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来襲3

 ルーシェを逃がさないようしっかり抱えて、俺も踵を返した。城内に駆け戻る。

 一刻も早く加勢に向かわなければならない。竜は、竜殺しであっても、たった二人で迎え撃てる相手ではないから。


 言い伝えでは、竜殺しを四人揃えれば、誰も死なずに戻れるかもしれない、とされている。竜殺しは所詮人にすぎない。竜を殺して呪われた者でしかなく、その大本たる竜には、遠く及ばない、と。

 ましてや俺達は、竜殺しと呼ばれてはいても、彼らの子孫なだけで、竜を殺した経験もない。


 それでも竜と戦えるとしたら、俺達しかいない。ただの人では、竜を殺すまでにいったいどれほどの犠牲を払うことになるか。


 なによりここは俺達の城だ。地の利を生かして戦える。そのために準備もしてきた。むしろ、この機を逃すわけにはいかない。ここを竜の餌場にさせるわけにはいかないのだ。


 城の者は取るものも取りあえず、手近な地下室に逃げ込んでいるところだった。

 地下室は竜の来襲に備えて、竜の入って来られない狭い通路の先に、頑丈な石造りにしてある。温度変化の少ない冷暗所なので、平時は食料貯蔵庫に、避難時にはそれがそのまま糧食になる。


「ギルバート!」


 母上が兵とばば様――うちの薬師――を従え、階段を下りてきた。俺の鎧を持ち出してきてくれている。彼らに駆け寄った。


 ばば様がルーシェの顔を覗き込んだ。


「やあ、やあ、ルー坊、ちょうどよいところに来てくれた」

「どうしたの、ばば様?」


 ルーシェが興味を引かれて答えたので、その足下に下ろしてやる。


 兵が俺の両側にやってきて、鎧を着せつけてくれはじめた。


「やれやれ、これから地下室まで行かねばならんが、この年寄りには階段がきつくてのう。力持ちのルー坊に手を引いてもらえんかと思っての。頼めるかね?」


 俺は両腕を上げて、胴当てのバンドを締めてもらいながら、こちらを見上げたルーシェに頷いてみせた。ケイの言いつけどおりに、ちゃんと俺の言うことを聞こうとしているようだ。


「ルーシェ、ばば様を手伝ってやれ」

「うん、いいよ!」


 得意げに答えて、ばば様の手を取るルーシェに、思いついて、もう一つ頼み事をする。


「地下室に行ったら、そこにいる皆も守ってやってくれ。俺達は竜を討ちに行くから、地下室には行けない。その代わりだ。おまえも竜殺しのはしくれだ。できるな?」

「うん、わかった! まかせて!」


 しっかりと頷いてくれる。これでルーシェは、ケイや俺を追って外に出てこないだろう。

 二人は兵に伴われて、地下室へと向かっていった。一安心だ。


「ギルバート、きついところはない?」


 ご先祖が殺した白い竜の鱗から削り出した鎧は、背当てと繋がった胴当て、腰から腿を守る直垂(ひたたれ)、それに、腕当てと脛当てだけだ。簡素な作りなのは、頑強で身体能力の高い竜殺しの動きを、最大限妨げないため。

 最後に兜の留め具を締め終えると、母が俺を抱きしめた。


「あなたにイスヘルムのご加護がありますように」

「母上にもご加護がありますように。……ケイに頼まれたんです。どうかルーシェを頼みます」

「ええ、わかったわ」


 体を離し、槍を受け取って、俺は来た道を急いで戻った。


 城壁に上ると、城門の左右に陣取った父上とケイが、鉄球の付いた鎖を振り回し、竜に向かって投げているのが見えた。それに対して、竜に乗った竜殺しが弓を構えて、二人を射ようとしている。

 俺はすぐに飛び出した。


 あの青い竜は、隣領ランダイオで孵ったというものだろう。六年前のことだ。実に数百年ぶりの珍事、いや、凶事に、近隣諸領に衝撃が走った。


 うちも大広間の暖炉の上に、これ見よがしに――来客に誇るために――飾ってあった卵を、あわてて別室に隠したものだ。暖炉の熱に温められて卵が孵らないように。なにより、盗まれてどこかの軍備とされないように。


 その昔、竜は産卵と冬眠のたびに大量に人を食ったという。いや、人だけでなく、巣ごもりに備えて、ありとあらゆる動物を食う生き物で、(のろ)くてひ(よわ)で、そこそこ食いでがあって、群れで暮らす人は、竜にとってかっこうの獲物だったのだ。


 それを人は命懸けで倒して絶滅させた。――どうやっても割れなかった卵を除いて。


 その卵が孵ってしまった。どうやら竜の卵は、数百年程度では腐らないらしい。

 竜がまた増えたらとんでもないことになる。幸い、竜も生まれたばかりは鱗が薄く、比較的簡単に殺せると、言い伝えられている。


 なのに、ランダイオでは殺さずに育てていると、間諜が報告してきていた。――その旺盛な食欲を満たすために、罪人を生きたまま与えていると。


 正気の沙汰じゃない。そんなものが――人の味を覚えた怪物が、この城に降り立とうとしている。

 冗談ではなかった。怒りが全身に炎のように燃え広がっていく。


「必ず、あれを殺す」


 思わずこぼした呟きが聞こえたかのように、青の竜殺しが、ふと顔を上げた。動く俺を視線が捉え、目が合う。つ、と通じ合うものを感じ――その考えが手に取るようにわかった気がした。


 父上とケイが振り回す鎖に絡め取られてしまいそうなため、なかなか竜を門の内側に降ろせない。だから、味方を導き入れるのを諦め、自分達だけで上がって来ようかと迷っている。


 ――竜に、()だけでも、喰わせてやるために!


 俺は辿り着いた三の城壁に飛び移り、その中央に陣取った。この城壁上すべてが俺の持ち場だ。左右に動き、ここより上には行かせないよう、竜の牽制と父上達の援護をする。


「槍を持ってこい!」


 下の階は武器庫だ。兵の(いら)えがあり、ばたばたと駆け上がってくる音がした。槍を数本を持った兵達が、等間隔に並んでいく。


 俺は手持ちの槍を肩に担ぎ上げ、端まで下がった。大きく振りかぶりながら数歩出て、全身の力を乗せて投げる。

 槍が唸りをあげて飛んでいく。竜の胴を貫く寸前、竜殺しが手綱を引き、風に乗って、すいっと斜め下へと避けた。


「槍を!」


 さし出されたものを受け取り、竜を追い詰めるため、間をあけずに次を投げる。一投、また一投。

 何投も立て続けに、わざとどれも背後の少し上の位置を狙った。迂闊に上へと行けなくなった竜は、その間どんどん下り続けていった。


 よし、だいぶ高度が下がった。


 次の槍は、竜の鼻先を狙って放った。避けようと竜の体が急停止して、一瞬、体が立ち上がる。失速するが、落下はせず、激しくはばたき、器用に体をくねらせて、反対側へと向きを変えた。


 その瞬間、二つの鎖が竜を捕らえた。一つは羽の付け根に、もう一つは胴に。跳び上がった父上とケイから放たれた鎖が巻き付き、空から竜を引きずり落とす。

 ドォンと轟音を響かせ、竜の体が地に叩きつけられた。


 青の竜殺しは、墜落間際に飛び下り、受け身を取って転がった。すぐに立ちあがり、竜へ駆け寄ろうとして、蹈鞴(たたら)を踏む。

 それはそうだろう。二人の竜殺しが鎖と槍を振るい、それをどうにかしようと竜が暴れているのだ。下手をすれば巻き添えを食う。それに、城壁からの援護射撃もある。迂闊には近付けない。


 奴は逡巡してあたりを見まわし、城門へと走っていった。味方を導き入れるつもりなのだろう。そうすれば、父上やケイも、竜にばかりかかずらっているわけにいかなくなると踏んだに違いない。


 俺は竜殺しを追って塔から飛び下り、足場をいくつか経由して城門の左塔に舞い降りた。

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