ムンドール1
俺達は本当に広間の片隅で寝た。多くのランダイオ城の者達も。宴会の後はだいたいそういうものである。床に敷く麦藁は壁際に多めに運びこまれており、そのうちのきれいそうなのを適当に厚く敷いて、マントに包まって眠るのだ。
オーレリア殿は宴会に姿を現さなかったが、翌朝、奥方と共に大広間に入ってきた。
俺と目が合って、かすかに頷く。どうやら奥方は、子息をうちで教育することに同意してくれたらしい。
あの時、奥方の手を握って話しかけてくれたのは助かった。奥方が息子と自分の身柄を交換してほしいなんて懇願をはじめたら、話がややこしくなるところだった。
うちなら子息に食事や道具の不自由はさせないし、なにより教育を頼んだネイトは教師として優秀だ。家令のサマルに、虐待がないよう厳重に命じてもある。エヴァーリの者として扱い、仲間意識を植え付けるようにとも。いずれ盟約を交わす相手だ、大切に慎重に育てている。
しょせん敵だ、裏切られたらどうするのかという意見もあったが、その場合は全力で返り討ちにするだけだ。一度は助けるが、二度は許さない。
それに、俺より優秀に育ってしまっても問題はないのだ。味方にするなら優秀なほうがいいし、たとえ敵対することになっても、そもそも今だって、俺より優秀な者達に支えてもらっているのだから、俺一人で張り合う必要はない。
というか、優秀じゃないと、ここを立て直すの無理だろ……。立て直すのに外部の協力がないと無理そうだから、うちがその一番太い伝手になっている間は、問題はないんじゃないかな。
「皆様、二日酔いに効くスープを用意してまいりました。食べられる方には、パンとハム、チーズも用意しております。どうぞお好きなものをお取りください」
奥方の指示で、侍女達が窓を開けていく。澄んだ空気が入ってきて、ここが相当淀んだ空気に満たされていたのを自覚した。すがすがしいが、寒い。自室なら、暖炉の前にうずくまって、ぼーっとしているところだ。
膝の上に抱え込むルーシェの感覚を、ふっと思い出し、愛しさに満たされて泣きたいような気持ちになった。あのふわふわの髪に頬をくっつけて、ルーシェの戯言を聞いていたい。
……あーあ。そのためにも、頑張らなきゃなあ!
「エヴァーリ公、お食事の用意が調いました。いかがですか?」
オーレリア殿とウルム卿も同じテーブルに着き、奥方にサーブしてもらって朝食を済ませた。
外に出ると、昇ったばかりの朝日に射られて、目を細めた。馬と馬車の準備ができている。馬の毛艶がいい。きちんと面倒をみてもらえたようだ。
「ランダイオ公、世話をかけました。もてなしに感謝します」
「こちらこそ、援助の話に感謝しています」
こいつが反乱を起こした領民に打ち殺されようが、ハヌーヴァに攻め込まれて血祭りに上げられようが、まったく心は痛まないが、そうなったら賠償が受け取れなくなるし、ハヌーヴァ同盟に対する防波堤にもならなくなってしまう。ランダイオを存続させたほうが得策なのだ。そのために多少の経費がかかるのはしかたない。
もっとも、かかった分は賠償に上乗せするだけだが。もちろん、ぼったくったりはしないぞ。信用が大事だからな。
尾根の道を上り、ムンドールへ向かう道に出る。
ランダイオからムンドールは、比較的近い。大きな森がなく、林と草原の間を抜けていく。何事もなければ、午後の半ばには着くだろう。
旅路は順調で、日が傾いて光が黄色くなってきた頃、城下に着いたのだった。
ムンドール城主の遺体を持ってきたと告げると、しばらく待たされた。
そのうち、家令と兵隊長らしき男が出てきた。馬上の俺の容貌を見て、表情が引き締まる。こういう時は、竜から引き継いだ特徴は便利だ。
伝令に立ったウィルバートが数度受け答えし、二人を伴って俺の馬の前までやってきた。
「二人がご挨拶したいというので連れてきました」
うん、と頷くと、二人はザッと膝をついた。
「エヴァーリ城主ギルバート・レドヴァーズ様にご挨拶できる機会をいただき、ありがたく存じます。
私はケルナ家家令ペトルキオと申します。こちらは兵隊長レアティズです。どうぞお見知りおきを」
「まずは遺体の確認をしてくるといい」
棺を載せた馬車へと案内させる。
さあてと。どっちだろうな、ムンドール城主がここを発った時期は。
ランダイオ兵が何人も舟を利用すれば、舟着き場を運営する城主が知らないはずがない。俺なら、他国の兵の移動は即刻の報告事項に指定する。
その報告を受けて、追うようにして様子を見に来たならば――竜が生きている間に城を離れたならば――、ランダイオにも説明した理由で押し通せる。
しかし、エヴァーリが襲撃された情報で動いたのならば――竜が死んだ後ならば――、別の手を使わなければならない。
戻ってきた二人の顔色は悪かった。棺を開けたらすごい臭いがしたはずだからな。あの髪の色は間違えようがないし。着ていたものはそのままにしておいた。身に付けていた装備もそっくり持ってきてある。竜の爪でちょっと刃こぼれを作っておいたが。
彼らはまた俺の前で膝をついた。
「たしかに我らが主としか見受けられない遺体でした。御自らお運びいただき、深く感謝申し上げます。
ただ、あまりに損傷が激しく、まずは遺体を引き取らせていただき、詳らかに確かめたく存じます。
その間、お礼方々、城でもてなしたく存じます。ご予定はいかがでしょうか?」
「それも無理からぬことだ。わかった。申し出を受けよう」
こうしてランダイオの時とは違って、比較的スムーズに城に入れたのだった。
城に入って鍵状の通路を抜けると大きな広場があった。その周囲に馬小屋や兵舎、鍛冶場に礼拝堂、庁舎が立ち並んでいる。その一角に小さな城館があって、そこへ案内された。
すぐに軽食が出てきた。白湯とチーズを載せた堅焼きパンや、茹でソーセージ、果物を蜂蜜で煮た物も。
「部屋の外に控えておりますので、ご用の際はお呼びください。どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ」
侍女の躾が行き届いている。身なりもよかった。兵達も客人の訪問に慣れているようで、不躾な視線がない。
ムンドール城主は良い為政者だったのだろうな。そんな感想が浮かび、溜息が出た。
城下の家々は小綺麗だったし、領内の城に至る道も整備されていた。城は小高い丘の上にあって、立派な堀に厚い城壁を備えている。突然の客をもてなす館があり、こんな食べ物も当然のように出てくる。
暴君だったという噂も聞いたことがない。
「オーレリア殿、よければこちらをどうぞ。一応、毒味はすませましたが、今一度されるといい」
暗に、毒味と称して侍女達に振る舞うといいと伝える。甘い物は喜ぶんじゃなかろうか。
彼女の身分はまだ明かしていない。何があるかわからないので。ただ、俺の侍従のウィルバートが椅子を引いて座らせ、護衛にマントのフードを深くかぶった男(ウルム卿)が付いている。それなりの身分だというのは、この城の者ならわかるだろう。
「ここの城主に会ったことがありますか?」
コソッと聞く。
「いいえ。ですが、明るい気質のやり手だったとは聞いています」
それは俺も知っている。そしてそれが嘘ではなかったと感じるから、彼女も噂を口にしたのだろう。
……つまりは、城主は慕われていた。だから迂闊に、自分が殺したと言うな、という助言だ。
それからは、あれこれ頭の中でまとめながら、ほとんど無言で過ごした。
小一時間ほどした頃だろうか。扉の向こうが騒がしくなった。何かわあわあ言っている。
パタパタという体重の軽い足音が走ってきたかと思うと、ドスン、ドサ、と殴り倒したかのような音がして、バターンッとドアが開け放たれた。
毛糸の帽子をかぶった子供が現れる。ハアハアと荒い息をして、服装も乱れている。来てはいけないと言われたのに、暴れて駆けつけたのだろうな、というのがわかるのだが。
……もしかして。
おそらく入る前に、グイッと自分で引き下げ直したのだろう、深くかぶった帽子の下から髪が数本はみだしており――明るい緑色をしている。
えっ!? ムンドールの竜殺しは未婚じゃなかったのか!?
経験的に、あんなちょっとのもの、たぶん俺が竜眼だから見えているだけで、他の者には見えていない。
顔をよく見てみたが、鱗はなかった。そういう竜殺しもいる。肩より上に血をかぶらなかったタイプだ。
首や手には、と目を走らせたが、スカーフと手袋が装着されていて見えない。
「オーレリア殿、あれは……」
「さあ、私にも……」
彼女も正体に思い至らないらしい。ならばやはり、公式には子供の情報はなかったのだ。
確かめないと。
立ち上がったところで、先ほどの侍女が駆け込んできて、後ろから子供を抱え込んだ。
「無礼をはたらき申し訳ございません!」
そう言いながら子供と共に膝をつこうとするのだが、かえって子供は胸を張って、仁王立ちになった。びくともしない。
たとえ侍女が非力だろうと、相手は十歳ほどの子供だ、身長差が頭二つ分はある。抑え込めないわけがない。
――あの怪力。やはり、竜殺しの子供ではないのか?
子供を追ってきたのだろう足跡が近づいている。その前に、確かめなければ。
俺はテーブルに手をついて飛び越えた。子供の帽子に手を伸ばす。
その手を、直後に横に降り立った者にはじかれた。
ウルム卿だった。なぜか子供との間に入り込み、侍女を子供から引き剥がして、膝をつく。俺に向かって、ではない。子供に対してだ。
ちょうどその時、子供を追いかけてきたらしいムンドールの兵隊長が、開け放たれた扉から顔を出した。遅れてもう三つくらい足音がしている。
「エヴァーリ公、ご無礼をいたします! 子供が……」
「我が名はウルム・ケーニヒ! ヴァユの炎の竜殺しです! 俺と結婚してください!」
そう叫んで、彼はそっと果物の蜂蜜煮をさし出したのだった。




