来襲4
二つの塔に挟まれた門は、中で通路が折れ曲がり、小さな広場となっている。侵入を許した場合、そこで足止めして、両方の塔から狙い撃つのだ。
もっとも、今はまだ門は破られていない。川を下ってきた人の敵兵は、城壁の矢狭間からの攻撃に立ち往生していた。
クソ。川の関所が壊されている。あの崩れ方は竜の仕業だろう。中の者が無事だといいんだが……。
見たところ、敵兵は破城槌を持っていなかった。他の攻城戦の装備も見当たらない。それらの代わりに竜を伴ってきたのだろう。門を内から開けないかぎり、入って来られないはずだ。
そちらは守備兵にまかせ、俺は城門の内側を覗いた。青の竜殺しが周囲を窺いながら、広場に走り込んでくるところだった。
奴の背をめがけて飛び下りる。すぐに気付かれ、奴が携えていた弓で、槍は軽々と弾かれてしまった。押し返された反動を利用して体をひねり、門を背にして降り立つ。これ以上、ここから先へは行かせない。
若い男だった。二十代半ばに見える。ランダイオの竜殺しは、たしか俺より十歳ほど年上だ。こいつで間違いないだろう。
城側からは、竜の咆哮と地響きが途切れず聞こえていた。気が急く。早くあちらの加勢に向かいたい!
だが、どうしても、この竜殺しだけは殺さなければならない。――敵としても、同じ竜殺しとしても。
この城には、竜殺しが時間稼ぎしている間に、人が隠れて竜をやり過ごせる施設がいくつも作られている。この城だけではない。世界中の竜害があった地域には、同じようなものが用意されている。その昔、隠れて籠もっていれば、竜はそのうち諦めて去っていったからだ。
けれど、こいつは、竜には入れないよう作られている通路も、通り抜けられてしまう。そして、扉という扉を開けて、中から人を引きずり出すだろう。――人を竜に食わせるために。
竜を生かすために人を殺す。そんなことは、絶対に許されない。そんな前例を許せば、いずれ人が竜殺しの敵にまわる。いくら竜殺しが強くても、絶対数が少ないのだ。人に本気で殺意を持って追い立てられたら、俺達はいくらも生き延びられないだろう。――竜がそうして狩りつくされたように。
そんなことはわかりきっているのに、こいつは竜に人を餌として与え続けた。そして自領だけで賄いきれなくなり、他領にまで人を狩りに来た。最早こいつは、人にとっても竜殺しにとっても敵なのだ。
真っ直ぐ槍を突き込む。弓でまたもや防がれるのを、受け流しつつ踏み込み、槍の上下をぐるりと変えて、石突きで首を狙って突き上げた。
飛び退ってかわされたが、下がっている槍先を左右に振って、足下をなぎ払う。
奴は器用にステップを踏んでかわし、弓を投げつけてきた。それを槍で叩き落とせば、剣を抜いた奴が、ぐんと速度を増して迫ってきていた。
襲ってくる横薙ぎの剣を、体ごとまわって槍で受け流し、もう一回転して、相手の脇腹を蹴り飛ばす。
俺は着地と同時に地を蹴って、体勢を立て直そうとしている相手の頭を、今度は逆回転で槍で殴りつけた。防ごうと上げられた剣が折れ曲がり、兜にあたって相手がふっとぶ。
すぐに起きようとしているが、脳しんとうを起こしたのだろう、ぐらりと体がゆらぎ、ふいに無防備に首がさらされた。そこへ槍を突き入れる。
肉を断つ感触の後、ゴッと骨に当たった。ゴキと折れる手応えがある。相手の驚いたように見開かれた目と視線が合った。
勢い余って地面に縫い止めて刃が抜けなくなる前に、横へと振るって首を切り裂く。血がビシャッと地を打ち、敵は仰向けに倒れ、血溜まりが広がっていった。
だらりとした体は、少しも動かない。首がへし折れているから、動かせないのかもしれなかった。……その中で、血を垂らす男の唇が、動いた気がした。
何か言い残すことがあるならば、聞き取るのは戦士としての礼儀だ。
歩み寄ると、男は涙を流していた。唇がわなないていても、声は出ていない。その下と繋がっていないのだ、息が吐けなければ、声が出るわけがなかった。
何度も同じ形に唇が震えるのを見て、ふと、風の神の名が思い浮かんだ。ファハル。……ああ、たぶん、そうだ。あの青い竜に似つかわしい。
何度も何度もその名を呟いて、唇の動きが止まった。瞳が虚ろになる。――死んだのだ。
静寂が胸の内に広がる。俺は骸を見下ろして、しばらく佇んだ。
竜の凄まじい咆哮が聞こえてきて、はっと我に返った。ビリビリと辺りを揺るがすほどの絶叫。ドンッ、ドスンッと地響きとともに地も揺れる。……そうだった。一刻の猶予もないのだった。
急いで音のした方へ向かう。
両側を石壁に囲まれた通路を抜け、急な角を曲がった。もうもうとした土埃がたっていた。妙に静かだ。先に見える小山のような影は竜だろう。
動かない。どうなっているのだろう?
あたりをうかがうと、壁際に父上が倒れているのを見つけた。
「父上!?」
思わず駆け寄れば、父上は血溜まりの中に伏していて、鎖の巻き付いた左腕が、肩から千切れかけていた。俺は驚いて、父上に取りすがった。
「父上! 父上!」
血が鼓動とともに噴き出している。どんどん流れ出ていってしまう。呼びかけながら、自分の体をさぐってみるが、傷口に当てるものもなければ、縛るものも持っていない。
どうすれば。どうすればいい。
焦りに頭が真っ白になりそうだった。必死に考える。
早く、早く血を止めないと。……ああ、そうだ!
震える指を叱咤して、父上の腕当てをゆるめて、ずりあげた。そのバンドで、腕の付け根を締め上げる。
父上が呻き声をあげた。そのとたんに咳き込み、大量の血を吐く。
「父上っ」
「……ギルバートか」
目を開いて俺を見た。何度も咳き込み、血の泡を噴いて、ぜいぜいと息をする。体を起こそうとするのに、力が入らないようだ。顔色が真っ青だ。血を失いすぎているのだ。
だが父上は、体を支えようとした俺の手を払い落とし、搾りだすように怒鳴った。
「行け! 竜を止めろ!」
ああ、そうだった。そうだった! そうだった!!
俺が――俺達竜殺しが何よりもしなければならないのは、竜を止めること。人々を守ること。
「はい。はい、すぐに!」
俺は槍を掴み直し、父上を置いて立った。