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竜眼公の日常  作者: 伊簑木サイ


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異獣狩り9

 翌日はサミュエルの言うとおり、一時間半で狩り小屋に着いた。

 小屋の前でウロウロしているのは……ウィルバート? 向こうもこちらに気付き、駆けてくる。


「ギルバート様! 皆様も! お怪我はありませんか、人手は要りますでしょうか!?」

「誰も怪我はない。霧が出たから遅れただけだ」


 それでも俺の様子を気遣わしげに上から下まで何往復も見た上で、レンに目で聞いている。ついでに俺の後ろに陣取っている者にも気付いたらしい。俺を罵った阿呆だということは見知っている。目つきに怪訝そうな色がのった。


「……そちらは?」

「ああ、ヴァユが俺の護衛にと付けてくれた。ウルム卿だ。

 ウルム卿、こいつは俺の従兄弟でウィルバートという。……そうだ」


 二人の腕をつかんで引っ張っていき、レンや他の者から距離をとって、ヒソヒソと話す。


「ウルム卿、俺に秘密裏に連絡を取りたいときは、ウィルバートを通せ。理由を問わず、一度だけ助ける。友人のよしみだ。

 その代わり、ウィルバートが卿に助けを求めたときは、理由を問わず一度だけ助けてやってくれ。

 どうだ、約束できるか? できないなら断ってくれてかまわない」

「友人? 友人になったのですか? そして、なぜ私なんですか。友人同士でやればよろしいでしょうに」


 ウィルバートが眉間に皺を寄せて突っ込んできた。


「うん、気が合った。

 俺じゃなくておまえなのは、切り札はおまえに持たせておいた方がいい気がするからだ」

「……そうですか。お二人が殺し合わないことを祈っていますよ」


 ツンケン言っているが、竜殺しは成人したら縄張り意識が強くなるから、いくら友人でも領地内で顔を合わせると殺し合いになりかねない。それを心配しているのだろう。だから連絡役に、人である自分が選ばれたと思っているのが見て取れた。


 それもあるが、一番の理由は、俺が動けないほどの何かがあったとき、ウィルバートなら頼りになると思ったからだ。こいつなら俺の望みを叶えるために、最善の働きをしてくれるはずだ。


「紹介いただけて光栄です。ウルム・ケーニヒです。理由を問わずに一度だけ、あなたを助けるとお約束します」


 ウルム卿が右手をさし出した。ウィルバートがその手を凝視している。


 はっはっは! おまえも面食らったな、ウィルバート! 彼は素直で真面目だぞ!こちらが意地を張ると、自分の小ささが恥ずかしくなるぞ。


 一瞬出遅れたが、ウィルバートが彼の手を取った。


「ウィルバート・ハーファイトです。どうぞお見知りおきを。私も必ずギルバート様にお繋ぎするとお約束しましょう」

「俺もウィルバートから連絡を受けたら、理由を問わずに一度だけウルム卿を助けると約束する。これで契約成立だな!」


 つい調子に乗って、二人の腕をバンバンと叩く。痛っ、と呟いたウィルバートは文句を言いたげに俺を見た。ウルム卿は楽しそうにしている。

 その二人の視線が、俺の後ろに流れた。


「ん? ルーシェがどうかしたか?」


 ウィルバートが溜息をついて、じとりと俺を見た。


「我々の契約などよりよほど大切な約束を、ギルバート様のたった一人の小姓であるルーシェ様とは、しているとは思うのですが」


 噛んで含めるように言われ、とりあえず、「うん、そうだな、そのとおりだ」と大きく頷いてみせた。


 どうやら、俺達三人がこそこそと話していたのが、ルーシェは気に入らなかったらしい。そうだよな。目の前で仲良さげに話して、その会話に入れてもらえなければ、仲間はずれにされたと感じるに違いない。うっかりしていた。


 ウィルバートがルーシェの機嫌を取ってくれたのに乗る。 


「ルーシェは小姓になるとき約束したとおり、毎朝起こしてくれるし、食事も毎回忘れないよう教えてくれている。しっかりしているんだ」

「寝坊助なギルバート様を毎日寝坊させないとは、ルーシェ様は優秀ですね」

「ゆうしゅう?」

「とても頑張っていてえらいという意味です」


 ウィルバートがにこりとした。えへ、と後ろでルーシェの笑い声がする。

 なのに、すっと俺に目を移したウィルバートは、冷え冷えとしたまなざしになっていた。


「ところでギルバート様、小姓の守秘義務について、ちゃんとルーシェ様に説明しましたか?」


 ……あ。それが本題だったか。


「忘れてた」

「ではこの機会に教えてさしあげてください。()()()()ですよ」


 睨む勢いで見つめられ、念を押すように言われる。


「かわいがるのはよいですが、それと甘やかすのは違いますからね」

「はい」


 思わずかしこまって答えた。まったくそのとおりである。

 ウィルバートがはっとしたように顔をしかめた。


「……失礼しました。余計なことを申しました。……では、お二人の話がすむまでの間に、食事の用意をしておきます」

「いや、いらない。それより補給の用意を頼む。休憩の後、すぐに狩りに取りかかりたい。現在の状況を説明できる者を呼んでおいてくれ」

「承知しました」


 狩り小屋へとウィルバートは駆けていった。一行の皆にも小屋へ行くよう指示し、俺はルーシェを背から下ろして、二人で倒木に腰掛けた。


「ルーシェはなんでもよくやってくれているから、俺もちゃんとした説明をし忘れていたんだが。小姓には守秘義務というのがある」

「しゅしゅぎむ」

「しゅ・ひ・ぎ・む」


 ゆっくり発音してやると、やはりゆっくり「しゅしゅぎむ」と言っている。まあ、いいか。


「うん。秘密を守る仕事だ」

「どんな秘密!?」


 ぴょんっと倒木から飛び降りて、わくわくと瞳を輝かせて俺の前に立った。


「俺が誰と話したか、何を話したか、どんなところへ行ったか。俺のしたこと全部だ」

「ぜんぶ」


 コトリと首をかしげる。かわいいなあ。


「うん。たとえばさっき、ウィルバートやウルム卿と内緒話をしただろ? その話を他の人に話してはいけない。俺が何を言ったかだけじゃなく、二人と内緒話をしたということも話してはいけない」

「誰にも?」

「そうだ。誰にも。

 これから俺は仕事でたくさんの人に会うし、話もする。それも、誰に会ったとかどんな話をしたとか、誰にも話してはいけない。

 世の中には、エヴァーリを守っている俺が邪魔で、殺したくて、俺のことをいろいろ調べている奴がいる。

 昨日も緑の髪の竜殺しが襲ってきただろ? ああいうのが他にもいる。

 そういう奴に、俺の言ったことやしたことが知られると、どこへ行って何をするつもりかバレて、昨日みたいに待ち伏せされて危ない。わかるか?」


 殺したくて、と言ったところで目を見開いたルーシェは、こくこくと何度も頷いた。


「だから、誰かに俺のことを聞かれたら、守秘義務がありますので、と言ってやれ。ほら、言ってみろ」

「しゅしゅぎむがありますので!」

「そう。それで俺に、誰が俺のことを聞いてきたか教えてくれ。話してもいい奴だったら、そいつに話していいぞって教えるからな。そうしたらそいつに俺の話をしてやればいい」

「うん、わかった!」

「よし、もう一度おさらいするぞ。誰かに俺のことを聞かれたら、やることは二つ」


 俺は指を二本立てて見せた。その指を一つずつ動かしながら話す。


「一つ目は、守秘義務がありますので、と言う。二つ目は、誰に何を聞かれたか俺に話す。

 できそうか?」

「できる! しゅしゅぎむがありますのでって言う! 誰に聞かれたかギル様に言う!」

「そうだ。頼んだぞ」


 ぽんと頭に手を置いて、ぐいぐいと撫でた。

 頼まれたのが嬉しくて今にも踊り出しそうにぴょこぴょこ跳ねて歩くルーシェと手を繋ぎ、狩り小屋へ向かった。

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