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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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ランダイオ2

 街道はだいたい森の周縁か川沿いに通っている。ランダイオ城に続く道もそうだ。深い森を避けてぐるりと遠回りしていく。


 森を通り抜ける道がほとんどないのは、竜のせいだ。


 森の中の木がまばらになったところを人が通ると覚えた竜が、入り込んで道で待ち構えるようになったのだそうだ。

 そうやって一度餌場になってしまうと竜の縄張りにされてしまい、(すみ)()として整えようとする竜の吐く毒やら炎やらで、森が中から破壊されていったのだという。


 それで、森を通り抜ける道は廃れ、それ以外が残ったというわけだ。


 当時、そんな風に人が住めるところは限られていた上に移動もままならなかったため、人の拠点同士はほとんど断絶していた。だから竜害以降、基本的に、森や草原は誰の領地でもない。もちろん川も丘も山も。そこは竜の支配する地だったのだ。


 なので、領地とは、城とそれに付随する町や農地、薪や日々の糧を得る山林なんかのことを言う。うちならば、城の物見から見渡せて、竜殺しが駆けつけられる範囲、だ。


 ただ、竜害より前、「王国」と呼ばれる大きな国があった頃は、ありとあらゆる――森も草原も川も丘も山も――土地を己が領土と宣言し、境界線争いに明け暮れていたそうで、今でもその頃の「国境」という概念が残っている。


 例えば城の前の川――さっき橋で渡ってきた――は、ハヌーヴァ王国とヴァユ王国の国境線だった。王国がなくなってもいまだになんとなく、川向こうはハヌーヴァ、こちら側はヴァユという意識がある。


 これがくせ者で、これもまたなんとなく、橋を渡ったこのあたりはハヌーヴァ同盟のランダイオの支配地、ということになっていた。実質、うちが整備している街道なのに!


 ランダイオというのは昔からそうで、ろくに投資もしないで権利ばかり主張する、やらずぶったくり野郎なのだ。

 たしかにあちらは、べつに商隊が通らなくたっていいのだろう。城下に泊まっていくらか商いをして去っていく、それで事足りている。


 だがうちは、いろんなところから商隊が集って品々を取引しているから、彼らが次の経由地まで安全に行けるよう、ある程度保証してやらないとならない。


 だから、先日の竜の討伐の見返りに(本当は襲撃の謝罪だろ、と言いたい)、旅籠街(うちが経営している!)の少し先までうちの領地とする旨、文章を取り交わした。

 つまり、ここらはうちの領地! まだ領地から出ていない!


 盗賊が現れても、飢えた熊や猪がうろついても、異獣が湧いても、ランダイオは何もしないくせに、うちが兵を投入すると警戒してうるさかったので、これである程度は好きに安全確保ができるようになった。


 街道の不備を通報した者への報奨金制度も、うまく機能しているようだ。木の根が伸びてきてでこぼこしているところはなかったし、草の繁殖で道が浸食されているところもなかった。


 もちろん盗賊やら獣やらも出ることはなく、予定通り日が暮れる前に旅籠街に辿り着いた。一日歩いて無理なく辿り着ける場所に作ってあるのだ。


「ようこそおいでくださいました、御領主様。遅ればせながら、ご就任おめでとうございます」

「うん。不便はないか?」

「ございません。先日、土木工事要員を送ってくださったばかりではないですか。材料も次々届いておりますし」


 砦新造の件だ。準備は順調らしい。限られた者にしか事情を伝えていないため、人の耳をはばかってそんな伝え方をしてくれたようだ。


 馬たちを任せ、あたたかい食事をとりながら近隣の情報を仕入れ、ゆっくりと眠った。

 やはり旅籠はいい。寒くなるほど野宿はきつくなるし、獣にも盗賊にも襲われる心配の少ない寝床はありがたい。領地の拡大には興味がないが、支配地が増えれば、それだけ遠くまで街道を整備できるんだよなあ。


 翌朝もきちんとうまい食事をとって、出立した。

 天気が良く、何事もなく進め、正午前には街道の分岐点まで来た。


 左手の林の中を通る道を行けばムンドール、尾根伝いに斜め右に下りていけばランダイオだ。

 例の書類上では、ここまでがうちの領地、ということになっている。


 車列から一人外れて台地の端まで行くと、谷間の平野にランダイオ城が見えた。


「ギルバート様、お一人になるのはやめてください」

「おまえがついて来たから一人じゃないだろ」

「また屁理屈をおっしゃる」


 ウィルバートがブツブツ言っている。……前だったら、不機嫌だと捉えていたこういうのが、気にならなくなった。だって、心配しているだけだ。単なる小言だ。


「なあ、こんな布陣したら良さそうな場所、俺なら敵にやったりしないんだが」

「女王がうまく言いくるめたんでしょう」


 ここから下りる道は狭いと聞いている。下で待ち構えていれば、下りてきた者を順に討つことができる。……と考えたんだろうな、ランダイオ城主は。……いや、そう思い込まされたのか。


 兵站を確保するのに重要な地点だし、エヴァーリに敵軍を通さないために押さえておきたい要でもある。女王はよくわかっていて、条件をねじ込んだんだろう。さすがである。


 尾根の入り口に立つ小屋から、ランダイオ兵が二人出てきて、車列を止めた。

 レンが進み出てランダイオ兵と話しているなと見ていたら、兵の一人が急ぎ馬を引っ張り出してきて、城へと駆けていった。


 あえて、「これから訪ねます」とは使者を送ってないので、ちょうどいい先触れになる。が、「許可があるまでここでお待ちを」とかやられると面倒だ。


「進ませろ」

「は」


 ウィルバートが馬を駆けさせ、「進め! 進め!」とふれていく。俺も馬首を返して車列に合流した。


 我々を見送るランダイオ兵のまなざしが鋭い。あんまりチクチクするので視線をやったら、目が合ってしまった。兵が息を呑んで顔をこわばらせ、思わずというように呟きを漏らす。


「竜眼……公……」

「いかにも。先触れご苦労」


 しかたないから、馬を止めてねぎらいの言葉をかけた。


 他国の一兵卒が城主に呼びかけるなど、本当だったら手打ちにされてもしかたない無礼である。だが、俺の目を見て「竜眼!」と叫んで逃げだす者の方が多いのだから、いちいち目くじら立てていたら、行く先々で粛清の嵐が起こる。そこで、ねぎらって、気にしてないアピールをしてみたんだが。


 兵は腰を抜かし、すとんと尻餅をついた。


 ……これは先が思いやられる。


 ヴァユの面々がしっかり躾けられている者ばかりで、気楽に対面していたが、本来は俺を見た者はこうなるんだった。


 ランダイオ城の人々の反応が想像できて、怯えられすぎて話にならなかったらどうしよう、という危惧を抱いたのだった。

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