事にしてやったらどうなんだ?
花は手折ったらいずれ枯れるだろ。長く愛でたいなら、周囲の土ごと根を掘り起こして鉢に植えるものだ。花ですらそうするんだ。人ならどうしたらいいと思う? 今夜はまずよく考えろ。急いては事をし損じるぞ」
ウルム卿はようやく、不承不承ながら頷いた。
「よし、もう寝るぞ! 明日は万全の体調で挑もうじゃないか」
右腕で彼と肩を組み、左手で雨戸と窓をしっかり閉めて、ベッドのところまで連れていく。
ベッドの上に、さっき放り出した箱がひっくり返って、中身が散乱していた。手枷に足枷、頑丈そうな鎖と錠前が、いくつも。どうりで重いと思った。
後ろ手に拘束し、足枷も付けてがんじがらめにして転がしておくこともできるが、それだと体が休まらないだろう。彼は重要な戦力だ。それを損なうのはいただけない。
彼の両足にそれぞれ長い鎖の付いた足枷を付けて、俺のベッドの支柱に繋ぐ。それらの鍵は俺の首に掛けて、下着の下に押し込んだ。
「これだけで済ますのは、おまえを信用しているからだ。俺の信用を裏切らないでくれよ」
箱を床に下ろし、残りの道具をそこへ放り込む。それから俺のベッドに行って、掛け布団の下にもぐりこんだ。
「おやすみ」
「おやすみなさいませ」
ジャラジャラと音がする。彼も横になったようだ。
野営するときの意識で目をつぶった。もとより他同盟の城だ、警戒は怠れない。
それでも寝具はじゅうぶんに上等で。心地よい浅い眠りに浸ったのだった。




