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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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ランダイオ6

 まあ、こんなものかな。これで、俺がビーセルの竜殺しを殺したのを隠蔽できなくなったけれど、しかたない。


 どう見ても、あの三人に気付かないふりで見逃してやったら、ランダイオ城主がいらないことをするとしか思えない。

 俺におもねって殺してしまうとか、ビーセル城主にあることないこと言って恩を売って、後にエヴァーリを裏切る()()にするとか。

 それくらいなら、俺が()()()()()()解放してやったほうが得策だ。


 今回の件はあまりに目撃者が多すぎた。あの三人を殺しても、しばらくの隠蔽にしかならないだろう。いずれすべてが明るみに出た時に、竜殺しを殺したのみならず、口封じのために抵抗する術のない人を三人も殺したとなれば、完全にビーセルを敵にまわしてしまう。それは避けたかった。


 彼らに死体を持ち帰らせなかったから、ビーセル城主は報告を受けたら、確認のために人を寄越すだろう。竜殺しは息を吹き返すこともあるし、遺体があるなら持ち帰って埋葬しないとならないし。


 問題は、寄越されるのが誰かということなんだが。

 普通に考えれば、残り一人となった竜殺しを外に出したりはしない。領地の守りに専念させるはず。……竜殺しを殺す頭のおかしい竜殺し(俺)が、近隣をうろうろしていることだしな。人の使者を送ってくるのが定石。


 ただ、後継の竜殺しが父親そっくりで、「親の仇を取る!」というタイプなら、勝手に飛び出して昼夜を問わず自分の足で駆けて来るかもしれない。

 それだと、人の足で二日半はかかるビーセルまでの日程を、一日強で踏破しかねない。


 だとしても、締めて四日程度の猶予がある。

 それだけあれば、ムンドールでの用事も終わらせられるだろう。終わったら、舟着き場から、すみやかにハヌーヴァの地を離れよう。


 ハヌーヴァの竜殺しと顔を合わせるのは、もう避けたいところだ。これ以上殺してしまうと、戦力バランスが崩れてしまうどころの騒ぎじゃなくなる。そのせいでヴァユとハヌーヴァが全面戦争なんてことになったら、目も当てられない。


 その場合、ハヌーヴァは俺の首を取らなきゃ引っ込みがつかないだろうし、最悪、ヴァユは俺の首と引き換えに戦争を終わらせる道も選択肢に入れかねない。それが一番やっかいだ。


 とにかくやることをさっさと済ませて、さっさと去る。それに尽きる。


「お待たせしました、ランダイオ公。

 ああ、いい匂いがしてきていますね。今年は良い肉だったのですよ。たくさん持ってきましたから、どうぞ城の者達にもふるまってやってください」


 困窮しているところに来て、ただで大食いをするわけにはいかないからなあ。自分たちだけ食べても殺意を抱かれるだろうし。


「心遣いありがとうございます。お恥ずかしい話ですが、じゅうぶんなもてなしのできる準備がまだできておりません。足らぬところが多々ありまして……」


「突然訪問して申し訳ない。予定を伝えれば気を遣われるだろうと思いまして。

 なに、広間の片隅で休ませてもらえればそれでじゅうぶんです。遺体を届ける道中故、明日の朝すぐに発とうと思っていますので」


「……その、竜がムンドール公をというのは本当の話なのですか? 何かの間違いでは?」

「傷を見たら疑いようがないかと。そうだ。今すぐ見にいきましょう。説明します」


 礼拝所へと体を向けたが、「いえ!」と強く制される。


「私は見てもわかりませんので……。彼に行かせましょう」


 護衛兵の中から、一人を示す。俺も一人選んで、説明にさしむけた。


 また静寂が落ちる。城内には入れたが、建物には入れたくないのか? ここまできて、いったいなぜ? 困窮のせいで城内が荒れ果てているからか? それとも、ハヌーヴァの刺客でもいて、罠を張っているとか?


 考えだすときりがない。俺だって本当は泊まりたくない。いまだ味方とは言いがたい地で一晩過ごすより、野宿したほうがどれくらい気が休まるか。

 けれど、リスクを冒しても、今回はランダイオ城で一泊したいのだ。


 ――宴に招かれて友好関係を演出し、青の竜がムンドール城主を殺したことを話題にして、それらを商人に見聞きさせ、噂が流出した(てい)で広めてもらう。それが目的だ。


 そんなわけで、なんとしても建物の中に入りたい。今度こそ本当に、ワッハッハと笑ってこの親父と肩を組んで、大広間に押し入ってしまおうか。


 と考えたところで、またもやオーレリア殿が俺の横に立った。


「ランダイオ公、お話中にすみません。お先に大広間へ行ってもいいですか? 日が傾いてきたせいか、私、寒くて」


 ショールの端をかき合わせながら、オーレリア殿が上目遣いで訴える。いつもの毛皮のコートは、このために馬車の中に置いてきたらしい。


「ええ、もちろんですとも」

「ありがとうございます、お邪魔させていただきますね。

 エヴァーリ公、エスコートしてくださる?」


 え、えすこーと? と間抜けな声をあげそうになったのを呑み込んで、「喜んで」と腕をさしだした。

 しゃなりと俺の肘に手を引っかけ、ずんずん歩きだす彼女についていく。さすがである。


 大広間に続くだろう外階段を上っていると、上部に人が現れた。女性だ。


「あ、お客様とはオーレリア様だったのですね? またお会いできて嬉しいです。ようこそおいでくださいました」

「ポーシャ様、お元気でいらっしゃいましたか?」


 その挨拶が終わる前に、怒声が響き渡った。


「ポーシャ、そこで何をしている!」


 後方からランダイオがあわただしく駆け上ってくる。俺の前に躍り出て、奥方との間に立った。


「あれほど出てきてはいけないと言っただろう! 下がりなさい! エヴァーリ公、妻が失礼を」

「失礼なことは何も」

「ですが、見ましたでしょう!」


 必死に食ってかかってくる。


 うん、見たが? だからなんだと……、あっ、もしかして、俺に見られたら死ぬと、まだ思っているのか? え? さっき目が合ったときに、死なないと説明した……いや、しなかったっけ? つい腹立ち紛れに、煽るようなこと言った記憶があるようなないような……。


「エヴァーリ公は、誰彼かまわず出会い頭に殺すような方ではありませんよ。幼馴染みである私が保証します」


 オーレリア殿、その言い方では、俺の気持ちしだいでは、見ただけで殺すこともあると聞こえるぞ……。


「わかっています。殺すならとっくにやっていると言われましたので」


 ……ああ、言ったな。思い出した。完全に不用意な発言だ。

 頭を抱えたくなった。俺、ルーシェに対してだけでなく、あらゆる相手に口を慎まないと駄目だ。これからは、感情的に何か口から出そうになったら、とりあえず黙ろう。絶対に。絶対にだ。


「下がりなさい、ポーシャ、早く」


 促すランダイオ公の手から逃れ、奥方が進み出て階段を駆け下り、俺の二段下で跪いた。


()()(あし)を止める無礼をお許しください。エヴァーリ公とお見受けし、ご挨拶申し上げます。わたくし、ランダイオ城主の妻、ポーシャと申します。

 青の竜と竜殺しのしでかしたこと、どのように謝罪すればよいのか、お詫びの言葉も見つかりません。まことに申し訳なく思っております」


 深く深く、頭を下げている。


「それについては、ランダイオも被害者と聞いています。賠償について文章を交わし、約定の証も受け取りました。これ以上の謝罪は不要です」


「寛大なお心に感謝いたします。イスヘルムよ、気高きエヴァーリ公に祝福と加護を給わりたまえ。

 公の英明さは、城の奥で暮らすだけのわたくしのところにまで届いております。情けを知る方とも聞き及んでおります。どうか、」


 ランダイオ公が今にも怒鳴りだしそうだった。彼女はしてはいけない話をしようとしている。その一瞬前に、オーレリア殿がさっと出て、奥方の手を握った。


「ポーシャ様! そうなのです、怖い見た目と違って、親切な方なのですよ、私の自慢の幼馴染みは。おかげで同行させてもらえましたの。

 私、エヴァーリへの道中ですっかりアークリッド殿と仲良くなりまして。ポーシャ様へのお手紙を預かっています。それをお届けにまいりました。それ以外にも、お話ししたいことがどれほどあることか!」


 ぱっとランダイオ公を振り仰ぐ。


「ランダイオ公、ポーシャ様をお借りしてもよろしいですか?」

「ええ。話し相手に足りるかはわかりませんが、妻でよろしければ。

 ポーシャ、姫君のもてなしを任せる。粗相のないようにな」


 奥方はオーレリア殿、夫、俺と、忙しく視線をさまよわせていたが、やがて諦めたように伏し目となった。


「エヴァーリ公、お目汚しいたしました。たいしたもてなしはできませんが、どうぞごゆっくりなさっていってください。御前を失礼させていただきます」

「ギルバート様、エスコートをどうもありがとうございました。また後で」


 オーレリア殿は自分から奥方に腕を絡ませ、仲睦まじげに城に入っていく。その後をウルム卿と侍女達が追っていった。


「どうぞ、こちらが大広間です」


 ランダイオ公が案内してくれる。


 なんだ? やたらこちらをチラチラ見てくるのがうっとうしいな……。


「エヴァーリ公は成人まであとどれくらいあるのですか?」

「一年か二年、ことによったら三年かかるかもしれませんね」

「不躾な質問かもしれませんが、それまで女性に興味がないというのは本当なのですか?」

「はあ、まあ、そのようですね。成人してないので違いがわかりませんが」

「それはそうですね! いや、ヴァユの姫君のような美しい貴婦人と親しくして、少しも惹かれぬものかと不思議に思いまして」

「良い友人と思っています」


 ピンと来た。わかった気がするぞ。なぜあれほど奥方を叱り飛ばして引っ込めさせようとしていたのか。建物に入れたくなかった理由も、たぶんこれだ。俺が奥方を見染めないか、心配していたのだ!


 過去には既婚者だった女性に求婚して、通い詰めた竜殺しもいたらしい。そして慣習的に、そういう女性は離婚させられて、竜殺しの許へ送り出される。

 竜殺しがそういった圧力をかけるのではない。夢中になっていても、相手の同意がなければ何もしない。ただ許しを請うだけだ。


 だが、どうしても竜殺しの子が欲しい周囲が、そのように働きかけるのだと聞いている。竜殺しは防衛の要なのに、伴侶の選り好みが激しくて、これと決めた女性でないと子作りしないからな。誰彼かまわず種付けできる人とは違うのだ。


 今の話で、彼は納得したようだった。チラチラ見るのは止んだ。


 大広間に入り、上座に通された。部下達も席をすすめられ、料理と楽団が入ってくる。すぐに宴会が始まった。


 ウィルバートが背後に張り付いて、すべての品の毒味と護衛をしてくれている。ランダイオ公と同じ皿からの物しか食べてないから、たぶん大丈夫なんだけれども。


 だいぶたって酔い潰れる者が出はじめた頃、顔が真っ赤になったランダイオ公が、もぞもぞと席を寄せてきた。


「ムンドールの遺体の傷は、竜の爪痕であったと報告を受けました……。もう私はどうしたらよいのかわかりません……」


 同盟を組んでいる城の(あるじ)を殺してしまったとなれば、そうなる。そうなってもらうために、でっちあげた。

 心は痛まない。こいつは、それだけのことをしたのだから。


「心配することはありません。我がエヴァーリが手を貸します。

 城主がいなくなったムンドールの面倒も、竜を倒して仇を討ったエヴァーリが見るつもりです。

 竜殺しが己の領地以外に興味がないことは、ご存じのはず。俺はここもムンドールも、支配地にしようなどと思っていません。ただ、竜害に遭った者同士、助け合っていければと思っているだけです」


「ありがたいことです。……これだけは伝えておきたいのですが、本当に、神に誓って、竜で他を攻めようなどとは思っていませんでした。

 そもそも、竜が生まれたときに、殺そうとしたのです。生まれたばかりなら鱗も柔らかく、殺せると言われていますから。

 ですが、竜殺しが血相を変えて怒り、阻止したのです。誰も竜殺しに逆らってまで、幼竜を殺せる者はいませんでした。


 ……初めはよかったのです。体が小さければ、食べる量も少なかったので。それがあっというまに大きくなり、体に見合った肉を欲しがるようになって。近隣の動物が狩り尽くされ、そのうち家畜が襲われるようになり……。


 ある日、旅行者らしき者の痕跡だけが見つかったと、報告が。まさかと思っているうちに、牢の罪人が竜の小屋に連れて行かれて……、それ以来何人も……。

 どれほど恐ろしかったことか。


 竜殺しを幼い頃から知っていましたが、引っ込み思案で穏やかな性格だったのです。それが、恐怖で泣きわめく者を引きずっていき、生きたまま竜に喰わせる。

 それを止める術もなく。

 いつ自分の番がまわってくるかと皆が疑心暗鬼に陥り、どうしたら自分は喰われないですむか、そればかり……。


 あの竜を討ってくれたエヴァーリ公には、言葉で尽くせぬほど感謝しています。ですが、」


 そこで、はっとしたように口をつぐんだ。


 ……なんとなくだが、その先が予想できていた。その言葉を受けるために、身構えていた。「竜殺しが恐ろしく、信用できない」そう言われる気がしたのだ……。


 他を攻めようと思っていなかった、という言葉を真に受けるつもりはない。しかし、竜殺しが竜を育てるために手段を選ばなかったというのは、本当のことなのだろう。

 青の竜殺しの死に際を思い出す。「ファハル」と何度も呟いていた。後で調べたら、やはり竜の名前だった。


 俺が見たものと、今の話が違和感なく重なり合う。


 なぜ、青の竜殺しはそこまでして、竜を育てようとしたのか?

 それを、もう少し調べてみる必要があると思ったのだった。

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