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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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ランダイオ4

 何はともあれ、このことについてエヴァーリに一報を入れるよう、伝令の手配をしていると、城門が開いた。


「エヴァーリ公! そこにいるは、エヴァーリ公ですな!?」


 鼻の下にくるんとした髭を蓄えた男が、兵を従えて出てきた。堀に架かった橋を渡ってくる。ランダイオは平城で、深くて幅のある堀に守られている。


 男に向き直って、近づいてくるのを待った。……俺から近づくと、相手は後退るんだよ、だいたい。


 だいぶ近くなっても、男と目が合わない。俺の喉のあたりを見ている。竜眼を直視しないのは賢い選択だ。

 お付きの兵達の視線もうつむきがちだ。たぶん、竜眼と目が合うと動けなくなるとか、時には心臓が止まってしまうとか、そういう噂を信じているんだろう。


 そりゃあ、かつては、本物の竜と目を合わせれば動けなくなっただろうよ。圧倒的な捕食者を前にしたら、動けなくなるのは当たり前だし、気の弱い者は気を失っただろう。驚きすぎて心臓が止まってしまった者もいたかもしれない。


 だが、今も昔もこの竜眼は、明るければ遠くまで見えて、暗くてもよく見えて、あと、蜂の羽ばたきが止まって見えるくらい、速く動いているものを目で追えるというだけだ。


 怒鳴らなくても声が届くようになったところで声をかけた。


「いかにも。俺がエヴァーリ城主です。あなたは?」

「お初にお目にかかります。ランダイオ城主、グレミオ・ロンダールです。

 またもや助けいただき、感謝の言葉もありません。ビーセルの竜殺しに押しかけられて、困っていたのです」

「青の竜殺しがいなくなった故、こちらのことは気にかけています。間に合ってよかった」


 言外に、「おまえが他領の竜殺しに泣きついても、動きは察知しているからな」と脅しをかけておく。実際はよほど大きく兵が動かないかぎり、わからない。はったりだ。


 ただ今回は、昨夜泊まった旅籠で、ビーセルの竜殺しが領地から出たという情報は得ていた。もしかしたら、ランダイオに居座っているかもしれないとは思っていたのだ。


「そうでしたか。ありがたいお心遣いです。……して、このたびは何用でいらっしゃったのですか?」


 それってここでする話か? 訪ねてきた貴人を招き入れもせず、城外で立ち話って、どういうことだ。

 ランダイオ領を荒らしていたという青の竜と竜殺しを始末してやったし、押しかけてきていたらしいビーセルの竜殺しも片付けてやった。俺は恩人のはずなんだが。


 ……もう面倒くさいから、ワッハッハと笑ってこの親父と肩を組んで、城に入ってしまおうかな。

 と本気で検討をしていたら、オーレリア殿が楚々と俺の横に立った。


「ランダイオ公、お久しぶりです」


 しとやかな挨拶である。が、人の話の途中で口を挿んでいる時点で厚かましい。そうと言わせない淑女っぷりはさすがである。


「これはこれは、ヴァユの姫君」


 ランダイオ公は忙しく、俺とオーレリア殿を交互に何度も見た。


「……もしかしてお二人はご婚約を」

「違う」

「しておりません。ポーシャ様にお会いしたくて、エヴァーリ公に同行させてもらったのです。

 私、アークリッド殿を送っていく道中で、仲良くなりまして。ポーシャ様にとお手紙を預かってきたのです」


 人質に出した息子から母親への手紙を預かってきた、というのは本当だ。

 教育係を頼んだ神官のネイト、それに母上にも頼んで、預かった嫡子の命の心配はないこと、エヴァーリが責任を持って養育することを、伝えるように手配した。

 それらをオーレリア殿に託したのだ。俺から城主にだと、いかにも嘘っぽいので。


 ただの厚意ではない。いずれアークリッドを城主にする布石だ。奥方に期待しているのではなく、彼女を通してアークリッドを(かつ)ぎ上げる勢力を育てるためだ。


 ランダイオ城主は「そうなのですね」とあいづちを打ったが、そこから言葉が続かなかった。わざわざ手紙を運んできた貴婦人に、手紙だけよこして帰れとは言えない。


 沈黙が落ちる。数拍の後に、ランダイオ城主はとうとつに「おお」と声をあげ、大仰に腕を広げた。


「これは俺としたことが! ご婦人と恩人に立ち話をさせてしまうとは! お二人に会えた嬉しさで、うっかりしていました。どうぞ我が城にお寄りください」


 こうして、ようやく城へと招き入れられたのだった。




「ところで、ビーセルの竜殺しをあのままにしておくのは、よろしくないのでは。とりあえずは運び込んで、礼拝堂に安置されてはいかがか」

「む。それもそうですな。

 誰か! ビーセルの竜殺しの遺体を運べ!」


「……そうだ。我々も遺体を届けに行くところなのです。その棺も礼拝堂に安置させてもらえますか?」


 棺を載せた馬車を見遣りながら尋ね、返事を待たずに少しランダイオ城主のほうへ体を寄せて、囁く。


「それに、後ほど貴公も祈りを捧げたほうがよろしいかと」


 暗に、あなたと縁のある者ですよ、という意味だ。


 城主が思わずというように俺を見た。目が合った瞬間、はっとしたように恐怖に顔をこわばらせ、跳び退きながらあわてて自分の心臓あたりに両手を置いた。


「安心されよ。殺すならとっくにやっています」


 こいつを殺し、城内の者すべてを殺し、城を打ち壊して、ランダイオ領を焼き払っても、ケイを殺された怒りは消えない。

 けれど、ケイの死を、俺の怒りを晴らすための理由にはしないと決めている。――復讐なんてもので、ケイに報いられはしないのだ。


 ……ただ、こいつの頭を押さえつけて、髭をむしるくらいのことは、許されるのでは?


 かたまっている男の鼻の下を、じっと見る。いけ好かない髭だ。品性がないのを立派な髭で隠そうとしているようにしか見えない。摘まめるだけ摘まんで引っこ抜いて悲鳴をあげさせたら、少しは愉快な気持ちになるかもしれない。


「そ、そうでありましょうな! エヴァーリ公の寛大さは、世の誰もが知るところ。お若いのに、まことにご立派です」

「何故寛大と言われるかよくわかりませんが、手を組んだ相手には誠実でありたいと思っています。そのために、今回はこちらに寄りました」


 裏切れば容赦しないと脅しをかけてから、さらに揺さぶりにかかった。


「あの棺の(あるじ)はムンドール城主です。こちらに通ずる街道の脇で見つけました。

 最早息絶えて獣に屍肉を食い散らかされていましたが、よく検分したところ、何か巨大な鋭い爪で引き裂かれ、その傷が元で命を落としたのではないかと。

 ――青の竜。奴の仕業です」

「……そ、そんな、はずは」


「信じたくない気持ちはわかります。だが、あの傷の形を、俺は忘れたくても忘れられない。貴公だって見知っているのでは。あの唯一無二の傷跡を」

「いや、俺は」


 こいつは人を餌として与えておいて、それを見てはいなかったというのか。……そうだろうな。そうでなければ、ここまで荒れ果てるまで、人を餌にするわけがない。

 働き手がなく放置された畑、打ち破れた家々。俺が来るというので人通りはなかったが、兵等の体つきを見ればわかる。


 ……こいつを生かしておく必要があるか? 代わりにうちの家臣の誰かにやらせたほうが、はるかにマシだ。だが、生け贄だと考えれば適任である。


 ビーセルの竜殺しが運び込まれ、礼拝堂の方向へ連れて行かれるのが見えた。


 よし、あれもこいつに押しつけよう。どうせビーセルまで統治する余裕はないし、俺が殺したってことを隠蔽するのにちょうどいい。


「これがハヌーヴァ同盟に知れたら、貴公は無事ではすみますまい。

 あのビーセルの竜殺しについても同様です。

 実は昨夜、旅籠に泊まった時に、あの竜殺しがこの城に向かっていることを、商人に聞いたのです。こういった情報を、商人達は交換し合います。隠そうとしても、今となっては多くの者の知るところなのです。

 ……この城にいるはずのビーセルの竜殺しが、俺が訪ねてきた後から姿を消した。

 こちらで生まれ育った青の竜と竜殺しに攻め込まれ、同鱗を殺されたにもかかわらず、この城を訪れても、俺は皆殺しにしなかった。

 それを、ハヌーヴァ同盟の面々はどう受け取るか。

 よく考えたほうがよろしいかと」


 もはや青を通り越して真っ白な顔色のランダイオ城主に、にこりともしないで大真面目に語ってやったのだった。

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